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50話:ベルトルドに叱られるキュッリッキ

* * *


 キュッリッキはこれ以上にないほど、瞳をキラキラ輝かせていた。アルケラを視ているわけでもないのに、瞳にまといつく光彩も煌いている。

 一方、キュッリッキに好奇の目を向けられている男は、困ったようにキュッリッキをみおろしていた。


(なぜこのような場所に、このような令嬢がいるのだろう?)


 見るからに貴族の姫君だ。男はわずかに首をかしげる。


「かわいいいい!!」


 黄色い悲鳴をあげると、キュッリッキは何かが弾けたように男に飛びついた。脅威の跳躍力を発揮して、男の首のあたりに抱きつく。男はびっくりした。


「毛皮すべすべ~」


 スリスリスリスリ……


 キュッリッキは男に何度も何度も頬ずりする。つるつるとした毛並みが肌に気持ちがイイ。

 次に男は足元から何かが軍服に爪を立てて、這い登ってくる感触に気づいて視線を下へ向ける。

 白銀色の毛並みの仔犬が、器用によじ登ってくるのだ。

 男は飛びついてきた少女と仔犬を抱きかかえると、どうしたものかと廊下で硬直してしまった。



* * *



「で、リッキーとはぐれたのか?」

「………ええ」


 アルカネットは憮然と、明後日の方を向いてごにょりと呟いた。恥ずかしくてマトモにベルトルドの顔が見れない。


「確かに総帥本部は無駄に広いがな、ここまでくるのに、何故リッキーとはぐれて、お前”だけ”がここにいる?」


 トン、トン、トンッとデスクを人差し指で叩いて、ベルトルドはアルカネットを睨みつけた。「だけ」が異様に強調される。それに対し「ごもっとも」とは胸中で呟くアルカネットだった。


「無駄に探しまわるよりも、あなたに探してもらったほうが早いと思いまして」

「居直って他力本願か」


 デスクにふんぞり返りながら、ベルトルドは目を細めた。

 アルカネットにしては超珍しく困り果てている。得意の魔法で探索すればすぐ見つけられるだろうに、そんなことも頭から抜けてしまうほど狼狽えているのだ。

 魔法部隊ビリエルの本部から一度も離すことなくキュッリッキの手を引いて総帥本部までやってきたのだが、トイレに行きたいというキュッリッキを案内して外で待っていた。そこへ知り合いが声をかけてきたので、出入り口から目を逸らして挨拶を交わすこと1,2分。キュッリッキはトイレから出てこず、失礼を承知で中に入ったがキュッリッキはいなかった。


「……なんてことです」


 呆然となると、自分が魔法使いであることも忘れ、慌ててベルトルドに泣きついたのだった。


「全くしょうがないやつだな……」


 大仰に溜め息を吐き出すと、ベルトルドは意識をこらした。その時扉がノックされ、衛兵が来客を告げる。


「ブルーベル将軍がお見えになりました!」

「ああ…もうそんな時間か。すぐお通ししろ」

「はっ!」


 衛兵2人が重厚な扉を左右に開く。キュッリッキの探索は中断された。


「失礼しますよ」


 入ってきた将軍を見て、ベルトルドとアルカネットは目を見張って、ついで口をぽかんと開けて挨拶も忘れて固まった。

 将軍の腕には、キュッリッキとフェンリルが、しっかりと抱かれていたからだ。




 ブルーベル将軍は真っ白な毛に覆われた、シロクマのトゥーリ族である。

 身長は2メートルを有に越し、がっしりと筋肉質の体躯は圧倒的で、しかしシロクマ独特の愛らしい顔つきとつぶらな瞳が、どこか温厚そうな印象を与えている。それが軍服を着ているのだから、カッコイイというより愛嬌たっぷりだ。

