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96話:アルカネットとリュリュが迎えに来た

 ベルトルドとは正反対に、口を閉じて黙っていればアルカネットは優しそうな好い人、と周りには見られている。表情が淡々としていても、端整で穏やかな顔をしているので他人受けがいい。しかしその仮面の下に、サドッ気溢れる別の顔が潜んでいることは、身内以外は知らない。

 魔法部隊ビリエルの軍服で長身を包み、片方の手を腰に当て、じっと前方を見据えて立っている。時折風がマントをそっと凪いでいくが、微動だにしなかった。

 その後ろに控えるように、なよっと腰をくねらせて立つリュリュは、前方の空間に歪みを感じて目を眇めた。


「来たわねん」


 アルカネットも少し顎を上げる。


「着いたぞ!」

「いやあ、ホントらくでいいっすね~」

「ありがとうございます」


 騒々しい声が突如現れた。


「ご機嫌よう、ベルトルド様」

「ん?」


 聴き慣れた声に名前を呼ばれ、顔を上げてベルトルドはひきつった。


(何故、アルカネットがこんなところにいる!?)


 到着したのはトゥルーク王国首都ヴァルテルの王宮前。

 アルカネットの後ろに立つリュリュを見つけ、ベルトルドは瞬時に理解し、背中でダラダラ汗をかいた。


「無事、王女を連れてきれくれたようで、ようございました。先程から宰相や王宮の方々が、大変心配なさってお待ちおいでです」


 業務連絡を告げるように淡々とアルカネットが言うと、背後からざわざわと人々の声が近づいてきた。


「イリニア殿下!」


 ずっとメルヴィンに寄り添っていたイリニア王女は、名前を呼ばれてハッと顔を向けた。


「叔父様!」


 イリニア王女は叔父、ニコデムス宰相に駆け寄り抱きついた。


「おお、心配しましたぞ殿下。ご無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」

「心配をかけて申し訳ありません。わたくしが学院へ留学したいと我が儘を言わなければ、こんなことには」

「勉学に熱心な殿下ですから。しかし本当に、ご無事で良かった」

「ありがとうございます、叔父様」


 感動の再会劇を目の端に捉えつつ、ベルトルドはキュッリッキをしっかり抱きしめたまま、アルカネットを引き攣りながら睨みつけていた。


「ハーメンリンナで会議中のあなたが、何故こんなところにいらっしゃるのでしょう?」

「……ライオンの連中の、手伝い?」

「ほほう、あなたがそんなにあの連中を可愛がっているとは知りませんでした。素晴らし親心ですが、会議をすっぽかしてすることではありませんよ?」

「……」

「おまけに、リッキーさんをそんなに泣かせて、どういうおつもりですか??」

「俺が泣かせたんじゃないぞ! メルヴィンが悪い!!」

「えっ」

「メルヴィン悪くないんだよ! ヘンなこと言わないでベルトルドさんのバカ!!」


 バシッと顔面を叩かれて、ベルトルドは鼻を押さえた。あちこちから「ぷっ」と吹き出す声がする。


「あのイケスカナイ女が全部悪いんだから! アタシのメルヴィンにちょっかい出して、ああいうの、泥棒猫って言うんだよ。マリオンが言ってたもん」


 イリニア王女をビシッと指差して、ベソ顔のキュッリッキが言うと、


「殿下に向かってなんという口の利き方をする! 無礼な小娘が!」


 速攻ニコデムス宰相が大声で怒鳴った。すると、


「誰に向かって怒鳴るか無礼者!!」


 と、ベルトルドとアルカネットが異口同音に怒鳴り返した。これにニコデムス宰相は驚き、目を瞬かせる。


「この田舎者めが! 貴様こそ下賎の身で誰に向かって上から目線で口を利くか!! ハワドウレ皇国が皇王と、この俺副宰相兼軍総帥ベルトルドが後見をつとめる召喚士だぞ。本来貴様のような片田舎の小国の宰相ごときが、対等に口を利いていい相手ではない! 彼女は王族以上……いや、それ以上の神に愛されし存在だ。この痴れ者が」

