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106話:テーブルテニス大会・前編

「あーあ、もう明日には帰らないといけないのかあ」


 だし巻き卵をモグモグしながら、ルーファスは残念そうに目を細める。


「2泊3日なんて、あっとゆー間よねぇ~」


 朝8時、朝顔の間では、みんな揃って朝食中である。


「おい、飯の後テーブルテニスやりに行かね? 結構立派な台があったぜ」

「いいねえ、勝負しようぜ勝負」

「俺様ものったぞー!」

「くじ引きで順番決めて、トーナメント方式でやろうや」


 ガヤガヤ盛り上がるノーキン軍団を尻目に、ベルトルドは真っ青な顔でお椀の中身を眺めていた。


(リューのやつ……)


 一晩中、身体の隅々までリュリュに舐め回され、暴れん棒を酷使され、精神も肉体も疲労の極限である。

 聞けば昨夜は、キュッリッキとメルヴィンのイチャイチャ混浴を阻止しにいったアルカネットやライオンの連中が、キュッリッキの眩しい裸体をトコトン見たと言う。

 湯に濡れた艶かしい裸体を見るなど、ベルトルドはいまだ叶ったことはない。それがたとえ、色気に欠けるプロポーションだとしてもだ。

 とにかく悔しすぎる。それに、


(せっかく、麗しいリッキーが隣にいるというのに、股間がまるで反応せん!)


 キュッリッキとなら一晩中どころか、一日中ヤってても精力絶倫でいけるだろう。今は裸体ではないが、浴衣姿のキュッリッキは色っぽく見えるのだ。


「ベルトルドさん大丈夫? お顔真っ青だよ」


 心配そうに顔を覗き込んでくるキュッリッキを、ベルトルドはたまらずギュッと抱きしめた。


「リッキーはイイ子だ! 可愛くて可愛くて食べちゃいたいくらいイイ子だ!」

「朝っぱらから何を言ってるんですか! 体調が悪いなら寝てきなさいな」


 アルカネットから冷ややかに言われて、ベルトルドはメソメソしながら更にキュッリッキを抱きしめる。


「傷ついた俺の心を癒してくれるのは、天使のようなリッキーだけだ…。お前のような絶対零度の氷鬼は、温泉に浸かって溶けてしまえっ」

「何を馬鹿なことを言っているんですか……。リッキーさんが天使のように無垢で清らかなことは当然としても」

「にゅ~~。ホントにキブン悪いなら、お部屋に戻ったら?」


 いつものことなので気にしていないキュッリッキが、とても心配そうに言うと、


「では、一緒に寝て看病してくれるかな?」


 甘えたような笑顔を向けるベルトルドに、


「ヤダ」


 バッサリ一言で斬り捨てられ、ベルトルドはベソ顔になった。


「りっきぃ…」

「アタシもみんなと一緒に、テーブルテニスするの」

「ぬ? テーブルテニスだとぅ」


 盛り上がっているギャリーやヴァルト達の方へ顔を向け、思いっきり彼らを睨みつける。


「オイ貴様ら、テーブルテニスをやるのか?」

「お、押っ忍」


 射るようなベルトルドの視線に気づいたギャリーが、おっかなびっくり返事をした。


「ふむ。――よし、俺も参加するぞ!」

「えええええええええええええ」


 猛烈に嫌そうな反応が返ってきて、ベルトルドはこめかみをヒクつかせる。


「文句を言うなバカタレどもめが! 俺も加えておけっ」


 テーブルをバシッと叩く。


「アルカネットさんは参加しないの?」

「そうですねえ…」


 残念そうに見てくるキュッリッキに、アルカネットは優しい笑顔を向けた。


「せっかくですから、私も参加しましょうか」

「わーい」

「あらン、アタシも久しぶりに遊んでみようかしら」

「私も乗るかな」


 リュリュとシ・アティウスも参加表明をした。

 キリ夫妻、セヴェリ、アリサの4名は見学になり、他全員が参加することになった。




(おやじ衆――ベルトルド、アルカネット、リュリュ、シ・アティウスは、どうせ相手にならねーレベルだろうな)

(運動神経とは無縁そうだしね)


 特殊〈才能〉スキル持ちだらけなので、〈才能〉スキル使用禁止がルールに設けられる。

 ライオン傭兵団念話ネットワークでは、ベルトルドらおやじ衆は眼中になく、更にキュッリッキや魔法使い組も眼中になく、勝敗の行方はノーキン組みを中心に盛り上がっていた。

