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108話:過去との再会

 賭け金の精算をするライオン傭兵団をジロリと睨み、アルカネットから差し出されたタオルでベルトルドは汗を拭う。


「温泉にでも行きますか?」

「そうだなあ、汗もかいたし」

「ならちょっと、3人とも露天風呂付きの部屋へ。話したいことがあります」


 メガネをクイッと押し上げながら、シ・アティウスがひっそりと言った。




 桔梗の間に場所を移した4人は、部屋へ入ると鍵をかけ、そして。


「ちょっとあーたたち、なにしてくれてんのよっ!!」


 リュリュを柱に縛り付けた。

 超能力サイで振りほどかれないよう、アルカネットが魔法で縄を封印する。


「真面目な話をするんでな、ベルトルド様に襲いかかって暴れないように、おとなしくしていてくれ」


 無表情で言うシ・アティウスの横で、ベルトルドが子供のような表情で、にんまりと頬を緩めた。


「ふふーん、露天風呂入ろーっと」

「おのれ、縄解きなさいよっ!」


 ジタバタジタバタ、足だけを暴れさせ、リュリュはしっかりと柱に固定された。

 ベルトルドは浴衣とパンツをパパッと脱ぐと、ベランダに出て瓶のような形をした露天風呂に飛び込む。


「極楽、極楽」


 へりに背をあずけ、ベルトルドは嬉しそうににっこりと笑う。

 アルカネットは脱ぎ散らかしてある浴衣とパンツを拾い上げ、丁寧に畳んでバスタオルと一緒に窓際に置くと、籐で編まれた椅子に座る。


「さて、本題に移ります」


 皆が落ち着いたのを見て、シ・アティウスは畳の上に座る。


「他国の召喚〈才能〉スキル持ちの者たちを、ハーメンリンナに全て集めることができたと、今朝連絡が入りました」

「お、ようやくか」


 ベルトルドが若干身を乗り出して頷く。


「渋る国もあったようですが、あなたの名前を出すと、すんなり差し出したようです」

「さすが俺。威厳のオーラが、名前から滲み出しているんだな」


 これにはリュリュもアルカネットも、肩をすくめるにとどめた。


「一度しっかりと見極めを行い、それが出来たら行動に移せます」

「うむ」

「そしてこれは、私からの要請ですが」

「うん?」

「ケレヴィルの所長の座を譲っていただきたい」


 これにはアルカネットが腰を浮かせる。


「出すぎではないですか、シ・アティウス」

「まて、アルカネット。出世欲じゃあなかろう、理由を言ってみるがいい」


 ベルトルドはヘリに両腕でもたれ、面白そうにシ・アティウスを見る。


「あなたの計画を進めやすくするためですよ。今の私は一介の研究者にしか過ぎません。ほかの研究者たちや施設の使用に、いちいちあなたの承認がいる。それに、私が触れることのできない秘匿情報も自由に閲覧出来るし、解明作業も捗るからな」

