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93話:激鈍と王女様

「よく眠ってるね」


 イリニア王女の顔を覗き込むようにして、ルーファスがぽつりとこぼす。それに頷いて、メルヴィンは握っているイリニア王女の手に目を向けた。


「あんなにすぐの奇襲で馬車が壊れてしまいましたし、慣れない山歩きで疲れたんだと思います」

「予想外過ぎたよね~、まさか街を出てすぐ奇襲とか」


 アン=マリー女学院でイリニア王女を託されたあと、メルヴィンたちはすぐに出発した。学院側で質素な馬車が用意され、馬車を操りながら戦闘が出来るタルコットが御者に、防御と攻撃が行える魔法使いのシビルがその横でサポート。そして感知に優れたメルヴィンと、咄嗟に防御が張れるルーファスが、中でイリニア王女を守る。

 シエンの街からもっとも近い――それなりの距離はかかる――汽車の終点駅のある街ヴェルゼッドまで、馬車で向かう予定だった。途中休息を挟みながらになるので、4日くらいはかかる。そこから汽車で一気に首都ヴァルテルへ行く。

 ところが街を出て数分経った頃に奇襲を受けた。

 如何にもな黒い外套を頭からすっぽり被った魔法使いが5名。武器を振り回す戦闘員が10名。計15名による奇襲だ。

 さすがに魔法攻撃だと分が悪く、かわしきれなかった魔法による攻撃が馬と車に着弾し、修理不可能までに壊されてしまった。

 その後軽くキレたタルコットが大暴れして敵は全滅させたが、絶命する前の敵から首謀者を問いただそうとするものの、それは知らなかったようである。ルーファスによる記憶の透視でも、探り出すことは無理だった。

 一旦街へ戻って馬車を調達することも検討されたが、奇襲のタイミングがあまりにも早かったことを警戒して、歩いてヴェルゼッドの街まで向かう事が決まった。

 広大なノーテリエ山地を旅するということで、シエンの街を出る前に、シビルはイリニア王女に旅装の指示を細かく出した。どんなに高貴な身分でも、自らの足で旅をしなくてはならない。そのため旅をする服装や靴は大事だ。

 そのかいもあり、山歩きでもイリニア王女はしっかりと皆についてきた。しかし、それは無理を隠していたことが夕刻には判り、沢を見つけて野宿することになった。初日に無理をさせて、首都に着くまでもたなかったら洒落にならない。

「すみません」と心底申し訳なさそうに詫びるイリニア王女を皆でねぎらい、軽い食事を摂らせてから寝かせた。でもよほど心細かったのか、ずっと山歩きで手をひいていたメルヴィンに「寝ている間手を握っていて欲しい」と請うてきて、メルヴィンはイリニア王女の手を握ってそばに座っていた。


「なんか、メルヴィンばっかりモテ期だなあ、このところ」


 横目で嫉妬混じりの視線を受けて、メルヴィンは目をぱちくりさせる。


「え、そうですか?」

「キューリちゃんとか王女サマとか、美少女にモテてる」


 拗ねるようにルーファスに言われて、メルヴィンは困ったように笑った。

 イリニア王女の手は、今は離ればなれになっている愛しい恋人の手と、あまり違わないなとメルヴィンは思った。

 細くしなやかで、頼りなげで危なっかしい。こうして握っていないと不安に感じるほどに。


(今頃どうしているだろう)


 木々で狭められた空を仰ぐ。まだ寝る時間には早いし、留守番組のみんなと、談話室でだべっているのだろうか。

 恋人となってから、キュッリッキは素直にメルヴィンに甘えてくるようになった。その様子は、周りには「兄妹のようだ」とからかわれる。でも、飾らず隠さず全てをさらけ出して向き合ってくれることがメルヴィンは嬉しい。時には我が儘な態度を出すこともあるが、それが無意識の不安の表れであることも理解している。

 本当に愛されているのか、いきなり自分の手を放してしまわないか、信じる心と不安が背中合わせなのだ。これまでの生い立ちを考えれば、そんな不安も仕方がないことである。

 キュッリッキの心からそうした不安を拭いさるほど、深く愛したい。そして心の傷も癒してやりたい。時間のかかることだが、本当に心の底から、お互いを愛し合えるようになりたいのだ。

