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59話:オーバリーまでの汽車移動

 宿の外には、上等の馬車とダエヴァの軍人たちが3人を待っていた。


「ステーションまでお送り致します。馬車にお乗りください」


 馬車まではダエヴァの軍人たちが左右に居並び、軍人ガードレールで万全の警戒態勢だ。

 あまりの物々しさに3人はちょっと驚いたが、問答することでもないので急いで馬車に乗り込んだ。

 当初の予定ではボルクンド王国首都ヘリクリサムへ飛び、馬車や徒歩で集合地フェルトへ向かうはずだった。そのためベルトルドからも、危険に対処するよう重々言い含められていたのだ。

 しかしヘリクリサムでボルクンド王国が武装蜂起したので、指示を受けて止む終えずブリリオート王国へと飛んだ。そのおかげかどうか、フェルトまでは全て汽車旅に予定変更となった。

 ステーションへ着くと、ここもダエヴァに接収されていた。

 一般人が一人もいないステーションの中を、3人は丁重に汽車まで案内される。ステーションの職員すら排除されていた。

 6両編成の汽車は、キュッリッキ、メルヴィン、ルーファスと、ダエヴァの軍人たちしか乗らないようだ。

 ダエヴァはベルトルド直轄の特殊部隊で、あらゆる〈才能〉スキルや技術を持つ軍人たちで構成されていた。正規部隊の軍人たちより腕は上だと噂されている。そしてベルトルドが軍総帥になる前から、密接な関係を持っていた。そのことで「ベルトルドの私兵」などと揶揄されることもある。

 3両目の座席に案内されると、キュッリッキは窓際に座り、その隣にメルヴィン、ルーファスは2人の対面に座った。

 外では安全確認のためにバタバタと軍人たちが走り回り、声を掛け合う様子が窓から見えた。


「軍人さんたちタイヘンそうだね…」


 そうぽつりとキュッリッキは呟いた。

 進路の安全も確認が終わり、発車の汽笛が鳴らされる。


「発車!」


 外にいる軍人が声高に叫ぶと、汽車はゆっくりと発車した。




 キュッリッキは何度も何度も自分の右手に視線を向け、胸の辺りに強く沸き立つ圧迫感を必死で抑え込む。


(内臓が全部口から飛び出しちゃいそう)


 救いを求めるように目だけを前に向けると、ルーファスが片手を頬に添えて、にこにこしながら見ていた。この様子を明らかに面白がっており、助け舟を出す気は毛頭なさそうだ。

 手袋越しに伝わってくる柔らかな熱。温かみというよりは、力強い熱に感じる。

 キュッリッキの小さな右手は、メルヴィンの大きな左手にしっかりと握られている。宿を出る時から、こうして汽車に乗っている間も片時も離さずだ。

 何があっても、必ず守りぬく。その決意のあらわれなのか、メルヴィンはとても真顔で車内の気配に意識を傾けていた。その手にしっかりと、キュッリッキの手を握り締めながら。

 自分を守ろうとしてくれている。それはとてもありがたいし、心から嬉しい。今までこんなふうに守られたことなどないからだ。

 しかしまだまだメルヴィンの顔をまともに見られないのに、始終手を握られているのは激しい試練だ。

 キュッリッキは顔を赤らめたまま、ずっと下を俯きっぱなしだった。手をつないでいるので布越しに触れ、感じるメルヴィンの腕の逞しさにドギマギしてしまう。怪我で臥せっていた時は、身体を支えてくれたり、抱き上げたりしてくれた。その時は何とも感じなかったのに。


(恋をしちゃうと、こんなコトでもドキドキしちゃうの、かな…)


 そして酷く申し訳ない気持ちでいっぱいにもなる。


(こんなにメルヴィンが頑張っちゃうのも、全てはナルバ山の遺跡でのことが原因なんだよね…)


 あの大怪我は自分の軽はずみな行動が招いた結果なのだとキュッリッキは何度も言うが、誰も納得してくれない。メルヴィンに限らず、ライオン傭兵団の皆が遺跡でのことは苦く責任を感じているのだ。

 ベルトルドとアルカネットも、ライオン傭兵団の油断が全てだと言って、憎悪にも等しい強い態度で批難してくる。

 ルーファスから聞かされたことだが、傷つき、今にも死にそうだったキュッリッキに、何もしてやれなかったことを、メルヴィンはずっと悔いているという。


(生まれ持った|〈才能〉《スキル》が、魔法でも医療でもないから仕方がないのに)


「励ますことしかできなかった」とメルヴィンは言ったそうだが、その励ましが瀕死のキュッリッキの心を支えてた。それでもメルヴィンは何もできなかったと自らを責めている。今のメルヴィンは、キュッリッキを守ることで、あの時の埋め合わせをしようとしているかのようだった。