「不埒な振る舞いをする王女の躾をしっかりすることです。そのようなままの王女が、この国の女王になるなど、国としての品位を疑いますよ」


 本気で怒っているベルトルドとアルカネットの容赦のない威圧感に、イリニア王女とニコデムス宰相は、凍りついたように固まってしまっていた。そして、ライオン傭兵団の皆も、少々驚きを隠せなかった。


「キューリちゃんの地位って、なんかスゴイことになってるのね」

「皇王様が後ろ盾だし、貴族以上……すでに皇王一族の末席くらいには該当するんじゃないですかねえ」


 ルーファスとシビルが小声で呟く。


「別格なんじゃない? 人間の最高地位と同格って感じじゃないよ、あの言い草」


 タルコットも腕を組みながら呟いた。


「あーたたち、小娘のこととなると、どうしてそう息が合うの」


 これまで黙って成り行きを見ていたリュリュが、ようやく口を開いた。


「あの巫山戯た野郎が、俺のリッキーを怒鳴るからだ! 全く無礼極まりない奴だ」

「私のリッキーさんに向けて、なんて言い草でしょう全く」

「自分所有という、そこだけは譲らないわけね……」


 呆れ顔でリュリュはため息をついた。


「ね、2人共、アレ気づいてる?」


 リュリュはイリニア王女のほうへ顎をしゃくる。ベルトルドとアルカネットは頷いた。


「ああ。おもしろいものを見つけたな、と思っていた」

「召喚〈才能〉スキル持ちのようですね。思わぬ拾い物、でしょうか」


 召喚〈才能〉スキルを持って生まれてくる子供は、1億人に一人の確率、と言われている。何十年も生まれてこないこともあるし、最も稀少な〈才能〉スキルとして認識されていた。

 イリニア王女が召喚〈才能〉スキルを持っていたことは、今回対面して初めて知ったことだ。召喚〈才能〉スキルを持って生まれたことが確認されれば、すぐさま生国が家族ごと引き取って、国が大切に面倒を見る。しかし、イリニア王女のように生まれが王族の場合だと、社交界デビューでもしない限りは、自国どころか他国は知りようもない。

 容姿も美しく、華奢な身体つきといい、キュッリッキにどことなく似ている。


「決定的に似ていない点をあげれば、体格の割には胸が大きいところだろうか」

「そんなこと小娘に言ったら、一生口きいてもらえないわよ」

「……」


 リュリュにつっこまれて、ベルトルドは憮然と口をへの字に曲げた。どんなにキュッリッキらぶでも、胸のペッタンコさはフォローしようがない。そのキュッリッキはというと、イリニア王女が離れたことで、ようやくメルヴィンを独り占めできたものだから、さっきからずっとメルヴィンにベタベタだ。ライオンの連中は「よかったよかった」と、再会を喜んでいた。




 イリニア王女が離れると、キュッリッキはベルトルドの腕から逃れてメルヴィンの胸に飛び込んだ。それからずっと、メルヴィンの身体に抱きつき、胸に顔を伏せている。

 キュッリッキの身体を抱きしめながら、メルヴィンは困ったようにキュッリッキを見つめていた。ウンともスンとも言わず、じっと顔を伏せたままだ。子供がおもちゃを取り上げられまいとして、頑なにぎゅっと抱きしめているように。

 2人の様子を見て、メルヴィンの鈍感さに呆れていたルーファスは、可哀想なキュッリッキのために援護射撃をした。


(メルヴィン、キューリちゃんはね、不安でヤキモチ妬いてるンダヨ)


 念話で話しかけられ、メルヴィンはルーファスのほうを見る。


(ヤキモチ?)

