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107話:テーブルテニス大会・後編

 キュッリッキ対タルコットは、勝者キュッリッキ。ルーファス対シ・アティウスは、勝者シ・アティウス。ランドン対マーゴットは、勝者ランドン。

 ノーキン組の予想を裏切り、案の定、大番狂わせだ。

 タルコットに至っては、ミス失点までおかしている。


「このボ…、ボクが、キューリに負けたナンテ……」


 妖艶な美貌を苦痛に歪ませ、タルコットは竹のベンチに撃沈した。


「オレもシ・アティウスさんに完敗だったよ~」


 タルコットの隣に座り、ルーファスは天を仰ぐ。

 情けないことに、2人揃って一点も取れなかったのだ。


「あーあ、勝てると思ってたのになー」


 ハァ、と2人は揃って情けない溜息を深々と吐いた。




「おや、運が良いですねえベルトルド様。あのメルヴィンごときに、手心なんか加えてはダメですよ?」

「フッ。立ち直れないほど、ギッタンギッタンに打ちのめしてくれるわっ!」

超能力サイは使っちゃダメよ、ベル」

「使うまでもない!」


 凄絶な笑みを浮かべ、ベルトルドは台の前に立つ。


「……」


 その反対側には、ガッカリした表情を貼り付けたメルヴィンが立っていた。


「頑張ってメルヴィン! ベルトルドさんなんて、けちょんけちょんのコテンパンにやっつけちゃってね!」

「りっきぃ…」


 キュッリッキの容赦ない応援に、ベルトルドはシクシクと涙を目に浮かべる。

 本来ならば「大好きなベルトルドさん頑張ってね! 勝ったらご褒美にチューしてあげるんだから」という、愛らしい声でキュッリッキに応援されるのは自分のはずなのだ。それなのに、目の前の青二才が、キュッリッキに応援されている。


「許さん……、許さんぞ青二才!!」


 フゴゴゴゴゴ、という効果音でも聞こえてきそうなベルトルドの剣幕に、メルヴィンはひっそりと心で重いため息をつく。


(よりによって、ベルトルド様と当たるなんて)


 絶対当たりたくないベスト3は、1位はキュッリッキ、2位はベルトルド、3位はアルカネットである。

 キュッリッキと当たったら、まず試合になりそうもない。ほのぼのラリーで時間が潰れそうだ。

 しかしベルトルドとアルカネットは、何をしてくるか判らないほど、本気で向かってくるだろう。目の前のベルトルドの様子を見ていれば判る。

 すでにキュッリッキの愛を勝ち取っているので、これ以上は恨まれる原因を増やしたくない。勝つ自信はあるが、勝ったら恨みが特倍になりそうなのだ。


(かといって、負けるのは悔しいな)


