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95話:ベルトルドとキュッリッキがやってきた

「わーい、あとは下山したらヴェルゼットに到着です」


 小さな手をあげてシビルが喜ぶと、イリニア王女も微笑んだ。


「一気におりて、なにか食べてから汽車に乗ろうよ」


 ルーファスがそう提案すると、イリニア王女はちょっと困ったような表情を浮かべた。それに目ざとく気がついて、シビルがタルコットの足を叩く。


「そこの滝で身体を洗っていってもいい? いくらなんでも汚れたまま街へ降りるのは気が引けるし」

「ふむ…」


 タルコットもイリニア王女の表情で気づいて頷いた。


「休憩していこうか」




「シビル様、ありがとうございました」

「女の子だもんね。いくら身分を隠してお忍び旅でも、4日も身体を洗ってないのは抵抗あるし」

「贅沢を言える状況ではないのは判っているのですが、水浴びできることは嬉しいです」


 申し訳なさそうにしながらも、イリニア王女は嬉しそうに口元をほころばせた。

 最初の頃こそ奇っ怪なものでも見るようにシビルを見ていたイリニア王女も、今ではすっかり打ち解けている。男ばかりの中、シビルが何かと細かい気遣いをしてくれるので、イリニア王女は何とか頑張って旅をしてこれた。外見は違えど同じ女である、心強かった。

 滝の裏側へ行くと、シビルは魔法で地面に大人2人入れるくらいの穴をあけた。そして滝の水を器用に穴の中へ入れると、その中に火の玉を一発ぶちこむ。一瞬で湯に変わり、辺りに温かな湯気が漂った。


「即席風呂のいっちょあがり~」


 えっへんと得意げなシビルに、イリニア王女は尊敬の眼差しを注いた。


「素晴らしいですわ!」

「ふふふん。魔法はこういう使い方も出来るのです。さあ、入りましょう」

「はい!」


 2人は衣服を脱いでたたむと、湯に入ってゆったりとした気分に包まれた。


「気持ちがいいですわね」

「ホントだね~。滝が天然のカーテンの役割をしてくれてるから、あいつら気にせず身体も洗えるからね。石鹸とシャンプーもあるから」

「ありがとうございます。生き返りました」

「それはなにより」




 滝の爆音の向こうから聞こえる女子たちの笑う声に、ルーファスは「いいなあシビル」とぼやいた。


「なんだお前、巨乳が好きなんじゃないのか?」


 滝から流れてきた水で身体を拭きながら、タルコットが不思議そうに言う。それに「ちちちっ」と指で否定してルーファスは声を潜めた。


「着やせしてたから気づいてないだろうけど、王女様の胸はかなりデカイ。オレの目に狂いはないぜ」

「お前、そんなところばかり見ているのか……」


 あからさまに軽蔑のこもった目を向けられ、ルーファスは肩をすくめる。


「いいじゃーん、オレ男だし」


 身体を拭きながら2人の会話を聞いていたメルヴィンは、苦笑しながらキュッリッキのことを思い出していた。

 ヴェルゼットで汽車に乗れば、明後日には首都ヴァルテルに到着予定だ。そうすればもうじきキュッリッキのもとへ帰れる。喜ぶ彼女の顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。


「幸せそうにニヤニヤして、メルヴィンはいいよね。キューリちゃんに王女サマに、美少女選り取りみどりで」

「えっ」


 ルーファスに顔を覗きこまれ、メルヴィンは慌てた。


「もうすぐヴァルテルへ到着しますし、リッキーのもとへ帰れますから」

「今頃首を長くして待ってるだろうな、キューリ」


 鎧の汚れを落としながら言うタルコットに、メルヴィンは嬉しそうな笑みを向けた。


「ええ。なにかお土産でも買っていってあげようかな」




 無事山越えを終わらせた王女様護衛御一行は、滝で身奇麗にして着替えていたので、堂々とくつろげる飲食店に入って、久しぶりのマトモな食事にありついていた。

 奇襲があると困るということで、ルーファスが一人で、人数分の汽車の切符を手配しに駅へ行っていた。


「どうだメルヴィン、気配は感じられるか?」

「ずっと探っているんですが、なにも感じません」

「まさか、ホントにあの一回の襲撃で終わりなんじゃないでしょうね……」


 タルコット、メルヴィン、シビルの3人は、腕を組みながら「ううん……」と悩ましげに唸った。その3人の様子を見て、イリニア王女は苦笑する。

 奇襲を心配して、山の中を数日かけて越えてきたというのに、何もないでは心情的に納得できないだろう。襲ってこないのはありがたいし助かるが、こうして護衛してもらっていると、イリニア王女は申し訳ない気持ちが湧いてきてしまう。そしてこのまま何もなければ、明後日には首都ヴァルテルに到着する。