 メルヴィンの気持ちを察しながらも、出来れば自分と同じ気持ち――恋心からくる想いで守ってもらいたい。そんな風にキュッリッキは小さく願っていた。


(ルーさんはうまくいくと言ってくれたケド、メルヴィンはどう思っているのかな…。責任感とかじゃなくって、少しはアタシと同じ気持ちがあるのかなあ。――お…思い切って告白しちゃえば、アタシと同じ気持ちを持ってもらえるのかな)


 でも、告白する勇気はまだまだ持てそうもなかった。


(いまだに過去のことや種族のことを、打ち明けることもできないでいるのに…)


 ふと車窓に目を向けると、窓ガラスの向こうには青い空と、ひたすら濃い緑の森が続いていた。




 滅多に乗ることがなかった汽車に、乗る前はワクワク感もあった。しかしいざ乗って暫く経つと、座っているだけなので退屈感がもそもそと漂い始めた。

 退屈に耐え切れず、キュッリッキは顔を上げる。


「ねえねえ、オーバリーについたら、徒歩でエレギアを目指すの?」

「いえ、オーバリーから国境を越える専用汽車が出ているので、それに乗り換えていきます」


 キュッリッキの問いに、メルヴィンが答える。


「ボルクンド王国に入ったら、別の汽車に乗り換えて、待ち合わせのフェルトまでいきますから、歩かなくても大丈夫ですよ」

「そっかあ。でも、座ってるばっかりだとちょっと退屈かも。いっぱい歩けるように、リハビリ頑張ったし」

「そうですね」


 にっこりと笑むメルヴィンに、キュッリッキはぎこちなく笑顔を返す。恥ずかしくて自然な笑顔を向けられない。

 ライオン傭兵団が軍に一時徴兵されてやしきを留守にしだした頃、キュッリッキは勉強とリハビリを頑張っていた。

 グンヒルドがリハビリにも付き合ってくれて、やしきの階段を何度も往復しながら、体力と筋力の回復に努めた。

 とにかくベルトルドのやしきは広くて――それでも貴族たちのやしきに比べれば狭いらしい――十分な運動ができたのだった。


「ボルクンドの汽車も、ウチで差し押さえてんの?」


 それまで黙って2人のやり取りを見ていたルーファスが、わずかに顔をしかめて斜め前方を見る。


「ご安心を。お嬢様に危害が及ばぬよう、我々ダエヴァの者共が、ご利用になる全ての汽車に配属されております」


 如何にも女性が騒ぎ出しそうなハンサムな顔をした青年が、柔らかな笑顔を浮かべて頭を下げた。階級は少佐のようだ。


「そっか。じゃあオレたちは、のんびりできるな」


 ルーファスの言葉に、少佐はクスッと笑う。


「わたくしどもも全力を尽くしますが、くれぐれもお嬢様に何事もなく、ベルトルド様のもとへお送りくださいますようお願い申し上げます」


 言い方は丁寧だが「手を抜くな」と臭わせ、少佐は深く微笑んだ。

 ルーファスのこめかみがぴくりと反応したが、口には出さずに小さく頷いた。

 実際ダエヴァが護衛についているとなると、ルーファスやメルヴィンが気を緩めても、なにも問題はない。

 特殊な訓練を徹底的に叩き込まれている彼らを倒せる戦力を、逆臣軍が揃えているとは考えにくい。腕に自信のあるライオン傭兵団も、ダエヴァ相手に喧嘩は売りたいとは誰も思っていないくらいだ。それでも何が起こるか判らないのが敵地なので、誰も気は抜けない。

 3人のいる車両には、5人のダエヴァの軍人が詰めていた。どれもとってつけたように甘いマスクの美形ぞろい。人選をしたリュリュの趣味が露骨に伺えて、ルーファスは内心うんざりしてしまった。これではホストクラブである。

