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61話:ベルトルドとアルカネット合流

 クラエスは尻餅をついて、事の次第を凝視していた。

 若い頃に傭兵崩れたちがステーションで喧嘩沙汰を起こし、その時斬られた傭兵を見たことがあるが、そのときとは比べ物にならない。

 人間の身体が真っ二つになった場面なぞ見たことがない。しかも刀で斬ったようには見えないのに、いきなり真っ二つになったのだ。

 やったのはあの刀を構える、整った顔立ちの青年なんだろうか。クラエスはゆるゆると首を振ると、一つため息をついてから失神した。


「ん?」


 倒れた音がするの方へほんのわずか意識を向けた。しかしクラエスのことが判らず首を軽く傾げただけで、ルーファスは敵の気配を探る方へ集中した。


「改札を出て、正面大通りをまっすぐ行けば、乗り換えのステーションに着きます」

「判りました」


 少佐から道を示され、メルヴィンは死体を跨いで歩き出した。




 改札を出てステーション前の広場に出てくると、そこは酷い有様になっていた。

 赤茶色の煉瓦を敷き詰めた地面は無残に砕かれ、ところどころに大小のクレーターがあいてしまっている。

 手入れが行き届いてたと思わしき花壇は踏みつけられて、色とりどりの花は土と同化していた。

 破壊されたベンチや物売りのワゴンなどは転がっていたが、幸い人間の死体はあまり見られなかった。


「魔法による攻撃跡ですね……。ダエヴァのみなさんが応戦したんでしょうか」

「そのようです」


 周囲を見渡しながら少佐が呟く。


「うおっ、なにすんの!?」


 突如メルヴィンが振り向きざまルーファスに向かって、刃を下から斜め上に振り上げた。そのいきなりの行動に、ルーファスは慌てて後ろに背中を反らしてかわそうとする。


「ぐあああっ」


 何もない宙に真っ赤な血の軌跡が走り、潰れたような男の絶叫が轟いて、いきなり姿を現して絶命した。


「うひゃっ」


 倒れ込んでくる男の死体を海老反りに避けて、キュッリッキに男の血がかからないよう背を向けて庇う。

 ソレル王国の軍服を着た痩せぎすの男は、背中から右肩にかけて、斜めに深く斬られていた。


「先ほどのアサシンですね…。我々の能力では、気配すら察知出来ませんでした」


 目を剥いて絶命している男を冷ややかに見下ろしながら、少佐は困ったような声をもらす。

 魔法や超能力サイなどの、超常的な能力に対抗するために、各国では対抗策や対抗できる技術を開発し、研究していた。

 アサシンと呼び表される技術を持つ人々は、魔法や超能力サイによる索敵に絶対にかかることなく、忍び寄り任務を遂行することができる。これは〈才能〉スキルではなく、訓練によって習得が可能だ。

 魔法や超能力サイで感知できないものは、通常の人間には当然不可能であり、戦闘〈才能〉スキルを持つ者たちでも、それはほぼ無理だ。

 メルヴィンはアサシンを見破る方法を持っている。それが爪竜刀だ。

 アルケラに住む匠の小人スヴァルトアールヴルが、ドラゴンの爪を用いて鍛えたという爪竜刀。固有の形を持たず、持ち主の要望に応じて形態を変化させ、人外の力を発揮してあらゆるものを斬り裂く。

