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102話:まずは温泉

 初めての変わった昼食を食べ終わると、各自荷物を持って宿の中を探検しだした。

 一体どれくらい部屋があるのか判らないほど広い。

 リュリュは『藤の間』と書かれた部屋のドアを開け、まだ誰も入っていないことを確認してカギをかける。


「はあ、疲れたわあ…」


 最初はベルトルドが自分で旅を仕切ると鼻息荒く豪語していたが、結局仕事が忙しすぎて手がまわらず、リュリュが采配を振るうことになった。

 リュリュもベルトルドに負けず忙しかったが、そこは首席秘書官、旅の計画を見事にまとめ、無事ケウルーレに到着できたのだ。

 満腹になりドッと疲れが出て、一人静かに夕食までを過ごそうとした。


「あらン、露天風呂つきなのね、このお部屋」


 ツインベッドの片方に仰向けに寝転がり、窓の方へ顔を向けて気づく。

 板敷の広いベランダには、桧の湯船が置いてある。そして温かな湯気がたっていた。


「寝ちゃうのは惜しいわネ。ひとっ風呂浴びちゃいましょっと」


 身体を起こして、パパッと服を脱ぐ。

 もう41歳になるが、ほっそりとした身体で、やや痩せ過ぎである。

 ベランダに出て、小さな洗い場で身体を洗う。化粧も丁寧に落とした。


「うーん、空気も澄んでいて、静かでいいわあ~」


 手桶に湯を入れ、泡を綺麗に流し落とす。そして、ゆっくりと湯船に浸かった。


「イイお湯ねえ~。疲れた身体に染みるううう~~~!」


 グーッと両腕を上に伸ばし、溜め込んだ息を吐き出した。


「サラッとしたお湯で、肌にしっとり染み込む感じ。――最近は歳のせいか、肌のハリがなくなってきちゃったし……」


 両手を頬にあて、ほうっと、寂しげにため息をつく。


「スパがあったらお肌磨いてもらおうかしら。そうしたら、帰る頃にはきっとスベスベねン」


 二の腕から腕にかけて掌を滑らせ、ふと、この場にはいないベルトルドのことを想う。


「んん…一度でいいから、ベルに荒々しく抱かれてみたい…」


 艶やかな吐息を甘くもらす。緩やかにのぼる湯気を指先で追いながら、リュリュはそっと目を閉じた。


「やーねアタシったら…、ベルに抱かれる妄想が浮かんじゃうわぁ」


 顔を上げると、余韻に霞む目に青空が飛び込んできて苦笑する。望んでも叶うことはない。


「……アタシの身体が女だったら、ベルはきっと、アタシを抱いてくれたわよね」


 性転換することを、本気で悩んだ時期もある。カウンセリングへも何度も通った。しかしあの時、男の身体のまま、先へ進もうと決めたのだ。


「ベルの暴れん棒が、恋しくなってきちゃった」


 唇をすぼめ、人差し指をくわえ込む。


「今夜はこの部屋に連れ込んで、朝までじっくり、ねっとり、たぁ~っぷり、あの極太な暴れん棒を、しゃぶりつくしてあげるわ」


 フフッと妖しい笑みを浮かべながら、リュリュは湯船を出た。



* * *



「ぶえっくしょーい!」


 盛大にクシャミをしたベルトルドは、スンッと鼻をすする。


「一瞬背筋がブルッたな……。しかしここは、まず大風呂を堪能せねばなるまいっ!」


 腕を組み、いつもの尊大な態度できっぱり吠えた。

 部屋で浴衣なる着物に着替えた皆は湯殿に集合し、男女に分かれてまず大風呂に入ることになった。

 木の香る広々とした脱衣所で浴衣を脱ぎ、ベルトルドは一番で外に飛び出した。


「これはイイ眺めだなあ。それに大きな浴槽だ」


 素っ裸で前を隠さず、両手を腰に当ててふんぞり返る。


「ベルトルド様、こちらの洗い場で身体を先に洗ってください。そのまま入らないように」

「おう」


 アルカネットに言われて、素直に応じて洗い場に向かう。


「相変わらず、デケーな…」


 ベルトルド、アルカネット、ヴァルト、メルヴィンの股間をしみじみ見て、ギャリーはゲッソリと肩を落とした。


「貴様が粗チンなだけだ。とっとと身体を洗え、股間もしっかり洗っとけよ」


 素っ気なく断言され、ギャリーはデカイ身体を小さくした。


「気にするなって。オレたちが標準サイズなんだからサ」


 ルーファスは朗らかに言うが、あんまり慰めに聞こえないのが虚しい。

 顔が美形なうえに、股間のピーもデカイ。ちっぱいを気にするキュッリッキの気持ちが、なんとなく判るギャリーだった。

 さっさと身体を洗い終えたベルトルドとアルカネットは、喜々として湯船に飛び込んだ。


「これは最高だなあ」

「ええ、お湯が全然違いますね」


 無邪気にはしゃぐ2人に続き、身体を洗い終えた皆も湯船に飛び込んでいった。

