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第32話

「送ってくれてありがとうございます。」


 僕は部屋の前でステファンにお礼を言った。目はまだ少し赤かったが、夕食の時間が迫っていたのでハインツの部屋の前までステファンが送ってくれたのだ。


「いえ、一人になるのは危険ですから。次からは私が迎えに行きます。」

「そんなの悪いですよ。」

「メイドだけではコウヨウ第一王子に逆らえませんから。」

「…ありがとうございます。」


 僕がお礼を言うとステファンが僕の顔に手を伸ばしてきた。その瞬間、扉が勢いよく開いた。そこにはハインツが立っていた。声をかけようとするが、ハインツに腕を掴まれて思い切り彼の方へ引き寄せられた。


「ステファン、送ってくれて感謝するよ。でも、次は私がトモルを送迎するから安心してくれ。」

「…そうですか。承知しました。」


 なぜか、ステファンを睨みつけるハインツ。


「埃が髪の毛についていたので取ろうとしただけですよ。」


 ステファンは大きくため息をついて、答えた。ハインツは僕の髪についていた埃を取って、再びステファンに感謝をし、扉を閉めた。


「ハインツどうしてそんなに慌ててるの。そんなにお腹が空いてた?」

「…そういう訳じゃないよ。」


 そう答えるハインツは僕を椅子に座らせた。どうしてハインツが不機嫌なのか本当は分かっていた。きっと僕とステファンが二人になる時間を減らしたいのだろう。分かっていても、分からないフリをしないといけない。彼に興味がないと思わせないといけない。彼のためと思っても、胸が苦しい。食欲もなくなってきた。


「トモル、昼間のことなんだが…どうして逃げたんだ?あの時、トモルは泣いているようだったから気になってしまって。」

「…どうしてもステファンに日記の事を急いで伝えないといけないと思ったんだ。泣いていたのは本当にゴミが目に入っただけだよ。」

「ステファンに伝えるなら私にもいずれ伝わる。」

「分かっているけど…僕よりステファンの方が上手くハインツに伝えてくれると思ったんだ。気分を悪くさせたならごめんね。」


 僕が謝るとハインツは黙ってしまった。


「トモルが謝ることじゃないよ。分かった、後はステファンから聞くとするよ。」


 ハインツは僕に笑顔で答えた。きっと彼は納得していない。それでも僕から無理やり聞こうとはしなかった。その優しさが僕の胸を締め付けた。


 翌日、僕はハインツと一緒にステファンのところへ行こうと扉を開けた。


「ハインツ殿下おはようございます。」


 扉を開けた先に待っていたのはアルバだった。アルバがいることにハインツも驚いていた。


「先生のところへは私が連れて行きます。」

「ステファンには私が送ると言ったのだが。」

「先生からの指示ではありません。少し、トモルと話がしたくて来たんです。」


ステファンがアルバに迎えを頼んだのかと思ったが、どうやら違うようだった。いつものように僕を罵らないアルバを見て、ハインツも「いいだろう」と僕の背中を押した。

 アルバはハインツにお礼を言って、歩き出した。僕もハインツに「行ってくるね」と言って、アルバの後ろについて行った。ハインツは僕に手を振って、事務室に向かった。

 アルバが向かったのは研究室だった。僕は何かの実験台にさせられるのかと思ったが、部屋の奥の椅子に座らされた。


「あのさ…」

「なに?」

「女に囲まれて育ったって言ってたよね。」

「言い方よくないけどそうだね。」


 ここが研究室の隅だとしても、研究員たちの気まずそうな顔で察しが付く。


「…女子って何を貰ったら喜ぶの。」

「え?」


 予想しなかったアルバの発言に思考が止まる。それは周りにいた研究員たちも同じだったようで、皆の手が止まっていた。あのアルバが女子にプレゼントを贈ろうとしているなんて、明日槍でも降ってくるんじゃないか。


「それってヒカルにってこと?」


 僕は恐る恐る聞いた。アルバは何も言わずに頷いた。これはゲームのストーリーのイベントだ。ストーリーが半分まで進んで、好感度が高ければアイテムがもらえる。これはそのイベントなのだろう。


「ホーリーでヒカルが花を買ってたんだ。部屋にでも飾るのかと思ってたけど、それを栞にして僕に渡したんだ。いつも世話になっているからって…」

「そのお返しを考えてるんだ?へえー。」


 アルバは顔が赤くなっていた。それをからかいたかったが、それをすると本当に嫌われそうなので気持ちをぐっと抑える。しかし、アルバには僕が言いたいことが分かっているようでいつものように睨まれた。

 僕が何を言うべきか悩んでいると、アルバが立ち上がった。「場所を変える」と言って、僕を部屋の奥の部屋へ押し込んだ。そこは個室のようで僕はアルバをからかおうとしたことを後悔した。