 刀に与えられている能力は様々で、その一つが、何者をも見透かす能力だった。


「すんなり行かせてくれそうもありませんね」


 苦笑しながら、メルヴィンは前方に向きを変えて爪竜刀を構えた。


「アサシンの気配はありませんので、皆さんは少しここで待っていてください」


 ルーファスと少佐が頷くのを目の端で捉え、メルヴィンは八相の構えのまま地面を蹴って前に飛び出した。

 殺したアサシンの仲間たちだろう。軍服をまとった傭兵たちが一個小隊ほど集まっている。

 そこは傭兵たち、突っ込んでくるメルヴィンに気づいて即戦闘の構えをとった。

 メルヴィンは正面にいた図体のでかい男の大剣との競り合いを避け、上段に構えて一気に刃を振り下ろした。

 男はてっきり打ち合うものとばかり思い込んで構えていたため、左腕ごと肩から深くバッサリと斬り落とされて、反動で後ろに倒れ込んだ。

 血飛沫の舞う中それを避けようともせず、すぐさま左にいた男を袈裟斬りにして、身体を素早く回転させ、右側の男を逆袈裟斬りにする。

 そのあまりの動きの早さに、傭兵たちは鼻白んで後退った。実力の差は、見ているだけで判るほどのレベルだ。

 メルヴィンは意図的に打ち合いを避けた。時間の無駄だし、体力の消耗も激しくなる。そしてなにより、急所を的確に狙ったほうが早い。

 攻撃体勢をとるその一瞬の隙を、メルヴィンは見逃さずに急所を突いていった。

 規律を重んじた軍隊と違って自由度の高い傭兵たちは、野性的な勘と機敏な動きを得意としている。不測の事態でも奇襲攻撃があっても、臨機応変に立ち回る。しかしそれを上回るメルヴィンの動きに、傭兵たちは対応できなかった。

 時間にすればほんの2、3分。20人ほどの小隊は、あっさりと血の海に沈んだ。


「鮮やかですね。噂以上に凄い!」


 無常の行幸にでも巡りあったような感極まった顔で、赤毛の中尉は嬉しそうに感想をもらした。メルヴィンの戦う姿を見ることができて、よほど嬉しかったのだろう。少佐も同意するように笑顔で頷いた。

 確かに戦う姿は素晴らしいものだったが、辺は目を背けたくなるような惨憺たる光景が広がっていた。

 キュッリッキが眠っていて、本当によかったとルーファスは思った。

 以前ナルバ山では、こんな光景にも全く動じていなかったことはブルニタルから聞いている。それでもやはり、血の海に転がる死体の光景なぞ見せたくはなかった。女の子にこんな場面を、平気で眺めて欲しくなどない。

 メルヴィンはサッと露を払うと、ルーファスたちに手振りで大通りを示した。

 すぐにでも乗り換え用の汽車に着きたかったが、あちこちから敵が飛び出してきて行く手を阻む。それを素早く斬り伏せながら、メルヴィンは内心ため息をついた。

 魔法使いや超能力サイ使いばかりのダエヴァたちに、ササッと掃除して欲しかったが、アサシンが紛れ込んでいるためそれが難しい。

 無闇矢鱈に力を振り巻けばそのうち当たって死ぬだろうが、そんな幼稚な攻撃などしていると街が壊滅してしまう。なによりアサシンたちは索敵にかからず忍び寄り、確実に息の根を止める殺人術を心得ているので、防御に意識を集中してもらったほうが良い。

 キュッリッキがいるのだから尚更だ。


(彼女を絶対に、守らなければならない)


 それは命令だからではなく、守りたいと自身が望んでいるから。かすり傷一つ負わせない、まして触れることなど絶対に許さない。

 キュッリッキを抱きかかえるルーファスの周囲にとくに意識をこらしながら大通りを進む。

 前方にようやくステーションの姿を捉えたとき、同時に中隊規模の敵が待ち構えていることも視認できた。皆一旦足を止める。

 メルヴィンは上目遣いで天を仰いでため息をつき、ルーファスは「アレはないでしょー」と嘆いた。

 少佐たちダエヴァも、アサシンの存在で力が発揮できずに渋面を作っていた。

 目的地は目の前。


「突破するしか…、ありませんね?」


 メルヴィンはやれやれとかぶりを振って爪竜刀を構える。


「それしかナイよねえ」


 苦笑いしながらルーファスが同意した。

 その時――

 晴天から突如紫を帯びた光が無数に敵の上に降り注ぎ、その周辺の建物をも飲み込んで盛大な爆発を起こした。


「うわっ!?」


 爆風に乗って小石が飛んできたのを防ぐため、ルーファスは防御の範囲を全員の周囲へ張り巡らせた。

 光の眩しさに顔を腕でかばっていたが、やがてその光の中に颯爽と現れた人影を確認して、メルヴィンは大きく目を見開いた。

 ひるがえる漆黒のマントの裏地は深紅、その名が示すとおりの紫色の頭髪。柔和な面差しはそのままに、目だけが鋭い光を放っている。


「アルカネットさん」




 およそ200人近い敵を、イラアルータ・トニトルスの雷撃で瞬殺したアルカネットは、真っ黒な焼死体の溢れる中を頓着せずにまっすぐ歩いてきた。辺は酷く焦げた臭いに満ち溢れている。

