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104話:ムードは天然パワーでぶち壊し

 夕食は豪華な会席料理で、米で作ったという酒もみんな気に入り、見た目も美しい男女の芸人たちが様々な芸を披露して、朝顔の間はドンチャン大騒ぎになった。

 そんな中、メルヴィンはルーファスとマリオンに呼ばれ、こっそりと朝顔の間を出た。


「なにか用ですか?」


 物陰に連れ込まれ、目をぱちくりさせるメルヴィンに、ルーファスはそっと耳に口を寄せる。


「今夜がチャンスだよ、メルヴィン」

「チャンス?ですか?」

「そーそー。今ね、キューリちゃん一人で温泉に浸かってる」

「鳳凰の間っていう~、露天風呂付きのお部屋にいるのぉ」


 マリオンがニタニタと気持ちの悪い笑顔を向ける。


「ひ、一人、ですか」


 2人が言わんとしていることを察し、メルヴィンの顔が真っ赤になる。


「やっぱさー、こんなイイトコ来たんだし、温泉だよ! 一発しっかりキメときたいよね~」

「しっぽり温泉に浸かりながらぁ、ムードをぎゅんぎゅん高め合って、その勢いでキューリちゃんの処女をいただいちゃうのよぉ~」

「温泉で身も心もほぐれてるだろうし、ムードにのまれて、初エッチでもきっと怖がらないと思うんだよねえ」

「むしろ、自分から積極的になるとおもうわあ~」

「そっ……そうでしょうか」

「腹を括れメルヴィン! キューリちゃんに大人の男という一面もしっかり示し、キューリちゃんを女にしてやるんだ!」

「ここで成功すればぁ、この先ぃ、好き~な時に抱きたい放題よぉ!」


 抱きたい放題はともかく、そう、いつかは通らなければならない道だ。

 抱いて欲しいと言われれば、すぐにでも応えるつもりではいる。しかし先が見えないほど、現在のキュッリッキからは色っぽい要求は期待できそうもない。

 温泉の力を借りれば、自然と求め合って、キュッリッキを抱くことができるだろうか。もしできれば素直に嬉しい。確かにチャンスだ。


「あの…、その…、が、頑張ってみま…す」


 思いっきりゴクリと生唾を飲み込んで、メルヴィンはグッと拳を握った。


「頑張ってメルヴィン! お邪魔虫が乱入してこないように、ドアには鍵をかけるんだよ」

「オッサンたちに気づかれないようにぃ、アタシたちも頑張るう~!」


 バシッとマリオンに背中を叩かれ、メルヴィンはド緊張の足取りで、鳳凰の間を目指した。




 ルーファスとマリオンに応援されて、メルヴィンはいつになくヤル気が漲っていた。


(やっと、今夜結ばれるかな…)


 愛しいキュッリッキを、抱きたいと毎日思っていた。

 色気のない身体だのちっぱいなどと周りは言うが、メルヴィンから見ればキュッリキの姿はどこまでも悩ましい。理性を総動員しなければ耐えられないほど、眩しく見えるのだ。


(処女を抱いた経験はナイんだけど、オレ、ちゃんと出来るかな)


 ベルトルドやルーファスのように、女性経験がそれほど豊富ではない。昔は恋人がいたし、そう多くはないが娼婦と遊んだこともある。でも、処女で無垢な少女を抱くのは初めての経験だ。

 急に自信が萎えてきて、メルヴィンは慌てて頭を振った。


(オレがしっかりしなきゃ)


