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第30話

 コウヨウに背中を押されて、走り出した。彼は僕に気づいていた。早く、この事をハインツとステファンに伝えなければいけない。

 ステファンの部屋へノックもせずに駆け込む。僕が勢いよく扉を開けたことをステファンは驚いているようだった。


「トモル君?そんなに急いでどうしたんですか。」

「ハインツは?」

「ハインツ殿下なら先ほど出て行かれましたよ。」


 僕は、ホーリーで起こったことと先ほどの出来事をステファンに伝えた。彼は眉をひそめた。執事のルイに今の話をハインツにも知らせるように指示をした。


「ステファン…ごめんなさい。」

「なぜトモル君が謝るんですか。君のせいではありません。」


 ステファンは「大丈夫」と僕の肩をポンポンと叩いた。


「アルバとヒカルさんを探しましょう。彼らにも伝えないといけません。特にヒカルさんは好奇心旺盛な人ですから、コウヨウ第一王子を出会ったら何をするか分かりません。」


 ステファンの言葉に僕はハッとする。コウヨウとヒカルが出会うイベントはパーティー会場だ。イベントは起こらなければ、その先のストーリーでコウヨウ達が出てくることはない。だから油断していた。これはゲームの中のようで現実だという事を忘れていた。

 ヒカルもゲームで見ていた主人公よりも明らかに元気の塊だった。今の彼女がコウヨウと会い、異世界から来たことがバレたら誘拐されかねない。


「そうですね。早く探さないと、僕は庭園を探してきます。」

「いえ、トモル君は私の傍を離れないでください。どこに第一王子がいるか分かりません。万が一、再び出会った時の言い訳は私がします。」

「あ、そうですよね。」


 ステファンの言葉に理解をするものの、役に立てないことに胸が少し痛んだ。それを察したのか、彼は僕の顔を真っ直ぐに見つめた。


「状況が混乱している中で君を一人でいるのは不安かと思って、共に行動することが最善だと考えたのですが…」

「え?」

「…すみません。君が悲しそうな顔をしているので、失言してしまったのだと。」


 ステファンは不安そうな顔をしていた。それよりも、彼に心配されるほど僕は顔に出ていたのだろうか。きっと、コウヨウ達に見つかった不安と日記について話さなければいけないという不安が重なって、いつもより涙が出やすいだけだ。そう自己解決をして、僕を見つめるステファンに笑いかけた。


「ステファンは何も言ってないですよ。僕は大丈夫なので早くヒカル達を探しに行きましょう。」

「…そうですか。」


 ステファンはそう言って、歩き出した。僕はその後ろに並んだ。彼の話によるとヒカルが本を読むためにアルバの研究室に行ったらしい。しかし、研究室に二人の姿はなかった。

 コウヨウ達が来た影響により庭園での散歩は暫く出来ない事をヒカルには遠回しに伝えていたそうだが、僕は嫌な予感がした。ステファンも同じことを考えていたようで、僕たちは庭園の方へ急いだ。

 案の定、アルバとヒカル、コウヨウとツヅミが庭園の入り口に立っていた。それを見たステファンは僕に耳打ちをした。彼の作戦に僕は耳を疑った。バレるに決まっているそう告げようとした瞬間、彼は四人の元へ歩き出した。僕は腹を括り、急いで彼の後を追った。


「アルバ、こんなところにいたのですね。」

「せ、先生!」


 ステファンの登場にアルバは驚いていた。それに対して、コウヨウは口角を上げたまま、ステファンに声をかけた。


「ステファン殿、昨日ぶりだな。」

「これはコウヨウ第一王子。こんなところで会うなんて奇遇ですね。」

「あぁ…おや、君は…」


 コウヨウはステファンの後ろに隠れた僕を見つけて、顔を近づけた。僕がステファンの住裾を掴むと、ステファンはコウヨウの目の前に手をやった。


「すみません、この子は人見知りであまり人に慣れてないのです。」

「人見知り?ハインツ殿下の専属騎士ではないのか。顔がそっくりだが。」

「ノエルの事でしょうか。彼は今、休暇中でこの城にはいないのです。顔はノエルそっくりですが、この子は彼の遠い親戚で今は私が面倒を見ているのです。」


 ステファンの言葉にアルバは何か言いたげな顔をして、僕を睨みつけている。


「ふーん…君、名前は?」


 コウヨウに名前を聞かれ、ステファンの顔を見ると彼は頷いた。僕は勇気を出して、答えた。


「トモルです。」

「トモルか。いい名前だな。」

「ありがとうございます…」


 コウヨウは僕の返答に満足したのか、笑みを浮かべた。屈めていた腰を伸ばし、次は標的をヒカルに向けた。


「それで貴女の名前はなんだ?」


 コウヨウの問いかけにヒカルは黙っていた。ステファンがアルバを見つめた。アルバは何をすればいいのか、すぐに分かったようでヒカルに応えるように声をかけた。アルバに許可をされて、やっとヒカルは口を開いた。


