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155話:神狼vsドラゴン

 フリングホルニの規模からすると、エグザイル・システムのあるこの部屋は、小部屋と称してもいい程度だ。

 巨大なドームほどもある室内の、天井スレスレの高さまで頭が届く白銀のドラゴンは、フェンリルの繰り出す咆哮による振動波を、サラマブレスで防ぎながら、巨大な尻尾を鞭のようにしならせ反撃していた。

 ドラゴンに変じたベルトルドの力を推し量るため、キュッリッキはフェンリルをけしかけ様子を見ている。

 呪いの力に意識を乗っ取られて、まだ間がない。しかし、ベルトルドは操られる中で、確実にドラゴンの力を制御し始めている。このままだと数分もすれば、元々持っている超能力サイと魔法の力を組み合わせた攻撃を、使ってくることは明らかだった。

 まだ本気を出していないとは言え、フェンリルの力を易易と跳ね返している。もともとのステータスが高いのだから、素体としては最高の逸材だっただろう。

 アルケラを守るためだが、ユリディスの力を、ちょっと恨めしく思うキュッリッキだった。


「やっぱりー、制限付きだとちょっと不利だね」


 キュッリッキを守るように立って、フェンリルとドラゴンの戦闘を見ているフローズヴィトニルが、呑気そうに呟く。


「ボクたち、相当制限されまくってるから、アレを倒すなら制限外してよー、キュッリッキ~」


 フローズヴィトニルにせっつかれながら、キュッリッキは小さく首を傾げて考え込んでいた。


(ベルトルドさん級のドラゴンを召喚してぶつけるとか……、一匹じゃ互角になっちゃうだろうから、2,3匹くらいは呼ばないとダメよね~。でもそしたら、ここじゃ収まりきらなくなっちゃうしー……)


「船が木っ端微塵になるから、そのアイデアは止めたほうがいいだろう」


 戻ってきたフェンリルに、唸るように言われて、キュッリッキは口の端をヒクつかせた。


「う…うん、やっぱ無理だよねっ」


 3匹も4匹もドラゴンが船内で暴れまわっている姿を想像すると、あちこち穴だらけになって宇宙空間に放り出されるのがオチだ。宇宙空間というところには、酸素がないらしい。投げ出されたら、窒息死してしまう。


「フローズヴィトニルが言ったように、我々の制限を一時的に解除して欲しい。それなら確実に、あやつを倒せる」

「そーそー」

「ううん、それしかないかあ……」


 人間の世界に留まるフェンリルとフローズヴィトニルには、沢山の制限がかせられていた。

 力の制限、行動の制限、自由の制限などなど。あらゆる制限にがんじがらめにされ、その状態でキュッリッキに従っている。

 2匹は神であり、ほんの小さな息吹で、国をいくつも崩壊させてしまう威力があった。そうならないために、制限が設けられている。


「シ・アティウスなる人間の学者の話が本当ならば、あの者の祖先を産みし者は、我らが父ロキであろう」

「え?」


 キュッリッキはびっくりしてフェンリルを見た。

 アルケラの最高神の一柱であるロキ。フェンリルやフローズヴィトニルをはじめ、あらゆる神や眷属、幻想の住人たちの父でもある。


「間違いない…、同じ力の波動を感じるのでな。以前は気付かなかったが、完全に覚醒したあの状態だと、嫌でも感じる」

「あー、言われてみると確かに、パパの血を感じるや」


 アルケラで何度も、ロキ神とは話をしたことがある。色々と面白い話をしてくれて、時にはからかわれたりもした。そして、話してくれたことの大半はロキの嘘であり、それを淡々と告げるフェンリルの憮然とした様子も印象に強い。

 これまでフェンリルが、どこかベルトルドやアルカネットに引き気味なところがあったのは、そうした血のルーツが関係していたのかもと、キュッリッキは薄く笑った。

 化物じみた力もなにも、ロキの遺伝情報が備わっているのだったら、不思議にも思わない。

 根掘り葉掘り、後から後から色々な情報が飛び出してくる。それがどれも、人外の領域を確定付ける内容ばかりで、ベルトルドがどれだけ人間離れしていたのかと、あらためて再認識する羽目になっていた。


「……ロキ様の血を引いているなら、制限ありだと倒せないね」


 深々と嘆息し、キュッリッキは2匹の頭に手を乗せる。


「制限を解くことになるとは、さすがに思わなかったけど…。――召喚士キュッリッキの名において、フェンリルとフローズヴィトニルにかせられしグリーマヴェンドを、ソールとマーニの承認において、いっとき解除する!」


 キュッリッキ、フェンリル、フローズヴィトニルの身体から、白銀色の光が噴きだし、室内に突如暴風が吹き荒れた。


「あわわわわ、ナンデスカーこれはっ!」


 風に巻かれて飛ばされそうになり、シビルは床から足が浮いたところで、間一髪ガエルに尻尾を掴まれた。


「リッキー!」


 両腕で身体を庇いながら、前方に立つキュッリッキに、メルヴィンは叫んだ。

 背を向けて立っているキュッリッキは、長い髪を風に激しく嬲られ、ドレスの裾も乱れ揺れている。しかし、キュッリッキ自身は揺らぐことなくその場に立ち、しっかりと巨狼2匹の頭を押さえつけていた。


