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62話:フェルトの町に到着

 客室の中の様子に声をかけるタイミングを待っていた男は、コホンと軽い咳払いのあと汽車の発車を告げた。

 この汽車の中のダエヴァを仕切る初老の男で、階級は大佐、名をヨアキムといった。

 今にも噛みつきそうな表情かおでベルトルドが振り向いて頷くのを見て、ヨアキム大佐は背筋が凍る思いだった。

 普段あんな表情のベルトルドなど見ることは出来ないので、貴重な体験の部類に入るのだろうが、恐ろしくて何度も見たいものではない。

 これから国境を越えて、敵地ボルクンド王国へと入る。オーバリーにあれだけの数の兵士たちを送り込んできていた逆臣軍、油断はできなかった。

 ボルクンド王国領内のほぼ中央に、目指すエレギア地方はある。エルアーラと呼ばれる超古代文明の遺跡のある土地で、その近くのフェルトという町に、ベルトルドたちを送り届けなければならない。

 順調に進めば約5時間ほどの旅程だが、敵地を突き進むのだから、奇襲はあるだろう。

 魔法使いや超能力サイ使い、普通の戦闘員程度は難なく排除可能だ。しかしアサシン相手になると、乗り合わせるダエヴァでは手に余る。

 唯一感知できるのはメルヴィンだけだ。

 アサシンはメルヴィンに任せるとしても、ほかの敵はダエヴァで全て処理しなければならない。ベルトルドとアルカネットの前で、醜態は晒せないのだ。

 ヨアキム大佐は姿勢を正すと、指揮をとるためにその場を後にした。




 窓から差し込む日差しは橙色に染まり、客室の中を夕暮れの色に照らしていた。

 30分程泣くに泣いたキュッリッキは、泣きつかれてメルヴィンの膝枕で眠ってしまった。

 少しでもゆったりと寝やすいようにと席を譲り、ベルトルドとアルカネットの真ん中にルーファスは腰を落ち着けた。


「リッキーじゃなく、なんでお前なんだ」

「男3人で並んで座るとかイヤですね、むさっ苦しい」

「ちょーすンまセンッ!」


「オレだって嫌だよ!」とは胸中で叫び、ルーファスはガックリとうなだれた。

 ソレル王国の首都アルイールで別れてから、ベルトルドは少しもキュッリッキとスキンシップも楽しい会話も出来ておらず、心底ストレスマッハ状態に陥っている。

 一方アルカネットは、キュッリッキを傷つけ泣かせてしまったことで、忸怩たる思いにハマった。更にメルヴィンに慰める役を目の前で持って行かれて大層不機嫌だ。

 まさに「むっすーーー!」といった表情の上司2人に挟まれているルーファスを見て、メルヴィンは内心同情でいっぱいになっていた。もちろん2人が自分に対して嫉妬に燃えているとは気づいていない。

 眠りを解かれたフローズヴィトニルは、キュッリッキの足元の空いている座席スペースで元気にフェンリルとじゃれあっている。

 特別室の中が異様な空気に包まれっぱなしで、外で護衛にあたっているダエヴァの2人は、背中で大量の汗を流し続けた。

 ベルトルドとアルカネットの2人から漂う、殺気と意味のわからない複雑な感情のオーラが、神経をチクチクと突き刺してくるためである。2人は共に超能力サイ使いゆえ、敏感に感じ取りやすかった。

 そこへ別のダエヴァの者が敵襲の報を携え、すぐさま特別室内のベルトルドたちに報告された。


「敵は、超能力サイと魔法の使い手が40名ほどです」

「よし、俺が殺る!」


 むすっとした表情でベルトルドは腕を組んで座したまま、きっぱりと言った。しかし報告にきたダエヴァの男は一瞬怯んだあと、軽く首を横に振って手振りで阻止しようとした。


「閣下の御手を煩わせるほどのことではありません!」

「ヤダ! 俺が全部ぶっ殺す!」


 断固として言い張るベルトルドに視線を投げかけ、呆気に取られたダエヴァの男を憐れむように見ると、アルカネットはため息混じりに首を振った。


「やらせておあげなさい、暴れたくてしょうがないようですから。――あなたがたは汽車の守りを徹底し、けしてアサシンなどの侵入を許さないように。そして、ベルトルド様の邪魔になるので、誰も外には出ないように指示を徹底しなさい」