(ウン。メルヴィンにその気はなくても、あんなふうにイリニア王女がベタベタくっついていたら、不安になっちゃうんだよ)

(……オレは別に)

(そんなつもりはないってオレも判ってるよ。キューリちゃんも、仕事なんだからってのは理解してるさ。ケドね、こういうのは理屈じゃないから。オンナノコはそういうイキモノだから。うんと甘えさせてあげなヨっ)


 ルーファスにウィンクされて、メルヴィンは苦笑した。

 確かにそういう生き物なのだろう、女の子というものは。


「ヤキモチ妬いてくれたんですか?」


 キュッリッキは黙って頷いた。


「ありがとうございます」


 やはり、黙って頷いた。


「許してくれますか?」


 キュッリッキは顔を上げて、目を閉じたまま「んっ」と唇を突き出した。どうやら、キスをしたら許してくれるらしい。

 拗ねて怒った愛らしい顔を見つめ、メルヴィンは吹き出して笑いたいのを必死で堪えて、キスで応えた。




 メルヴィンとキュッリッキを離れたところで見ていたイリニア王女は、ズキッとする胸を押さえて悲しげに顔を伏せた。

 数日一緒に旅をしてきて、常に気遣いをみせ優しかったメルヴィン。しかし、あんな風に愛おしげに、優しく見つめてはくれなかった。自分に向けられていたのは、職務上の義務のようなものだったのだろう。そう思うと、よけいに心が苦しく寂しかった。




(ねぇ、イリニア王女をハーメンリンナに連れ帰る?)


 リュリュが念話でベルトルドとアルカネットに話しかける。


(召喚〈才能〉スキルを持っていることが判りましたし、即位したあとでは国外へ出すのは難しくなりそうです。今がいいでしょうね)

(そうだな。もっともらしい理由をこじつけて、一緒に連れて行こう。アルカネット、お前に任せる)

(承知致しました)

(とっとと終わらせて俺は帰るぞ。今夜は忙しいんだ!)

(おや、今夜何か、お約束でも?)


 ぴくっと眉を動かし、アルカネットがジロリとベルトルドを睨む。ハッとして、ベルトルドは肩をビクッと震わせた。あの目、おそらく気づいている。


(お、お前には関係ないだろう。俺のプライベートだから)


 ベルトルドはこめかみをピクピクさせて、額にうっすら汗を浮かべた。


(ベルぅ、プライベートもなにも、仕事ほっぽりだして出てきたんだから、帰ったら全ての業務を終えるまで帰れないわよ?)

(ヤダ! 今夜はリッキーと大事な約束があるんだ!!)

(ほーお、リッキーさんと……。それは、どんな、約束なんでしょう?)

(そ…それはだな……)

(ちゃーんと理由を言ってごらんなさい)


 アルカネットとリュリュに畳み掛けられて、ベルトルドはンぐっと喉をつまらせた。

 キュッリッキの処女をもらう約束。

 言えるわけがない。言ったら最後、絶対! 100パーセント! 完璧にっ阻止されるに決まっているのだ。


(邪魔されてなるものか!)


「リッキーさん」

「ふにゅ?」


 輝くばかりの優しい笑顔でアルカネットに呼ばれ、キュッリッキはなんだろうと顔を向ける。


「今日は何か、ベルトルド様とお約束をしているのですか?」


 キュッリッキはキョトンとした顔をして、可愛らしく不思議そうに首をかしげた。


「何もしてないよ?」


 その一言に、ベルトルドが「えっ!?」と身を乗り出す。


「そんなはずはなかろう!? 一発ヤラせてくれるって」

「ほほお、何を、一発ヤラせてくれると?」

「しまったっ」


 全身から冷気を吹き出したアルカネットに、底冷えするような笑顔を向けられて、ベルトルドは露骨に引きつった。うっかり口が滑ってしまった。


「リッキー、そんなこと言ったんですか?」


 メルヴィンがひどく困惑したように言うと、キュッリッキは「あ」と呟いてメルヴィンを見上げた。


「ベルトルドさんを連れ出すのにそう言ってみたの。だって、”一発ヤラせてあげる”って言えば、なんだって言うこと聞いてくれるって、前にルーさんから教えてもらったんだもん」