 そこへ小さく「きゅるる」と音がする。キュッリッキが慌ててお腹を押さえた。


「おなかすいちゃったかも……」


 恥ずかしそうにキュッリッキが呟いた。

 朝はろくに食事が喉を通らず、無理をしても紅茶を飲み干すのが精一杯だった。少し状況に慣れてきたのか、お腹の虫が小さく鳴き出していた。

 すると、先ほどルーファスに応対していた少佐が、柔らかな笑みを浮かべてワゴンをひいてきた。


「お嬢様、お飲み物と軽食などいかがでしょうか」


 給仕のような口調で言って差し出したプレートには、一口サイズのサンドウィッチと温かな紅茶が乗っていた。


「わーい、ありがとう。助かるの」


 一旦メルヴィンの手から解放されると、キュッリッキは両手でプレートを受け取る。


「甘いお菓子などもございますので、遠慮なくお申し付けくださいませ」

「うん」


 ご機嫌で笑顔を返すと、少佐もにこりと微笑み返した。


「お二方もご一緒に、休憩なさいませんか?」

「いんや、オレは遠慮しておくよ」

「オレもいいです。ありがとうございます」

「左様ですか」


 少佐はしつこくすすめることもなく、2人の固辞を受け取って静かに側に控えた。


「美味しいの」


 満足そうに微笑むキュッリッキに反応し、フェンリルと共に車窓の窓枠にぶら下がるようにしていたフローズヴィトニルが、軽く尻尾を振っておねだりしだした。


「食べる?」


 キュッリッキがサンドウィッチのひと切れを差し出すと、フローズヴィトニルはぱくりと口に入れ、もそもそと噛んで飲み込んだ。それで何度かアイスブルーの瞳を瞬かせると、車窓から離れてメルヴィンの膝に飛び乗り、キュッリッキのほうへ顔を突き出した。


「気に入ったんだね。もっと食べていいよ」


 キュッリッキが食べられる分だけを皿に盛り付けていたので、少量だったサンドウィッチは、フローズヴィトニルが全て平らげてしまった。

 それを面白そうに見ていた少佐が、新しい皿をキュッリッキに差し出した。


「こちらのお菓子もお召し上がりください」


 見た目にも可愛らしい、色とりどりのフルーツを飾り付けたプチケーキが、いくつも並んでいた。


「可愛くて美味しそう! ありがとう」

「フローズヴィトニル様がお気に召されたのなら、おかわりをご用意致しましょうか?」

「だいじょうぶ。今度はこっちのお菓子に興味が沸いたみたいだから」


 クスッとキュッリッキが笑うと、フェンリルが「やれやれ」といった表情で鼻を鳴らした。


「フェンリルはなにも食べないんだけど、フローズヴィトニルはこっちの世界へ来たの初めてだから、今はなんでも興味津々なんだよね」


 キュッリッキの掌の上のオレンジタルトを、ぱくりと一口で食べてしまう。それも気に入ったようで、何度も催促するように顔を突き出した。

 キュッリッキとフローズヴィトニルの様子を見て、ルーファスとメルヴィンは苦笑した。式典で世界中に驚異を与えた巨狼の姿とはとても重ならない。ものをねだる小さな黒い仔犬そのままだ。

 やがて満腹になり満足したのか、フローズヴィトニルはそのままメルヴィンの膝の上で丸くなって寝てしまった。

 フェンリルも車窓から離れると、キュッリッキの膝の上にのり、身体を丸めて目を閉じた。

 白銀色の柔らかな毛並みを優しく撫でながら、キュッリッキもうとうとと瞼が落ちかかっていた。その様子に気づいたルーファスが身を乗り出す。


「少し寝るといいよ、キューリちゃん」

「うん……」

「オーバリーに着いたら、起こしてあげるから」

「……そうする。なんだか眠くなっちゃった」


 キュッリッキはそのままメルヴィンにもたれかかるようにして眠ってしまった。

 屈めていた上体を起こすと、ルーファスは眉を寄せて少佐を見上げた。


「薬を入れたな?」


 ルーファスの言葉に、メルヴィンがハッとなる。

 少佐は口元を僅かにほころばせて頷いた。


「アルカネット様からのご指示です。合流するまで絶対に、お嬢様に戦闘をさせずにお連れせよと」


 ルーファスとメルヴィンの表情に緊張が走った。それを見て少佐は頷く。


「あと10分で敵と接触します。お2人はお嬢様のお側を絶対に離れないでください。我々への援護は一切不要、お嬢様の安全が第一です」

「判った」

「了解です」


 ルーファスとメルヴィンの返事に満足し、少佐は小さく微笑んだあと、表情から一切の感情を消し去った。




 快適とも言えた汽車の旅は、お約束のごときタイミングで現れた逆臣軍の手で妨げられた。

 超能力サイ使いと魔法使いを中心とした編成で組まれた部隊のようで、20人ほどの人影が窓から確認できた。そしてためらいもなく魔法による攻撃が、汽車に向かって放たれてきた。しかしその攻撃は全て、ダエヴァの能力者たちに完璧に防御されている。車両にはなんの被害もなかった。

 〈才能〉スキルの種類は、望んでも、願っても、狙っても、思い通りには出来ない。誰もが等しく一つだけ授かって生まれてくる〈才能〉スキルの種類はランダムであり、〈才能〉スキルによっては、人生をほぼ決定づけてしまう。