 2人から特大の嫉妬を向けられる覚悟は、とうにできていることだ。ならば、全力で勝つまでのこと。キュッリッキも自分を応援してくれている。

 メルヴィンの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


「では皆様、始めてくださーい!」


 アリサの合図で、2回目の試合が開始された。


「貴様なんぞ、この俺の前にひれ伏すがいい!!」


 気合充分、渾身のサービスがベルトルドから始まった。




「オーバーアクションしても、テーブルテニスって地味に始まっちゃうのよネ」

「ボールが軽くて小さいからな」


 ケラケラ笑うリュリュに、シ・アティウスが笑いを堪えながら応じる。

 あまりにも適当に力のまま叩きつけても、ホームランかアウトになるのが関の山である。


「点を取ったら、ポーズキメて派手に叫べばいいのですよ」


 アルカネットは苦笑気味に茶化した。


「ふふっ、ベルならやりそうねン」




「オッサンとメルヴィンの試合、ハジマッタナ」


 2人の試合以外にも、カーティス対マリオン、ハドリー対シビルの試合もやっている。しかしギャラリー達は、ベルトルド対メルヴィンの台しか見ていない。

 悲しいくらい地味に始まったサービスも、2人のフットワークの軽さや、何時止むか判らないほどのラリーで白熱している。

 点を取ろうと仕掛けているが、お互いそれをやり返してキリがない。小さな弾のぽこぽこと打ち合う音が、リズミカルにホールの中に響きあう。

 ベルトルドもメルヴィンもマジ顔で打ち合っているので、外野はツッコむ暇がない。


「なんか、2人とも凄いんだあ~」

「オトナ気ありませんね」


 試合を見つめるキュッリッキを膝の上に抱きかかえ、アルカネットは嘲笑うように言う。


「アルカネットさんは、ベルトルドさんの応援してあげないの?」

「私はリッキーさんの応援しかしませんよ」


 にっこり言われて、キュッリッキは「ふにゅ~」と困り顔で肩をすくめた。




「いい加減くたばれ青二才っ!」

「負けるわけにはいきませんっ!」


 ラリーは止まらず、お互い一点すら取れていない。


(何がなんでも負けんぞおおおお)


 かつてないほど意地になりまくるベルトルドは、嫉妬の炎をメラメラ燃やし、心の中でメルヴィンに吠えまくる。


(中々キメられないなあ。――うーん、そろそろ腕が疲れてきた…)


 一方メルヴィンも手を緩めないが、粘りまくるベルトルドに辟易してきていた。


(俺だけの愛しいリッキーを、リッキーを……奪ったコイツだけは、絶対に許さん!)


 ライオン傭兵団に入れるために迎えに行って、そしてひと目で惚れた。本気で愛してしまった。以来女遊びも辞め、キュッリッキだけに愛の全てを捧げている。

 愛していると最初に告白したのは自分だし、キュッリッキの全てを受け入れているのも自分だ。

 溢れんばかりに可愛がり、慈しみ、大事に大切にしているのも自分なのだ。

 それなのにキュッリッキはメルヴィンに恋をしてしまい、自分のことは父親としてしか見てくれない。

 悔しい、心のなかに寒風が吹き荒れるほど、心底悔しすぎる。

 そして、メルヴィンが憎い、憎たらしすぎる。


「貴様なんぞに絶対に負けんわああああっ!」


 嫉妬と憎しみのこもったベルトルドのスマッシュが、ラリー開始から6分後、炸裂して華麗にキマった。




「あっ」


 ハッとして、メルヴィンは後ろに飛んでいったボールを目で追う。


「先に一点取られちゃいました……」


 肩を落として残念そうに呟くと、ふんぞり返ったベルトルドが、ホールに轟くほどの笑い声を上げた。


「判ったか青二才! これが俺と貴様の決定的な差だ、リッキーへの愛の深さのな!」

「そ、そうなんですか…」


 メルヴィンは心にグサッと刺さったような表情を、ドヤ顔のベルトルドに向けた。しかし、


(愛じゃなく、嫉妬の粘り強さじゃ…)


 と、リュリュとシ・アティウスは胸中で呟く。


「ずぇったいに貴様になど点はやらん! 覚悟せいっ!!」

「メルヴィンどんまいだよ! まだ一点なんだからねっ! 頑張ってなの~!」

「ありがとうございますリッキー。頑張ります」


 一生懸命応援してくれるキュッリッキに、メルヴィンは嬉しそうに微笑んだ。

 速攻2人の世界が出来上がり、ベルトルドとアルカネットのこめかみに青筋が走る。


「ベルトルド様、こんな青二才に手加減など無用なのですよ? 悠長にラリーなどせず、とっとと沈めてしまいなさい」

「言われるまでもない、後が詰まっているからな」


 キュッリッキがメルヴィンを応援するものだから、ベルトルドとアルカネットは本気で拗ねている。

 ベルトルドはラケットを強く握ると、ボールを構えた。


「さあ、次いくぞ、次!」




 しょんぼりというより、酷く疲れた顔のメルヴィンが、竹のベンチに座ってため息をついていた。


「お疲れ、メルヴィン」

「はは、負けちゃいました」


 ルーファスから差し出された湯呑を受け取り、メルヴィンは中身をすすった。グリーンティーの爽やかな香りが、疲れた身体にほっこりと沁みる。


「キューリちゃんは?」

「ベルトルド様に奪われちゃいました」

「ありゃりゃ」


 ルーファスは奥の方を見ると、アルカネット対ガエルの台の近くで、キュッリッキを膝に乗せてベルトルドは観戦している。キュッリッキは「相変わらずしょーがないなーもう」という表情を浮かべ、おとなしく膝に抱かれていた。