 ぐっすりと眠るイリニア王女の顔にキュッリッキの顔を重ねて見つめながら、イリニア王女の手を握る手に軽く力を込めた。




「ここの水で顔を洗ってください」

「はい」


 沢の一部を小さな指で示し、シビルはイリニア王女のタオルを用意する。そんなシビルの姿を、イリニア王女は不思議そうに見ていた。


「そんなに珍しい?」


 いきなり淡々とした口調で言われて、イリニア王女は咄嗟に恥じたように顔を伏せた。


「す、すみません…」

「別にいいよ、慣れてますし」


 気にした風もないシビルに、イリニア王女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「わたくしあまり、その…トゥーリ族の方と、お話をしたことがないので」

「ここはヴィプネン族の惑星ほしだしね。結構な数のトゥーリ族が移住してたりするけど、大半はハワドウレ皇国を中心にしてるから」


 ヴィプネン族は他種族に対する偏見が少ないと言われている。実際、ハワドウレ皇国などは、〈才能〉スキルや能力などを重視するので、喜んで他種族を迎え入れて要職に就ける。その際たる例が、正規部隊の将軍職に就いているブルーベルだ。ライオン傭兵団でも同じように種族で差別はしない。

 30種からなるトゥーリ族は、動物の容姿と二足歩行の体型をしている。身体の大きさはヴィプネン族やアイオン族とあまり変わらない。しかしトゥーリ族に馴染みのないヴィプネン族など、動物が喋っていると珍しがる者が多い。本星のトゥーリ族は、そうした興味本位の視線を嫌がる者もまた多くいる。そういうことには慣れているので、シビルは気にしていない。

 他種族と共存する中では、外見の違いを気にする方がどうかしているとシビルは考えている。トゥーリ族からしてみれば、ヴィプネン族やアイオン族の外見こそが、不思議な存在なのだ。共存する中で、外見についていちいち目くじらを立てていたらキリがない。外見に違いはあれど、同じ人間なのだから。


「顔を洗ったら、みんなと朝食にしましょう。しっかり食べておかないと、身体がもたないですよ」

「はい」




 携帯食料という簡素な朝食が終わると、手早く荷物をまとめ出発した。


「山4つ越えてヴェルゼッドかあ。なぁ、どうせ奇襲されるんだったら、道に戻って歩いてったほうがよくない?」


 駅馬車の通る道は、随所に立ち寄れる村々沿いを通っている。宿が建つ村もあるので、駅馬車で旅をする人々がよく利用していた。

 しんがりを歩きながらルーファスが提案すると、先頭を歩くタルコットが露骨なため息をついた。


「黙ってついてこい、女狂い」

「へーい……」


 馬車を早々に潰されて、タルコットは機嫌が悪い。ほんの僅かのミスを起こしてしまったことが、タルコットの戦闘のスペシャリストとしてのプライドを傷つけていたからだ。こと戦闘に関しては鬼のような男なので、こういう時に逆らうと、鎌で真っ二つにされかねない。


「気にしないでください、いつものことだから」


 横を歩くシビルに呆れ声で言われて、イリニア王女は苦笑を浮かべた。イリニア王女の手を引いて前を歩くメルヴィンも苦笑する。

 奇襲がある以上、村に泊まりながら旅をするわけにはいかないのだ。

 軍経験のあるタルコットとメルヴィンとシビルは、こうした山歩きに慣れている。方角に迷うこともないし、道がなくとも速やかに草木を切り倒して突き進んだ。

 ルーファスもそれなりに体力もあるし、道のないところでも歩きなれているが、イリニア王女のことを考え、短い休息を取りながらになった。

 当初は皆の雰囲気に少し怯えた様子が見られたイリニア王女だったが――とくにタルコットのキレっぷりの戦闘姿に――次第に慣れてきたのか、少しずつ質問を投げかけてくるようになっていた。


「メルヴィン様は、どちらの国の出身でいらっしゃるのですか?」

「オレですか? オレはフロックス群島のアッペルバリ交易都市です」

「まあ、あの商人の国と言われているところですね」

「ええ、小さい国です。もっとも両親とも戦闘〈才能〉スキル持ちだったので、うちは商家ではないですが。両親とも戦闘〈才能〉スキルの剣術使い、オレまで同じなんですよね」