 そう心の中で強く思い、もう一度メルヴィンは自分に気合を入れた。

 鳳凰の間に着き、フウッと深呼吸を一つする。そしてドアノブを回すと、ドアはすんなりと開いた。


「あれ」


 そうしてすぐ脳裏に、ルーファスとマリオンの顔が浮かぶ。鍵はあらかじめ、2人が超能力サイで開けておいてくれたようだ。

 手回しのいい2人に苦笑が浮かび、メルヴィンは部屋に入ってドアの鍵をそっと閉めた。

 ドアの前には大きな衝立があり、すぐに部屋は覗けないようになっている。それに部屋は薄暗かった。

 首を伸ばして衝立の横からそっと部屋の中を見る。ベッドサイドにある紙を貼ったシェイドから漏れる光だけで、明かりは点いていない。


「リッキー…?」


 部屋の中にはいないようで、返事はない。


「そういえば」


 キュッリッキは露天風呂に入っていると、2人は言っていた。

 部屋の奥を見ると、大きなガラス窓の向こうが、ほんのりと白くけぶっている。

 メルヴィンの心臓が、一瞬ドクンッと跳ねた。

 あの窓の向こうにキュッリッキがいる。

 一糸まとわぬ姿で、露天風呂に浸かっているのだ。

 端整な顔を真っ赤に染め上げ、メルヴィンは口を真一文字に引き結ぶ。


(な……なんて言って行けばいいんだろう……)


 いきなり現れたら、思いっきり悲鳴をあげられそうで怖い。さらに「メルヴィンのエッチー!」などと叫ばれて、桶でも飛ばされかねない。

 それとも、逆に心底怖がられて、怯えられても悲しい。


(30歳にもなって、オレは何を迷ってるんだ…!)


 ウブな童貞少年でもあるまいし、と自らを奮い立たせる。すると、足元に白黒の仔犬が佇み、じっと見上げてきていた。


「フェ、フェンリルとフローズヴィトニル」


 名を呼ばれ、フローズヴィトニルは舌を出して「ヘッ、ヘッ」と嬉しそうに尻尾を振っている。しかしフェンリルのほうは、じとーっとした目つきで、メルヴィンから視線を外そうともしない。


「あ、あの、その……」


 その場にしゃがみこみ、メルヴィンは情けない顔で頭をガシガシっと掻く。


「リッキーと2人っきりで、過ごしたいと思うんですが、構わないでしょうか」


 すると、


「ガウッ!」


 と、フェンリルが犬っぽく吠えた。


「えっ!?」


 殆どフェンリルの吠え声を聞いたことがないので、吃驚してメルヴィンはひっくり返る。


「フェンリル~?」


 思わず尻餅をついていると、窓の向こうからキュッリッキが声をかけてきた。


「どうしたのフェンリ…きゃっ」


 バシャッと水音がして、キュッリッキの慌てふためく声がした。


「メッ、メッ、メルヴィンどうしてっ!?」


 メルヴィンは思わずフローズヴィトニルを持ち上げて顔を隠す。


「すっ、すいませんっ! その、あの、えっと、リッキーと、リッキーと一緒に温泉に入ろうかなって」

「アタ、アタシと!?」


 キュッリッキは湯船のヘリに掴まり、顔半分まで湯船に浸かって隠れながら更に慌てる。


「あの、そっちへ行ってもいいですか…?」


 そっとフローズヴィトニルを下げて視界を広げると、いきなり窓ガラスが開いた。


「え?」

「フンッ!」


 そう足元から鼻息を不快げに吐き出す音がして、メルヴィンはフェンリルを見た。

 どうやらフェンリルが、窓ガラスを開いてくれたようだ。

 保護者フェンリルの了解が得られたと思い、メルヴィンは安堵の息を吐き出すと、フローズヴィトニルを床に置いて立ち上がった。

 メルヴィンは意を決して、ゆっくりとベランダに出る。


「驚かせてごめんなさい。その、リッキーと2人っきりで過ごしたいと思って」


 湯船のヘリに掴まったまま、身体も密着させているせいで、真っ赤なキュッリッキの顔しか見えない。


「う…、うん」


 とても驚いて恥ずかしがっているだけで、一緒に過ごすことには反対していないようだと気づいて安心する。


「オレも、入っていいですか?」


 キュッリッキは一瞬大きく目を見開いたあと、酷く困った顔をしたが、コクリと首を縦に振ってくれた。


「ありがとうございます」


 メルヴィンは柔らかに微笑んで、帯の結び目に手をかけた。それを見て、キュッリッキは咄嗟に両手で顔を覆う。

 浴衣を脱いで裸になると、部屋の中に浴衣を放る。そしてゆっくりと湯船に入り、身を沈めた。




(どっ、どうしよう……、メルヴィンと2人っきり!…なの)