 攻撃魔法の中では雷属性がもっとも威力があり、扱いが難しいとされている。あれだけの雷撃を扱えるのは、世界広しといえどアルカネットだけだ。それでも破壊の規模からして、力を抑えているのは明らかだった。

 ダエヴァたちはすぐさま姿勢を正して敬礼した。ベルトルドの私兵にも近い存在である彼らにとって、アルカネットも上官のようなものだった。

 メルヴィンとルーファスは面食らったようにアルカネットを見ていたが、慌てて姿勢を正す。

 そんな彼らには目もくれず、まっすぐルーファスに近づくと、何も言わず奪い取るようにしてキュッリッキを自らの腕に抱き上げた。

 愛しい少女の身体のぬくもりを、手袋越しに温かく感じながら、ぐっすりと眠っている顔を見つめそっと頬ずりした。


「建物まで壊すな馬鹿者!」


 アルカネットに気を取られていた一同は、轟くような怒号にハッと顔を向けた。

 真っ白なマントをひるがえさせながら、ベルトルドがむすっとした表情かおで大股に歩いてくる。敵のいた周囲のステーション以外の建物は、イラアルータ・トニトルスの雷撃で木っ端微塵に吹き飛んで、瓦礫からは煙がたなびいていた。


「私に関係のあるものではありませんから、どうでもいいのですよ」


 キュッリッキを優しく見つめながら、素っ気なく言い放つ。


「あとでリューにどやされるのは俺なんだぞ、全く」


 ベルトルドは一同の前に立つと、両手を腰に当ててフンッと鼻息を吐き出した。


「ご苦労だったな貴様たち。アサシンどもがだいぶ徘徊してるようだが、感知し次第、遠慮なく殺ってしまえメルヴィン」

「あ、はい」

「その他雑魚どもはだいたい始末はついただろう。汽車へ奇襲を仕掛けてきていた連中の掃除も終わったようだ」


 業務連絡的に口早に言うと、アルカネットの腕の中で眠り続けているキュッリッキに目を向け眉をしかめた。


「また薬で眠らせているのか?」

「私の特別調合による魔法薬で」


 アルカネットの答えに、ベルトルドは深々とため息をついた。


「あれほど薬で眠らせるなと、言ってあるだろう」

「彼女はまだ万全の体力ではありません。無理をさせれば身体に障ります」

「無理な旅にならないように、こうして護衛も付けてある。この程度は問題ないんだ」

「万全ではないと、言ったはずですよ。無理をさせて身体を壊したあとでは遅いのです。もう苦しい思いはさせたくありません」


 まるで取り付く島もないアルカネットに、ベルトルドは困った顔でため息をついた。なおも言い募ろうと口を開きかけ、唐突にベルトルドは口を閉じる。あまり部下たちの前でする問答ではないと気づいたからだ。

 肩でひと呼吸置くと、くるりと踵を返す。


「汽車に乗るぞ」


 一言だけ言って歩き出したベルトルドに、皆頷き従った。




 出入国管理や税関などのあるもう一つのステーション内は、派手な魔法戦が行われたようで、見るも無残な有様と化していた。屋根には大量の穴があいていて、屋根の機能を成していない。瓦礫と煙たなびくホームの至るところにも、大小のクレーターがあいていた。


「ふむ! 汽車は大丈夫なようだな!」


 ホームに立ってふんぞり返りながら汽車を見上げ、ベルトルドは満足そうに頷く。ダエヴァに接収させたこの汽車は、モナルダ大陸でも格式高い屈指の高級汽車だ。

 そこへダエヴァの軍人たちが数名駆け寄ってきて敬礼した。


「すぐ出せるか?」

「申し訳ありません、まだ少しゴミがうろついております、閣下」

「フンッ、随分こちらに雑魚戦力を派遣してきているんだな。リッキー目当てだからだろうが。――メルヴィン、アサシンの気配はどうだ?」

「ステーション内には存在していません」

「パウリ」

「はい」

「部下たちと掃除しておけ、汽車を出す」

「承りました」


 メルヴィンたちと共にきていた少佐――パウリ少佐は、優雅な敬礼を残して、部下たちと共に敵のいるほうへと消えていった。


「あいつはな、昔マリオンの恋人だった男だ」


 にやりとベルトルドが言うと、ルーファスとメルヴィンはびっくりしたように顔を見合わせた。




 広々とした個室に区切られた車内は、随所にダエヴァが配置され、物々しい雰囲気に包まれていた。

 特別車両の特別室に通されたベルトルドたちは、赤いビロード張りの座席にベルトルドとアルカネットが並んで座り、向かい側にルーファスとメルヴィンが座った。座席自体も大きくゆったりと作られていて、大人が4人ずつ並んで座っても十分余裕だった。その分通路が狭くなっている。