(そうすれば、メルヴィン様とお別れになってしまう……)


 胸の奥がズキンと痛んで、イリニア王女は片手を胸にあてた。王宮につけば、女王として即位して、もう自由などなくなってしまう。死ぬまで自由とは無縁の生活になるのだ。

 メルヴィンへの想いは日に日に高まり、離れると考えただけで涙が溢れそうだ。

 この先、メルヴィンのような男性と知り合う機会はないだろう。たとえあったとしても、自由に恋をすることはできない。国のために、決められた相手と結婚することになるからだ。


(誰か、襲ってこないかしら)


 ふとそんなふうに思ってしまって、イリニア王女は慌てた。

 離れたくない。ずっとずっと、そばで守ってほしい。そんな願いを込めて顔を上げたその時だった。


「うわああああああっ!」


 店の外でルーファスのデカイ悲鳴が聞こえてきて、4人ともそちらのほうへ顔を向けた。


「なんだ?」


 立ち上がって店のドアの方へ行って外を見ると、タルコットは「ゲッ」と慄く声を上げて仰け反った。


「この大馬鹿者ども! 無事息災か?」


 あまりにも聴き慣れた、”性格と生き様がにじみ出るような偉そうな声”が轟いて、メルヴィンとシビルの顔が恐怖に歪んだ。


「なんで、あのひとがいるの?」

「さ……さあ…」


 2人は席を立って外を見る。


「あれ? リッキーさんがいるよ?」

「え」


 恋人の名を呼ばれ、メルヴィンは急いで店の外に出る。

 両手を腰に当てて偉そうに立っているベルトルドの横に、キュッリッキを見つけた。


「リッキー?」

「あ! メルヴィン!!」


 嬉しそうな声を上げて、キュッリッキはメルヴィンに飛びついた。そして甘えるようにメルヴィンの胸に頬を摺り寄せる。


「早く会いたかったんだよメルヴィン」


 ほっそりと柔らかな身体をそっと抱きしめ、メルヴィンの表情が優しく笑んだ。


「オレもです」


 そう言ってキュッリッキの顔を上向かせてキスをする。柔らかな唇の感触が、キュッリッキの存在をより実感させた。

 アツアツなオーラを漂わせる2人の様子を忌々しげに見ていたベルトルドが、露骨な咳払いをする。


「お前たちの仕事を終わらせてきてやったぞ。額を地面に擦り付けて、心から涙を垂れ流して感謝するがいい!」

「…一体、どういうことなんです??」


 ふんぞり返っているベルトルドに、ルーファスが恐る恐る聞くと、


「今回の黒幕を叩きのめしてきてやった! そしてこれも捕まえてきてやったぞ」


 縛り付けたその人物を、ベルトルドは乱暴に蹴って皆の前に転がした。その転がった人物を見て、店から出てきたイリニア王女は一際大きな声を上げる。


「院長先生!?」



* * *



 ヴィプネン族の治める惑星ヒイシの種族統一国家、ハワドウレ皇国に認められた独立国は、現時点で13在る。3年ほど前にコッコラ王国が皇国に反旗を翻し地図から抹消された。そして先月ソレル王国が中心となり、ベルマン公国、エクダル国、ボクルンド王国の三国も加担して反旗を翻し地図から抹消された。

 抹消された国々はハワドウレ皇国に、一領地として吸収されている。

 元々種族統一国家として興ったハワドウレ皇国だが、次第に独立して自らの国を打ち立てる者たちが現れ、それを容認して小国がいくつも興った。しかしこうして長い時を経て、抹消された国々は、元に戻ったと言える。

 自らの国を大きくする、ハワドウレ皇国に匹敵するほどの国力をつける。そして自国が皇国に成り代わって、ヴィプネン族の種族統一国家として惑星ヒイシに君臨する。それを夢見たのが、ブロムストランド共和国の現首相クリストフだった。

 これといってハワドウレ皇国から虐げられてもいなければ、あらゆる事柄に干渉されているわけでもない。毎年決められた献上金を納めることで、独立国としてある程度は自由にやっていけている。だが、それは本当に自由と言えるだろうか?