 普段2人っきりでいても、こんな風に心臓がドクンドクンッと早鐘のように鳴ることはない。それは、服を着ているからだ。今はお互い裸でいる。それで余計に恥ずかしいのだ。

 メルヴィンはこちらを向いて座っている。

 空はすでに濃紺色に落ちていて、月明かりと星明かりのみが地上に降り注いでいる。そして、露天風呂の周りには、細長い紙のシェイドをかぶせられた明かりだけが、柔らかにベランダを灯していた。

 その程度の明るさしかないので、湯の中のメルヴィンの裸は見えづらい。キュッリッキの身体も、湯から出ている部分しか見えないはずだ。


「リッキー?」


 声をかけられ、キュッリッキはビクッと身体を震わせる。


(メルヴィンのほうを向いたら、み、見えちゃう……かも…)


 胸の前で腕を交差させているが、小さなおっぱいが――悔しいが小さいと自身も認めている――見えてしまうかもしれない。

 それは、猛烈に恥ずかしいのだ。しかしこうしてずっと、メルヴィンに顔を背けたままでいるのはマズイ。

 散々迷った挙句、キュッリッキはのろのろとした動きで、メルヴィンのほうへ身体の向きを変えた。

 おずおずと上目遣いでメルヴィンを見ると、優しく微笑むメルヴィンと目があう。


「すみません、いきなり押し掛けてきたりして。びっくりさせちゃいましたね」

「ううん、別に大丈夫、なの」


 すごく驚いたが、メルヴィンだから嬉しいのは本当だ。その喜びを素直に表したいのに、裸じゃなければすぐにでもメルヴィンの胸に飛び込んで、ウンと甘えられるのに。もっとおっぱいが大きければ、堂々と。

 こんな身体で生まれてきたことを、心底憎々しく思う。


「混浴風呂もあるらしいんだけど、そこだと2人っきりになるのは絶対無理だから……。こうして2人で温泉に入れて良かったです」


 絶対無理な理由、それはベルトルドとアルカネットのことだ。それを暗に言っていて、キュッリッキも深く納得する。100%邪魔しに来るのは目に見えているからだ。

 同じ人物たちを思い浮かべていて、2人は同時に吹き出した。

 屈託なく笑うキュッリッキの顔を見て、メルヴィンはホッとした思いだ。

 いくら恋人同士だからといって、いきなり入浴中に訪れては、泣き喚かれても反論できないところである。

 恥ずかしがりながらも、こうして受け入れてくれたことに、メルヴィンは心底感謝した。


(今夜は、色っぽいな、リッキー…)


 うなじから肩にかけ、白い肌は蒸気してほんのり薔薇色に染まっている。


(ああ、そっか)