「ごめん、ふざけているわけじゃなくて…」


 アルバは部屋の扉を閉めた。


「はあ…他の奴の視線がうざかったから移動しただけ。怒ってないよ。」

「そうなんだ…ごめん。」

「あんた、何でも謝らないと気が済まないの?」


 アルバの言葉に僕はドキッとした。姉からも「ごめん」が口癖なのかと言われたことがある。そこから直そうと意識していたが、無意識に出ていたらしい。


「ごめん…鬱陶しいよね。」

「…まあいいや。で、女の人って何が好きなの。」


 アルバはため息をついて、話題を戻した。


「女の子が何を好きかを考えるのも大切だけど、一番はヒカルが何を欲しいかじゃない?」

「それはそうなんだけど。植物しか浮かばなくて…同じものを渡すのは変じゃん。」

「そんなことないよ。いいじゃん、ヒカルの一番好きな花とかで栞作ってみれば?」


 アルバは納得いっていないようだった。僕にもヒカルは植物が好きなイメージがあった。ところで、アルバはどうして僕に相談したのだろうか。


「なんかさ、もっとこういい感じのやつないの?」

「いい感じのやつ?!えー…ていうか、なんで僕に聞くの?メイドさんとか女性に聞いた方が良いんじゃないの?」


 そう言うと彼は急に口を閉じてしまった。口をもごもごさせて、何かを言おうとしているのは分かる。そんな姿は年相応の少年に見えた。


「僕に姉も妹もいるから相談したの?」

「相談っていうか…まあ、そんなとこ。」


 アルバは目を逸らしながら応えた。ずっとヒカルへのプレゼントについて考えているようだった。しかし、それだけでは無さそうだった。昨日のヒカルとアルバの喧嘩は、お互いに謝ってはいたのものの二人の雰囲気は暗かった。


「ねえアルバ、もしかしてヒカルとまだ仲直りしてないの?」

「…」


 アルバはまた黙ってしまった。僕はなぜアルバがヒカルにプレゼントを渡そうとして、それを僕に相談してきたのか分かった。


「まさかだけど、ヒカルが喜ぶプレゼントをあげて機嫌を直そうとしてる?」

「そうだけど、悪い?」


 想像通りの答えが返ってきて、僕はため息をついた。


「なんでため息なんかつくの?」

「ヒカルはモノで釣られるタイプじゃないでしょ。」

「目新しいものを見せたら喜んでた。」

「確かにヒカルは珍しいもの好きだけど…きっと今回は効果ないよ。」


 アルバはどうしてか分からない顔をしていた。反対に、研究者として働いている彼がこんな簡単なことも分からないことが僕には不思議だった。


「そう言えば、ヒカルは今何をしているの?」


 いつもなら庭園に行っている時間だ。一人で行動が出来ない今、アルバの近くに彼女がいないことが疑問だった。


「メイドから今日は外に出ないって伝言があった。いつもなら外に行こうってうるさいのにね。」

「…心配?昨日のこともあるし、ヒカルとアルバは常に一緒だったから僕も違和感があるよ。」

「…元の世界に戻れるまで監視のためだよ。先生からの命令だから仕方なく一緒に行動しているだけ、心配なんかじゃない…そのはずだったんだけど。」


 アルバは静かに天井を見上げた。てっきり僕は「心配なんかじゃない」と怒られるかと思った。主人公にプレゼントを贈るシーンでは、主人公からの貰ったプレゼントのお礼というだけだった。ステファンに相談することはあったが、ここまで悩んでいなかった。これもコウヨウが登場したことによる変化なのだろうか。この世界が夢ではなく現実ということは分かっているが、この二人の関係だけはゲームと変わらなかった。だからか、僕は彼になんて声をかけたらいいか分からなかった。


「…昨日、ムキになって言い過ぎたと思ってる。」

「え、うん。」

「嫌われたらどうしよう。」

「…わあ、アルバにもそういう感情あるんだね。」


 僕がそう言うと、アルバが僕の頭を叩いた。


「痛い!」

「ふざけないでくれる?」

「ふざけたわけじゃないよ…でもそう思っているのはヒカルも同じなんじゃない。」


 アルバは叩く手を止めて、僕の言葉の意味を聞き返した。


「ヒカルも同じってどういうこと。」

「あの時の…謝っていた時のヒカルの顔見たら分かるよ。アルバの顔色を伺っていたじゃん。」

「全然、見てなかった。」


 あの時、アルバはヒカルから顔を背けていた。ヒカルからしたら自分勝手な発言でアルバに嫌われたと思うことが、僕には想像出来た。アルバはまた考え込んでしまった。僕は紅茶を啜りながら、二人を羨ましく思った。


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