 ブロムストランド共和国もまた、皇国から離反した小国の一つに過ぎない。反旗を翻せば、即他国のように鎮圧吸収され、ブロムストランド共和国という名も、汚名と共に歴史の渦に消え去るのみだ。

 現在ウエケラ大陸には、ブロムストランド共和国のほかに、大陸の3分の1もの国土を持つトゥルーク王国と、あまり広くない国土のカッセル国、メリーン国の4国がある。その他に皇国の領地と自由都市があるが、クリストフは3国をまず自国として吸収することを考えた。

 軍事力はどの国も五分五分で、平たく言えば”のどか”な国風だ。そこを利用し、正面切っての侵略ではなく、裏で工作して乗っ取る計画を立てた。

 まずは一番の目障りなトゥルーク王国がターゲットとなった。経済力は大陸一であり、国王もまだ若く、世継ぎは王女一人だけだ。そして王女は首都から遠く離れた学校に留学しており、命を狙いやすい。

 幸いなことに、国王夫妻が視察先で事故死した。これはクリストフが手を回したものではなく、本当にただの偶然だった。しかしこの偶然は絶好の好機。

 クリストフは半年前から説得を試みていた自身の伯母である、シェシュティン院長を説き伏せ、協力にこぎ着けた。




「甥っ子のお遊びに協力して、王女を殺そうとするとはねえ……」


 ルーファスがしみじみと呟いた。


「そんなつまらんことに、ボクたちは引っ張り出されたというわけか。ちゃんと今回の報酬は支払われるんだろうな?」


 タルコットは憤懣やるかたない様子で、床に転がるシェシュティン院長の身体を容赦なく蹴飛ばす。相手が老婆でも遠慮がない。


「報酬は倍額にしてこの国に支払ってもらうがよかろう。王女の身の安全だけでなく、国乗っ取り計画を阻止してやったんだからな」


 軽蔑の眼差しを注ぎながら、ベルトルドはフンッと鼻息を吹いた。

 衝撃の事実を知り、今にも泣き出しそうなイリニア王女に気づいて、メルヴィンがほっそりした肩に手を置く。すると弾かれたように、軽やかな動作でメルヴィンの胸に飛び込んだ。


「!!?」


 メルヴィンよりも先に、キュッリッキがびっくりして「ちょっと!!」と声を荒げる。


「なんて恐ろしいのでしょう。わたくし、院長先生を信じておりましたのに」


 イリニア王女は涙をこぼし、メルヴィンを切なく見上げた。そのあまりにも素早い行動にどうしていいか判らず、キュッリッキは2人のそばで喚きまくった。


「なによアンタ! 泣きつくんだったら女好きのルーさんかベルトルドさんにしてよ!!」


 両手で拳を作りキュッリッキは怒鳴った。後ろの方で「マテこら」とルーファスとベルトルドがぼそりとツッコミを入れていた。


「王女」

「わたくしのことは、イリニアと呼び捨ててくださいませ」


 スルーされた挙句その言葉に、更にキュッリッキがカチンとなる。


「一体ナンナノ!? メルヴィンはアタシの恋人なんだからね! 厚かましいわよ離れて!」


 メルヴィンに抱きつきながら、イリニア王女はジロリとキュッリッキを睨みつけた。


「デリカシーの欠片も無い方ね。あなたみたいな人はメルヴィン様にふさわしくないわ」


 女好きにされてしまった――事実だが――ルーファスとベルトルドは、2人の美少女を眺めながら、ちょっと面白そうな展開、などと思っていた。

 キュッリッキはこれでもかと頬を膨らませると、ワナワナ身体を震わせ、ついにポロポロと涙をこぼし始めた。そして大きくしゃくりあげると、両手を広げてスタンバイしているベルトルドに泣きついた。