「確かにそうだ」


 うんうん、とベルトルドは頷く。


「まあ、用事が済めばケレヴィルの所長の座なんぞ、必要なくなるしな。それに、現状お前に全て丸投げしてるから、所長がお前でも不都合ないし」

「良いのですか?」


 困惑する顔を向けるアルカネットに、ベルトルドは穏やかに微笑んだ。


「知りたいことの殆どは、レディトゥス・システムでほぼ判ったしな」

「……」

「案じるな、アルカネット。所長をシ・アティウスに任せても、ケレヴィルを自由にできる権限はそのまま行使できる」

「それは、そうですが…」

「シ・アティウス、お前に所長を譲渡する手続きは、ハーメンリンナに戻ったらすぐ行おう。リュー、書類を用意しとけよ」

「あいよ」

「ありがとうございます」

「お前のフィールドワークに、ケレヴィルは大いに役立つからな。俺の用事はほぼ済んでいる」

「そうですね」


 ベルトルドは顔を空へ向ける。

 薄水色に朱色を滲ませ、すでに陽も陰り始めていた。


「楽しい休暇も、これで最後だな。ハーメンリンナに戻れば、楽しくもない業務に忙殺されつつ、計画の進行が待っている」


 空を見つめる青灰色の瞳に、複雑な色が挿す。


「31年か…。もうすぐ、もうすぐだ…」


 ベルトルドの呟きに、アルカネットはハッとすると、表情を悲しげに歪ませ俯いた。そんな2人を見て、リュリュもやるせない表情かおをする。

 シンッと静まり返る桔梗の間に、


「ハラヘッターーーー!」


 ヴァルトの元気な声が聞こえてきて、4人は揃って深々とため息をついた。




 しんみりムードをヴァルトの「ハラヘッター」でぶち壊され、自然とお開きになると、ベルトルドは散歩してくると言って部屋を出た。

 ちなみに今も、リュリュは柱に縛り付けてある。


「アイツの口からマトモな言葉を聞いたことがないぞ…ったく」


 なんだか酷くガッカリした気分になって、玄関の方を目指していると、廊下の向こうにキュッリッキを見つけた。


「リッキー!」


 名を呼びながら、ベルトルドは足取り軽くすっ飛んで行った。


「俺のリッキー!」


 飛びかかるように抱きしめ、頭にスリスリと頬を擦り付ける。


「ふゅにゅ~~ベルトルドさん」

「愛してるぞ、リッキ~」


 抱きしめてきて、キスを雨のように降らせてくる。何度言っても止めようとしないので、もうキュッリッキは言うのを諦めていた。

 ここまで度を越してはいないが、仲のいい父娘はこんなもんと、ルーファスやマリオンが言っていたからだ。

 恋人はメルヴィンで、ベルトルド――とアルカネット――は父親のような存在。キュッリッキの中では、そういう位置づけになっている。


「ベルトルドさんホカホカしてる」

「今しがたまで、露天風呂に入っていたからな。リッキーも一緒に露天風呂に入ろう、な?」

「ダメなの」

「リッキぃ…」


 速攻拒否られる。


「そいえば、どっか行く途中だったの? ベルトルドさん」

「ああ、散歩か売店にでも行こうかと考えていた」

「売店?」

「うむ。やしきの使用人やら職場の身近な連中に、何か土産でも買っていこうと思ってな。俺は話のワカル上司だから」

「お土産かあ~」


 キリ夫妻も一緒にライオン傭兵団総出で来ているし、ファニーやハドリーも一緒だ。ベルトルドたちもいるから、特別お土産をあげたいヒトがキュッリッキにはいない。


「そうだリッキー、お土産選びを手伝ってもらえるかな? リトヴァややしきの連中のは、リッキーが選んでくれたら、皆も喜ぶ」

「うわぁ! うん、アタシ手伝うよ!」


 ずっとお世話になった人たちだ。キュッリッキは張り切った。


「ありがとう、リッキー」


 ベルトルドはニッコリ微笑んだ。


「売店どっちかな~」


 キュッリッキは身体を前に向けた、その瞬間、


「キャッ」

「うわっ」


 誰かとぶつかり、尻餅をついてしまった。


「大丈夫かリッキー!?」


 慌ててベルトルドはしゃがみ、倒れたキュッリッキを助け起こす。


「うん、大丈夫なの。えと、ぶつかってごめんなさい」


 立ち上がりざま顔を上げると、キュッリッキは目を見張って凍りついた。


「すいません、僕の方こそ」


 明るい赤に近い茶色の髪は短く刈られ、ややつり目の美しい青年は、この宿の従業員の服を着ていた。


「よそ見をしていて、お客様に気づかず、大変失礼をしてしまいました。本当に大丈夫ですか?」

「怪我はしていないようだな。リッキー、大丈夫かい?」


 立ち上がったまま動かないキュッリッキを、ベルトルドと従業員は心配そうに覗き込む。すると、今まで身を隠していたフェンリルとフローズヴィトニルが姿を現し、従業員に向けて牙を剥いて威嚇しだした。