「ヒカルです。」

「ヒカルか。」


 コウヨウがヒカルに続けて何か言おうとした瞬間、ステファンが話し始めた。


「彼女は研究員の見習いです。ちょうど彼女たちに話したいことがありまして、探していたのです。」

「…そうだったのか。では我々もそろそろ部屋へ戻るとするか。」


 コウヨウはステファンの言葉に素直に頷いた。僕は助かったと安堵したのも束の間、コウヨウは振り返り、僕とヒカルの名前を呼んだ。


「トモル、ヒカル。またな。」


 コウヨウは笑って歩いて行った。彼の姿が見えなくなると僕は足の力が抜けて、その場に座り込んだ。ステファンはため息を深くついた。


「これは…第一王子は二人に何かあると気づいていますね。」

「どういうことですか。」

「詳しいことは私の部屋で話しましょう。トモル君立てますか?」


 僕は体の力が抜けたまま、立つことが出来なかった。ステファンが僕をおんぶしようとするとアルバがそれを止めた。僕に早く立つよう言うが、本当に力が入らなかった。仕方なく、アルバが僕を運ぼうとするが、僕より背の低い彼では僕をおんぶすることは出来ず、結局ステファンが運んでくれた。

 さっきから僕のイメージが下がっている気がしてならない。コウヨウと話すときも人見知りだとか言うが、ステファンがいないと話が出来ない子どものように見られたに違いない。プライドは高いわけではないが、これは少し自尊心に傷がつく。それを年下のヒカルとアルバに見られていることが恥ずかしくて仕方ない。

 ステファンの部屋に行くとハインツが既にいた。ステファンにおんぶされている僕を見て、ハインツは慌ててステファンから僕を剥がした。僕をソファに座らせてから「どういう状況だ!」とステファンに叫んでいた。ステファンが状況を説明しようにも、ハインツはすべて僕がおんぶされていることに繋げて、話が進まなかった。

 そんなハインツを止めようとするもアルバがそれを阻止した。僕の頭の真横に手をついて、「先生に何てことさせているんだ」と睨みつけている。そんなアルバにずっと質問攻めをしているヒカル。こんなカオスな状況が落ち着いたのはそれから10分後だった。


「やはり、ハオニゴの狙いはトモル達、異世界人か。」

「異世界人というより召喚魔法を狙っているのかもしれません。ハオニゴは魔力を保持する人間が少ないので魔法についての研究をしている者はほとんどいません。それに対して我が国は魔力を保持する人間の数も多く、研究も進んでいる。召喚魔法が成功したことがハオニゴに知られたとしたら、第一王子が城に残りトモル君とヒカルさんに接触したのも納得できます。」


 ハインツとステファンの二人が難しい顔をしている横で、僕とヒカルはクッキーをつまんでいる。


「とりあえず、私たちはあのコウヨウっていう人には会わないようにすればいいの?」


 ヒカルはステファンに問いかける。


「それが出来たら一番いいのですが…調査も違う者に引き継いで行うことも可能です。ですが、あのハオニゴの王子ですから何をしてもお二人に近づこうとするでしょうね。」

「それにハオニゴの占いが厄介です。魔法は仕組みを分析できますが、あの占いはどういうものかが全く分からない。」


 ステファンに続いてアルバも話し始めた。そして、コウヨウ達の監視報告を二人にした。


「ハオニゴでは第一王子が一番、占いに長けているらしいです。今朝もカードを使って占いをしていたと報告が来ています。従者の方は第一王子の傍から離れる様子はなかったそうです。」

「その占いとやらで何が出来る?」

「未来の予測や天気を当てたり…いろいろあるようですが、それが当たる確率は50%です。」


 ハインツは「どうするべきか」と頭を抱えた。ステファンも何も言えず、その場は沈黙が続いた。

 その沈黙を破ったのはヒカルだった。



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