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58話:恋する乙女には心臓に悪い3人旅

 ボルクンド王国はモナルダ大陸のほぼ中心に領土を構えている。

 バーリエル男爵がハワドウレ皇国王から領土の統治を任され就任し、何代かおとなしくしていたが、やがて独立を謳って反旗を翻した。長い攻防のすえ、先々代の頃に自治を認められ、属国という形で独立を果たした。

 現バーリエル王は別段完全独立に固執しておらず、属国とは言えあまり締めつけのない皇国に、反乱を抱く気は毛頭なかった。

 とくにエレギア地方にはエルアーラという遺跡があり、そこは皇国のアルケラ研究機関ケレヴィルが常駐し管理していたので、その恩恵を受けて国は潤っていた。

 しかしソレル王国のヴェイセル王から反乱を唆され、平和に飽いていたこともあり、簡単に同意して連合を組んだ。

 いざ連合を組んで皇国に反旗を翻してみたのはいいものの、普段から不満があったわけでも、独立思想に傾倒していたわけでもない。バーリエル王は何も深く考えてはいなかった。

 平々凡々な君主の突然の行動に、臣下も国民も驚愕を隠せなかった。それでも王が戦えというのなら戦うが、当の王が忽然と姿を消してしまったのだ。まさか国を捨てて、いそいそ遺跡へ逃げ込んでいるなどとは思いもよらない。

 王を欠いて反乱の姿勢をとったまま取り残されたボルクンド王国民は、すでに皇国軍第ニ正規部隊によりエグザイル・システムを抑えられ、どうしていいか判らず狼狽えるばかりだ。

 そんな国民を哀れに思ったか、バーリエル王の嫡子であるカルロッテ王女が突然陣頭指揮に立ち上がり、皇国軍第ニ正規部隊と正面衝突した。


「そんなわけで、オレたちは直接ボルクンド王国に飛べず、ここブリリオート王国の首都バロータから、エレギアを目指すことになりました」

「ちゃんちゃん」


 ルーファスの説明を受け、キュッリッキは茶化しながら締めくくった。

 エグザイル・システムは、太古から各惑星に複数存在する転送装置である。

 どの国もエグザイル・システムのある場所に首都を置く。国の玄関口となるからだ。

 皇都イララクスのエグザイル・システムの建物の規模には程遠いが、バロータのエグザイル・システムの建物は小さな宮殿のようだ。

 観葉植物が随所に置かれ、小さな水槽などが視覚に涼しい待合室を陣取り、キュッリッキ、ルーファス、メルヴィンの3人は向かい合ってベンチに座っていた。

 皇国軍第ニ正規部隊が接収しているため、建物の中に一般人はいない。一般人の渡航は禁止されている。建物内外は誰も入り込めないくらいに、武装した第ニ正規部隊の軍人が詰めていた。


「カルロッテっていう王女が、全部悪いんだね」


 キュッリッキが腕を組んで唇を尖らせて言うと、ルーファスもウンウンと同意する。


「そうはいっても、父王と共に逃げ出さずに、責任を取ろうとする姿勢は立派じゃないですか」


 肩をすくめながらメルヴィンが擁護すると、


「おとなしく降参しちゃったほうが、無用な血が流れずに済んだんだよ。メンツだとか威信だとか言ったって、巻き添え食った国民はいい迷惑なんだから」


 カルロッテ王女を擁護するメルヴィンに、キュッリッキは軽い嫉妬を覚えて、拗ねて正論で反発した。


「まー、キューリちゃんの言うとおりだけど、王室だとか軍人だとかは、譲れないものがあるんだよね、きっと」


 ルーファスがやんわりと間に入って、拗ねるキュッリッキの頭を優しく撫でてやった。

 メルヴィンも苦笑を浮かべる。

 キュッリッキ、ルーファス、メルヴィンの3人は、ボルクンド王国エレギア地方を目指すため、ボルクンド王国首都ヘリクリサムのエグザイル・システムに飛ぶはずだった。

 そこへちょうどヘリクリサムで第ニ正規部隊とボルクンド王国兵が衝突したニュースが届いて、予定変更になってしまった。

 どうなっているか判らない場所へ、キュッリッキを連れて飛ぶわけにもいかない。リュリュからの指示でボルクンド王国の隣国、ブリリオート王国首都バロータに飛んで、遠足することになった。そしてそれは各部隊に散っているライオン傭兵団の皆も同じで、それぞれもっとも近い場所から、各自エレギアを目指す羽目になっていた。