 ガラス張りの扉の外には、2人のダエヴァが立って警備にあたる。


「フェルトまでは5時間ほどで着くらしい。奇襲があっても俺がいるから問題ない」


 座席に深々と腰をかけ、長い脚を組んでベルトルドはにっこりと微笑んだ。そして隣に座るアルカネットの腕の中で、微動だにせず眠り続けるキュッリッキの頬に、そっと指先で触れた。


「いい加減目を覚まさせてやれ。少しのんびりとした汽車の旅だしな。こういう上等な汽車は、リッキーも初めてだろう、たぶん」


 それに、とベルトルドは車窓に目を向ける。

 半開きにされた窓枠に、フェンリルがぶら下がって外を珍しそうに見ていた。顎と前脚で窓枠にしがみついて、器用にぶら下がっている。そのあまりにも面白いフェンリルの行動に、ベルトルドは吹き出したいところを必死に我慢した。フローズヴィトニルはルーファスの膝の上で、丸くなって眠ったままである。


「愛らしい寝顔を、ずっと見ていたかったのですけれど……」


 左腕でキュッリッキの身体を支えながら、右手を顎に添えると、優しく唇を重ねた。


「あああああ!!」


 隣でベルトルドが素っ頓狂な絶叫をあげた。


「どさくさにまぎれてお前は何をしているっ!!」

「眠り姫の眠りを解くのは王子のキスと、相場が決まっているでしょう」


 輝くばかりの笑顔でさらりと言われ「きぃいいいっ」と金切り声をあげながら、ベルトルドは身体を戦慄かせた。

 魔法使いの中には、薬学の心得があると、魔法と組み合わせた特別調合の薬品を作り出せる者がいた。そして魔法のかかった薬の効果を打ち消すことができるのは、その薬を作った魔法使いだけである。

 当然アルカネットは、薬学にも精通していた。


「俺が消毒してやる! リッキーを寄越せ」

「穢れるの間違いでしょう! 嫌ですよ全く」


 顔を突き合わせて子供じみた喧嘩を始めた2人を、ルーファスとメルヴィンが呆気に取られてみていると、アルカネットの腕の中で、キュッリッキが小さくくぐもった声をあげた。


「ん……」


 それに気づいたアルカネットとベルトルドが勢い込んで覗き込むと、睫毛を僅かに震わせながらキュッリッキが目を覚ました。

 目を覚まして暫くは、何度か目を瞬かせて辺りをキョロキョロと見ていた。状況がうまく判断できないようで、やがてアルカネットに気づいて首を傾げた。


「アルカネットさん?」

「はい。おはようございます」


 霞がかかったようにぼんやりとする頭で、キュッリッキはふとメルヴィンが視界にいないことに気づいて、不安そうにアルカネットを見上げた。アルカネットの正面に座っているが、腕に抱かれている態勢では死角になって見えていなかった。


(なんだろう…ぼんやりするの…。それにココ、どこだろう)


 オーバリーに向かう汽車に乗っていた。アルカネットもその時にはいなかったはずなのに、何故アルカネットがいるのだろうか。それに、どうしてこんなに意識がぼんやりとしているだろう。

 ゆっくりと記憶を辿り、やがて食後に酷く眠気に襲われたことを思い出した。


「アタシご飯食べたあと、すごく眠くなったの。ずっと大丈夫だったのにどうしてなんだろう、なんでこんな寝ちゃったのかな」


 わけが判らないといったように、多少パニック気味にキュッリッキは声をあげた。

 まだ怪我で臥せっていた頃、いきなり眠気に襲われることがよくあった。そのときは体調がよくないためだと思っていたので、気にしたことはない。しかし今は旅ができるほど元気になった。自分の体調は、自分がよく判っているハズなのに。