 〈才能〉スキルは遺伝しない。同じ〈才能〉スキルを持つ者同士が子供をもうけても、親と同じ〈才能〉スキルを授かることは、とても珍しい部類である。


「その〈才能〉スキルをいかして、街で剣術道場なんかやってますよ」

「素晴らしいですわ。お弟子さんが、沢山いらっしゃるのでしょうね」


 イリニア王女が感極まったように言うと、メルヴィンは首をやや傾げ苦笑した。


「そうですねえ、隊商の護衛は人気商売の一つだから、腕自慢が入門してきてはお墨付きをもらってます」


 傭兵登録をしていない者が護衛などの仕事をする場合、道場のような確かな場所で一時でも弟子入りしてお墨付きをもらうと、それが確かな証として役に立つ。

 腕がたてば誰でも雇い入れるというわけではないからだ。

 お墨付きを募集先の商家に見せれば、大抵はすぐに護衛職にありつけた。信用で成り立つ商売同士、道場といえど適当な者には発行しない。それなりに人柄と腕前を見極めた者にのみ発行している。

 アッペルバリ交易都市では商人が多いため、安全を確保するために、傭兵ギルドと並んで道場の存在も大きく貢献しているのだ。

 メルヴィンは首をかしげながら空を仰ぎ見る。毎月仕送りは続けているが、もうだいぶ帰っていない。手紙も一方的にもらうが、筆不精なこともあり、あまり出したことがなかった。喧嘩別れしているわけではないので、単に面倒臭がっているのだ。

 イリニア王女は微笑みながら、メルヴィンに色々な質問をした。好きな食べ物や好きな色、好きな風景や好きな音楽など。道中の会話のほとんどは、イリニア王女がメルヴィンに投げかける質問について、メルヴィンのみが丁寧に答えるもので成り立っていた。


(なあ、シビル)

(なんですか?)

(あれってどう見ても、メルヴィンに気があるように見えるんだ……王女サマ)

(どう見なくっても、気があるようですねえ…)


 念話を使いシビルに話しかけながら、ルーファスは困ったように眉を寄せた。


(例によって例のごとく、気づいてないよね)

(…まあ、相手はメルヴィンさんですしね)

(だよねー…)


 明らかにメルヴィンに気があり、興味を持っているイリニア王女に、当のメルヴィンは全く気づいていないようだった。気づいたところでイリニア王女の気持ちを受け入れることなど出来ない。皇都で留守番をしているだろうキュッリッキに比べ、イリニア王女はそういうことには積極的なようだ。もはやメルヴィン以外は眼中に無いようである。


「段差があるので、注意してください」


 ちょっとした段差の下からイリニア王女に呼びかけるメルヴィンに、イリニア王女は怯えた表情を向けた。


「どうしましょう、怖いですわ……」

「受け止めますから、飛び降りてください。大丈夫ですよ」


 両手を広げて励ますメルヴィンに、イリニア王女は「えいっ」と小さくつぶやき、目をつむって飛び降りた。


「おっと」


 イリニア王女をしっかり受け止めて、そっと地面に下ろす。


「ありがとうございます。怖かったですわ…」


 そう言ってメルヴィンの胸にしだれかかった。そんなイリニア王女の両肩をしっかり掴み、メルヴィンは笑いかけた。


「大丈夫ですよ。我々がしっかり守りますから」

「はい。頼りにしております」


 顔だけをあげて、イリニア王女は柔らかく微笑んだ。



* * *



 メルヴィンと遠く離れた皇都イララクスのハーメンリンナに居るキュッリッキは、目の前のテレビに目を向けつつもため息の連続だった。

 今まさに、テレビの中では大好きな『美魔女っ子カトリーナ』が魔法で変身して、多くの悪と戦闘中である。

 いつもなら変身シーンが出てくると、テレビの前に立って真似をして喜んでいるというのにそれもしない。ぺたりと床に座り込んで、肩を落としている。その様子を後ろのソファに並んで座るベルトルドとアルカネットが、不思議そうに見つめていた。


(元気がないな、リッキー)

(口の端にのせるのも怖気がしますが、メルヴィンと離れ離れになっているから落ち込んでいるんです)

(俺がこんなに近くにいるのに?)