「それにしてもさ、キューリちゃん」

「うん?」

「よく、囮なんて引き受ける気になったね」


 ルーファスのちょっぴり責めるような口調に、キュッリッキは苦笑する。囮の話を持ち出したとき、とくにルーファスは怒った感じだったのだ。


「ベルトルドさんたち、遺跡のことをあまり知られたくなかったみたいで、ちょっと困った感じだったし。それに、いっぱい助けてもらったお礼もしたかったから」


 これは本心だ。

 ベルトルドがいなければ、今頃この世にはいなかったかもしれない。万が一助かったとしても、まだまだ寝たきりだっただろう。

 ベルトルドには感謝してもしきれないほど、キュッリッキは深い恩義を感じている。


「命は…まあ、そこは大丈夫でも、あんな見世物にされて、誘拐される危険がこれからついてまわるんだよ」


 ベルトルドの催した式典は、キュッリッキの召喚〈才能〉スキルの凄まじさを、世界中に広めたのである。

 神の力を操れるキュッリッキが一人居れば、戦争など一瞬で勝敗が決まるだろう。

 キュッリッキを手に入れるために、どこかの王や野心家がキュッリッキを狙うかも知れない。とくに、現在ではソレル国王が最有力候補だ。

 いくら恩義を感じているからとはいっても、危険の中に四六時中身を置く羽目になったのだ。


「心配してくれてありがとう。でもね、大丈夫。だって、ルーさんもメルヴィンも、アタシのこと守ってくれるもん」


 キュッリッキはにっこり笑うと、それを見たメルヴィンは生真面目な顔で頷いた。


「ええ、もちろんです。しっかり守りますから」


 力強いその言葉に、キュッリッキは嬉しそうになりながら顔を赤らめた。2人の様子を穏やかに見て、ルーファスもにっこりと笑う。

 ナルバ山の時と同じような失態は、二度とおかさない。メルヴィンも同じ思いだ。

 最強だと思われたキュッリッキの召喚〈才能〉スキルの弱点。それが判って、ライオン傭兵団もベルトルド達も愕然としたのだ。

 ナルバ山の遺跡では、力を封じられた原因は判っていない。しかし、子供にだって出来るごく簡単なことで、キュッリッキの力を封じることができるのだ。

 それは、目を塞いでしまうことだ。

 たったそれだけで、召喚の力を防げてしまう。

 召喚の力を封じられてしまえば、キュッリッキはただの非力な女の子でしかない。

 しかしキュッリッキはナルバ山の遺跡の仕事の前に、カーティスらに召喚の説明をしている。召喚出来ない状況のこともサラッと話しているのだ。

 遺跡では何かの力が働いて、キュッリッキの力を封じ込めてしまったという。それでも事前対策を何もしていなかったのは、ライオン傭兵団の落ち度である。あまりにも過信しすぎていた。

 そしてもう一つ、ルーファスは怒っている。

 あれだけ可愛がり、キュッリッキを溺愛しているベルトルドとアルカネットの2人が、今回の作戦でキュッリッキを利用していることだ。

 同意のこととは言え、キュッリッキの身に降りかかる危険は、想像を絶することになるだろう。ただ守ればいいという話ではないのだ。

 メルヴィンに恋心を芽生えさせたキュッリッキへの、嫌がらせではないか。そうルーファスは勘ぐりたくなるのだった。


(ふぅ。アレコレ考えてもしょうがないよね。とにかく無事に守りきらないと)


 ルーファスは心の中で苦笑いして、軽く頭を撫でた。


「安心して守られてて。元騎士のオレもついてるからね」

「うん」


 2人の仲間の心強い言葉に、キュッリッキは嬉しそうに歯を見せて笑った。


「さて、今日はもう宿をとって、明日出発にしない?」


 夕暮れに染まる街並みを窓から眺めルーファスが提案すると、メルヴィンも同意して頷く。


「慌てなくても大丈夫ですし、そうしましょうか」

「どうせなら良い部屋とろうよ、旅費はベルトルド様持ちだし」

「いいですね、そうしましょう」




 エグザイル・システムからあまり遠くない場所にある、5階建ての立派な宿に行くと、3人部屋は満室で特別室しか空いていなかった。エグザイル・システムが使えず足止めされた一般人たちが押し寄せているらしい。

