目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

94話:ブロムストランド共和国の災難

 メルヴィンたちが仕事に出てから数日後。小さい仕事が舞い込んできて、マリオン、ガエル、ランドンの3人がアジトを出ていた。


「なんか、人数少なくなって寂しいかもー」


 談話室のソファにころりと横になりながら、キュッリッキは唇を尖らせた。いつもなら賑わっている談話室の中が、閑散としていた。


「仕事があるのは、いいことですよ」


 本から顔を上げずにカーティスは言う。


「つまんなーい!」


 更にキュッリッキが不満を垂れたところへ、ブルニタルとペルラが談話室に顔を出した。


「おや、おかえりなさい」

「例の黒幕が判明しました」


 眼鏡をクイッと手で押し上げながら、ブルニタルがメモ帳を開いた。記憶〈才能〉スキルを持つが、何故かメモ帳に書き留める癖がある。

 トゥルーク王国の王女護衛の依頼を受けたあと、ブルニタルとペルラはカーティスの命令で、黒幕の調査を行っていた。ライオン傭兵団では依頼内容に不可解な部分があると、依頼を引き受ける一方、そうした調査も行うようにしている。2人は傭兵団における調査のスペシャリストだ。

 調査報告をするブルニタルの横で、ペルラが補足を入れる。


「それは本当ですか!?」


 驚きを隠せない面持ちで、カーティスは2人を凝視した。


「間違いありません。裏付けをとるのに苦労しましたけど」


 猫のトゥーリ族であるブルニタルとペルラは、揃って尻尾をそよがせた。


「それって、タイヘンじゃない!!」


 ソファに寝転がって黙って聞いていたキュッリッキが、勢いよくソファの上で跳ね起きた。


「こら、ソファの上で跳ねるな」


 そばにいたギャリーが、ゆるく嗜める。


「こーしちゃいられないんだから!」


 聞いちゃいないキュッリッキは握り拳を作って気合を入れると、談話室を飛び出していった。


「おい!?」


 弾丸のごとき勢いで飛び出していったキュッリッキを、室内にいた皆は呆気に取られて見送っていた。


「どこ飛び出していったんだお嬢は?」


 ギャリーは床に転がったペンギンのぬいぐるみを拾い上げる。


「まさか、メルヴィンたちのところへ?」


 目を細めながらザカリーが言うと、カーティスが首をひねる。


「もしエグザイル・システムに向かったら、陰の護衛たちが引き留めるでしょう」


 キュッリッキ自身は気づいていないし知らないが、皇王とベルトルド双方から差し向けられた護衛が、陰ながらキュッリッキを24時間護り続けている。そして、皇都イララクスから一人で出ようものなら、問答無用で引き留める命令も護衛たちは受けている。そのことをカーティスは知っていた。

 ベルトルドだけではなく、正式に皇国が後ろ盾についた今、キュッリッキの自由は制限されている。召喚〈才能〉スキルを持つ故だ。


「しゃーねーなぁ全く」


 よっこらせっと立ち上がると、ギャリーはザカリーに顎をしゃくった。


「お嬢を探しに行くぞ」

「へいよ」




 皆の予想を裏切り、キュッリッキが全速力で向かっていたのはハーメンリンナだった。

 常に身につけている通行証を見せてハーメンリンナに入る。ハーメンリンナの住人として登録されているキュッリッキは、ボディチェックもなくすんなりと丁重に通された。そして地下通路に入ると、案内板を見ながら真っ直ぐ走る。

 地下を走るリニアをなんとなく怖くて避けているキュッリッキは、自らの脚で広大な地下通路をひた走った。

 途中から息が切れてきて、フェンリルが狼形態に身体を戻し、キュッリッキを乗せて地下通路を駆け抜ける。すれ違う人々が大きな狼の姿にギョッと慄くが、それもスルーしてひたすら目的地へ向かう。

