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54話:皇国軍作戦会議

 会議の時間が迫り、ベルトルドとリュリュは執務室を出る。


「いよいよ、大芝居の始まりネ」

「ああ。大根役者だと騙せないからな、正念場だ」


 ベルトルドは自信たっぷりに笑みを深めた。ナマコ事件はとりあえず脳内に封印完了だ。


「戦争すること自体は変更なくても、これだけの戦力を投入するんだから、それなりの説得を持たせることが重要だわ。とくに大将たちには」

「コチンカチンの石頭どもを、やる気満々にさせるのは大変だ。まあ、ぎゃーすか文句を言ってきても実行するがな」

「そうねん」


 大会議室前に到着すると、左右に控える衛兵が敬礼し、恭しく扉を開く。

 ベルトルドの到着を知らせる衛兵たちの声に、大会議室に居た全ての人々が立ち上がり、敬礼をしてベルトルドを迎えた。




 総帥本部の大会議室の中には、軍服をまとった人々が、コの字に組まれたテーブルの前に座っていた。

 中心に総帥であるベルトルド、その右横に皇国軍正規部隊のブルーベル将軍、右側の長いテーブルには、1から10まである正規部隊の長である10人の大将。

 ベルトルドの左横には秘書官のリュリュ、左側のテーブルには特殊部隊であるダエヴァの3人の長官、魔法部隊ビリエル長官アルカネット、警務部隊長官、尋問・拷問部隊の長官、親衛隊隊長が座っていた。そして室内の壁際には、各大将の副官、そして長官たちの副官、秘書官も控えて立っている。

 全員揃い、すぐ会議は開始される。

 筈だった。


「ねえ、ベル。ソレ、旅立ったとか言ってなかった?」


 眉間を痙攣させながら、リュリュが指をさす。


「……ウン」


 ベルトルドの真正面に、白い毛玉が鼻をヒクヒクさせてベルトルドを見上げている。


「これは、チンチラですねえ。なんで閣下の目の前にいるんでしょう」


 ブルーベル将軍が「ホッホッホッ」と肩を揺らして笑う。


「即刻捨ててきてください、ソレ」


 アルカネットが全身から冷気を噴出させて、険悪な目つきになる。


「オデット……」


 ベルトルドはポツリと呟き、両掌でチンチラを包み込んだ。

 かつて、ベルトルドのやしきに闖入し、宰相府の執務室で飼われ、世話係の少年のもとに去ったオデット姫である。

 ほかの諸将たちは事態が飲み込めず、不可解といった表情をベルトルドに向けていた。


「そうか、喧嘩別れしたのか…」


 チンチラに語りかける副宰相に、諸将はギョッとする。


「だが済まない、オデット…。俺にはもう、愛おしい、とてっつもなく愛おしい恋人が出来てしまったんだ!」

「恋人じゃありませんよ、図々しいことをシレっと言わないでください腹の立つ!」


 ピシッとアルカネットからツッコミが入る。


「リッキーと言ってな、世界最強の美しく愛らしい少女なんだ。これからゆっくり、手とり足とり、ベッドの中で愛のレッスンを施さねばならないのだ。――ぬ? ヤキモチ妬いたのか? しょうのないやつめ」


 室内がドン引きする空気に包まれる。しかしベルトルドは気づいていない。


「だからオデット、キミの愛を俺は受け取るわけにはいかないんだ。酷なようだが、許せ…」


 ベルトルドの掌の中で、オデット姫はシクシクと身を震わせた。悲しみに髭がバラバラに揺れる。


「俺の愛も心も身体も全てリッキーのためにある! そしてリッキーの処女も俺がいただぶっ!」

「おだまりエロ中年!」

「指一本触れさせません!!」


 リュリュとアルカネットに豪快に殴られ、ベルトルドはテーブルに突っ伏す。


「あーたしか判んない毛玉姫との会話をいい加減ヤメナサイ! もうとっとと会議始めるわよ! そこの暇そうな護衛兵!」


 ギンッとリュリュに睨まれたブルーベル将軍付きの護衛兵は、


「はっはひ!」


 峻険な山のようにビシッと背筋を伸ばす。


「今すぐこの毛玉姫を動物園に引き渡してきなさい!」

「うっ、承りました!」


 ブルーベル将軍に許可をもらうことも忘れ、リュリュがつまみ上げたオデット姫を受け取ると、逃げ出すようにして部屋を飛び出していった。オデット姫の悲しみの声が、尾を引いて遠ざかっていく。