 旅費はベルトルド持ちだしと、ルーファスはその一室をとった。しかしそれに目ざとく気づいたキュッリッキが、ルーファスの軍服をちょこちょこ引っ張る。


「ねえルーさん、もしかして、3人で一緒の部屋に泊まるの?」

「もちろん」


 アタリマエ、という表情かおで言われ、キュッリッキの顔が途端に真っ赤になる。


「だ、だ、だ、だだだってだって、そんな同室とかアタシあの」

「心配しなくっても手は出さなって。ンなことしたらベルトルド様とアルカネットさんに殺されちゃうしね~」

「そんなこと心配してないんだからーーー!!」


 反射的にロビーで大声を張り上げ、慌てたルーファスに口を押さえられる。


「ふごっふがががが」

「取り敢えず部屋行こうネ、部屋」


 周りの注目を浴び、ルーファスは愛想笑いを作って、口を押さえたキュッリッキを小脇に抱えて特別室を目指した。




 5階にある特別室に入ると、ルーファスはキュッリッキを床に下ろす。


「いいかい、キューリちゃんを守るために、片時も傍を離れるなと命じられているんだ。部屋を別々にして万が一のことがあったら、おれら真っ先に殺されちゃうよ~~」


 両手を広げて悲壮感たっぷりに言われても、キュッリッキは真っ赤な顔を俯かせて口を結んだ。


「着替えには衝立もありますし、絶対に見たりしませんから安心してください」


 ルーファスとメルヴィンの言ってることは、とっくに理解の範囲内だ。

 そんなことを心配しているわけじゃない。

 ベルトルドやアルカネットと一緒に寝ることに抵抗はない。さすがに慣れてしまった。おそらくルーファスと一緒に寝るのも平気だろう。

 問題は、メルヴィンも一緒に寝ることだ。

 ベッドはキングサイズで大人3人が余裕で寝られる広さがある。なのに2人に床で寝ろとは言えないし、キュッリッキが床に寝るなどと言い出せば2人は止めるだろう。

 傭兵の仕事では野宿も普通にあり、男女が同じ場所で寝るのは当たり前。宿の一部屋を同衾することだってあるのだ。

 こんな寝心地の良さそうなベッド、仲良く3人一緒に寝ればいいだけのことだ。が、キュッリッキは断言できる。


(緊張して寝られるわけないもん! メルヴィンがそばにいるだけで倒れちゃいそうなのにっ!!)


 そして、そのことを言うわけにもいかない。

 メルヴィンと一緒にいられるのは心底嬉しい。でも、喜ぶ以前にそばにいるだけで顔もまともに見られないほどなのだ。ルーファスがなにかとかまってくれるので、気も紛れてメルヴィンとも話ができている有様だ。

 観念したとして、寝るときのことを考える。


(ルーさんを真ん中にして寝れば良いかな? でもそうするとメルヴィンに変に誤解されるかもしれない…。アタシのことを守るんだったら、アタシが真ん中に寝るのが当然だし。だったらフェンリルとフローズヴィトニルを狼の姿に戻して、間に置いたら? ああ、ダメダメ、ベッドが狭くなって邪魔になっちゃう。ンあああっ! 良い考えが浮かばないんだからあああ!)


 考えれば考えるほど、少しも良い案がまとまらない。今すぐ空に向かって大声で吠えたい気分だ。

 全力疾走して心臓が早鐘のような状態が、常に延々続いているキュッリッキは、この上一緒に寝たりしたら、心臓発作で昇天するかもと大真面目に思っていた。

 黙りこくって、自分の思考の中で格闘しているキュッリッキをよそに、


「ベルトルド様のやしきにあるベッドくらい広いですよ。これなら3人一緒に寝られるので安心ですね」


 朗らかなそのメルヴィンの言葉を聞いて、とうとうキュッリッキは限界を迎えてぶっ倒れてしまった。




 気が付くとすでに部屋の中は真っ暗だ。意識を失っていたことが判り、キュッリッキは小さなため息をつく。そして人の気配を左右から感じ、ベルトルドのやしきと錯覚して寝返りをうった。