 普段長い髪が背中を覆っているが、今はアップにしてまとめている。そのせいか、匂い立つような大人の色香をまとっているのだ。

 もとより美しい顔立ちだ。恥ずかしさに伏せ目がちになる表情も、驚く程婀娜めいて見える。

 メルヴィンはたまらず右腕を伸ばし、キュッリッキの腰に手を回すと、いっきに自分のほうへ抱き寄せた。


「キャッ」


 キュッリッキはいきなりのことに、慌てて両手をメルヴィンの胸にあてる。湯が大きくバシャリと跳ねた。


「メッ、メルヴィン…」


 驚いて見上げてくるキュッリッキに、メルヴィンは照れくさそうに笑った。


「今日は一段と綺麗です、とっても」

「メルヴィン」


 2人はうっとりと見つめ合い、そして唇を重ねた。



* * *



「この酒は、なかなかイケるなあ」

「フルーティーな香りとクセのない甘さで、とても飲みやすいですね」

「スーッと身体に沁みていくのもいい」


 ベルトルドとアルカネットは、夕食の席で振舞われた米で作ったという酒が大いに気に入り、食事もそこそこに飲み明かし中だ。


「そういえば、リッキーを見かけないな。もう寝てしまったのかな?」

「お風呂に入りたいと言っていましたね。あまり食事は摂っていないようでしたが、口に合わなかったわけではなく、すぐに満腹感を得てしまったようです」

「ふむう…。リッキーの少食は、幼い頃の悪影響からきている感じだからな…」

「そうですね。貧しい幼少期を過ごされていたようですから、少量でも身体が慣れてしまっているのでしょう」

「うむ。――美味いものが目の前に並んでいても、胃が受け付けず、食べられないというのは不憫だ」


 グラスの中の酒を揺らし、ベルトルドは眉をしかめた。


「病気ではないので騒ぎ立てるほどのことではありませんが、今後のためにも、ヴィヒトリ先生に相談しておきましょうか」

「うん、そうしてくれ」

「判りました」

「ところでな、メルヴィンも見当たらんぞ」

「そういえば、さっきからいませんね」


 すると、朝顔の間に、ハッとした空気が漂う。

 ベルトルドはテーブルにグラスを置くと、顎を引いて眉を寄せた。


「考えたくはないが、まさか、リッキーと一緒にいるんじゃないだろうな?」


 アルカネットの顔から温和な表情が消え、冷たい険しさがジワジワと広がっていく。


「この私を差し置いて、不埒な真似をしているのではないでしょうね」


 ――気づかれた!!


 ルーファスとマリオンの超能力サイによる、ライオン傭兵団の間だけの専用念話ネットワーク――今回はゲストでファニー、ハドリー、アリサも加わっている――内では、メルヴィンとキュッリッキのイチャイチャっぷりを、透視で生中継している。


(まだキスしかしてないんだよ~、ここで邪魔されたら、せっかくの2人の初夜が拝めないじゃない)


 ルーファスが酷く残念そうに言うと、無言の頷きが念話内でかわされる。


(いや、オレ頼んでねーし!?)


 ザカリーの反論は却下された。


(キューリちゃんがオトナになるこのメデタイ夜なんだから、断固オッサンたちを阻止しないとね!)

(それにぃ、耐えて堪えて我慢してきたメルヴィンにとってもぉ、やあ~っとキューリちゃんと結ばれる大事な夜なのよぉ~。成就させてあげてこそ仲間ってもんよお!)


 オーッ!と念話内で気合が漲り出す。


「リッキーと一緒に温泉に入っているんじゃないだろうな…」

「混浴風呂がいくつかありましたね」

「俺のリッキーと……ケシカラン!!」

「私のリッキーさんですよ! ブチ殺して差し上げます」


 嫉妬パワーで、2人は憤然と立ち上がる。すると、


「ベルぅ~、今夜はアタシたちも、しっぽり、グッちょり、ねっとり、熱ぅい夜を過ごしましょう」


 しなを作ったリュリュが、ガバッとベルトルドを羽交い締めにする。


「うおおおおっ!? やめんか馬鹿者!! 離せこらっ!」

「死んでも離さないっ!」

「私の勝ちですね。せいぜいリュリュと楽しみなさい」

「こらアルカネットずるいぞっ!」


 泣きべそ顔で喚くベルトルドに輝くばかりの笑顔を向け、アルカネットは身を翻した。しかし、


「綺麗なおにーさん、ちょいとあたしたちの芸の手伝いをしてくださいな」


 5人の若い芸者たちが、アルカネットを取り囲み、芸を披露していた座敷の奥へと引っ張ってく。


「ちょ、ちょっと何事ですか!? 私は急いでいるのです!」

「ほらほら、こっちですよ」


 抵抗することもできず、アルカネットはあっという間に大きな箱の中に詰め込まれてしまった。


「この木箱は一体なんなんですか! 魔法が効かないですよっ!? 開けなさい!!」


 ドン、バシッ、ゲシッと箱を叩く音がするが、アルカネットはしっかり閉じ込められたようだ。


「離せリュー!!」

「さあ、藤の間へ行くわヨ!」


 ベルトルドのほうは、リュリュに羽交い締めにされたまま連れ出されてしまった。


「これで、2人の初夜は守られた!」


 オッシャー! と、皆思い思い勝利のポーズを決める。

 あらかじめこの計画をリュリュとシグネに持ちかけ、2人が邪魔してこないように協力を取り付けていたのだ。

 ちなみにアルカネットの入れられた箱は、〈才能〉スキルによる力が及ばない特殊建材で作られた、特別仕様の箱である。


「さあて、2人はどうなっているかな~」


 透視が再開され、皆の脳裏に2人の様子が浮かぶ。


「え!?」



* * *



(なんだか、いつもよりも、ずっと気持ちがいいキスかも…)