「うわ~~~ん、ナンナノあの女あああ」

「お~よしよし、俺がいるじゃないか。泣かない泣かない、ヨシヨシ」


 キュッリッキに泣きつかれて、ベルトルドは大喜びで慰めた。股間の疼きに耐えながら、全身から優しさのオーラを滲み出しまくってキュッリッキを抱きしめる。

 慰める一方で「今夜にはリッキーの処女をもらえる」それが頭の中で木霊しまくり、理性を総動員して大変なのだ。

 すっかり置いてけぼり状態のメルヴィンは、どうしていいか判らず途方にくれながら固まっていた。

 大泣きしているキュッリッキと、これみよがしにベタベタ慰めているベルトルドが激しく気になりつつも、命を狙われ酷い事実に不安に陥っているイリニア王女を、邪険に振り払うのも気が引ける。数日一緒に旅をしてきて、多少情が移ってしまっていた。さてどうしたものかと考えるが、頭がグルグルして考えがまとまらず固まったままだ。

 乱暴に扱われ地面に転がされたままほっとかれ状態のシェシュティン院長は、縛られたままギリギリと歯ぎしりをしてタルコットを睨みつけた。


「ババアの割に、なんだかえらく闘志がわいてるんじゃない? もしかして戦闘〈才能〉スキル持ちか」


 淡々とシェシュティン院長を見下ろし、タルコットは首をかしげた。

 学院で見たときは、楚々としてたおやかな老婦人だったが、今地面に転がっている姿は手負いの獣のような雰囲気を滲み出している。


「ああそいつ、不意打ちの一撃を飛ばしてきて吃驚したぞ。俺じゃなきゃマトモに顔面にヒットしてただろうな」


 ベルトルドには絶対防御と言われる、超能力サイによる防御能力が備わっている。アルカネット、リュリュ、キュッリッキのみには働かないとされるので、絶対とは言い切れないが。しかしベルトルドに敵意あるもの、たまたま飛んできたものなど、種類を問わず人々や物体、力などは自動的に空間転移してしまうのである。悪意や敵意がそこになくとも、ベルトルドの身体に害が及びそうなものは、勝手にどこかへ飛ばしてしまうのだ。それは自身が意識的にしていることではないので、絶対防御などと呼ばれていた。


「寸でで気づいて飛ばさなくてよかったが、老人とは思えない瞬発力だったぞ。戦闘〈才能〉スキル持ちはこれだから怖い」


 アンタに怖いものあるんですかっ!? という視線がチラホラ向けられるが、泣きじゃくるキュッリッキの頭を優しく撫でながら、ベルトルドはドヤ顔だった。


「クリストフは……クリストフは無事なの!?」


 屈辱を噛み締めるように、ようやく低い声で唸る。シェシュティン院長はベルトルドに険しい目を向けた。


「……ああ、ブロムストランドの首相のことか。どうなんだろう? あの時首相府か軍施設にでもいれば、死んでるんじゃないかな」


 全く他人事のように言う。まるで関心などない。雷霆ケラウノスを食らって生きている人間がいたら、逆にお目にかかりたいくらいだとぼやく。


「めんどくさいからな、首都ごと破壊してきた。今日でブロムストランド共和国も終わりだろう。王女の命を狙った罪で、トゥルーク王国に領土を接収してもらえばいい。生憎皇国は先月のモナルダ大陸の一件の事後処理でごたついていてな、つまらん小国の領土を併呑する事務処理手続きに手がまわらんのだ」


 近所の空家物件処理のように言われ、シェシュティン院長は顔を赤く憤怒させた。

 元々トゥルーク王国をどうこうしようという思惑で、アン=マリー女学院の院長職を引き受けてきたわけではなかった。

 シェシュティン院長はアン=マリー女学院の卒業生であり、学院側から院長として推挙されて着任したのだ。

 そして突然半年前に甥のクリストフから、今回の国乗っ取り計画を明かされた。しかしシェシュティン院長は断って、クリストフを諌めた。そんなことをしても、ハワドウレ皇国を滅ぼすことは不可能だと。国力も軍事力もはるかに上回り、ウエケラ大陸の国々を征服しても、到底及ばない。