 女将のシグネに頼んで大きな白い紙を用意してもらい、くじ引きで各自好きなところに名前を書いていく。


「トーナメント方式ですか。とても楽しそうでございますね」


 シグネは使用人たちにボードを用意させると、トーナメント表を貼り付けて、見えやすいようにしてくれた。

 宿の一角に設けられたテーブルテニス室は広々として、立派な台が3つ並んでいる。

 見学出来る休憩スペースには、宿のほうで飲み物や菓子などが用意された。


「では、僭越ながらわたくしが、進行をつとめさせていただきますね!」


 意気揚々とアリサがトーナメント表の前に立つ。


「まず1組目、お嬢様とタルコット様、2組目はルーファス様とシ・アティウス様、3組目はランドン様とマーゴット様。各組で台についてくださいませ」

「頑張ってください、リッキー」

「えへへっ、任せて!」


 メルヴィンに励まされ、キュッリッキは輝くような笑顔を向けた。その笑顔を見た瞬間、


「頑張るんだぞ俺のリッキー!!」

「頑張ってください私のリッキーさん!」


 ベルトルドとアルカネットがメルヴィンを撥ね退け、キュッリッキに左右から飛びついた。


「……ンもぉ」


 ここぞとばかりに頬にキスの雨を降らしてくる2人に、げっそりとしたため息をこぼすキュッリッキだった。




 いつもの光景を呆れながら眺めつつ、のーきん組は勝負の行方などを語り合っていた。


「速攻終わりそうなのはキューリ、めんどくさそうなのはランドンとこ、そこそこ勝負になりそうなのはルーか」


 組み合わせを見ただけでザカリーが勝敗を予想すると、ギャリーもヴァルトも同意の頷きをした。


「キューリのあの細腕じゃあ、ちっこい玉の打ち合いでもタルコット相手じゃ無理だろうしよ」

「でもお、実は凄いんですよね~」

「だなあ」


 ファニーとハドリーが、意味深な笑顔をする。


「なぬ」




(キューリが相手か…。どうせマトモなレシーブもできないだろうし、数回ラリーしたらすぐ決めちゃうか)


 負けてキュッリッキがガン泣きするのはイヤなので、タルコットは優しく勝つ算段を考えていた。

 別に恋心はわかないし、メルヴィンと恋人同士になって嫉妬もない。美人の妹が出来たみたいで、可愛く思っているくらいだ。

 そうは思っても試合は試合、勝負はきっちりつける。しかし、試合が開始されると、その考えは甘かったことを早々に思い知ることになった。


「……え?」


 打ち返されたボールに反応できず、タルコットはパチクリと瞬いた。思わず後ろを振り返り、床に転がるボールを見つめる。そして前を向くと、にんまりとした表情をするキュッリッキがいた。


「アタシのこと甘く見てたでしょ! テーブルテニスは得意なんだからっ!」


 浴衣の袖をまくり、二の腕で力瘤を作ってみせる。生憎瘤はよく見えなかったが。


「リッキーのやつ、相性がいいのかどうか、テーブルテニスがめっちゃ強いんっすよ」

「そうなのよね~。それに、集中しているときだと、やたら怪力出すんだから吃驚よ。普段非力なくせに」


 ハドリーとファニーはニヤニヤと、キュッリッキとタルコットの試合を見ていた。

 ルーファスたちも思わず手を止めてしまう。

 タルコットのサービスで開始された2人の試合は、軽いラリーからいくと思いきや、レシーブしたキュッリッキのボールは、スピードドライブで即決まったのだ。




「やるなあ~、リッキー」

「ええ、ビックリですね」


 グリーンティーを啜りながら、ベルトルドとアルカネットは驚きの表情を浮かべてキュッリッキを見ていた。

 概ねギャリー達の予想と同じように、すぐに負けるだろうと思っていたから、慰める気満々で2人はスタンバっている。しかしあの様子では、タルコットのほうが負ける可能性がありそうだ。

 キュッリッキが勝てば勝ったでベタベタと褒め称えられるが、この際勝敗関係なく、2人はただ、キュッリッキを撫で回してキスしまくりたいだけなのだ。




(お、おかしいぞ…)


 タルコットはラケットを手のひらで転がしながら、キュッリッキがキメたドライブを頭の中でグルグル考える。


(運動神経ゼロなのに、反応速度優秀すぎじゃないのか!? しかもあんな華奢で力のなさそうな腕で、あれだけのスピードでキメるとかありえん!)


 負ける可能性ナンバーワンのキュッリッキに負けたりしたら、みんなのいい笑いものだ。それだけは絶対避けなければならない。

 ラリーなどせず、一気にキメて試合を終わらせる。


(泣かれるのは困るが、後始末はメルヴィンに押し付けて……手加減ナシでいく!)


 タルコットは慣れた手つきでボールを打ち出した。

 しかし、


「てーーいっ!」

「うそっ」


 またしてもキュッリッキの華麗なスマッシュがキマった。




「なーにやってんだ、タルコットのやつ」


 籐で編まれた椅子にドカリと座っているギャリーは、タバコを吹かしながらタルコットとキュッリッキの試合を見ていた。その隣に立つザカリーは、呆気に取られて目を瞬いている。


「プロ顔負けのプレイしてやんの、キューリ」

「ありゃあ、タルコット負けるな」

「よゆーで負ける負ける」

「なーなー、キューリ勝つと、次誰と当たんだよ?」


 旅にまで持ってきたのか、小型のバーベルを両手で上げ下げしながらヴァルトが話に混ざってくる。


「ルーかシ・アティウスさんの、どっちかだな」

「んじゃあ、ルーとキューリがショーブか」

「いや、そうでもなさそうだぞ」


 ギャリーがルーファスたちのほうへ顎をしゃくる。

 3人が見つめる先では、シ・アティウスが圧倒的な強さを見せて、ルーファスは点数を取れないでいた。

 シ・アティウスはガタイもよく、浴衣の袖から見える腕はガッシリと太い。白衣姿しか見たことがないので、着痩せするタイプかとゲッソリする。

 どちらも戦闘系でもスポーツ系でもない〈才能〉スキルなので、傭兵として超能力サイだけではなく剣技も使うルーファスのほうが優位かと思われたが、どうやらシ・アティウスのほうに分があるようだ。


「メガネのオッサンつえーな…」


 ヴァルトが眉をひそめながら言うと、ギャリーとザカリーは揃って頷いた。

 キュッリッキやシ・アティウスなど、早々に負ける組と予想していた2人が大健闘している。これは、甘く見ていたようだ。


「なんか、オレらの予想と、どんどんかけ離れていく気がするぞ、この試合」

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