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欲望と策謀(15)


 プロキリア王国の軍部と側妃の疑いを報じた大衆紙が発刊されて、およそ1か月半。



 王城では軍議にて、第二騎士団の南部出征の決定が下されて1週間後のことだった。



「その日から、側妃ヘレネが暮らす水晶宮は、ただならぬ雰囲気に包まれ、四六時中、空気が張りつめています」



 王都での一連の出来事をシルヴィアに報告するため、三重間諜のアルザはバイロン城を訪れていた。



「定例の国軍会議にて、議題となった南部の領地戦への国軍出征については、当初、第一騎士団の遠征が有力でした。しかし、軍議に出席されていたバイロン閣下より物言いが入り、多数決により僅差で第二騎士団の出征が決定しました」



 ヒ素入り茶を疑いながら、決死の覚悟で木製カップから茶を飲み干さなければならかった夜を境に、シルヴィアに対してすっかり従順になったアルファザルト。



 言葉遣いも態度も、忠誠を誓った主君に対する礼儀の見本といった感じで、その変わり身の速さにシルヴィアは苦笑する。



「アルザ、そんなにかしこまらなくてもいいのよ。この前みたいに座って頬杖でもついたら?」



 両手をうしろに回したギルドマスターは、軍人さながらの立ち姿で「申し訳ございませんでした」と即座に謝罪した。



「あの夜の俺は、本当にどうかしていました。主君シルヴィア様に対して、あのような無礼極まりない振る舞いをしたとは……まったくもって狂気の沙汰。命があっただけありがたいと、シルヴィア様の慈悲深さに感謝しております」



 榛色の瞳を持つ美少年に見つめられて、「ふふふ」とまんざらでもない笑顔を浮かべたシルヴィアのうしろには、今日もしかめっ面のエルディオンがいる。



「それで、軍部の様子はどうなんだ。南部に向けて第二騎士団は、すぐに出征するのか」



 さっさと報告しろ、といわんばかりの態度で接している。



 それに対してアルファザルトもまた、シルヴィア以外の者には、これまでの態度を変えるつもりはないらしく、



「口出しするな。俺は、シルヴィア様に報告しているのであって、日陰の王子に報告する義理はない」



 一変してこれまで通りの口調になる。



 相容れそうにない両者を「まあまあ」となだめたシルヴィアが、アルファザルトに報告の先を促す。



「それで、お父様は軍議でなんておっしゃったの?」



 プロキリア王国の南部では、隣国との国境線をめぐる小競り合いが、昨年からつづいていた。



 春の兆しが見えはじめた3月。いよいよ敵兵との衝突が激しくなるなか、南部の貴族たちから国軍の出征要請を受けた軍部は、療養を名目に、バイロン城に駐留する第一騎士団に命令を下す予定だった。



 国軍総帥であるデロイ侯爵が決議をする直前。



「ワケが分からんな」



 異を唱えたのは、王国の英雄であり国軍名誉総帥のマクシム・バイロン閣下で、



「おかしいだろ。なぜ、西部に駐留中の第一騎士団を南に動かす必要があるんだ? 中央から派兵するほうが、はるかに早く南部に到着できる」



 至極もっともな疑問を呈したのだった。



 第二騎士団の出征が決定した翌日。定例の国軍会議はつづき、王族の傍聴席には、怒りに満ちた側妃ヘレネがいた。



 議場の天井に近い石柱の影に身を隠していたアルファザルトは、



「バイロン閣下を睨む側妃の形相は凄かったです。どれほど凄いかといいますと、『セント・セブンスの悪鬼』と呼ばれていた極悪傭兵ケイオスが赤子に思えるほどです」



 と、称した。それは、なかなかの迫力だ。



「なるほどね。ところで、その日の軍議に、国王陛下は参加されていたの?」



「いいえ。国王陛下は軍議どころか、3年前よりほぼすべての会議を欠席なされています。内政と外交は宰相に、軍部はデロイ総帥に一任され、決議を了承するのみです。そのため、内政、外交、軍部のすべてに、側妃派の貴族がひしめき、実質的な実権を握っているのはヘレネ妃となります」



 バイロン城を訪れた記者からも、王都の情勢についは聞いていた。国王陛下が公の場に姿を見せるのは、《新年祭》などの国儀のみ。それも、わずか数分であることが多いという。



 健康状態が良くないとも噂されているが、それにしても妙だ。



「アルファザルト、国王陛下の周辺を調べてちょうだい。おそらく、何か裏があるわ。わたくしの読みだと、陛下に退位もしくは譲位させて、なるべく早くリュカリアス王太子を国王に即位させたい者の思惑が絡んでいるはず。ただし気をつけて、もっとも疑わしい側妃ヘレネを身代わりの羊スケープゴートにしている可能性も高いわ」



 策謀渦巻く王城。側妃ヘレネにばかり気を取られていれば、足元を掬われかねない。シルヴィアの碧眼が、ス―ッと細められたとき。



「承知いたしました」



 せっかく用意したお茶をひとくちも飲まずに、ゾクリの背中を震わせたアルファザルトが、「し、失礼しますっ!」と、バルコニーから飛び降りて姿を消した。



「慌ただしいヤツだ」



「三重間諜のギルドマスターともなると、何かと忙しいのでは?」



 眉間に皺を寄せるエルディオンに、



「それより、アルファザルトが父より手紙を預かって参りました。こちらは、エルディオン様に宛てられたものです──どうぞ」



 そう云って、シルヴィアは手紙を差し出した。



「閣下が、俺に?!]



 眉間の皺が一気に消え、英雄マクシム・バイロンからの手紙に目を輝かせるエルディオン。



「いますぐ、読んでもいいか」



「もちろんです」



 抽斗ひきだしからペーパーナイフを取り出して渡すと、「ありがとう」慎重に封をあけたエルディオンは、憧れの人からの手紙に目を通しはじめた。





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