「なあ、リュー、アレってブルーベル将軍の…」

「おだまり」

「はい…」

「清々しました。全く、なんて神出鬼没なケダモノでしょうね…」

「ケダモノは、ベルのような男を言うのよ」

「同じようなモノでしょう、お互い白いんですから」


 リュリュとアルカネットに言われ放題なベルトルドは、ベソ顔でメソメソ両手で顔を覆った。

『泣く子も黙らせる』という通り名を持つ副宰相の、意外すぎる一面が披露され――リュリュとアルカネットにしてみれば日常――諸将は複雑な心境の極みだった。

 そんな部下たちの心も忖度せず、集まった一同を見渡し、ベルトルドは無造作に片手をあげる。それを合図に、秘書官のリュリュが改めて立ち上がった。


「ベルの間抜けな場面を失礼したわね。無駄な時間を費やしたぶん、早速、本来の議題に入るわ」


 リュリュが手にしていた書類をめくると、室内の全ての人々が、テーブルに置かれた、或いは手にしていた書類をめくり始める。

「やっと始まったか…」という空気が、副官や秘書官の方角から遠慮なく漂う。それに対してリュリュは内心苦笑した。側近のほうが案外冷静なのである。


「過日、ご立派な宣戦布告を発して逆臣となったソレル王国は、周辺の三国であるベルマン公国、エクダル国、ボルクンド王国と手を組んで、『自由奪還軍』などと味気ない名称を掲げて連合を作ったわ。6月の時点ですでに総帥が第二正規部隊とダエヴァ第二部隊、魔法部隊ビリエルの一部をソレル王国の首都アルイールに送り込んで占拠したけど、メリロット王家の連中はケツまくって逃げ出したあと。軍も一緒に後退してどこかへ潜伏したようね。残されたのは巻き込まれて状況説明もしてもらえなかった、哀れな国民だけよ」


 一度区切る。第一正規部隊のエクルース大将が手を挙げた。


「総帥は6月の時点で、ソレル王国の反逆を察知しておられたのですか?」


 ベルトルドはチラッとエクルース大将に視線を向けると、小さく頷いた。


「アルケラ研究機関ケレヴィルの研究員を不当に拘束、尋問した件があってな。身元を明かしても、俺のサインをした書類を突きつけても尚拘束を続けたので、第二部隊などを向かわせた。そしてなにより重要なのは、召喚士に手を出し、瀕死の重症を負わせたことだ」


 これには室内が騒然とざわめいた。

 ナルバ山でのキュッリッキの怪我に、ソレル王国は関わっていない。しかし真相を知らない一同に、ベルトルドは罪を捏造する。

 これが、諸将の戦争に対するやる気を奮起させる起爆剤だ。

 召喚士を保護し、国を挙げて護るのは3種族で取り決めてあること。その召喚士を害することは、何よりも重罪に値する。

 召喚士は尊い神の力を使う。その神聖な存在に手をかけるなど、想像もできない蛮行なのだ。

 室内に嫌悪と怒気が充満していく。


「小官も閣下から出撃を命ぜられ、その理由を聞かされ大変驚きました。――お嬢様の容態は、もうよろしいのでしょうか?」


 第二正規部隊のアークラ大将が、気遣わしげにベルトルドを見やる。

 アークラ大将はソレル王国にてキュッリッキの姿を見ている。ベルトルドの腕に抱かれ、意識もなく顔色も悪く、今にも消え去りそうな儚い印象だった。あんな目に遭わせるなどあってはならないことだ。


「ああ。まだ少し不調な部分もあるが、通常生活に問題はない」

「それはようございました」


 本心から安堵するアークラ大将に、ベルトルドは小さく微笑んだ。


「さて、本題を戻すわよ。逆臣軍はその後ソレル国王を首領にいただいて、モナルダ大陸の中央部、ボルクンド王国領内エレギア地方一帯に陣取って、世界へ向けて宣戦布告を発したわ。エレギア地方には1万年前の遺跡がほぼ完全な形で遺っているの。ケレヴィルで押さえていたけど、奴らは遺跡に侵入してケレヴィルの職員を惨殺して乗っ取ったみたいね」

「――泥棒に殺人、ますます世間に顔向けできない行為をやらかしておりますな」


 やや呆れ口調でブルーベル将軍は小さく頭を振った。それにリュリュは頷く。


「ここまでくると、もはや弁明の余地なしね。召喚士に瀕死の大怪我を負わせた挙句、皇国に逆らい、皇国管理の遺跡を占拠。――けど、エレギア地方の遺跡を使われるのは厄介よ」