(別にあなたがいたって関係ないでしょう。むしろ私がこうしてそばにいるのに、あんなに落ち込んでいることが心配です)

(そういうお前だって関係ないだろう!!)


 念話でいがみ合いながら、ベルトルドとアルカネットは視線をぶつけていた。

 週に一回、水曜日はテレビを観にキュッリッキが遊びに来てくれる。どんなに仕事が忙しかろうと、キュッリッキが来る時間前には絶対に帰宅している2人だった。そして一生懸命乞い願い、キュッリッキには泊まっていってもらう。更に拝み倒して一緒に寝ようと言うが、それだけは却下されていた。


(しかし、リッキーを連れて行かなかったことは褒めてやるが、そんなに時間のかかる仕事なのか? あいつらが受けた依頼は)

(トゥルーク王国の王女を護衛して、首都に送り届けるものだったと聞いています)

(ほう……確かあの国、最近国王夫妻が事故死したんだったな)

(ええ、視察先で事故に遭われたようです。そのため一人娘の王女が、急に女王として即位すると、報告があがっています)

(ウエケラ大陸の中では大きな国だが、織物生産が盛んなくらいで、クーデターとは無縁そうな感じはするんだがなあ)

(皇国に対しても低姿勢ですしね。王女と近親者の宰相も、よく国王に尽くして国に貢献していると評判が良いですが)

(何年か前に皇国の建国記念に来訪した国王と謁見したが、タヌキでもキツネでもない、ごく普通の王だったような。無能でも有能でもない、淡々とした印象がある)

(そうですね。織物交易も盛んですから、富ませることに才能は豊かだったようです)

(ふむ…。まあ、ギルド側からの判断で回ってきたとは言え、あいつらが出しゃばるくらいに護衛が危険だというわけか。自国の護衛ではなく傭兵を雇うくらい、事態は切羽詰っているのかな)

(ダエヴァに調べさせましょうか?)


 落ち込むキュッリッキの後ろ姿を見つめ、ベルトルドは首を横に振る。


(いや、調査はすでにあいつらがやっているだろう。皇国に直接影響がなければ、放っておけばいいさ)

(判りました)