 やがて地上に躍り出たフェンリルから飛び降り、キュッリッキは大きな建物に飛び込んだ。そして身体を小さく戻したフェンリルに案内してもらい、一際大きな扉を勢いよく開いた。


「ベルトルドさんいるっ!?」


 室内からザワッと騒然とした声が漂ってきた。扉のところに立つキュッリッキに、室内全ての視線が集中する。


「リッキー?」


 部屋の上座にいるベルトルドが、間の抜けた声を出す。その横に立っていたリュリュも、垂れ目をぱちくりさせてキュッリッキを見ていた。

 軍服を着た居並ぶ人々を見渡し、上座にベルトルドを見つけたキュッリッキは、迂回もせずにテーブルに飛び乗って駆け出した。そしてベルトルドの前に到着すると、しゃがみこんでベルトルドの襟元を両手で握り締めた。


「ベルトルドさん! アタシのお願い聞いてくれたら一発ヤラせてあげる!!」


 行儀の悪い行動よりも、その発言に室内が固まった。

 沈黙のステップが室内を一周した頃、ベルトルドが無言のまま静かに席をたった。そして、テーブルの上でしゃがみこんでいるキュッリッキを、素早く腕に抱き上げる。


「さあリッキー、お願いを言ってみるがいい!!」


 顔は真剣そのもの。ただブルーグレーの両眼だけが、ギラギラと熱をもって燃え盛っていた。興奮のためか、鼻の穴が膨らんでいる。


「今すぐブロムストランド共和国に飛んで、悪い奴をやっつけちゃって!!」

「任せろ!」

「ちょっとベル!?」

「会議は適当に勝手にやっておけ!」


 そう言いおくと、キュッリッキを腕に抱いたまま空間転移してしまった。


「…………」


 空間転移の余波で、書類が数枚虚しくヒラヒラと床に落ちる。


「いやあ、相変わらず、股間に正直な方ですねえ」


 ブルーベル将軍がニコニコと言う。その一言で金縛りが解けたリュリュは、ハッとなり「きぃいいっ」と手にしていた書類を噛んだ。


「一体ナンナノヨっンもおおお!」


 書類を噛みちぎると、リュリュは会議室を飛び出していった。



* * *



 談話室の床に正座して、カーティスはうなだれていた。

 エグザイル・システム方面を見に行ったギャリーたちは、キュッリッキを見つけられなかった。その報告を聞いたとき、ナントナクこうなることは半分予想していたとはいえ、実際押しかけてこられるとうんざりする。

 目の前に立つアルカネットの軍靴のつま先をしみじみ見つめ、漂ってくる怒気にじわりじわりと慄く。


「リュリュ、リッキーさんは、なんと言ってベルトルド様を唆したんですか?」


 後ろに控えるリュリュに、爆発寸前の怒りを燻らせたような声音で、アルカネットが冷ややかに言う。


「えーっと『アタシのお願い聞いてくれたら一発ヤラせてあげる!!』だったわねン」


 少々間を空けたあとに「はぁ…」と切なげなため息をついて、アルカネットはゆるゆると首を横に振った。今にも目眩を起こしそうな表情だ。


「あの純粋無垢でいたいけなリッキーさんが、そんな下品な言葉を知っていたわけがありません。まして、意味を理解して口にしているわけではないでしょう。――絶妙な場面で使っているあたりがちょっと心配ですが…。さあカーティス、一体誰が、リッキーさんにそんな不届きな言葉を教えたんです?」

「はい…、えー…、ルーファスとマリオンです…」


 そして深々とため息をついた。

 世間知らずではないが、他人とのコミュニケーションが苦手だったこともあり、キュッリッキは語彙がバラエティな方ではない。それで色々知らないのをいいことに、ルーファスやマリオンが余計な知識を植え付けている。おかげで時々素っ頓狂なことを言い出してびっくりすることがあるが、今回はそれが最悪の形で露見したようだ。