「ぬ、どうした、フェンリル、フローズヴィトニル」


 2匹の様子に多少驚き、ベルトルドは眉をしかめて、困惑している従業員の顔を見つめる。

 記憶の糸を何度も手繰り寄せ、そして一人の名を見つけた。


「貴様、アルッティという、あの少年か」

「え?」


 従業員の青年は、突如名を言い当てられて目を見開いた。


「なんで、僕の名前を知っているんですか?」


 不思議そうにするアルッティに、ベルトルドは見た者が腰を抜かすほど目を鋭くして、アルッティを睨みつけた。


「この子に見覚えがあるだろう」


 動かぬキュッリッキの小さな肩に、そっと両手を置く。


「貴様が幼き頃、修道院の崖の上から突き落とした、キュッリッキだ」


 途端、アルッティの顔が恐怖に歪み始めた。


「思い出したか、この鈍感が。彼女は速攻思い出したのにな」

「あっ…、あれは……」


 アルッティは後ろによろめき、へにゃりと腰をつく。そして、ジリジリと後退る。


「僕は…、生きて、生きてたんだオマエ…生きてた…」


 脂汗を流し、口はワナワナと震え、アルッティの茶色の瞳は恐怖に縮む。


「うわ、うわああああああ」


 アルッティは身体を起こしながら後ろに向けて走り出した。まろびながら、そして叫び声をあげ続け、あっという間に姿を消してしまった。


「リッキー…」


 優しく労わるように声をかけると、キュッリッキはようやく、のろのろとベルトルドを見上げた。


「アタシが生きてて、安心したんだね…彼」


 青ざめた顔で、精一杯微笑もうとする。キュッリッキの健気さに、ベルトルドはたまらずキュッリッキを抱きしめた。

 忌まわしき幼い頃の記憶を、嫌でも思い出しているのが痛いほど伝わってくる。

 飛ぶことのできない身体で、高い所から突き落とされ、身を切るほどの冷たさと死を感じ、どれほど怖い思いをしただろう。


「大丈夫だ、リッキー。俺がついているから」

「……うん。ありがとう、ベルトルドさん」




 ベルトルドの腕の中で落ち着きを取り戻したキュッリッキは、にっこりとベルトルドに微笑みかけた。


「ありがとうベルトルドさん、アタシもう大丈夫!」

「そうか」


 ベルトルドも安堵したように微笑み返した。


「みんなのお土産選び、行こっ」


 キュッリッキはベルトルドの手を掴み、売店の方へと引っ張っていく。


(強くなったな、リッキー)


 完全ではないが、拠り所を得た今のキュッリッキは、随分強くなった。まだまだ不安はあるが、それでも初めて出会った頃に比べれば、格段に変わっている。


(やはり、この俺でなくては、リッキーを幸せにすることはできん。メルヴィンのような青二才の分際がリッキーの恋人などと、デカイ面させておくのは気に入らん!)


