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欲望と陰謀(14)



 王都で人気の大衆紙が、派手な一面を飾ったのは、その翌日。




▽  ▽  ▽  ▽  ▽  ▽


幻の鉱石オリハルコンの発見者である


シルヴィア・バイロン嬢は語る。


△  △  △  △  △  △



一面の記事は、その一文からはじまり、小見出しには民衆の目をひく文言がおどった。



【マクシム・バイロン閣下、大激怒!】



【闇に消えた軍事費は、いまどこに?】





 王城の水晶宮で怒りを露わにしていたのは、側妃ヘレネだった。



「すぐに、父……デロイ総帥を呼びなさい!」



 記事の内容を知ったのは前日。すぐに差し止めに動いたヘレネだったが、さすがに間に合わなかった。英雄マクシム・バイロンの御名が見出しとあってか、発刊されるなり飛ぶように売れている。



 なぜ、前日になるまで、軍部は今回の件に気づけなかったのか。情報統制は基本中の基本であるはずなのに。



 ヘレネの苛立ちは治まらない。忌々しいことに記事では、レグルス辺境領で発見されたオリハルコンの採掘調査に大きく貢献したのが、バイロン城で療養中だった第一騎士団であると報じられ、その功績が大いに称えられていた。



 さらには、第一騎士団のこれまでの戦功に対する軍部の冷遇ぶりが取り上げられ、マクシム・バイロンの名を盾にして、大々的な批判を展開。



 記事の後半では、使途不明となっている多額の軍事費についても触れられ、現王国軍総帥である父・デロイ侯爵と側妃ヘレネの関与を疑う内容にまでなっている。



 今からでも、この大衆紙をすべて回収し、発禁にしたいヘレネだったが、それをすれば、記事の内容を半分認めたようなもので、そればかりかマクシム・バイロンを完全に敵に回したとみなされる恐れがあった。



 王都の貴族たちはいいとして、過去、マクシム・バイロンに救われた多くの地方貴族たちが黙っていないだろう。



 どうしたらいい。何か手を打った方がいいのは分かっているのに、どうにも策が浮かばない。



 苛々と室内を歩きながら考えを巡らせていたヘレナに、父・デロイ侯爵の到着が知らされた。



「すぐに通しなさい」



 侍女に案内され、入室してきたデロイ侯爵もまた渋い表情を隠そうともせず、側妃に対する形式的な挨拶をして人払いが終わるとすぐに、



「朝から呼びつけるな」



 荒い口調で長椅子に腰をおろした。その横柄な態度に、ヘレネの目がつりあがった。大衆紙を投げつけるように渡し、父親を責め立てる。



「軍部では、このような記事を事前に把握して、差し止めることもできないのかしら。これは明らかな失態です。嘆かわしい」



「いい加減にしろ。これまで散々、口出ししておいて、風向きが悪くなったとたん、こちらのせいにする気か。元はといえば、おまえが密偵部隊の犬をこき使ったからだろうが。内偵に潜入、裏工作に、いくら金を使ったと思っているんだ」



 美しく結われたブルネットの髪から、紅玉の髪飾りを外したヘレネは、不満タラタラの父親に、今度こそ投げつけた。



「そのたびに、宝石を受取ったのはダレかしら?」



「便宜を図っているんだ。それぐらいは、受け取るべき報酬だ」



「話しになりませんわ! いったい、だれのおかげで、今の地位にいられると思っているのかしら!」



「さあな! それじゃあ、反対に訊くが、だれが側妃にしてやった? いまだに正妃にはなれず、おまけに王太子殿下にしてやったリュカリアスは、まともに剣を振るえないにもかかわらず、第二騎士団長にしてやったというのにな!」



「口を慎みなさい!」



 互いの苛立ちをぶつけ合い、声を荒げる両者。長椅子から立ち上がったヘレネは、窓辺を向いて唇を噛んだ。



 ここ最近、上手くいかないことが多い。いつからかといえば、レグルス辺境領伯爵マクシム・バイロンが、数年ぶりに王都にやってきてから、といえるだろう。



 国軍総帥を勇退する際、【プロキリア王国軍・名誉総帥】などという称号を与えたばかりに、ここ最近は、我がもの顔で軍部を闊歩している。



 しかも引き連れているのは、王都に残っていた第一騎士団で、これまで支給していなかった装備品を、軍の倉庫から次々と持ち出しては、「ほら、どんどん使え」と騎士たちに渡し、備蓄庫からは遠征用の携帯食を大量に運び出して第一騎士団の隊舎に運び込んだと聞いた。



「必要な隊に、必要な品が行き届いていないのは、どう考えてもおかしいだろ。現総帥殿には、文句があるなら俺を呼び出せと伝えておけ。いつでも顔をだしてやるとな」



 30年前、マクシム・バイロンに大敗の窮地を救われてからというもの、英雄の顔色ばかりうかがうようになった父が、呼び出すことなど絶対になかった。それゆえに、ヘレネの苛立ちは日に日につのっていく。思えば、苛立ちの原因は、それだけではなかった。



 数か月前、第一騎士団の戦力を削げるだけ削いで、物資の供給もほとんどないまま向かわせた山岳地帯の遠征。そこで、今度こそ第一王子エルディオンの命を奪えるはずだったのが、失敗に終わった。



 近くに潜り込ませていた密偵からは、戦闘中に第一王子が致命傷を負ったとの報せを受け、近々届くであろう『戦死』の一報を心待ちにしていたというのに。



 喜ばしい報告は一向に訪れず、それならばと、マクシム・バイロンに揺さぶりをかけようと、元密偵部隊でヘレネの忠実な影であるアルザに、辺境伯令嬢を襲うように依頼。



 第一騎士団に濡れ衣を着せてバイロン城から追い出す手筈てはずが──アルザからは何の音沙汰もなく、音信は途切れたままだ。何かが、おかしい。それまで噛み合っていたはずの歯車が、噛み合わなくなっている。



 きつく目をつぶったヘレネは、深呼吸を何度も繰り返し、湧き上がる苛立ちと怒りを押し止めた。両目を開けたとき、窓硝子ガラスに反射した自分の顔が、思った以上に老いさらばえている気がして、ヘレネはふたたび目を閉じた。



 それから数週間後のことだった。側妃ヘレネに追い打ちをかける決定が、軍部から下された。



 その決定とは、南部国境地帯の領地戦に、プロキリア王国軍第二騎士団が出征するというもの。その報せに息をのんだヘレネは、声を張り上げて命じた。



「父を! ただちにデロイ侯爵を呼びなさい!」








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