「承りました!」


 報告にきた男は鯱張って敬礼すると、すぐさま走り去っていった。

 アルカネットは正面を向くと、冷静に指示を出していく。


「メルヴィンはすり抜けてくるアサシンを感知次第処理、ルーファスはこの室内の守りをしてください」


「はい」と歯切れよく答え、メルヴィンは座したまま爪竜刀を構えて目を閉じた。アサシンの気配を探るために、意識を集中させる。ルーファスは室内に力を張り巡らせた。

 アルカネットは斜め前方の座席に座る、2匹の仔犬に視線を向ける。

 じゃれあうのはやめていたが、2匹ともおとなしく座ってキュッリッキのほうを見ている。キュッリッキに危険が迫れば、すぐさま動けるようにしているのだろう。

 キュッリッキに視線を向けると、メルヴィンの膝枕でよく眠っている。この室内にいる限りなにも危険はないだろうし、無理にメルヴィンから引き剥がせば、あとでまた泣かれそうで手を出しあぐねていた。

 小さく息をついてベルトルドに顔を向けると、ベルトルドはすでに戦闘準備に入っていた。


「あまり派手に周りを破壊しないようにしてくださいね」

「自分のことを棚に上げて偉そうに言うな!! 俺は遠慮なんかしないぞ!!!」


 不機嫌度はそのままに、車内中に轟くほどの大声でベルトルドが断言した。

 これを聞いた全ての人々が、「はぁ…」と疲れたようなため息をもらしていた。




 人間で自由に宙を飛べるのは、アイオン族以外では魔法使いと超能力サイ使いだけである。もっとも、宙を飛べるすべをマスターしている者に限られたが、概ね宙を飛べる者はAランク以上だ。

 自らをコントロールしながら宙を飛びつ、移動する物体に速度を合わせて、攻撃を加える操作は中々に難しい。

 そうすることの出来る傭兵たちが選りすぐられて、差し向けられた奇襲部隊だ。

 奇襲部隊に与えられた任務は『召喚士の少女キュッリッキを”捕えろ”』だった。そこに生死が関係あるか無いかは念押しされていない。

 もちろん命令を下した者は当然「無傷で生かして捕えろ」と言ったつもりだった。しかし命令が伝達されていく中で、次第に”無傷で生かして”という意味合いは消え失せ、生死を問わずと勝手な解釈で届けられてしまっていた。

 かくしてキュッリッキに差し向けられた刺客には遠慮がなくなり、こうして汽車に向かってきた奇襲部隊も、汽車を破壊し、死体を持ち帰る気満々でいた。


「元気にちょろちょろ飛びおって、鬱陶しいハエだな。本当にハエみたいだ!」


 腕を組んでドンッと座したまま、ベルトルドは目をつむって若干顔を俯かせている。

 ベルトルドの脳裏には、汽車の外を飛ぶ奇襲部隊の光景が、鮮明に映し出されていた。


「どう叩き落とすおつもりです?」

「空間転移でどっかに捨ててしまうのが早いが、それだと俺が暫く鈍るからな。――そうだなあ…こうするか」


 そういって眉間に力を込める。

 室内のベルトルドにはとくに変化は見られなかったが、汽車の外では奇襲部隊たちが騒然とどよめいていた。

 宙を飛ぶ自分たちの周囲に、突如青白い光の玉が出現したのだ。

 それはかなりの数で、奇襲部隊の傭兵たちを包囲するように光っている。そして光は僅かに電気を帯びていた。


(あれってもしかして……)


 ルーファスも外の様子を透視しながら、アルカネットとメルヴィンにも映像を送っていた。

 ちらりとベルトルドを見ると、相変わらずむすっとした表情のまま意識を集中している。「よっぽどストレス溜まっているんだな」と判るくらいの露骨っぷりだ。

 今回のフェルトまでの汽車旅で、ベルトルドにはちょっとした自分だけのプランがあった。

 わざわざこんな上等な汽車を手配させたのも、全てはキュッリッキを喜ばせたいためであり、短い旅の間キュッリッキとイチャイチャしたい願望がむき出しである。

 しかしキュッリッキはアルカネットによって薬で眠らされ、起きたらそのことで怒って泣いてしまい、挙句慰める役はメルヴィンに持って行かれてしまった。そして泣きつかれてまた寝てしまっている。

