「ステファン、まだかな。」
裏庭でうずくまって待っていたが、そろそろ足が痺れてきた。その時、後ろからガサガサと音がした。野生の動物だと思って身構えたが、そこから出てきたのは人だった。それも見たことのある顔の人間だった。
「ツヅミ!建物が見えたぞ。やっとこの森から抜けられるぞ。」
「静かにしてください。誰かに気づかれたりしたら…」
草むらから出てきたのは追加の攻略キャラクターであるコウヨウとツヅミだった。二人と目があった僕は逃げようと立ち上がったが、すぐにツヅミに背後を取られて捕まってしまう。
「見られてしまったからには仕方ありません。消しましょう。」
「ま、待ってください!誰にも言いませんから!」
僕が叫ぶとツヅミは僕の口を手で塞いだ。
「落ち着けって。この建物は研究室が詰まってるんだっけ?研究員ならこんなところに縮こまっている必要ないだろ。」
「上司に怒られるのが怖くて隠れているだけかもしれませんよ。」
「だとしても、研究する奴の服装じゃないだろ。それに…」
コウヨウは僕の顔をじっと見つめた。
「なんか見たことある顔してんだよなー。」
僕はドキッとした。祭りの日に会ったことがバレたらそれをネタに強請られるに決まっている。というか、どうしてこの二人がここにいるのだろうか。パーティーではヒカルに会っていないからここに残る理由はないはずだ。もしかして、祭りの日に偶然出会ってしまったのか。
「…見たことある顔って言うか、ハインツ殿下の専属騎士じゃないですか。どうしてこんなところに。」
ツヅミの言葉に僕は全身の血の気が引いた。ブワッと冷や汗が滲み出る。何か言い訳を考えようにも脳みそが上手く働かない。
「専属騎士?こんな顔だったか?というか、騎士なのに筋肉なさすぎだろ。」
「確かに力もすごく弱いです。」
筋肉が無いことを指摘され、少し頭にきた。それが焦りでいっぱいだった脳みそを冷やす材料になった。
「でも顔はそっくりですよ。」
「顔は…うーん、騎士の方にも似ているが…しっくりこない。」
コウヨウは僕の顎を掴んで、顔をまじまじと見てきた。ステファンとは違う恐ろしさを感じる。目つきが悪いわけではないのに、見るだけで人を怖がらせることが出来ると思う。
「お前、名前は?」
コウヨウの問いかけに、どう答えるべきか悩んでいると僕を押さえているツヅミの力が強くなった。
「命が惜しければ早く答えろ。」
「痛っ。」
骨を折る勢いのツヅミの力に涙が出てくる。答えようにも、何を言っても墓穴を踏む気がする。ノエルの兄弟だと言って名乗っても、この国の馴染みない名前で信じてくれないだろう。ノエルだと言っても、この感じは信じてもらえない。
「ツヅミ手を離せ。」
「コウヨウ様?」
「その専属騎士の親戚とかだろう。勝手に城に入ったから隠れてたんだろう?」
コウヨウは僕を見て笑っていた。その笑みはなぜか嫌な感じがしなかった。
「このことを誰にも話さないと約束するなら、逃がしてやる。どうする?」
僕は頷くしかなかった。
「よし。ツヅミ放してやれ。」
「ですが…」
ツヅミはコウヨウに何か言いたそうにするが、コウヨウの顔を見て渋々、僕の腕から手を離した。僕はすぐに立ち上がった。裏口に向かおうとした矢先、コウヨウに肩を叩かれる。振り返るとコウヨウはあの時と同じように指を鳴らして小さな花を出した。
それを僕に手渡し、耳元で囁いた。
「これで二本目だな。押し花にでもしてくれよ。」
コウヨウはそう言って笑った。さっきと同じ笑みが不気味に映る。止まっていた冷や汗が再び浮き上がった。コウヨウは「さあ行け」と言って僕の背中を押した。
コウヨウ視点
俺の言葉に少年の顔は真っ青になった。俺が背中を押してようやく少年は走り出した。祭りの日に俺が助けた少年に間違いないようだ。
「…何を考えているんですか。彼が本当に黙っていると思ってるんですか?」
「祭りの日に俺が助けた少年を覚えているか?」
「はあ?…覚えていますけど、金髪の少年ですよね。それがどうしたんですか。」
「あいつがその少年だ。」
俺の言葉にツヅミは口を開けてポカンとしている。俺の話が信じられないようだった。
「何を根拠に?お前が人の顔を覚えようとしないことは私が一番知っている。」