 至近距離にあるその顔は、ベルトルドでもアルカネットでもない。

 スヤスヤと気持ちよさそうに眠る、その端整な顔は――


「――!!!!」


 キュッリッキは盛大な悲鳴をあげて飛び起きた。

 その悲鳴にルーファスとメルヴィンもすぐに目を開け、何事かと身を起こす。

 すると2人の真ん中で身を屈ませて俯くキュッリッキが、激しく息を吐いていた。


「リッキーさん大丈夫ですか!? 一体どうしたんです」


 メルヴィンは咄嗟にキュッリッキの両肩を抱くと、キュッリッキは電撃に打たれたようにビクッと激しく反応し、顔を真っ赤にしたまま失神してしまった。


「あれ? リッキーさん!!?」


 驚いたメルヴィンは、必死にキュッリッキを揺すりながら呼ぶ。

 そんな2人の様子を見ながら、ルーファスはカシカシと頭をかいた。


(キューリちゃんが同室を嫌がったのは、そういうことね…)




 翌朝リュリュへの定期報告を入れるために、メルヴィンが部屋を出ている間、ルーファスはキュッリッキから相談を受けていた。


「アタシこのままじゃ、ホントに心臓発作起こしちゃう…」


 憔悴しきったような面持ちで、キュッリッキは深々とため息をついた。二度も失神して、気づいたら眩しい朝日がカーテンの隙間から差していた。


「見てるこっちは面白いんだけどネ」

「え?」

「いやっ! まあ、あれだ、いっそキスでもしちゃえば平気になるよ、うん」

「き……」


 キス!? と唇だけ動かし、キュッリッキは耳まで真っ赤になって俯く。


「だってアタシ、キ…キスなんて……」

「キスはいいヨ~。好きな相手となら、もう天にも昇る心地よさだ。前にキューリちゃんベルトルド様にキスしてたでしょ」

「………」


 思わず憮然となる。あれは、お礼なのだ。

 キュッリッキのキス歴は、実に少ない。

 怪我で動けない時に、口移しと言う名のディープキスをアルカネットからされたのがファーストキス。

 お礼を込めて唇を押し付けただけのキスを、ベルトルドにしたのが2回目。

 不意打ちでアルカネットからされたのが3回目。

 寝ている間にもアルカネットから何度もされているが、それは知らないので、キュッリッキにとっては3回だけのキス経験だ。

 挨拶のための頬や額へのキスは何度もあるが、唇を重ねるという行為は、キュッリッキにとってまだまだ未開拓に等しい。

 メルヴィンとキスをする、それを思うとキュッリッキの意識は真っ白になりそうだ。でも、全く興味がないわけではない。むしろしてみたい、と思う気持ちもしっかりある。しかし顔をまともに見られないし、触れられただけで意識が遠のく有様。

 それらを思い、前途多難すぎてため息しか出ない。

 キュッリッキが何を考え百面相を作っているのか容易く想像できて、ルーファスは吹き出したいのを必死に堪えて話題を変える。


「それにしてもキューリちゃん、メルヴィンに告白した?」

「告白?」

「うん。好き、って伝えたの?」

「えっと……」


(言われてみればしたことナイかも…)


「そういうのって、男の人からしてくれるんじゃ………ないんだ?」


 遠慮がちに言うキュッリッキに、ルーファスは目を丸くする。


「キューリちゃん」

「はい」

「女の子から好きだって伝えていいんだよ。ていうか、しないと気持ちが伝わらないまま、もし他の女に取られちゃったらどうするの?」

「そんなのダメなんだから!!」


 ムキになって立ち上がるキュッリッキを、ルーファスは慌ててなだめる。


「恋愛方面に関してメルヴィン相当の鈍・感だから、キューリちゃんが積極的にアタックしていかないと、キューリちゃんの気持ちに気づかないまま、有耶無耶になっちゃうよ~?」