 イチャイチャどころか会話すらできない。ハグも全く出来ていない。

 ベルトルドの怒りとストスレは、すでに頂点を突き抜けかけている。

 そんな時に逆臣軍から差し向けられた奇襲部隊。彼らは不運としか言い様がない。


超能力サイの攻撃が地味とか言ってるやつ!!」


 誰も言っていないが、ベルトルドは怒りを顕にした声でいきなり怒鳴る。


「こういう派手な攻撃もできると思い知れ!!」


 それを合図にしたように、奇襲部隊の傭兵たちを包囲するように漂っていた光の玉が、帯びた電気を放出し始め、周囲を稲妻の光で強く照らし始めた。

 傭兵たちは狼狽し、このあとどうなるか瞬時に想像して、攻撃することも忘れて守りに入ろうとした。


「遅いわっ!!」


 その瞬間、光の玉が大きく膨れ上がって奇襲部隊の傭兵たちを飲み込んだ。

 落雷にも似た轟音が鳴り響き、夕闇に染まる空間に強烈に発光した。車窓が一瞬、真っ白な強い光を照らし込む。

 光の玉が大爆発を引き起こしたのだ。

 ゆっくりと光が収束すると、宙にいたはずの傭兵たちは跡形もなく消え去っており、流れる風に、ほのかな肉の焼ける焦げた臭いが混じっていた。

 汽車は何事もなかったように速度を緩めず、奇襲部隊の襲撃を一切受けることなく突き進んでいった。




「………」


 特別室の中では、なんとも言い難い沈黙が漂っていた。


「こんなところで大技とっておきを出すとは…」

「久しぶりに拝みましたね、サンダースパーク…」

「オレあんな技、大規模で発動できねえよ…」


 三者三様ゲッソリとしたため息が、深々と吐き出された。

 魔力によってあらゆる元素の力を作り出せる魔法使いとは違い、超能力サイ使いの能力では元素の力を生み出すことはできない。しかし自然界に漂っている力を収束して、形状を変化させて扱うことはできる。

 微量単位の電気を集めて、そのエネルギー体を武器として使いこなす。それを瞬時に行える能力者は限られ、大規模に扱うことが出来るのはベルトルド級くらいなものだ。

 ベルトルドは目を開き、フンッと鼻息を吹き出した。


「あれじゃ物足りん!!」

「お疲れ様です。いいじゃないですか、大人げない大技を繰り出したんですから」

「お前が言うなお前が! イラアルータ・トニトルスで派手に街をぶっ壊しておきながら」

「効率のいい魔法を選んで使っただけですよ」


 アルカネットはしれっと言ってそっぽを向く。


「じゃあ俺だって効率化をはかったまでだ!」


 忌々しげにアルカネットを睨みながら、ベルトルドは不機嫌そうに頬をひきつらせた。


「うん…」


 そこへキュッリッキが小さく声を上げて目を覚ました。

 メルヴィンの膝に頭を預けたままのキュッリッキの目に、アルカネット、ルーファス、ベルトルドが心配そうにこちらを見ている姿が入ってきた。

 そこにメルヴィンがいないことに気づいて、そして自分が誰かの膝枕で寝ていることにも気づく。


(…えと、それってもしかして…)


 途端にキュッリッキは全身を硬直させて、瞬時に顔を真っ赤にした。


(もしかしてもしかしてもしかしてっ!)


 キュッリッキは跳ね起きるようにして膝から離れると、座席の上に四つん這いになって顔を上げた。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込むメルヴィンと目が合い、キュッリッキはさらに顔を真っ赤にさせて全身に大汗をかいた。

 キュッリッキの頭の中では、高速で記憶が巻き返されている。

 アルカネットの腕から逃れたあと、メルヴィンに助け起こされて、そのあと自分がとった行動は――!

 メルヴィンの胸に飛び込んで、大泣きした。

 頬や手にはっきりと残るメルヴィンの逞しい胸の感触、優しく頭を撫でられた大きな手の感触。それらを思い起こして、頭の中が真っ白になって失神寸前になる。

 嬉しいはずなのに、それを上回るほどの恥ずかしさ。


「本当に大丈夫ですか? 顔が真っ赤だけど、熱でもあるのかなあ」


 硬直したまま動こうともしないキュッリッキを怪訝そうに見ながら、メルヴィンはキュッリッキの額に掌をあてる。


「うーん…熱いけど、病気の熱とは違うのかな? オレ医者じゃないから判らないですが」


 2人の様子を遠巻きに見つめながら、アルカネット、ルーファス、ベルトルドは、


(いい加減気づけ…)


 と、酷く疲れたように内心でツッコミまくっていた。

 メルヴィンの恋愛方面の鈍さは前々から周知の事実だったが、ここまで鈍いとどうしようもない。というか、キュッリッキが憐れでならないルーファスだった。

 可哀想なキュッリッキに助け舟を出したいと思っていても、このタイミングでどう出せばいいのかきっかけを掴めず、ヤキモキしていたベルトルドとアルカネットは、フェルト到着を知らせる車内アナウンスにどこかホッとしたように肩の力を抜いた。