 心の中で嫉妬に燃え盛っていると、


「あ、ベルトルドさん!」

「ん? ヘブッ」


 角を曲がり損ね、思い切り壁に顔面クラッシュしてしまった。


「大丈夫?」

「う、うむ、このくらいなんともないぞ」


 ぶつけた顔を真っ赤にして、ベルトルドはドヤ顔をしてみせる。


「鼻血出てないから平気だね」


 勝手に納得すると、キュッリッキは売店に駆け寄った。


「色んなの売ってるよ~。どれがいいのかなあ」


 本当は凄く痛む鼻をシクシク撫でながら、ベルトルドはゆっくりと売店の中を覗く。


「ベルトルドさんちの使用人って、何人くらいいるの?」

「何人いたっけかなあ……」


 ベルトルドは上目遣いで考え込み、やがて目を閉じた。その数分後、浴衣姿のセヴェリが売店に駆けつけてきた。


「お呼びでございますか、旦那様」

「おう。ウチの使用人は何人いるんだっけ?」

「はあ、先日メイドが一人辞したので、57人でございます」

「57人もいるんだ!」


 軽く飛び上がってキュッリッキは驚いた。


「これでも少ない方なのでございますよ、お嬢様」

「うへぇ~…」

「なんだ、一人辞めたのか」

「はい。――アルカネット様の…」

「ああ……」


 言い淀むセヴェリに、ベルトルドは苦い表情になって頷いた。


「その件は、あとでリトヴァに正そう」

「はい」

「57人だったら、この饅頭セットを数箱買ったら全員に行き渡るんじゃないかな。12個も入ってるぞ」

「ええーーー、一人ひと箱じゃないと、ケチくさいかもお」


 キュッリッキに「ケチ」と言われて、ベルトルドの心にグサリと刃が刺さる。


「そ、そうだな。一人ひと箱だな。うむ。――おい店員、この饅頭は57箱在庫あるのか?」


 レジカウンターでおとなしくしていた店員は、やや驚いた顔で肯定した。


「じゃあこの饅頭の箱、57個確保しておいてくれ」

「ベルトルドさん、こっちのクマさんの顔の形したカワイイお菓子もあるよ。あ、こっちはパンダの顔クッキーだあ~。なんか、白クマのおじいちゃんと、ハギさんみたい」


 キャッキャ選ぶキュッリッキに、ベルトルドは遠い目を向けた。


「店員、アレも57箱ずつな…」

「……毎度ありがとうございます」


 素朴な饅頭12個入り、クマの顔をしたチョコレート12個入り、パンダの顔をしたクッキー24枚入りが、ベルトルド邸の使用人たちへのお土産と決まった。


「一口サイズだから、すぐ食べ終わるだろう…」


 別にこの程度出費のうちにも入らないから構わないが、天下の副宰相様が饅頭やチョコレート菓子の箱を、大人買いしているのも胸中複雑である。

 思わず引きつるベルトルドだった。

 そして、宰相府や総帥本部の身近な関係者、皇王などへの土産物は、米で作った酒にし、ついでに自分やアルカネットの飲む分も買ったため凄い量となった。


「すっごいお土産の量になったね~」

「……本当だな」


 山と積まれた土産入りの箱を見上げ、ベルトルドは薄笑いを浮かべる。


「アタシのもありがとう、ベルトルドさん」

「ほかに欲しいのがあれば、なんでも買ってやるぞ」

「ありがとう、でもこれだけでいいの。可愛いし、嬉しい」


 キュッリッキが選んだのは、コケマキ・カウプンキ独特の名産品だとかで、美しい布をパッチワークのようにして組み合わせた小物入れだ。

 女の子らしいデザインで、キュッリッキが手にしているとより可愛らしい。


「さて、買い物も無事済んだし、晩飯の時間だな」




 ユリハルシラで過ごす最後の夜、振舞われたご馳走は素晴らしかった。

 生魚が苦手な全員が、箸の動きを止めないほど新鮮な刺身、色とりどりの握り寿司、新鮮な魚介類の網焼き、柔らかく煮た野菜や練り物など、普段食べ慣れない味付けが美味である。


「帰ったら試しに作ってみようかしら」


 キリ夫妻はただ食べるだけではなく、味を盗もうと研究しながら食べている。


「これ、あんまり油っこくなくて美味しい~」


 野菜や魚介に衣をつけて揚げたものを、キュッリッキはぱくぱく食べていた。


「全体的にカロリー低そうで、しかも美味しい料理が多いね。オレ蒸し物気に入っちゃった」


 ルーファスはプリンのような蒸し物を、独占して食べている。

 おやじ衆は食事もそこそこに、米で作った酒を飲む方が必死だ。

 よほど気に入ったようで、ベルトルドとアルカネットの2人でどんどん空瓶を量産していた。

 食事が始まりしばらくすると、宴を盛り上げる芸者たちが登場し、朝顔の間はますます盛り上がった。

 美味しく楽しい夕食は終わり、温泉へ行く者、まだ酒を飲む者、皆思い思いにユリハルシラ最後の夜を楽しんだ。

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