 キュッリッキはブルーベル将軍の首に両腕を回してしっかりと抱きつき、ふかふかする毛に気持ちよさそうに頬を埋めていた。

 やがて視界にベルトルドが入ると、


「あ、ベルトルドさん」


 そう素っ気なく言っただけで、ブルーベル将軍から離れようともしない。

 その薄すぎる反応で我を取り戻したベルトルドは、椅子から腰を浮かせて腕を差し出した。


「これは将軍、大変失礼しました。リッキー、こっちにおいで」


 差し出されたベルトルドの手をちらりと見ると、「いやっ」と冷たくそっぽを向いてしまった。


「リッキーさん、こちらはブルーベル将軍です。失礼の無いよう降りてください」


 アルカネットも手を差し出すが、キュッリッキは頑なに拒む。相手がどんなに偉かろうと、シロクマは可愛いのだ。


「まあまあお二方とも、ワシは一向に構いませんよ。こんなに可愛らしいお嬢さんに好かれるのは、光栄の極みです」


 ブルーベル将軍はつぶらな瞳を細めて、ホッホッホッと穏やかに笑った。

 キュッリッキはトイレで用を済ませ外に出てくると、廊下の向こうへ消えていくブルーベル将軍の後ろ姿を見つけた。興味が急に湧いて、アルカネットに何も言わず慌てて追いかけた。

 追いついてみれば、それは軍服を着た大きなシロクマ。歩くでっかなぬいぐるみを見つけた気分になったキュッリッキは、大喜びのあまり相手が誰であろうと構わず飛びついて今に至る。

 経緯はどうあれ、物怖じせず将軍をぬいぐるみ扱いするキュッリッキに、ベルトルドとアルカネットは顔を合わせると、揃って肩を落とした。


「さて、ご要件はなんですかな。こちらのお嬢さんも同席していて大丈夫ですか?」

「ああ……ええ、彼女にも関係のあることなので」


 キュッリッキを引き剥がすことは諦めて、ベルトルドは手振りでブルーベル将軍にソファをすすめる。アルカネットはデスクとソファの間に控えた。

 ブルーベル将軍は小さく頷くと、デスクの前に置かれた応接ソファに座り、キュッリッキとフェンリルを膝の上に座らせた。


「随分軽いですね。お嬢さんはアイオン族かな?」


 その言葉に、キュッリッキの身体がビクッと震えた。今までにこやかだった表情がスッと潜み、強ばった表情がサッと浮かぶ。

 ベルトルドとアルカネットも小さく息を詰めたが、ブルーベル将軍はその空気を感じ、相好を崩して笑った。


「あの気位の高いアイオン族が、トゥーリ族のワシになついてくるなどありえませんな。お嬢さんはいわゆる”だいえっと”なるものをしていて軽いのでしょう」

「彼女は食がとても細くて、困っております」


 アルカネットが苦笑気味に応じると、ブルーベル将軍は「それはいけませんな」と声を上げて笑った。

 不安そうに見上げてくるキュッリッキに、ブルーベル将軍は小さくウインクした。察してくれたその様子にキュッリッキは小さく微笑むと、安堵して肩の力を抜いた。


「お呼び立てした要件ですが」


 ベルトルドは椅子に座りなおすと、デスクに両肘をついて顎の下で手を組んだ。


「今回のような規模の大きな戦争は、3年前の反乱を抜かせば、ここ数十年マトモに行われておりません。ソレル王国も連合などと称して、他国と結託して気合を入れてきているので、こちらとしても、もっと大々的に手袋を叩きつけ返してやらねばと思いまして」

「ほほう?」


 ベルトルドの無邪気な笑顔を見て、ブルーベル将軍は興味津々といった視線を投げかけた。


「盛大に式典を開きたいと思います」


 これには2人の無言の反応が返された。

 楽しそうにニコニコと笑うベルトルドの顔を見て、キュッリッキは可愛らしく顎に指をあてる。


「式典ってなあに?」

「フフッ、楽しいお祭りのことさ」


 にっこりとベルトルドに言われ、キュッリッキは昔、別の国で見た賑やかなお祭りの光景を思い出していた。

 小さな村での感謝祭だった。ご馳走や酒が振舞われ、音楽にダンスに村じゅうが盛り上がっていて、とても楽しそうだった。

 それをここでやるのかなと想像し、キュッリッキの表情に楽しげな色が浮かんだ。そんなキュッリッキを見て、アルカネットが小さく苦笑する。


「そして将軍、今回俺は、戦場で大暴れしようと思っています」


 ブルーベル将軍は小さな目をめいっぱい見開いた。

 ベルトルドの大暴れは、トリプルハリケーンクラスの威力がある。そんなものが戦場で吹き荒れたら、敵味方関係なく皆昇天してしまうだろう。それを想像すると、ブルーベル将軍は困った表情になった。