 露天風呂に一緒に入り、辺はほんのりとした灯りのみで薄暗く、お互い裸というシチュエーションが、気持ちを盛り上げている。ムードは最高だ。


(もっともっと、こうしていたい)


 呼吸をするのも惜しむほど唇を貪り合いながら、メルヴィンの大きな手が、素肌の肩や背中を忙しなく触れていく。

 その度に、胸の奥がキュンキュンして、キュッリッキは積極的にメルヴィンの首に腕を絡めて、ぴったりと身体を密着させた。


(ん?)


 何やら脚に硬いものが触れて、なんだろうと気になって唇を離す。


「リッキー?」


 急にキスすることを止めたキュッリッキに、メルヴィンは小さく首をかしげる。


「なんか、あたったの」


 メルヴィンから身体を離して、そして湯の中を覗き込んだ。


「あっ、あの、リッキー」


 急に慌てるメルヴィンをチラッと見て、手を伸ばしてそれを思いっきり掴んだ。


「はっ!」


 キュッリッキは大きく目を見張り、


「メルヴィンの股間にでっかなミミズが生えてる!!」


 そう、大きな声で叫んだ。



* * *



 朝顔の間では、念話ネットワークで生中継を見ていた面々が、盛大にズッコケていた。

 テーブルに突っ伏していたギャリーは、ゆっくり顔を上げると、


「どうしてそこでミミズになる!!!」


 理不尽を吠えるように叫んで、ドンッと拳でテーブルを叩く。なにかよく判らない怒りの感情に、身体がむずむずと痒くなった。


「確か以前も、ベルトルド様のアレをナマコとか言って、ガン泣きしてたことあったよねえ~」


 ルーファスは天井に目を向けながら、懐かしそうに苦笑う。どうしてナマコに見えたのかが、いまだに不思議だ。そこは大きなフランクフルトくらいでよくないかと思ってしまう。


「もうあの子ったら、まったく…」


 ファニーは呆れ顔で、ゆるゆると首を振った。ハドリーも額を抑えて、ため息を連打している。

 濃密なキスで高め合い、もう次のステップに移ろうとしていたまさにその時、キュッリッキの天然が炸裂したのである。


「メルヴィン……気の毒な」


 妖艶な顔を歪め、タルコットは腕を組む。あれではムードもぶち壊し、メルヴィンもさぞ吃驚していることだろう。

 とそこへ、


「落ち着いてリッキーーーーーーーーーーーっ!」


 宿中に轟くほどのメルヴィンの絶叫が聴こえてきて、


「なんだどうした!?」


 みんなは弾かれたように、一斉に立ち上がる。

 更に、アルカネットを閉じ込めていた箱が、煙と破片を撒き散らしながら、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 ギョっと一同が煙の方へ顔を向けると、浴衣を乱し、冷酷なまでの恐ろしい表情を浮かべたアルカネットが、ゼーハーと荒々しい息を吐き出しがら姿を現した。よほど魔法を使ったのだろう、呼吸の乱れが激しい。


「この私を、あの程度の箱に、閉じ込めようとは、ゼェ……なめられたものですね」


 顔が美しいだけに、壮絶を極めた表情だ。


(――Overランクの魔法使いハンパねーっす!!)


