執事長オルソンが呼び寄せた大手大衆紙の記者は、元従軍記者で熱狂的なマクシム・バイロンの信奉者だった。
よって、マクシム・バイロンが去ったあとの軍部が、いかに形骸化した存在に成り下がっているかを、一週間後に記事にした。
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幻の鉱石オリハルコンの発見者であるシルヴィア・バイロン嬢は語る。
「山岳地帯での作戦中、合流するはずだった援軍は結局現れなかったとか」
「冬場の必需品である温石が、ひとつも支給されていなかったのです! 父マクシムは、冬山の魔物討伐を担う第一騎士団であれば、最低でも1人3石は支給されるべきだと申しておりました」
この話を聞いた記者も、そのとおりだと感じた。
裏付けのため、記者は公表されている軍部の支給品リストを閲覧したところ、シルヴィア嬢の言葉どおり、第二、第三騎士団には大量の温石が支給されているにも関わらず、第一騎士団には6年前を最後に、ひとつも支給されていないのを確認した。
この件に関して、我々は現在のプロキリア王国軍総帥であるデロイ閣下に質問状を送ったが、いまだ返答はない。
シルヴィア・バイロン嬢は涙ながらに訴える。
「第一騎士団の皆様は、謙虚で騎士道の塊みたいな方々ですから、きっと上層部に対して何もおっしゃらないと思いますけど、これほどまでに忠義ある騎士団を冷遇するなんて……わたくし、涙が止まりません」
幻の鉱石オリハルコンが発見されたという喜ばしい取材ではあったが、軍部による不可解な支給品の割り当てが発覚し、記者である我々も沸き上がる疑念を禁じ得なかった。
にわかに噂されている軍事費の使途不明金についても調査が必要であるとマクシム・バイロン閣下を通じて、議会に申請するつもりである。
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明日の発行を前に、ひと足先に記事に目を通したシルヴィアが、
「いい仕事だわ」
満面の笑みを浮かべたとき、領主室の扉がノックされた。
室に入ってきた執事長オルソンから伝えられたのは、今夜、『赤口』のギルドマスターが面会を求めている、というものだった。
そわそわと、待ち遠しい夜がやってきた。
今夜は、シルヴィアの私室ではなく、エルディオンとエルマーの強い希望で、兵舎での面会となった。
アルファザルトが到着したと、私室まで迎えにきてくれたエルディオンは、すでに最高潮に不機嫌で、歩きながら不穏なことをブツブツと云っている。
「あの駄犬が懲りずにまた……シアに接触してきた……今度こそ息の根を……」
「殺さないでくださいよ」
「わかっている。ただし、あの犬が牙を剥かない限りだ」
アルファザルトの正体が、小国ナバロンの王家の血を持つ落胤だと知ったあとも、エルディオンの態度は何ひとつ変わらなかった。いまだに犬呼ばわり。
王族の血が流れる、この二人。かたや正統な血筋でありながら不遇の道を歩いてきた王子と、かたや庶子として苦難の道を歩いてきた御落胤という、世継ぎに関わる王家の闇を知っているという点では、近い境遇にあると思うのだけど……相容れる気配はない。
それどころか。
「念のため訊く。ああいう見た目だけの男、シアは好きではないよな?」
「見た目だけ? アルザのことであれば、好きも嫌いもありません。この間、ご説明したとおり、あの姿は呪いによって10年前から変化していません。本来のアルザは25歳ですから、エルディオン様よりもう少し大人で……」
見た目年齢15歳のアルザが、実質年齢25歳になったときの姿を想像する。
骨格はもっとガッシリとしているだろうし、身長も高くなっているだろう。幼さの残る顔は精悍になって、あの美少年ぶりからして……美形は確定。
おそらくエルディオンとはちがい、危うい色気が漂うミステリアスな男になるだろう。が、しかし──不機嫌な顔で、となりを歩くエルディオンを、シルヴィアは下から眺めた。好みド真ん中は、やはりこちら。
「わたくしは、どちらかというとエルディオン様の見た目の方が好きです」
「お、俺!?」
「はい。わたくし、人並み以上の努力と苦労を重ね、挫折と苦難を経験しながらも、己の道を生き抜いてきた方に魅力を感じます。善だけではなく悪を知る、そこはかとない影のような雰囲気が好きなのです」
「あの犬も、まあまあの苦労はしていると思うが……」
真冬だというのに、首まで赤くしたエルディオンが、なんだか可愛らしい。純粋な部分を残しているのも好ましいと、シルヴィアの熱弁はつづく。
「それでも、わたくしは、エルディオン様が好きです。なぜなら、とても真っ直ぐな目をしていらして、逆境に耐えてきた意志の強さが現れています。それに、笑うと目尻が下がって、金色の瞳が三日月のように輝くのも好きです。それに、とても背が高くて騎士の隊服がお似合いになり、剣を振っているときなどは──」
「シ、シア……もう、それくらいで! だいじょうぶだ……その、ありがとう」
自己肯定感が著しく低い王子様は、真っ赤になった顔を片手で覆った。