 この際折角だから、アルカネットにお灸を据えてもらうか、とカーティスは心の中で頷いた。


「今はアジトに居ないようですね」


 アルカネットはギロリとした目で室内を見渡す。2人共仕事に出ていて命拾いしたようなものだ。


「それで、リッキーさんはどこへ行ったのです。具体的な場所の見当はついているのでしょう?」


 もちろん、ついている。

 アン=マリー女学院からもたらされた依頼の、王女を狙う黒幕が判明し、そのことを知ったキュッリッキは飛び出していったのだから。

 カーティスは依頼の経緯を説明した。そして、調査報告もブルニタルとペルラにも口添えしてもらう。

 アルカネットは細い顎に手を添え、伏せ目がちに暫し考え込んだ。


「今からあとを追いかけても、移動してしまっているでしょう。首都ヴァルテルで待ち構えていたほうが良さそうですね」

「そうねん。いくらベルでも、すぐに小娘を押し倒しはしないでしょうし」

「押し倒させませんよ。ぶっ殺してでも阻止してみせます」


 冷気が室内を緩やかに覆い尽くす。アルカネットが本気で怒ると、周辺温度が急激に下がるのだ。魔具が自身の身体であるため、魔力がそうした形で吹き出すのである。


「全くしょうがないんだから。お仕置き、たーっぷりしてやらなくっちゃね」

「ええ、骨の髄まできっちり思い知らせてやってください」


 ベルトルドがキュッリッキを連れて空間転移してしまったあと、リュリュはアルカネットを引っ張り出して、ライオン傭兵団のアジトに押しかけてきた。上級レベルの超能力サイを有するリュリュでも、空間転移は出来ない。

 それで2人が向かった先を聞き出すため、カーティスに詰め寄っているのである。

 アルカネットを引っ張り出してきたのは、当然ベルトルドのキュッリッキへの下心行為を阻止させるためだ。女に興味はないが、不幸な生い立ちのキュッリッキを心底不憫に思っている。それに、ある思いも心の隅に有り、キュッリッキに対して老婆心が働いてしまうのだ。


「行きましょうか」

「おっけー」


 地鳴りでも起きそうなほど、軍靴で床を踏み鳴らしながら出て行くアルカネットを、カーティスはうんざりと見送った。



* * *



 アルカネットがライオン傭兵団を襲撃していた頃、ベルトルドはブロムストランド共和国の首都リングダールの上空にいた。

 ハワドウレ皇国の皇都イララクスの規模に比べれば小さな首都だが、整備された区画とデザインされた建物の数々が、上空から見下ろすと美しい街並みだ。

 足元に広がる街を眺めおろしながらも、街に対する感情は欠片も湧いてこない。今のベルトルドの頭も心も、ある一点に集中しているからだ。


やしきじゃお邪魔虫がいるからな、俺の隠れ家に連れて行くか)


 今夜のプランを入念に練りまくる。


(まずは食事を一緒にとって、風呂も一緒に入るだろ。リッキーの身体を舐めるように丁寧に洗ってやりながら、そこで十分にムードを盛り上げ高め合って、それからベッドに運ぶ。全身くまなく、髪の毛の一筋さえも丹念に愛撫して、息も絶え絶えイキまくったところでレッツゴーだ。初めてだからきっと痛いだろうが、そこを不憫に遠慮すると痛みが増すだけだから、一気に押し込まないと駄目だろう)


 挿入を果たせば理性が保てるか自信がなかった。あまりの痛みに泣きじゃくるのか、それとも懸命に堪えて、ベルトルドの性欲を満たしてくれるのか。


(やっぱ腰を使うのは止めたほうがいいだろうなあ……俺も理性を総動員して我慢して…後日ゆっくり調教していけばいいんだな。ウンウン。ああ……待ち遠しい!)