ツヅミは俺の胸ぐらを掴んだ。いつもの敬語も取れている。あの少年が俺たちの事を第一王子に話したら、俺たちはすぐに追い出されるだろう。なにも情報を得られないまま帰れば、親父に殺されるだろう。俺が事の重大さを分かっていないとツヅミは思っている。
「落ち着けよ。あいつは第一王子の騎士に似ていたが、騎士をしていたように見えなかっただろ。騎士ではないことは確かだ。髪の毛の色だって魔法とかで変えられるだろ。」
「それだけで助けた少年だと?」
「それだけじゃない。怯えた顔が同じだった。まるでウサギのようだったな。」
俺の言葉にツヅミは引いていた。
「引くなよ。」
「一番の決め手が怯えた顔が同じはやばいだろ。もっとちゃんとした理由あるのかと思ったら…はあ、あいつがあの少年だとしたらどうしてここにいる…ですか。」
「髪の毛の色を変えていたなら、兄の方も変装していたに違いない。」
「…まさか、第一王子ですか?」
ツヅミの言葉に俺は頷いた。
「第一王子はあいつを相当大事にしているんだな。」
「もしかして異世界人というのはあの少年なのでしょうか。」
「その可能性が高いだろう。とりあえず、戻るぞ。」
俺は来た道を振り返った。その後ろをツヅミが続く。
「きっとあいつは俺たちの事を話すだろうけど、俺たちを追い出すことは出来ない。俺たちの目的が何かは知られていないからな。迷子になったとか適当に誤魔化そう。」
「はい。」
歩きながら少年の事を考える。確か、名前を聞いた気がするが思い出せない。そして、ツヅミの言葉を反芻する。“人の顔を覚えない”自分でも理解していた。覚えられないわけではない。覚えようという気が無いのだ。覚えるべき者とそうでない者を勝手に分類しているだけだ。しかし、親父にそれでは一国の王子としては駄目だと耳に胼胝ができるほど言われてきた。あいつだって自分の召使の顔なんて覚えていないの、都合のいい奴だ。
いつもなら平民の顔なんて覚えない。そんな事すらも考えないのに、あの少年だけはなぜか覚えていた。昔、どこかで会ったのかなんて考えたが、彼が異世界から来ているならそれはあり得ない。
「あの少年の名前を覚えているか?」
「はい。兄のふりをしたハインツ殿下がトモルと呼ばれていましたね。」
「トモル…同じ名前の奴は俺たちの国にいるか?」
「平民たちの名前を全部把握しているわけないでしょう。分かりませんが、召使の中にはそんな名前はありません。なぜですか?」
「んー?なんとなく。」
そんな会話をしていると、庭園の中に戻っていた。もう少し城の中を探索したいので、城へ戻ろうとした時、庭園の入り口から男女の声が聞こえた。
「おい!庭園に行くなって先生にも言われただろ!」
「水やりだけだって!せっかく花の種を買って植えたんだから、世話は自分でしたいの!」
言い合いっている声が近づいてくる。ここは庭園で許されている行動範囲だ。隠れる必要もないだろうと止まって待っていると、背の低い男女が現れた。男の方は俺たちを見た途端、顔が青ざめた。俺たちの事を知っているようだった。女の方はよく分かっていないようだ。服装から男の方はこの城の研究員だと分かるが、女はメイドではなさそうだった。
「ハオニゴの第一王子…!」
「え、誰?アルバの知ってる人?」
「お前は黙ってて!絶対しゃべらないでよね!」
そう言って男は腰を90度に曲げた。
「コウヨウ第一王子こんにちは。研究者のアルバです。」
「あぁ、ステファン殿の第一助手か。」
「はい。庭園にいるとは知らず、失礼しました。どうぞごゆっくりお過ごしください。」
男はそう言って、立ち去ろうとする。隣にいる女は男に言われた通り、一言も口を開かなかった。
「待て、隣の女性も研究者なのか。」
「いえ、彼女は…」
男は口角を上げながらも焦っているようだった。俺はツヅミと目を合わせた。何も言わなくてもツヅミは俺の言いたいことを理解しているようだった。この城にいて、俺たちの事を知らない人間はいない。ハオニゴを知らない奴がいるとは思えない。きっと彼女も異世界から来た人間だ。
女も異世界人ならこちらとも親密な関係まで持っていきたい。情報は多い方がいい。女の方に声をかけようと一歩前に出ようとした。しかし、邪魔が入った。
「アルバ、こんなところにいたのですね。」
現れたのは研究者のトップ、ステファンだった。その後ろにはさっきの少年が隠れていた。これは運が良い。占い通り、運は俺の味方をしているらしい。