「誰に喧嘩を売ったのか、骨の髄までしっかり判らせるためにも、俺直々に暴れるのが一番効果的ですからね。そしてこのアルカネットにも、同じように暴れてもらいます」


 これにアルカネットは無言で肩をすくめてみせた。

 アルカネットまで加わった大暴れになると、大陸が沈むレベルになってしまう。もはや天災レベルを超えている。ブルーベル将軍はますます困り果てた。


「軍は全て将軍に丸投げしますので、面倒をよろしくお願いします」


 多少手加減くらいはするだろう、と思うことにして、ブルーベル将軍は目を瞬かせる。


「閣下が直々に暴れるなど、3年ぶりになりますか。コッコラ王国の悲劇もまだ記憶に新しいというのに」

「あの時は、コッコラ王国に俺の部下たちが雇われていまして。今後の成長を促すためにも、徹底的にお仕置きしてやりました。可愛い子は金棒で育てるものです」


 ククッとベルトルドは愉快そうに笑った。アルカネットもニコニコしている。

 この場で一人話題についていけないキュッリッキが不思議そうにしていると、


「あとでライオンの連中に聞いてみるといい」


 ベルトルドから優しく言われ、キュッリッキはこくりと頷いた。


「して、こちらのお嬢さんは、何をするのかな?」


 膝の上でおとなしく座るキュッリッキに、ブルーベル将軍は首をかしげてみせた。キュッリッキもブルーベル将軍に、首を傾げてみせる。

 ベルトルドは更に楽しそうに笑みを深め、


「彼女には、式典で大活躍していただきます」



* * *



 会見が終了してブルーベル将軍が退室したあと、キュッリッキはベルトルドから叱られた。


「いいかいリッキー、ハーメンリンナは外の街とは違って、区画によっては機密性の高い場所が多い。この南区は軍に関連する場所だから、一般人は殆ど寄り付かない。立ち入りを禁止しているわけではないが、この街に出入りする者なら心得ていることだ。だが、リッキーはまだこの街に不慣れだ。だからセヴェリに付いてきてもらっていたんだよ」


 デスクの前に立って、おとなしく叱られているキュッリッキの表情が、段々申し訳なさを滲ませて、しょんぼりと俯いてきた。


「リッキーを一人にしたセヴェリが一番悪いが、リッキーの行動も軽率だぞ?」

「はい…」

「怪我もまだ全回復したわけじゃない、身体もまだ完全じゃない。途中で気分を悪くして倒れたら、困るのはリッキーだ。それは判るね?」

「うん」


 キュッリッキは次第に、ポタポタと涙を流し始めた。


(どうしよう…アタシのせいで、セヴェリさんが怒られちゃう…)


 そのことが一番辛かった。セヴェリに申し訳なさが募り、忸怩たる思いにどんどん涙があふれる。


(ナルバ山でもアタシのせいでみんなに迷惑かけちゃったのに、また同じことしてる…アタシ、子供だ)


 己の軽率さが情けなくなる。


「ごめんなさい…ごめんなさい」


 しゃくりながら詫びると、ついに泣き始めてしまった。

 表情を固くして叱っていたベルトルドは、キュッリッキが泣き出した途端、狼狽えた表情を浮かべて立ち上がった。


「説教はもう終わりだ。リッキー、泣かないで」


 慌ててデスクを回り込んで、泣きじゃくるキュッリッキを優しく抱きしめた。


「リッキーが大切なんだ。ああ、そんなに泣いては身体に障る…」


 抱きしめる細い身体が頼りなく震えていて、脆いガラス細工のように儚く思えてしまう。泣かせるほど叱ったことを、激しく後悔した。


(真面目に説教などするんじゃなかったああああっ!!)


 ベルトルドは心の中で火を噴いた。


(リッキーは賢い子だ! 軽く叱る程度でもちゃんと反省出来る子なのに、俺はマジモードで叱ってしまったっ!)