 プラットホームもない田舎駅に到着した汽車は、無事役目を終えて安堵しているようにルーファスには見えた。

 ボルクンド王国のほぼ中央に位置する、エレギア地方にある小さな町フェルト。目立った産業は何もなく、牧場と麦畑を有する土地が周辺にあるだけの辺鄙な町だった。

 フェルトから数十キロ離れたところにあるそこそこ大きな街へは、乗合馬車を使って行く。こんな上等で立派な汽車が乗り入れることなどまずなかった。

 都会のステーションに比べると、どこの更地だろうと思えるほどお粗末なステーションには、ハワドウレ皇国軍特殊部隊ダエヴァの軍人たちが、所狭しと詰めている。

 世界中にその力を轟かせた召喚士の少女キュッリッキ、ハワドウレ皇国副宰相兼軍総帥ベルトルド、魔法部隊長官アルカネット。皇国の要人3名が到着したことで、町の中は一気に厳戒態勢に包まれた。

 すでに陽は沈み、ステーションは真っ暗で、魔法使い達による魔法の光が柔らかく辺りを照らしていた。


「足元に気をつけてください」


 先に降り立ったメルヴィンが、両腕を伸ばしてキュッリッキが降りるのを手伝う。

 手伝ってもらうのは嬉しいのだが、恥ずかしくてまともにメルヴィンの顔も見られないキュッリッキは、メルヴィンの手を掴んで、危なっかしくすとんと降り立った。


「ありがとう」


 俯きながら、恥ずかしそうに礼を言う。


「どういたしまして」


 そんなキュッリッキに、メルヴィンは優しく微笑んだ。


「皆様、長旅お疲れ様でした」


 四角い積み木のような顔をした男が、敬礼と共にベルトルドたちの前に立った。


「おう、町はどんな感じだ? アルヴァー大佐」

「はっ。町民は全て役場にまとめ軟禁してあります。一人も漏れ出ないよう、役場の敷地には結界を張っておきました。町の随所にはダエヴァが全て配置されております。閣下や皆様の宿泊される宿も抑え、安全はチェック済みです」

「判った、ご苦労」


 アルヴァー大佐は折り目正しく敬礼した。


 それを見やって、ベルトルドは小さく首をかしげる。


「アルヴァー」

「はい」

「お前、ますます顔が四角くなったな」

「は、はあ……」


 余計なお世話なことを真顔で言われて、アルヴァー大佐は困ったように目を瞬かせた。


「こんなところで部下虐めをしないで下さい、困っているじゃないですか。早く宿に案内してもらいましょう、いつまでリッキーさんを立たせておくつもりです」


 背後からため息混じりに叱られて、ベルトルドはいたずらっ子のように首をすくめた。


「案内しろ」


 突っ慳貪にベルトルドに言われ、アルヴァー大佐は困った顔のまま、手振りで道を示した。




 先ほどアルヴァー大佐が説明したように、町民は全て役場に集められて留守にしているため、店も民家も灯りは点いていない。ほとんど街灯も設置されていないので、町内は真っ暗だった。

 配置されているダエヴァたちは、明かりを一切つけていない。そのためベルトルドやキュッリッキが歩きやすいように、アルカネットが魔法の光で路上を照らしながらの移動になった。

「ケツが痛いから歩く」とベルトルドが言ったため、移動は徒歩になった。これについては誰も異論はない。5時間も汽車に揺られていたので、皆腰が痛んで歩きたかったのだ。

 駅から歩くこと10分ほどで、一行は宿に到着した。

 町の規模からして不釣り合いな、貴族の館のような外観の立派な二階建ての宿だ。

 ベルトルドは意外そうに見上げると、「ふーん」と若干感心したように口をちょっと尖らせた。その横に立って、アルカネットも宿を見上げる。


「エルアーラに一番近い町なので、ケレヴィルの関係者もよくこの宿を利用していたそうです」

「ほほう、ウチの連中が世話になっていたのか。…それはさぞ、はずんでいったんだろうな。あいつら、高給取りだから」


 高給、の部分を強調して言うベルトルドに、アルヴァー大佐は僅かに首をすくめた。


「給料ばかり吸い上げて、肝心の遺跡を乗っ取られるんじゃ減給モンだな」

「そうですねえ。給料の見直し案を予算委員会に提出しておきましょうか」


 アルカネットも涼しい顔でさらりと無慈悲なことを言ってのけ、さらにアルヴァー大佐は身を縮こませた。顔は四角くても、心はデリケートなようだ。


「皆様中へ……」


 アルヴァー大佐に恐る恐る宿に入ることをすすめられ、ベルトルドは「んっ」と返事をして宿に入っていった。そのあとにアルカネット、ルーファス、メルヴィンと、メルヴィンに手をひかれたキュッリッキが続いた。

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