 ライオン傭兵団は失神寸前の意識の中で、命乞いの祈りを捧げた。あの顔を見ただけで、心臓が止まりそうである。


「お願いですから止めてくださいリッキ~~~~~!」


 二度目のメルヴィンの悲鳴が宿中にこだました。かなり切羽詰りまくる絶叫だ。


「とっ、とりあえず、メルヴィンを助け?に行くぞ!」


 踵を返したギャリーの横をヒュッと脱兎の如く、猛然とした勢いでアルカネットが駆け抜けていった。

 決してメルヴィンを助けに行ったわけではない。それに気づいてギャリーは叫ぶ。


「オイやっべーぞ! アルカネットの野郎が」


 これはマズイ、と皆は慌ててアルカネットを追いかけた。




「やはり、リッキーさんはメルヴィンと一緒だったのですね」


 浴衣の裾を翻し、裸足でドタドタ木の廊下を走りながら、アルカネットの全身は怒りで燃えていた。


「無垢で幼気なリッキーさんのところへ無理矢理押しかけるなど、言語道断、万死に値します!」


 自分本位の想像で激怒しているが、概ね大正解である。


「恋人同士で普段イチャついているとしても、風呂場に押し入られれば怖がるのは当然です。今頃どれだけ恐怖に震え怯えているか、考えただけでも胸が張り裂けてしまう」


 非力なキュッリッキが、メルヴィンの力に抗うのは無理だ。床に押し倒され、全身を押さえつけられ、メルヴィンにいいように裸体を弄ばれているに違いない。

 メルヴィンが悲鳴をあげていた事実は、アルカネットの思考から完全除去されている。”自らの思い描く哀れなキュッリッキ”を想像し、メルヴィンへの殺意を増幅させていた。


「リッキーさんの純潔を守らねば!」


 いくらあの2人が恋人同士であっても、そんなことはアルカネットには関係ない。

 キュッリッキは自分だけのものであり、誰よりも深く愛している。メルヴィンに汚されるなど、考えただけで発狂しそうだ。

 キュッリッキがどの部屋を使っているかは知らないが、彼女の気配のする方へと進み、鳳凰の間に到着した。

 ノックもせずにカギをぶち壊し、荒々しくドアを開いて部屋へ踏み込んだ瞬間、アルカネットは我が目を疑った。


「アルカネットさんいいところにきたの! あのねあのね、メルヴィンの股間にミミズが生えてるんだよ! 引っこ抜くの手伝って!!」


 ほっそりとした白い裸体で浴槽に立ち、湯の中に両手を沈めて何やら引っ張っている。


「リ……リッキー……さん!?」


 なにか、よく似た光景を以前見たような気がする。そう、アルカネットの心は呟く。


「リッキーそれはミミズじゃありませんから、引っ張らないでください!!」


 どうしていいか判らず、キュッリッキの行動を阻止するべく喚きたてるメルヴィン。そして、ミミズと信じて疑っていない必死のキュッリッキ。

 2人の様子を遠巻きに見て、アルカネットは目の前が暗くなりそうになり、慌てて頭を振った。


(お、落ち着くのです、落ち着くのですよ自分!)


 そう、以前ベルトルドのピーをミミズと勘違いして、必死に引っこ抜こうとしていた光景が脳裏に蘇る。

 その後、ヴィヒトリに押し付けて、男女の身体の仕組みなどについて講義をさせたはずだ。それなのに何故、また同じようなことをしているのだろうか。

 というより、2人が裸で一緒に露天風呂に浸かっていることこそ大問題だ。


「おいメルヴィン生きてるか!?」

「大丈夫か助けに来たぞ!」


 追いついてきたライオン傭兵団が部屋に乱入し、室内は一気に騒然となる。


「きゃあああみんなのエッチー!」

「エッチどころじゃねえよ! メルヴィンどうしたんだよっ」

「ザカリーのバカ! 見ないであっち向いててよ!!」

「なんでオレだけっ」

「メルヴィン白目むいてんぞ! ランドン早く」

「あんたもー何してんのよ!」

「キューリさんにタオルタオル」


 アルカネットはすっかり置いてけぼり状態になり、大騒ぎになる一同を呆然と見やる。


(えー……)


 とにかく、とアルカネットは深呼吸を一つして、


「そこをどきなさい!!」


 憤然とライオン傭兵団を押しのけベランダに出ると、


「さあリッキーさん、手を洗いましょう!!」

「ほえ」


 ファニーにタオルを巻かれていたキュッリッキは、アルカネットに羽交い締めにされ浴槽から取り出されてしまった。


「あーん、まだミミズ引っこ抜けてないのお~~」

「それはミミズじゃありません!」

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