 空は青く、太陽も中天に座しているが、ベルトルドは今夜の計画と妄想を膨らませ、興奮が全身を覆い尽くして抑えきれない感情が爆発寸前状態だ。鼻の穴は大きく開き、股間も滾るようにエンジン全開である。


「ついに、ついに、ついにリッキーの処女は、今夜俺がいただく!!!」


 あっはははは! と空に鳴り響く高笑いをしながら、超能力サイで集めた大量の電気エネルギーをより膨らませた。

 両手を広げて、上半身を大きく仰け反らせる。身体の周りに集まる電気エネルギーが強く発光し、細かな稲妻がいく筋も宙を走った。


「さあ、吹き飛べ悪の権化!!」


 ベルトルドの叫びと同時に、街へ向かって無数の細い雷が降り注いだ。そして地上の電気エネルギーと引き合いながら、街中を凄まじい量の電気が縦横無尽に暴走し始める。静電気を帯びたものや金属が引き合い、ムチがしなるように暴れ、あらゆるものを破壊しながら規模を広げていく。

 雷によって引き起こされた火事や爆発で街は騒然となり、黒い煙が空に向かって立ち上がっていった。爆音や人々の悲鳴は、上空のベルトルドの耳にもはっきりと聞こえてきている。しかし、ベルトルドの心には微塵も響かない。

 これがただの落雷ならまだしも、ベルトルドの超能力サイによって引き起こされたものだ。地上に降り注いだ電気エネルギーは、消えることなく威力を増して街中を駆け巡っていた。


「首相府はあそこか。軍の施設も近くにあるはずだが……あれだな」


 東の方角に目的の建物などを見つけ、ベルトルドは掌に意識を集中させた。


 白金色に光る電気エネルギーが凝縮され、次第に三叉戟の形を成していった。黄金に輝く三叉戟、ベルトルドの必殺技雷霆ケラウノスだ。

 もう片方の掌にも雷霆ケラウノスを作り出し、両手に雷霆ケラウノスを掴むと、クロスさせて首相府と軍施設に向かって投げつけた。

 空気中の電気も吸収して質量を増しながら、雷霆ケラウノスはそれぞれの場所に突き刺さる。その瞬間、三叉戟の形をしていた雷霆ケラウノスはぐにゃりと形を崩し、四方八方に膨大な電気エネルギーを撒き散らして、破壊と火災を広げながらやがて大きく爆発した。




「うわあ……なんか、凄いんだあ」


 街からやや離れた場所からでも、その災害模様ははっきりと見えている。フェンリルの背に乗りながら、キュッリッキは青空に吸い込まれるようにあがる火柱を眺めた。

 あらかじめベルトルドに避難場所を指定され、大人しく様子を見ていた。

 普段こんなふうに力を使うベルトルドを見たことがなかったので、キュッリッキにとっては新鮮だった。偉そうにしているか、鼻の下を伸ばしている姿しか知らないからだ。


「ベルトルドさん怒らせたら、アタシもあんなふうに燃やされちゃうのかな…」


 それはないだろう、とフェンリルは否定するように首を振る。キュッリッキに手をあげるベルトルドなど想像がつかない。


「黒幕はあれで一網打尽だね。たぶん吹っ飛んじゃっただろうし。あとは実行犯を捕まえて、トゥルーク王国の首都にしょっ引いていけば終わりかな~」


 キュッリッキは淡々と呟く。

 いまだ爆発はやまず、青空の一部が朱色に染まるほど酷い大火災を起こしていた。黒い煙と赤い炎は、規模を街全体に広げていく。しかしキュッリッキはそれを見ていても、少しも心を動かされなかった。むしろ、清々すらしている。

 メルヴィンと遠く引き離された、依頼の元凶を作り出したものだからだ。メルヴィンとの間を裂くものは、全部灰になればいい。そう冷え冷えとキュッリッキは心で呟いていた。


「リッキー、終わったぞ。次へ行こうか」


 空間転移でベルトルドが戻ってくると、キュッリッキは無邪気な笑顔を向けて頷いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?