 ブルーベル将軍にベッタリしていたことによる、嫉妬の感情に揺さぶられたことは否めない。あんなふうに、キュッリッキにベタベタ甘えてもらったことなどない。あれは本当に悔しかった。


「なにをしているんですか!!」


 ブルーベル将軍と一旦退室していたアルカネットは、戻ってくると同時に声を張り上げた。

 ベルトルドがキュッリッキを抱きしめていることも腹立たしいのに、そのキュッリッキが泣いているではないか。

 2人のところにズンズンと大股で来ると、アルカネットはベルトルドの胸ぐらを思い切り掴んだ。


「何をした貴様!」

「うっ…」


 アルカネットは怒りに満ちると、身体から冷気を吹き出す。室内が急激に冷え始め、泣いていたキュッリッキは寒くて顔を上げた。


(ブラック・アルカネットさんだ…)


 いつも優しいアルカネットが豹変した様を、ブラック・アルカネットとキュッリッキは心の中で名付けている。


「こんなに泣かせやがって、どういうことだ!」

「……いや、ちょっとお説教を…」

「存在自体がゲスのクソ野郎の分際で、リッキーさんに説教なんて出来る身分か!」


 すっかり別人に変わったアルカネットのあまりの形相に驚きすぎて、キュッリッキはひきつけを起こしてしまった。


「ちょっとアルカネット落ち着け、リッキー、リッキー!」

「えっ、リッキーさん!?」


 キュッリッキの様子にアルカネットは元に戻ると、ベルトルドと共に慌て始めた。


(元に戻った…。なんだか、疲れちゃったの…)


 心の中でぽつりと呟いて、キュッリッキは意識を手放した。


「ああ、リッキー、どうしよう…」

「早く医者に、ヴィヒトリ先生をっ」


 ベルトルドとアルカネットは、気を失ったキュッリッキをソファに寝かせ、みっともないほど狼狽えていた。部下たちが見たら不安しか覚えないほどに。

 そこへ、宰相府で仕事を終えてきたリュリュが戻ってきた。


「なーにやってんのよ、あーたたち? 将軍との会見は終わったのかしらん」


 ベソでもかきそうな顔の2人を胡乱げに見ながら、リュリュはキュッリッキを指さす。


「どうしたのよ? 小娘」

「アルカネットの豹変に驚きすぎて、ひきつけを起こしてしまったんだ」

「え、何故私のせいなんですか!?」


 身に覚えがないと言わんばかりに、アルカネットは声を荒らげた。


「当たり前だっ!! お前の豹変は極端すぎて怖いぞ! 自覚しろ自覚っ」

「そうね。小娘には『優しいアルカネットさん』なのに、ベルにはあの怖い顔が普通に出てくるからねえ。――目の前に小娘居ても」

「失礼ですね2人とも。いつもと変わらないですよ、私は」


 本気でムッとした顔をするアルカネットに、ベルトルドとリュリュはあんぐりと口を開けた。


「無意識にああなるな、マジで怖すぎる…」

「あーたのドSは心臓に悪いのよン」

「あなた方のドSぶりを棚に上げて言わないでください」


 ライオン傭兵団の面々が聞いたら、抗議デモでも起こしそうな自覚のないドSトリオだった。


「さて、小娘はアタシが送ってくるわ。ヴィヒトリちゃんをやしきに寄越すように、連絡しておいてちょうだい」

「ええええ」


 ベルトルドとアルカネットが、揃って不服を剥き出しにして口を尖らせる。


「ベルもアルもお仕事いっぱいあるデショ! とくにアルカネット、あんまりヘイディちゃんを困らせないでちょうだい。あのコ、アタシのお友達なんだから」

「困らせた覚えはありませんよ。彼女が勝手に困っているだけです」

「ヘイディちゃんが聞いたら、涙の海で溺れ死んじゃうわね…」


 リュリュはキュッリッキを腕に抱き、捨て犬みたいな顔をする2人をキッと睨みつけた。


「早くお仕事に戻りなさいっ!」




 リュリュの〈才能〉スキル超能力サイだが、ベルトルドのように空間転移は使えないため、総帥本部の地下から専用馬車に乗り込んだ。

 意識のないキュッリッキの顔を見つめ、リュリュは悲しげな雰囲気を漂わせながらも、優しく微笑む。


「あーたも毎日大変よね。大怪我したり、環境が一変したり、初めて恋しちゃったり、お勉強も始めたり、良いも悪いも新しいこと尽くめで。それに、ベルとアルから本気と書いてマジと読むってくらい惚れられちゃって…」