 アルカネットは小さく頷いた。

 すでに『美魔女っ子カトリーナ』は終わっているようで、別の番組が始まっていた。


「リッキー、こっちにおいで」


 ベルトルドに声をかけられ、キュッリッキは「うん」と力なく返事をして、ベルトルドとアルカネットの間に座った。

 この間ザカリーに買ってもらった大きなペンギンのぬいぐるみをギュッと抱きしめ、キュッリッキはため息をこぼしまくっている。


「もうすぐ夕飯だぞ。リッキーの大好きなものばかり用意させてある」

「デザートも沢山ありますからね」

「あんまりお腹すいてないもん…」


 メルヴィンが心配で、ずっと食欲がない。

 ベルトルドとアルカネットは顔を見合わせて肩をすくめた。

 食欲が沸くくらい、何か気が紛れることはないだろうか。それを色々考えるが、妙案が思い浮かばなかった。

 そこへノックがして、セヴェリが顔を出した。


「皆様、お夕食の準備が整いました。食堂へお集まりください」

「おう」

「さあ、行きましょうリッキーさん」


 アルカネットにそっと促され、キュッリッキは頷いた。


「エドラも連れてっていい?」


 ペンギンのぬいぐるみを持ち上げる。どうやらメスのペンギンらしい。


「お食事中は隣の椅子に座らせるなら、かまいませんよ」

「ありがと」


 ようやくキュッリッキはにっこり微笑み、ベルトルドとアルカネットは苦笑した。



* * *



 シエンの街を出て早4日。ノーテリエ山地の広さに辟易しながらも、イリニア王女の護衛御一行は元気に旅を続けていた。


「そういえば王女様、何か召喚って出来ないんです?」


 やや色づき始めた緑豊かな山の中を歩きながら、ふと思いついたようにルーファスが言った。


「何か、でございますか?」

「うん。大きな鳥とか大きな狼とか」


 考え込むように小さく首をかしげ、ゆるゆると首を横に振った。


「そんなことは出来ませんわ。どうしてですの?」


 逆に不可解そうに聞かれて、ルーファスはきょとんと目をぱちくりさせる。


「いや、召喚〈才能〉スキルをお持ちだから、色んなものを、アルケラ? ってところから召喚できるのかなーって」


 自分たちのよく知る召喚〈才能〉スキルを持つ少女は、あらゆるものを召喚して見せてくれた。


「確かにアルケラと思しきところを視ることは出来るのですが……これまで何かを召喚したことはありませんの。――そういえば、先月のモナルダ大陸の戦争で、ハワドウレ皇国の副宰相様の中継映像で、この世のものとは思えないものを呼び出していた女の子が映っていましたわね」


 記憶を辿るように、僅かに目を眇めながらイリニア王女は頷いた。


「わたくし、召喚〈才能〉スキルを持つ者が、あんな化物を呼び出すことが出来るなんて初めて知りましたのよ」

「ほほお……、そうなんだあ」

〈才能〉スキルのレベルに応じて、出来る人と出来ない人がいるんですかねえ?」


 興味がわいたようにシビルが呟く。


「それならば、わたくし落ちこぼれなのですね…」


 ガッカリしたように言うイリニア王女に、シビルは慌てて手を振った。


「いえいえ、そういう意味じゃありませんって」

「シビルって時々キツイよなあ」

「なっ、違いますって!」


 ツッコむルーファスに、シビルはますます慌てて抗議する。その様子にイリニア王女はクスクスと笑う。


「皆様、召喚士にお詳しいのですね」


 本来召喚〈才能〉スキルを持つ者は、〈才能〉スキル判定を受ける幼い頃に、国によって召し上げられる。そのため一般の目に触れることはほぼなくなるので、召喚〈才能〉スキルを持つ者と知己を得ることは難しい。


「オレたちの仲間に召喚士がいるのよ。王女様と同い年の女の子なんだけどね」

「え? 召喚士が傭兵をしているのですか?」


 イリニア王女はびっくりしてルーファスを振り返った。


「驚くでしょ。でもホントなんだよね。フリーの傭兵をしていたところを、ウチのボスがスカウトしてきたんだ」

「まあ…」


 召喚士が傭兵をしている、そんなことは前代未聞だとイリニア王女は唸った。生国なりに大切に保護され、危険などとは無縁の生活を送るだろう召喚士が、どうして傭兵をしているのだろうか。


「その方の生まれた国は、何故そんな危険な真似をさせるのでしょうか。可哀想ですわ」


 ルーファスをはじめ、ライオン傭兵団の皆は、キュッリッキからの告白でそれらの経緯も全て知っている。アジトに帰ってきた翌日、一生懸命話してくれた辛い告白を皆で聞いたのだ。


「ホント、酷いよね」


 苦笑にも似た表情でルーファスは言ったが、その表情は複雑な色も含んでいた。




「それにしても妙だな」


 どっかりと岩に腰を下ろしたタルコットが、愛用の鎌スルーズを傍らに置いた。


「何がですか?」


 メルヴィンの問いに、タルコットは眉を眇める。


「奇襲が全くない」

「……そういえば、ありませんね」


 ないことは一向に構わないが、街を出て最初の奇襲があってからというもの、現在まで2度目の奇襲がない。それはメルヴィンもずっと気になっていた。


「まさか奇襲要員が、叩きのめした15人だけ、とかナイよねえ…」

「そんな軟弱な準備状態で、ボクたちを引っ張り出したっていうのか?」


 ギロッとタルコットに睨まれ、ルーファスは首をすくめる。


「それは流石にナイよねっ」

「山の中だと敵にとっても不利だから、ヴェルゼッドで待ち伏せしている、ということもありえますね」


 腕を組みながら言うメルヴィンに、皆頷いた。首都ヴァルテルに行くには、ヴェルゼッドから汽車に乗るのが早道だからだ。だから必ず立ち寄ると予測は立つ。

 奇襲してきた者たちは、それなりに訓練を受けている戦いぶりだった。傭兵のものとは明らかに動きが違っている。しかし、山の中は地形も不安定で、草木が茂って視界も悪い。罠も張りやすく、ある程度特殊な能力を持った戦闘員が必要になる。傭兵なら無理をするだろうが、奇襲してこない以上相手は傭兵ではない。