「アルカネットの奴が、眠り薬を盛ったんだ」


 横目でアルカネットを睨みながら、先を越された仕返しとばかりに、ベルトルドが嫌味たっぷりに含んで言う。


「え? いつ?」

「汽車の中でキューリちゃんが食べてた、サンドやケーキに入ってたみたい」


 おそらくはと肩をすくめながら、遠慮がちにルーファスが告げた。

 キュッリッキは暫く無言でアルカネットの胸元のスカーフを見つめていたが、ふいに悲しげにアルカネットを見上げた。


「どうして? アタシ、なんで寝なくちゃいけなかったの?」


 あまりにも悲壮漂う目で問われ、アルカネットは一瞬言葉に詰まった。


「怪我は治ったし、ちゃんとお仕事できるようにリハビリ頑張ったし、ヴィヒトリ先生も大丈夫だって太鼓判押してくれたんだよ? アタシもう大丈夫なのに――」

「すみません、でもまだあたなの身体は万全とは言えません。エルアーラに着けば、休むことは出来ないのです。休める今のうちに、身体を休めておかないと」


 労わるように言われたが、キュッリッキはイヤイヤをするように激しく頭をふった。


「アタシ大丈夫だもん! 今までだって、ずっと一人で頑張ってきたんだから、このくらいもうどうってことないよ!!」

「リッキーさん」

「おろしてっ!」


 暴れるように身をもがき、キュッリッキはアルカネットの腕からスルリと床に転げ落ちてしまった。

 床に激しく身体を打ち付けると、キュッリッキは一瞬息が詰まって、小さな呻き声をあげた。

 4人とも驚いて慌ててキュッリッキを助け起こそうとしたが、その小さな細い肩はみんなの手を激しく拒絶するように強ばっていた。4人とも思わず手を止めてしまったほどである。

 うつ伏せになって倒れたまま、キュッリッキは木の床を凝視していた。

 何故か悲しくて、たまらなく悔しくてしょうがない。


(確かにアタシは非力で弱い。フェンリルやアルケラの住人たちがいなければ、ただの無力な小娘だもん。ナルバ山の遺跡の事件ことで、嫌というほど思い知ったし。武器も扱えないし、抵抗できる腕力もない。それほど運動力があるわけじゃないし、出来ないことのほうが多い。

 でもね、それでも幼い頃から必死に生きてきた。傭兵になる前は、様々な戦場を度胸で渡り歩いて周囲に認めさせた。フリーの傭兵になって大人たちに混じりながら、様々な仕事をこなしてきたの。それらの経験から、アタシにだって傭兵としての矜持はある。

 元々突き放されて育ってきたんだよ。親に捨てられ、同族に見捨てられて、それでも強く生きてきたつもり。チヤホヤ甘やかされることには慣れていないし、こんな形で甘やかされたくはないんだから!)


 アルカネットが自分に対して、どこまでも優しいのは理解しているつもりだ。誰よりも心配してくれて、何事にも気を配って愛情を注いでくれる。でも今回したことは、受け入れられない。

 傭兵としての矜持が傷つけられて、涙があふれるほど悲しかった。どんなに頼りなく見えても、自分は傭兵なのだ。もっと信じて欲しかった。

 ぽたぽたと涙を床に落とし続けるキュッリッキを、そっと抱き起こしたのはメルヴィンだった。

 メルヴィンは何も言わなかった。力強くキュッリッキを抱き起こすと、服のホコリを払って自分とルーファスの間に座らせ、ハンカチを取り出して、涙をそっと拭った。

 行動の一つ一つに優しさと労りが込められているのが感じられ、キュッリッキは嬉しかった。

 静かで穏やかなメルヴィンの顔を見つめ、ふいにしゃくりあげたキュッリッキは、メルヴィンの胸に飛び込んで、大声をあげて泣いた。

 メルヴィンは優しくキュッリッキの身体を抱き寄せると、そっと頭を撫でてやった。

 キュッリッキが何に傷ついて泣いているのかを、メルヴィンは正確に理解していた。だから今は、余計な言葉などいらない。

 2人の様子をホッとしたように見つめていたルーファスは、どんよりとした気配に気づき、前を向いて「ゲッ」とドン引きした。

 捨て犬のような表情を浮かべた中年が2人、恨めしそうにメルヴィンを睨みつけていた。

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