 リュリュは視線を窓の外に向ける。


「これも運命、ってやつなのかしら?」


 独り言というより、ここには居ない誰かに呟くようにリュリュは声を潜めた。


「どうか、幸薄いこのコを守ってあげてね、おねえちゃん」



* * *



「いらっしゃいませ、リュリュ様。ヴィヒトリ先生はもういらしております」

「あら、ベルが飛ばしてきたのね」

「左様でございます」


 出迎えた執事代理のセヴェリは、意識のないキュッリッキを見て悲しげに眉を曇らせた。


「一緒にお出になったときは、はつらつと元気なご様子だったのに」

「大丈夫よ。ベルに叱られて気落ちしてたところに、アルカネットの怖い顔を見て驚いただけだから」

「おいたわしい…」


 キュッリッキの部屋へ案内をしながら、セヴェリはヤレヤレと首を振る。使用人の間でも、アルカネットの怖い側面は周知なのだ。


「ベルがちょっと叱りすぎたの。それに、悪いところを指摘されて、自分のためにしっかり叱ってもらうことに慣れてないのよ、このコ。これまでは一方的に喚かれただけだっただろうし。何だかんだ言っても、このコからしてみたら、ベルもアルも親代わりだもの」

「たしかに」

「それなのに恋人になるとか嫁にするとか、妄想膨らみすぎて困っちゃう。小娘もいい迷惑よね。あの2人が一番自覚がないンだから」


 部屋に着くと、セヴェリが椅子に座って待っていた。


「やほー、リュリュさん」

「お久しぶりね、ヴィヒトリちゃん」


 手を振るヴィヒトリに、リュリュはウインクする。


「なんか閣下の説明だと、イマイチよく判らないんだけどー。ちゃんと説明ヨロシク」

「しょうがないわねえ。よっぽど混乱の極みなのね、ベルもアルも」


 キュッリッキをそっと寝かせ、リュリュはため息をついた。


「勝手な行動をして、南区でうろうろしていたことを、ベルから叱られたのよ。それで反省して泣いちゃてったところに、アルカネットが来て激怒。ベルに突っかかっていって怖いアルカネットに。それを見て小娘はびっくりして、ひきつけを起こしちゃったそうよ」

「なるーほどー」


 ふむふむと頷きながら、ヴィヒトリは診察を開始した。


「まあ、ひきつけのほうは、あまり心配しなくて大丈夫。びっくりしすぎちゃっただけだね。ただ、体力がまだ回復したわけじゃないから、歩きすぎてかなり疲れてる」


 衣服を整え直してあげて、ヴィヒトリは身体を起こす。


「心配だなんだ言いながら、呼び出すのは酷いな。どうせ話でもするなら、やしきですればいいんだよね」

「まあ、そうなんだけど。さすがに機密的な話をするのに、やしきではまずくってよ」

「じゃあ、超能力サイ使って移動させてあげたら良かったんだよ。そしたら歩き回らせずに済んだんだ」

「転移もね、エグザイル・システムのように多少なりとも身体に負担があるみたい。小娘の怪我を気遣ってのことだと思うわ」

「そかそか」


 ヴィヒトリはカルテにササッと書き込んだ。


「目が覚めるまで、やしき在住のドクターをつけといて。何もなく普通に目を覚ませばもう安心。そして明日は家庭教師の授業はお休みさせること。退屈でもなんでも、部屋でゴロゴロしてるように言っといてね」


 控えていたセヴェリに向けて言うと、ヴィヒトリは鞄を手に取った。テーブルのそばの椅子に座っていたリュリュも立ち上がる。


「大事にならなくてよかったわ」

「うん。――あれだけの大怪我をしたんだ、そんなすぐに調子が戻るわけがない」

「本当に、その通りよ」

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