「……それは、ものすごく困るかも」

「だろう」

「でも…」

「でも?」

「でも、もしね、もし……嫌いって言われちゃったら、どうしよう……」


 自分の気持ちを言って、それを断られたら? 受け入れてもらえなかったら。それを考えると一気に気が重くなる。

 マリオンやシビルに教えてもらい、自分の中に芽生えたそれが恋というものである、と理解してきた。前にヴィヒトリに治せないと言われたのは、恋とは薬で治すような病気ではないとも教わった。なので恋が死に直結していると思い込んでいた誤解は、すでに解けている。

 ベルトルドやアルカネットから愛されている、それとはまた違う感覚だった。2人からの愛は安心感や温かい心地よさがある。時に度が過ぎると感じることもあるが、失えば計り知れないほど悲しいだろう。

 メルヴィンに対する自分の気持ちは、そうした感覚とは違う。沸き上がってくるこの気持ちを言葉では言い表せない。そして通じ合ったとき、どれほどの歓喜に包まれるだろうか。だからメルヴィンと恋愛をしてみたいと、強く思っていた。


「オレさ、これでも恋愛経験豊富なの。だから見てて判るよ。メルヴィンはキューリちゃんの気持ちを、一番幸せな形で受け止めてくれる」

「ほ、ほんと!?」

「うん。断言してもいいよ」


 にっこりとルーファスが笑んで断言すると、キュッリッキはほんのりと頬を染めて、自然と両手を握り締め胸に押し当てた。


(もっとも、一番の障壁は、あのオヤジたちかもなあ)


 幸せな世界に浸るキュッリッキを見つめながら、最大の天敵を思い浮かべる。

 キュッリッキを溺愛するベルトルドとアルカネットが、そう簡単に2人の仲を許すとは思えないのだ。

 ベルトルドとアルカネットが、キュッリッキの嫌がることを進んですることは有り得ないだろう。しかし色恋沙汰となれば、話は別なように思われる。


(とんでもないのに好かれたもんだ、キューリちゃんは)


 いつか衝突する日が来るだろうことを思い、ルーファスは心の中でため息をついた。




 リュリュへの定期報告で部屋を空けていたメルヴィンが、新しい指示を携えて戻ってきた。


「え? 汽車に乗って移動するの?」

「はい。ここから汽車で、オーバリーという街へ移動するようですよ」

「ほ~、んじゃ、結構ラクじゃんね」


 現在地のブリリオート王国首都バロータから、ボルクンド王国との国境付近にある街、オーバリーに行く汽車に乗るように言われていた。その汽車は皇国軍特殊部隊ダエヴァが接収しているらしい。


「ダエヴァも護衛につくなら、かなり安心だねえ」

「ええ、どのくらいの戦力が差し向けられるか判りませんから、リュリュさんのほうで急ぎ手配してくれたそうです」

「さすがデキルオカマはチガウ」

「アタシ、汽車ってあんまり乗ったことないの。楽しみ」


 度胸が据わっているのか、楽しげなキュッリッキの様子に、メルヴィンとルーファスは苦笑してしまった。

 今のキュッリッキの心境は、誘拐される危険よりも、メルヴィンと一緒にいることで心臓発作を起こさないかの方が重大事なのだ。


「それでは行きましょうか」

「おう」

「はーい」


 3人は立ち上がる。

 部屋を出ようとして、キュッリッキは「えっ」と己の手を見る。

 メルヴィンの左手が、自分の右手をしっかりと握ったのだ。


「いきなり攫われないようにするためです。離しません」


 真顔でそう言われて、つま先から顔に向けてボッと赤くなった。


(離しませんって……離しませんって…)


 メルヴィンの言葉が頭の中を何度もぐるぐる駆け巡る。


(どうしよう…、また顔がトマトになっちゃってる)


 顔を見て話をするのもやっとなのに、手まで繋がれて、キュッリッキはどうにかなってしまいそうだった。

 手を引かれながら宿の廊下を進み、キュッリッキはふとメルヴィンの手の大きさに気づく。


(メルヴィンの手って大きいなあ。強くて、あったかくって、安心しちゃう感じ)


 キュッリッキはそこに、初めて異性を強く意識した。

 散々ベルトルドやアルカネットにベタベタ触られたりしているが、手を握られただけでこんなふうに心がドキドキするような気持ちにはなったことがない。

 自分にとってメルヴィンは特別なのだと、今更思いを深めた。

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