 ベルトルドの嬉しそうな顔を見て、ルーファスは苦笑する。先ほどの気迫はすっかり鳴りを潜め、キュッリッキをベタベタ触れて上機嫌だ。

 結局ベルトルド対メルヴィンの試合は、メルヴィンの全敗で終わった。

 周りが呆気にとられるほど、ベルトルドの猛攻凄まじく、最後まで緩まぬフットワーク押せ押せで、メルヴィンのほうが根気負けしたのである。


「まさか、一点も取れないとはさすがに思いませんでした…」

「有言実行しちゃうベルトルド様が凄すぎたって感じだね~。まあ、ご褒美と言わんばかりにキューリちゃん持ってっちゃってるし」

「ええ…」


 ガクッとメルヴィンは項垂れた。


「それにしても、ガエルも勝つのは難しそうだなー。アルカネットさん相手に一点も取れてないよ」

「当初の予想が大きくハズレましたね」

「ホントダヨー」


 2人は揃って、情けないため息を長々と吐き出した。


「そういえば、こんな風にみんなで旅行に来たのは初めてですね」

「確かにそうだねえ」

「オレたちは仕事であちこちへ行くから、改まって旅をするっていう話は、自然とでないですし」

「アジトでのんびりゴロゴロしてるほうがイイしネ~」

「ですね」


 メルヴィンは後ろを振り向いて、柔らかい陽射しを受ける庭園を見つめる。ここは故郷の風景によく似ているせいか、ホッとする気持ちになった。


「もう明日には、帰らないといけないんですね。楽しいと、時間はあっという間です」

「ホント、そうだね」


 ルーファスは穏やかな表情で頷いた。


「今度旅をするときは、キューリちゃんと2人っきりで行かないと」


 ウィンクするルーファスを見て、メルヴィンは顔を赤らめる。


「そ、そうですねっ」


(メルヴィン純朴だなあ)


 共に30歳になるが、自分にはもうナイものだなあ、などとルーファスは思ってしまう。この純粋さは、恋愛初体験のキュッリッキにとって好ましいものであり、この先2人のペースで愛を育んでいくのだろう。