 まだ明るい青空の下、竹の清々しい香りと桧の香りに包まれ、至福の時間が湯殿に漂う。

 身体に沁みるような気持ちのイイ湯にうっとりと浸かる男性陣のもとに、キャッキャ囀る女性陣の声が静寂を破った。

 皆一斉に女性風呂の方角へと顔を向ける。


「うわー、ひっろいお風呂!」

「ほらリッキー、先に身体を洗ってからよ」

「はーい」

「う~ん、これわぁ眺めのイイ~~~お風呂ねぇ~」

「お嬢様、ボディソープはこれを使ってくださいませ」

「あら、キューリちゃんったらぁ、ココつるつるじゃなあぃ」

「だってこんなところに毛が生えててもしょうがないし、邪魔だし剃っちゃった」

「それから生えてきてないの?」

「うん」


 ベルトルドがいきなりガバッと立ち上がる。隣にいたタルコットが、ギョッとして目を剥いた。


(だから、超デカすぎ……)


「リッキーのアソコはつるつるだとぅ!」


 握り拳をググッと震わせ、ベルトルドは鼻の穴を大きくして、荒々しく鼻息を吐き出した。興奮度MAXで、股間はすっかりバーニングだ。


「あってもなくても、リッキーさんなら許せます」


 キュッリッキの裸体を思い浮かべ、アルカネットはうっとりと呟く。


(そっか…リッキーの…毛は、ナイんですね…)


 メルヴィンは俯くと、心の中でちょっと嬉しそうに思った。恋人同士となってまだ日は浅いが、肉体関係までは進めていない。まだ見ぬキュッリッキの裸体を想像し、暫く立ち上がれない股間になり焦る。


「しかしケシカラん! この鬱陶しいまでの塀はなんだ!!」

「全くですよねー。さっきから透視してるんですけど、全然視えないんですよ」


 ベルトルドに頷きながら、ルーファスが困ったように言う。


「おめえ、透視してたんかい」


 呆れ顔で言うギャリーに、ルーファスがイタズラっ子の顔を向けた。


「ほらやっぱり、覗きはお約束じゃない?」

「オッサンでも透視出来ないって、特別仕様なのか、この塀?」


 ザカリーが首をかしげる。


「オッサン言うな馬鹿者! これは〈才能〉スキル対策の施された特殊仕様の建材を使っているな」


 魔法や超能力サイといったレア〈才能〉スキルが存在するため、そうした特殊な力を跳ね除ける建材も多く開発され、建築物等に使うことも多い。


「あなたのような不心得者対策ですよ。覗きなどという下品な振る舞いは慎みなさい」

「ンぐっ」


 アルカネットに冷ややかに言われて、ベルトルドは眉をヒクヒクさせた。


「ほ~ら、キューリちゃんのおっぱい揉んじゃうわよん~」

「やだーもー、マリオンのエッチぃ」


 再び羨ましい会話が聴こえてきて、ベルトルドはたまらず塀に飛びついた。


「あわわ、オッサン落ち着け!」

「何をしているんですかベルトルド様!!」

「ふおおおおお俺は意地でも覗くぞリッキーーーー!!!」


 絶叫を喚き散らしながら塀をよじ登ろうとするベルトルドを、アルカネットとライオン傭兵団は慌てて止めに入った。




「にゅ? なんか塀の向こうが賑やかだね」


 湯船に肩まで浸かりながら、キュッリッキは塀のほうを向く。


「発情したオッサンが、暴れてるっぽいねぇ~」


 クスッとマリオンが笑う。


「もしかして、挑発するために色々言ってたでしょ、マリオンさん」


 マリオンの意図を察して、ファニーは困ったように肩をすくめた。


「そりゃぁ、露天風呂のお約束よ、お・や・く・そ・く」


 ニヤニヤしながら塀のほうへ顔を向け、マリオンはドヤった。


「ねえ、超能力サイや魔法を使って浮かび上がれば、簡単に見えちゃうんじゃないの?」


 眉を寄せてマーゴットが声を潜める。


「その点はご安心ください。特殊なフィールドが見えないように囲ってあって、覗けないようにしてあると聞きましたから」


 アリサが苦笑気味に説明した。


「覗き魔対策バッチリじゃない」

「おっさんの醜態見られないのはザンネ~ン」


 塀の向こうがいよいよエキサイトしている。明らかに超能力サイや魔法を使って見ようと試みているのが想像できた。


「でも、副宰相様って〈才能〉スキルがOverランクなんでしょ、吹き飛ばしちゃうんじゃ…」

「アルカネットさんが阻止するよ、きっと」


 不安そうなファニーにキュッリッキがあっけらかんと言う。

 Overランク同士が暴れたら、宿が吹き飛びそうだ。


「のぼせちゃいそ。もう出よっと」

「あたしも出る」


 キュッリッキが湯船から出ると、ファニーたちも続く。

 女性陣たちが上がっても、男性陣はまだドタバタ騒動を続けていた。

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