「最初の奇襲で事が済む筈だったんでしょうね、敵さんにしてみたら。まさか全滅の返り討ちにあうとは、予想外だったんでしょう。人員補充とかナントカ、色々あるんじゃないかな」


 フサフサと尻尾を揺らしながら、シビルは言った。


「甘く見られたもんだな、気に入らん」


 タルコットは不愉快そうに舌打ちした。

 戦闘が大好きなタルコットからしてみたら、奇襲もなくただ歩くだけの護衛旅に、些か忍耐を強要されていて機嫌が悪い。


「これでヴェルゼッドでも奇襲がなかったら、ボクは帰るぞ」

「まあまあ……」


 小さな手でタルコットを宥めながら、シビルはため息をついた。


「殿下、奇襲の、敵に心当たりはありませんか?」

「そんな他人行儀な呼び方はお止めくださいませ! イリニアと呼んで下さいまし」

「え…」


 いきなりイリニア王女に詰め寄られ、メルヴィンは石のように固まった。


「メルヴィン様には、普通に名前で呼んで欲しいのです…」


 まっすぐ見つめてきながら言うイリニア王女に、メルヴィンはタジタジとなって僅かに身体を引く。――なんで!? と驚く表情が物語っていた。


「えっと……、イリニア様」

「様は要りません。イリニア、でようございます」

「………」


 真面目の塊であるメルヴィンに、いきなり名前を呼び捨てにしろとは暴挙である。相手は少女とはいえ、身分の高い王女なのだ。しかし会話を促すために、あえてメルヴィンは思考を柔軟にしたようだった。


「では、その……イリニア」


 語尾がやや尻すぼみ調になりながらも、王女を呼び捨てにして、メルヴィンはため息をこぼす。


「はい!」


 対するイリニア王女は喜びに目を輝かせていた。瞳にまといつく虹色の光彩が一際輝く。


「敵に心当たりはありませんか?」

「心当たり……」


 イリニア王女はやや俯きながら記憶をたどる。


「院長先生は、叔父様やお兄様のことを可能性として挙げておりましたが、わたくしそれは信じられません。いえ、絶対に有り得ないと、断言してもいいと思ってますの」


 組んだ両手をきゅっと握り締め、イリニア王女は目を閉じた。


「叔父様は、わたくしから見ても、度が過ぎるほどと言ってもいいくらい、お父様に忠誠を尽くしておりました。わたくしにもとても優しくて、甘いほどです。お兄様――従兄弟のトビアス兄様も、わたくしを本当の妹のように可愛がってくださいます」

「でもそれは、偽りの仮面ということはないですか?」

「いいえ、いいえ!」


 イリニア王女は激しくかぶりをふった。


「確かにわたくし、世間知らずなのですわ。でも、人を疑うことも知っていますし、そこまで眼鏡が曇っているとは思いません。叔父様もお兄様も、絶対に違います」


 言い切るイリニア王女に、メルヴィンは優しく頷いた。

 今のところカーティスから報告は来ていない。ブルニタルとペルラが調査を行っているが、まだ明らかになっていないのだろう。


「敵の正体は掴めないですし、奇襲もヴェルゼッドまではないと考えていいかもしれませんね」

「そうだね。ヴェルゼッドまでは、あとどんくらい?」


 ルーファスはシビルに顔を向ける。


「あと2日ほど、かな。王女様も頑張ってくれてるから、このペースだと2日後の朝には街に着きそう」


 地図を見ながらシビルは頷く。奇襲がないぶん進みは早い。それに、もっと足を引っ張ると思われたイリニア王女が、根性を見せて頑張ってついてきてくれているのも大きかった。見た目の儚げな姿からは想像がつかないほど、しっかりしている。弱音も吐かないし、護衛相手としては理想的だ。


「恋する乙女パワーは、偉大だねえ」


 ぼそっと小声で言うルーファスに、シビルは疲れたように苦笑った。

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