 無邪気に白状するキュッリッキに、メルヴィンは疲れたような溜息を吐いた。当然、その言葉の意味が判っていない。


「ルーファス」

「は、はひっ」


 冷気を声にするとこんな感じなのか、と思わせる声で名を呼ばれ、ルーファスは血も凍るほど顔を青ざめさせた。これはマズイ展開だ。


「皇都に戻ったら、たっぷりお説教しますから、マリオン共々首を揃えて覚悟なさい」

「それだけはどうぞご容赦くださいお許し下さいご勘弁をおおおお!!」


 その場に土下座して、ルーファスは両手を合わせて必死に謝り倒した。もちろんアルカネットは見ちゃいないし聞いちゃいない。


「さてベル、あとはアルカネットに任せて、アタシたちは帰るわよ。お仕事山のように溜まっているんだから、しっかり片付けましょうネ」

「ヤダ! 俺はリッキーと一発するんだ!!」

「そんなにしたいんだったら、アタシのお尻に、あーたのアツイ暴れん棒を好きなだけぶちこんでくれてかまわなくてよ」


 腰をくねらせるリュリュに、ンふっと擦り寄られて、ベルトルドは激しく頭を降った。


「誰が貴様の汚いケツになぞするかどアホ!!」

「ちょっと、ベル」

「いでででっ」


 思いっきり耳を引っ張られ、ベルトルドは顔をしかめた。


「あーたにもたっぷりお仕置きが必要ね。ハーメンリンナに戻ったら、存分にねっとりお仕置きしてから、山のようなお仕事の続きヨっ」

「だが断る!!」

「問答無用じゃごるぁあっ!!」


 リュリュは男声に戻って怒鳴ると、ベルトルドの耳を引っ張りながら、エグザイル・システムのあるほうへと歩いて行った。

 ベルトルドの悲鳴が遠のいていくのを聞きながら、アルカネットは心底満足そうにニッコリと微笑む。邪な計画を阻止できて大満足なのだ。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、たいへん失礼致しました」


 これ以上にないほど優雅に頭を下げられ、イリニア王女とニコデムス宰相は呆気にとられて、条件反射的にコクコクと頷いた。先ほど怒鳴りつけられて心底恐怖したが、今の会話はなんなのだろうか。


「さて、突然で申し訳ありませんが、殿下には、我々と一緒に皇都イララクスにお越しいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「え?」

「それは一体……?」


 いきなりのことに、ニコデムス宰相は怪訝そうに目を眇めた。


「今回の一件では、首謀者一味を一網打尽にしましたが、まだブロムストランド共和国の首相の生死が定かではありません。安全が確認されるまでは、殿下の御身は危険なままです。次期女王として即位なさる前に、危険を根絶して、安心して玉座に就かれるがよろしかろうと存じます。そして我がハワドウレ皇国の社交界にも、誼を結んでおくと今後のためにもよろしいかと」


 実のところ、ニコデムス宰相はこの事件の詳細を知らされていなかった。

 国王夫妻が不慮の事故で逝去し、国葬のためにイリニア王女に首都に戻るように連絡を出した。場所が場所なだけに、戻るのには日数をようする。そして即位のこともまた連絡をしていた。旅の間に心の整理を促すためだった。

 ようやく学院側から、学院で雇った傭兵たちに護衛されながら、イリニア王女が出発したことを知った。何故学院が傭兵を雇ったのか訝しみ、すぐさま王宮から護衛を向かわせることにした。

 しかし護衛たちは王女とは合流できず、行方知れずだと連絡を寄越してきた。ところが今日になり、突如ハワドウレ皇国魔法部隊長官という肩書きのアルカネットと、副宰相兼軍総帥の秘書官リュリュという2人組が現れた。配下の傭兵たちが王女を護衛しており、そろそろ到着するだろう、と言うのだ。そして本当に現れたので心底驚いた。