 なにより動機も不十分で、たまたま夢見ただけで実行するなど愚行も甚だしい。散々言い尽くすが、それでもクリストフは諦めようとはしなかった。

 表立って軍を動かさず、国民を騒がせず秘密裏に実行する。幸いイリニア王女は学院におり、国王夫妻は事故死してしまった。それがシェシュティン院長の決断を促した。

 無謀なこととは理解していても、熱意をもって説得を試みる甥の願いに負けてしまったのだ。

 それがどういうわけか計画が漏れたのか、突如ハワドウレ皇国の副宰相が学院に乗り込んできた。戦闘の格闘〈才能〉スキル持ちのシェシュティン院長だったが、ベルトルドの超能力サイの前には全ての動きが封じられてしまい、縛り上げられこのざまだ。そして、祖国ブロムストランド共和国の首都が破壊され、甥のクリストフ首相も生死不明。幼稚な夢の結末が、この現実だ。


「そいえばベルトルド様とキューリちゃん、なんで犯人判ったんです?」


 ふと気づいたようにルーファスが言うと、ベルトルドはちらっとルーファスに目を向ける。


「知らん」

「………」

「リッキーに言われたまま行動しただけだ」

「もしかして、ブルニタルさんとペルラさんの調査結果が出たんじゃないんですかね」


 シビルが割って入ると、すぐさまルーファスはエルダー街のアジトにいるカーティスに念話を送った。


(ええ、2人の調査が完了して、黒幕が判ったんです)


 待つことなく返答が返ってきて、ルーファスは頷いた。


(その様子だと、キューリさんが一緒にいるんでしょうか? もしかして、ベルトルド卿も)

(うん。ブロムストランド共和国の首都を吹っ飛ばして、シェシュティン院長を縛り上げて、オレらのいるヴェルゼットまでヤッテキタヨ)

(………吹っ飛ばしたんですか)

(みたい……。オマケにブロムストランドの首相の生死も定かではないくらい、徹底的にやってきたみたいヨ)

(いつものこととはいえ……我々は知らぬ存ぜぬの姿勢でいきますよ)

(んだね)


 カーティスとの通信を打ち切り、サッと説明する。


「相変わらず調査に関しては、優秀な奴らだな」


 ベルトルドが率直に褒めると、シビルが薄く笑う。


「王女をさっさと送り届けて、仕事を終わらせろ。報酬交渉はタルコットにでもやらせておけば、確実に倍額ぼったくれるだろう」

「お任せあれ」


 戦闘がろくに行えなかったストレスを満面に浮かべ、タルコットは頷いた。


「先程から気になっていたのですが、あの方はもしかして……」


 メルヴィンの胸に顔を伏せていたイリニア王女が、後ろを振り返りながら呟く。


「ええ、ハワドウレ皇国の副宰相兼軍総帥の、ベルトルド様です」

「まあ、やはりそうでしたか」


 先月の世界中継の際に見た人物であると判り、イリニア王女は身をすくめた。宣戦布告の中継の時には思わなかったが、ソレル国王を処刑した時のベルトルドがあまりにも恐ろしくて、気を失ってしまったのだ。

 今はああして、泣きじゃくる少女を優しく慰めている姿だが、イリニア王女はどうにも馴染めそうもなかった。

 キュッリッキを優しく見つめていたベルトルドは、イリニア王女の視線を感じて顔を上げた。そして「おや?」とあることに気づく。


「あ! 汽車の時間だよ~。オレらそろそろ乗らないと」

「コレどうするんです?」


 コレ、とシビルが縛られているシェシュティン院長を指差す。


「連行するしかナイけど、切符買ってないよー。あの汽車全席指定だから、貨物に乗せておいてもらう?」

「一応、人間ですし……」

「俺が首都まで連れて行ってやろう。汽車で移動となると、時間がかかりすぎる」


「あざーっす!」と、ライオン傭兵団の皆は素直に歓喜を上げる。

 ベルトルドは怖いが、空間転移で連れて行ってもらえるのはラクチンだからだ。


「切符代損したなあ…、払い戻しできないっぽいし」


 エグザイル・システムと違って、汽車は利用にお金がかかる。更に、国によって値段も違い、ワイ・メア大陸鉄道に比べると、少し高めだった。利用客数に違いがあるからである。


「切符代も割増で払ってもらえばいい! いくぞバカども」


 まだ泣いているキュッリッキをしっかり抱きしめ、シェシュティン院長を足で踏みつけ、ライオン傭兵団とイリニア王女を連れ、ベルトルドは空間転移した。

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