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不機嫌な王子様(7)


 立たなくてもいい──と伝えたところで、とても座りそうにない3人を見て、シルヴィアはここを訪れた目的を早めに果たすことにした。



「今日はありがとうございました。野営地の設営に荷物運びに、エルマーも副料理長も大変感謝しておりました。わたくしからも御礼をさせてください──エマ」



 腕に提げていた籠から、温石を取り出したエマが「どうぞ」と3人の騎士に渡していく。



 火属性の魔法がかけられ軽石は高価ではあるが、保温効果が抜群で、とくに冬山などの遠征には欠かせない軍の必需品なのだが……



「こ、こ、こんな貴重なものを―ッ!」



「俺たちなんかのために用意してくれたのですか……あったかい! 温石って、こんなに温かいものなのですか―ッ!」



「は、はじめてです。遠征で温石を渡してもらえるなんて……うっ、ありがとうございます!」



 あまりの喜びように、シルヴィアは憤りを覚える。



 冬場の魔物討伐を任されているというのに、温石すら支給されていなかったのね。あんまりだわ。



 これもきっと、いまだに軍部の主要なポストに就いているデロイ侯爵家とその一派が、側妃ヘレネの機嫌を伺っているに過ぎない。



 最近、シルヴィアが新たに作成した『第一騎士団・待遇改善計画』において、まず狙うのは、第一騎士団を冷遇する軍部と側妃ヘレネを切り離すこと。



 そのための布石はすでに打っている。



 大きな顔をしていられるのも今のうちよ。



 首を洗って待っていなさいよ。



 シルヴィアが鼻息を荒くしたところで、近くの天幕からエルディオンとジェイドが現れた。



「やっぱり、シアだ。近くで声がしたから。どうした? 外は寒いのに」



「こんばんは。エルディオン様、ジェイド卿。みなさんに温石を渡しに来ました。おっしゃるとおり、夜は冷えますからね。はい、どうぞ」



 そう云ってシルヴィアは、エマから温石を受取り、エルディオンの手に渡す。



「温かいな。ありがとう。温石なんて……いつぶりだろう」



「レグルス辺境領に居て下さる間は、冬場の温石は使いたい放題です。どうですか? ずっとここに居たくなりませんか?」



「温石がなくても、ずっとここに居たい。それができれば、どんなにいいだろうな」



 そう云いつつ、不遇の時代を過ごしてきたせいか、諦めることに慣れてしまったエルディオンの顔は寂しげだった。



 温石を渡し終え、中央にある領主用の天幕まで送ってもらう間、となりを歩くエルディオンに訊いた。



「もし、ひとつだけ望みが叶うとしたら、星に『』を願いますか?」



「ひとつか……」



 冬の星座が輝く空を見上げたエルディオンを、そっと覗き見る。



 王子様の『願いごと』は何だろう。



 母を失い、国に冷遇され、耐え難い不遇の日々を過ごしているエルディオンが、たったひとつ願うとしたら、それはいったい何か。



「復讐」



 星々を睨む金色の瞳には、激しい憎悪があった。



 ここに、ずっといたい──そんな、穏やかな願いを期待していなかった、と云えば嘘になる。



 転生前も転生後も、バイロン家の令嬢として恵まれた環境にいるシルヴィアの感覚からすれば、嫌悪や憎悪の感情はそう長くつづくものではなかった。



 嫌な相手とは付き合わなければいいのスタンスで、いつの間にか忘れてしまうことが大半。やむを得ず毎日顔を合わせなければならないときでも、「これが一生つづくわけではない」と割り切ることができた。



 それは裏を返せば、その程度の嫌悪であり憎悪であったということ。



 たったひとつの願いを「復讐」と答えたエルディオンの憎悪の深さを知り、復讐の炎を、心の奥底に絶えず燃やしつづけているのだと、改めて思い知る。



 その復讐心の源である憎悪が芽生えた理由は、まだエルディオンの口からは直接訊いていない。



 洞窟で出会ったとき。



『俺や第一騎士団と関われば……貴女にも、レグルス辺境領にも、多大な迷惑がかかる』



 バイロン城に着いた翌日。



『王家と軍部には、俺たちを追い出したと伝文を送るだけでいい』



 側妃ヘレネの悪意が、こちらに向かないようにと気遣うエルディオンの優しさを感じつつ、シルヴィアを関わらせまいとする意図を強く感じた。



 復讐の炎を絶やすことがないエルディオンが暴君と化すまで、時間はそれほど残されていない。果たして、それを止められるだろうか。



 野営地を設営してくれた騎士団によって、踏み固められた雪道を並んで歩く。



「シア」



「なんですか?」



「俺の願いは叶うだろうか」



「叶います。それがどんな復讐だろうが、必ず叶います」



 あまりに自信を持って答えるシルヴィアを、少し不思議そうな顔で見つめるエルディオンに、真剣な眼差しを向けた。



「ただ、覚えていて欲しいのは、復讐それを果たす方法は、決してひとつではありません。それから、それを成すとき、エルディオン様は決して、おひとりではありません」



 言葉の意味を推し量るように、エルディオンは頷いた。



「すべてを終えて、またこの地に戻ってこられたら……と願うよ」



 それが本心であればいいと、夜空を見上げたシルヴィアは、南東の空に輝く、シリウス、プロキオン、ベテルギウスに願った。






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