 彼らからブロムストランド共和国が王女を狙っていると、簡単に説明は受けているが、正直ニコデムス宰相は困惑していた。こうして王女が無事到着したのは幸いだったが。更にアン=マリー女学院院長が縛り上げられているのにも驚いていた。

 突然両親を失い、命を狙われ、重責を担うことになる可哀想な姪に、いきなり問い詰めるようなことはできない。それよりも、まずはゆっくりと勞ってやりたかった。

 縛られたまま地面に転がされているシェシュティン院長を見つめ、暫く考え込んでいたイリニア王女は、判りましたと返事をした。そしてニコデムス宰相を振り向く。


「叔父様、わたくし行ってまいりますわ」

「殿下……」

「今回の事後処理、お任せ致します」


 ニコデムス宰相は眉を顰めたまま、ゆっくりと頷いた。


「判りました。殿下が安全に即位出来るよう、よく掃除をしてからお迎え致します」

「ありがとうございます、叔父様」


 ようやくイリニア王女は破顔した。


「護衛のためにトビアスをお連れください。――構いませぬな?」


 アルカネットに顔を向ける。単身向かわせるわけにはいかない。今度こそ信頼のおける護衛をつけなくては、安心できなかった。


「ええ、もちろんです」


 笑顔を崩さずアルカネットは了承した。




「さて、我々も帰りましょうか。王女は無事到着できましたし、事件の詳細報告と報酬交渉はタルコットさんにお任せで」


 メルヴィンがそう言うと、皆頷いた。


「ギルド経由での依頼だったけど、ウチのぶんは割増で搾り取ってくるから。楽しみにしておいて」


 戦闘で発散できなかった鬱憤は、これから報酬交渉を行うニコデムス宰相に向けられていた。びた一文値切るつもりはない。


「早く行こ、メルヴィン」


 嬉しそうにメルヴィンの手を引っ張ってキュッリッキが言うと、メルヴィンはちょっと待ってと踏みとどまった。


「あちらに挨拶をしてから」

「ぶー」

「イリニア殿下、ニコデムス宰相」


 キュッリッキの手は引いたまま2人の前に立つと、メルヴィンは礼儀正しく一礼した。


「王女殿下はお引渡ししました、任務完了です。当傭兵団への報酬交渉は、こちらのタルコットがしますので、よろしくお願いします」

「承知致した。殿下のお命と安全を守っていただき、国を代表して御礼申し上げる。報酬は納得いく額をお支払いさせていただこう」

「ありがとうございます。では、我々は引き上げますので、また何かありましたらご依頼下さい」


 もう一度メルヴィンは頭を下げると、イリニア王女には笑顔を見せてきびすを返した。


「メルヴィン様!!」

「はい?」


 イリニア王女に呼び止められて、メルヴィンは首を振り向けた。


「あの、わたくしこれからハワドウレ皇国に参りますの。あちらでお会い出来るでしょうか」

「いえ……」


 メルヴィンは小さく首を横に振る。


「オレは一介の傭兵に過ぎない身分です。おそらく殿下はハーメンリンナに通され、そこでご滞在になると思います。ここでお別れです」

「メルヴィンにちょっかいだそうとしてもダメなんだからね!」


 メルヴィンとイリニア王女の間に割って入ると、キュッリッキはこれでもかとイリニア王女を睨みつけた。


「リッキー」


 苦笑しながら小さく嗜めると、メルヴィンはキュッリッキの手をつなぎなおして、イリニア王女に一礼した。


「メルヴィン様……」


 もう振り返らず歩いていくメルヴィンの背中を見つめ、イリニア王女は涙をこぼした。


「殿下……」


 ニコデムス宰相は、イリニア王女があの傭兵に恋をしていたのだと気づいて複雑な気持ちになった。下賤のものと想い合う仲になるのは由々しきことだが、失恋したのだと見て判る。それは喜ばしいと思う反面、王女の気持ちを思うと可哀想でもあった。


「王女のお支度を1時間ほどで済ませてください。我々も出発します」


 アルカネットに急かされ、ニコデムス宰相は慌ててイリニア王女を促した。

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