 特殊〈才能〉スキルのカテゴリーに分けられる魔法、超能力サイ、機械工学、召喚、この4つの中の魔法と超能力サイを授かってきた者に関しては、その道が主に軍隊か傭兵かの二択になることが多い。

 たいていはハワドウレ皇国軍に入る者が多く、出身国が属国であっても、皇国を目指す者は後を絶たない。しかし中には生国の軍に入る者もいれば、傭兵に身を投じる者もいる。その中にはとても優秀で強い力を持っている者もいるので、皇国軍人ではないからといって侮ることは出来なかった。ライオン傭兵団がその最たる例だ。


「ボルクンドの軍服を着ていますが、動きが大雑把すぎますね。おそらく急遽流されてきた傭兵たちでしょう」


 感情を削ぎ落した淡々とした口調で少佐は呟いた。


「今回表立って名前の上がっていない国々からも、陰ながら戦力の提供や資金が流れているとの噂です。そうでなければ、こうも命知らずな行動を取らないでしょうから」


 黄金で出来たニンジンを、鼻先にぶら下げられているのだろう。

 ルーファスは座席を立ち上がって、窓の外に視線を向けながら頷いた。規律の取れていない行動や攻撃の仕方は、フリーの傭兵たちの動きそのものだったからだ。

 そもそもこの汽車に攻撃を仕掛けてきた彼らの目的は、召喚士であるキュッリッキの拉致の筈である。それなのに、彼女の乗る汽車にこの無遠慮極まる乱暴な攻撃の仕掛け方は、目的がまるで判っていない。これではキュッリッキの生死は問わないと言わんばかりだ。

 汽車の動きを止めるためには、氷属性魔法ケーラ・ベークシスや土属性魔法トイコス・トゥルバを駆使して阻害するものだろう。なのにさっきから汽車へ向かって飛ばしてくるのは、火属性攻撃魔法エルプティオ・ヘリオスばかりだ。明らかに殺意ある破壊目的の攻撃。ここにアルカネットがいれば「使う魔法が違います」と叱り飛ばされかねない。

 魔法使いたちには得意とする属性魔法がある。一応全ての属性を扱うことは出来るが、相性が存在するらしく、もっとも相性の良い属性魔法を伸ばす魔法使いが多い。

 全ての属性を高レベルで自在に使いこなすのは、アルカネットくらいである。

 そのアルカネットの実力をよく知るルーファスから見ると、逆臣軍側の魔法使いたちの攻撃は、如何にも幼稚に見えた。それでも当たれば洒落では済まされない。

 逆臣軍の傭兵たちは、汽車に張り巡らされた防御を突破しようと試みているようだったが、まるでびくともしない。

 超能力サイによる防御は、その者自身の精神力の強靭さが全てだ。防御を張り、維持するためには、それだけの精神力が求められる。攻撃されてもびくともしない、どんな力にも圧されない精神力。超能力サイ使いは精神がタフでないと、到底つとまらないものなのだ。

 力のせめぎあいを目にすることの出来るルーファスは、ダエヴァの超能力サイ使いたちの能力の高さに感嘆していた。


(すっげえな…。ベルトルド様印の一級|超能力《サイ》使いだらけだなあ、これ)


 ルーファス自身もけして能力は引けを取らず、文句なしの高レベルである。本気でぶつかり合えば、負ける気は全くない。しかしいくら高レベルでも、いざ戦場で精神を強く保てなければ、低レベルの超能力サイ使いにだって負けてしまう。

 凄腕のダエヴァの上に立つベルトルドの計り知れない精神力のタフさは、人間離れしすぎている。神か悪魔と言われても不思議じゃない、そうルーファスは常々思っていた。


「汽車はオーバリーに入れそう?」


 少佐をちらりと見ると、少佐は表情を動かすことなく静かに頷いた。


「この先の線路が破壊されているようですが、問題なく汽車は駅に到着しますよ」

「もしかして、この汽車に配属されてる連中、ほとんど超能力サイ使い?」

「ええ。他の〈才能〉スキルの者もいますが、この車両にいる者たちは全て超能力サイ使いです」


 少佐の淡々とした答えに、ルーファスはゲッソリと息を吐き出す。

 この車両だけでも5人の超能力サイ使いがいる。Sランク以上だろう。その彼らを相手に幼稚な攻撃力では、突破するなど不可能だ。それを思うと、つい逆臣軍が可哀想に思えた。

 ルーファスの様子に気づいた少佐が、フッと表情を和ませる。


「この程度出来なければ、ダエヴァはつとまらないのです」

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