 リュリュは背後のモニターに、遺跡の一部を映し出す。諸将の視線がモニターに集中した。


「この遺跡は、1万年前の超古代文明の遺跡なの。あまりにも広すぎて、調査しきれてないンだけど。遠く離れたこのワイ・メア大陸を脅かすほどの武器が眠っているわ」

「なんと…」


 アークラ大将が息を呑む。


「エグザイル・システムは抑えてあるし、モナルダ大陸は惑星の反対側だから、兵士を送り込んでくるのは難しいでしょうけれど、遺跡の武器を使われたら目も当てられないわ。こちらにも相当の被害が出ることは否めない」


 そしてこれが、奮起させる起爆剤の二つ目になる。

 正規部隊、特殊部隊の上層に属する者は、超古代文明のもたらす技術の恐ろしさをよく判っている。エルアーラ遺跡が超古代文明のものなら、それは危険視されるべきものだ。何としても奪還しなくてはならない。

 背後のモニターに、今度は軍の組織図が映し出される。


「そこで今回は、ベルマン公国、エクダル国、ボクルンド王国、そしてソレル王国の制圧に正規部隊と特殊部隊を総動員するわ。出し惜しみなしよ。その指揮にあたられるのはブルーベル将軍。ただし、第七正規部隊は皇都の守りについてもらいます。陛下と民をよろしくお願いネ」


 第七正規部隊フオヴィネン大将が固く頷く。


「エレギア地方の遺跡制圧は、総帥と魔法部隊ビリエルの長官アルカネット、そして総帥直属の部下の傭兵たちで向かいます」

「総帥自ら出られるのですか!」


 親衛隊隊長マティアスが仰天したように身を乗り出す。その様子に微笑し、ベルトルドは前髪を軽くはらった。


「俺は強いからな」


 この一言に、誰もツッコミを入れるものなどいなかった。アルカネットがほんの僅かに肩をすくめるのみ。リュリュも「はいはい」といった表情を浮かべていた。

 3年前にコッコラ王国で見せつけたその力を、この場にいるほぼ全員が記憶に刻んでいる。異議など出ようはずもない。


「8月3日に出撃、それに先駆け7月29日から、部隊の一部をモナルダ大陸へ向け移動を開始させる。海上からも一部戦艦を残し出撃だ。逆臣軍はモナルダ大陸から動こうとせんのでな、わざわざこちらから出向いて遊んでやる。しかし万が一に備え、ダエヴァのいくつかはワイ・メア大陸の警戒にあたれ。皇都の守りは第七部隊に全て任せる」


 ベルトルドの説明に、ダエヴァの3長官とフオヴィネン大将が頷く。


「リュー、式典の準備は大丈夫か?」

「ええ、滞りなくってよ」

「8月3日の出撃前にな、ちょっと派手なイベントを世界中に発信する。この惑星ヒイシだけじゃなく、惑星タピオ、惑星ペッコにも中継を送る。――お前たちも面白いものが見られるから、楽しみにしているといい」


 ブルーベル将軍が好々爺の笑みを浮かべる。


「あーた、演説はするの?」


 横に立つリュリュに視線を向け、ベルトルドは渋面を作った。


「俺は演説嫌いだって、お前、知ってるだろ」

「おバカね、式典なんだから、何かカッコのつくことでも言わないと、様にならないじゃない」

「………」

「忙しいから演説原稿、アタシ書かないわよ。アルカネットにでもお願いして書いてもらうのね」

「嫌ですよ、私も忙しいのです」

「……じゃあ、カッコよく、短く、キリッとビシッと何か言う」


 ムスッとベルトルドが言うと、諸将は困惑した表情を浮かべて総帥を見つめた。アルカネットは呆れ顔で首を振る。


「開戦は8月10日あたりを目処に念頭に置いといてちょうだい。狼煙は各首都で同時に上げてもらうわ。準備する時間が極端になさすぎて、現場は大変でしょうけれど。それまでに仕掛けてこられたら、徹底的に叩いてちょうだい」


 リュリュがそう締めくくると、全員が深く頷いた。


「出撃まで日がない。各部隊早急に準備を整えておくように。――解散だ」


 ベルトルドが立ち上がると、皆席を立ち、胸に手を当て敬礼した。

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