「保護者付きだと、ラブラブさせてくれなくて、お邪魔虫すぎ」


 これでもかとキュッリッキにキスし放題のベルトルドを見て、ルーファスは肩をすくめた。




 昼食休憩を挟んで、テーブルテニス大会は続いた。

 準決勝に残ったのは、キュッリッキ、リュリュ、ベルトルド、アルカネットの4人で、ライオン傭兵団の予想を大きく外すメンツだった。

 このままなら、キュッリッキが優勝する確率が上がるとギャリーたちは予想した。ベルトルドかアルカネットと当たれば、あの2人は絶対手を抜く。いや、わざと負ける。

 ところがまたまた予想を覆し、相手はリュリュとなり、サックリと敗れ去ったのだ。


「あーんもお、リュリュさん強いんだもーん!」


 2セット取られて負けたキュッリッキは、悔しがって悔しがって、ギャリーの頭をぽかすか叩いた。


「オレの頭に八つ当たりすんなや…」


 マッサージレベルの威力なので、ギャリーはゲッソリしながらされるがままでいた。


「人は見掛けによらないよなあ」

「オカマは何をしても恐るべし、って目の当たりにした気分だぜ…」


 おやじ衆に惨敗したライオン傭兵団は、見学スペースに集まって愚痴と決勝戦の予想を言い合っていた。


「ベルトルド様とアルカネットさんが、準決勝で当たったのはモッタイなかったよねえ~」

「どうせなら、決勝戦で観たかったよね」

「でもキューリがどっちかと準決勝であたってたら、間違いなく片方敗退してただろうしよお」

「やる前から棄権してそーダヨネ」

「アルカネットさんが負けたのは、ナンカ納得」

「おっさんの、あの執念はフツーじゃねえし」

「愛の差とか言って、勝ち誇り方も尋常じゃなかったしな…」

「まあでも、決勝戦はオカマパワー炸裂して、リュリュさんが勝つと思うな~」

「尻の穴を死守する、とか喚いてたし、御大が勝つんじゃね」

「今日は賭けに全然なってなかったしな、御大たちの試合で賭けしなおすか」

「サンセー、オレはリュリュさんに」

「あたしぃは~、ベルトルド様にしよっかなぁ」

「ボクはリュリュさん」

「ちょいマテ、メモする」


 取りまとめ役のザカリーが、手帳に急いで書き込んでいった。


「リッキーはどちらに賭けますか?」

「アタシ興味ないから、温泉入ってくる~。汗かいちゃったし」

「あたしも行くわ、リッキー」


 ファニーと連れたって、キュッリッキは出て行ってしまった。




「なあにいいいいいい!」


 ダンッと台に両手を叩きつけ、ベルトルドはライオン傭兵団を睨みつけた。


「リッキーが何故おらんか説明せい馬鹿者ども!!」


 引き止めておくべきだった、と皆胸中で後悔する。


「ええっと、汗かいちゃったからって、温泉に……」

「汗ならこの俺が隅々まで丁寧に舐め拭ってやるものをっ!」


 ――いやあ、それは無理じゃこの変態…という視線が、握り拳のベルトルドに集中する。


「そんな不埒なことを、この私が許すわけ無いでしょう」

「黙れ敗者!」

「ンぐっ」


 ツッコむアルカネットを一撃で沈め、ベルトルドはラケットを台に置く。


「リッキーが観ててくれないと、こんなんやっててもつまらん!」


 プイッと腕を組んで、ツーンとそっぽを向いた。


「あらベルぅ、そんなコト言ってもいいの~ん?」


 甘くねっとりした声が、ぞぞーっとベルトルドの背中を撫でるように這いのぼる。

 しなを作って立つリュリュを目の端に捉え、ベルトルドは顔を青ざめさせた。


「アタシに勝たないと、今夜もたーっぷり、あーたの暴れん棒を喉の奥まで咥えこんじゃうわよ?」


 ベルトルドの顔が更に青ざめる。


「もしかしてあーた、ホントはアタシにそうして欲しいんじゃなくってン?」

「そんなわけあるかーーーーーーーっ!!」


 恐怖を振り払うように大声で叫び、ベルトルドはラケットを持つと構えた。昨夜の屈辱的な悪夢が脳裏に広がる。


「負けん!!」


 ――魂の叫びだ…。そう、ライオン傭兵団はゲッソリと肩を落とした。




「な……なかなか……やるじゃないベル…ぜぇ」

「フンッ、ターベッティを歴代1位で卒業した俺だぞ……ケホッ」


 試合が終わり、息も荒く台に手をついて、ベルトルドとリュリュは肩を喘がせていた。

 スポーツ〈才能〉スキルを持つプロ相手でも互角以上じゃ、と思える程の高レベルな試合を繰り広げた2人である。


「ベルトルド様、リュリュ様、お疲れ様でございました。決勝戦の勝者はベルトルド様です!」


 大きな声を張り上げ、アリサが告げた。


「いやあ、ホント凄かったですねえ」


 やや呆れ半分といった声でカーティスが言うと、皆深々と頷きを返す。

 髪も浴衣も振り乱し、凄まじい咆哮を迸らせながらのラリーだった。

 台に叩きつけられる小さなボールは、時に破裂し、時に外野に飛んで建物に傷を付け、見学者たちを心胆寒からしめる勢いなのだ。

 〈才能〉スキル使用禁止だったので、超能力サイ使いである2人は必死に超能力サイが発動しないよう抑えてはいたが、あれはどう見ても超能力サイが無意識に発動しているとしか思えないパワー戦だった。

 技術的にはリュリュに分があったが、パワー的にはベルトルドが勝り、2セットを落としてリュリュが負けた。


「皆様お疲れ様でございました。白熱したいい試合でしたね」


 女将のシグネがニッコリと頭を下げた。


「お夕食はご馳走をたくさん振舞わせていただきますので、楽しみにしていてくださいまし」

「色々協力していただき、ありがとうございました。建物などへの破損請求は、あそこの息の荒い大人げない人にお願いします」


 カーティスが微笑みながら応じると、シグネは愉快そうに笑った。


「いいんでございますよ。久々に面白いものを見せていただきました」


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