「大丈夫だよ! フェンリルたちの制限を解いたから、あっちとこっちが繋がる関係で、ちょっと荒れ狂ってるだけだから~」


 振り返ることなくキュッリッキが叫ぶと、


「へえ~、そうなんだあ」


 と、安堵したようにルーファスが言う。


「てえ! あっちとこっちってなんなの!?」


 ハッとしたようにルーファスが叫ぶと、


「えーっと、アルケラとここ~」


 なんでもないように、キュッリッキがのほほんと答える。


「なんだってえええええええええ!?」


 ライオン傭兵団は絶叫した。




 突如起こった暴風から身体を庇うため、ドラゴンは片翼を羽ばたかせ、自身を包み込むようにする。

 目の前の巫女の身体が光だし、間の空間に黒い球体が生まれ始めている。それは少しずつ膨らみ、大きくなっていった。

 ドラゴンは目を眇め、黒い球体をジッと見つめる。球体のずっと奥底から、ゾワゾワとするような気配が、ゆっくりと近づいていた。

 明らかにその気配からは、殺意と敵意が自分の方へと向けられている。

 危険を察知してドラゴンは大咆哮をあげると、自身の周りに透明で巨大な防御壁を築いた。




「さすがベルトルドさん、仕事が早いね」


 素早く防御を展開したドラゴンに、キュッリッキは小さく微笑む。あの黒い球体の中から出てくるものに、警戒しているのだろう。


「グウゥゥ…」


 低く喉を鳴らしていたフェンリルは、苦しげな表情を浮かべながら、身体を低く屈めた。そして、四肢を踏ん張る。

 銀色の光に包まれているフェンリルの身体が、突如変形を始めた。

 更にふた回り身体が大きくなり、銀色の毛足が伸びて、細い四肢が一回り太くなる。筋肉で盛り上がった背からは、巨大な白銀色の翼が生え、耳が伸び、ムチのような長い触覚が2本生えた。

 狼の面影を残したまま、それは全く別の生き物の様相を呈していた。恐ろしくも神神しい姿に。

 身体の大きさは抑えていたが、これが本来のフェンリルの姿である。この姿を見るのは、キュッリッキでも初めてだった。

 逆にフローズヴィトニルは普段の仔犬の姿に戻ると、嬉々とした様子でフェンリルの頭に飛び乗った。


「我が聖域イアールンヴィズに住まいし眷属、スコル、ハティ、求めに応じ参集せよ!」


 目の前の黒い球体に吠えかけると、そこから金色の軌跡を伸ばしながら、2匹の金色の狼が出現した。

 金色の狼たちは、すぐさまフェンリルの前に駆け降りると、服従するようにおとがいを伏せた。フェンリルより一回り小さいが、大きな狼たちだ。


「免礼」


 フェンリルが低く一言発すると、2匹の狼はスッと立ち上がる。


「巫女を脅かせしあのドラゴンの持つ力を喰らい、本来あるべき姿に戻せ。我らが父ロキの血を宿す者だ。思う存分に、その力を味わうがいい」


 スコルとハティは歓喜の咆哮を上げると、すぐさま宙を蹴って飛び上がり、ドラゴン目掛けて襲いかかった。神の力を喰らえば、その分強くなる。またとない好機。


「始まった」


 キュッリッキは小さく呟くと、目の前の空間を凝視する。

 黄緑色の瞳を覆う虹色の光彩が煌き、その視線はアルケラへとつながっていく。

 果の見えない雄大な森林の、最も高き木に止まる巨大な鷲の眉間に止まり、鷲の眉間にとまる一羽の鷹と目が合う。


「おいで、ヴェズルフェルニル!」


 名を呼ばれた鷹は飛び立ち、導かれて空間を越えると、キュッリッキの差し伸べた細い腕にとまった。

 鋭い爪は、しかしキュッリッキの柔肌を傷つけることなく、しっかりと腕を掴んでいた。


「いい子だね。フェンリルたちの戦いが済むまで、みんなを守ってあげててね」


  ヴェズルフェルニルと目線の高さを同じにして微笑むように言うと、キュッリッキは ヴェズルフェルニルをメルヴィンに向けて放った。

 その様子を見ていたメルヴィンは、反射的に腕を差し伸べる。ヴェズルフェルニルは迷うことなく、メルヴィンの腕にとまった。


「みんなメルヴィンのそばにいてね。その子がありとあらゆる超常の力を、跳ね除けてくれるから」


 仲間たちに向かって肩ごしにニッコリと言うと、キュッリッキは前方へ顔を向けた。




「どっからどう見ても、普通の鷹だなあ…」


 タルコットは鷹をしげしげと見つめながら、首をかしげる。

 キュッリッキから託されたヴェズルフェルニルを腕に留まらせながら、メルヴィンは苦笑を浮かべた。

 こんな見た目普通の鷹が、どう助けてくれるのかと、僅かに興味津々である。


「素晴らしい…、本当に素晴らしい」


 シ・アティウスはこの場で起こっていることを、ほんの少しでも見逃すことがないように、ヴェズルフェルニルに目を向けつつ、目の前の戦いを見つめていた。興奮で声が上ずっていることにも、気づかないようだ。


「アウリスの父がロキ神ですか…。どんな神かは知りませんでしたが、なるほど、なるほど。悠久の時の中でその血は薄まれど、あれだけの化物じみた力を発するんですから、やはり凄い血筋ですね」


 断片的に漏れ聴こえてくる会話を、全て記憶にインプットしながら、シ・アティウスは喜びを隠そうともせず表情に浮かべた。


「オレぁもう、頭がついていかね~~っす!」


 泣き叫ぶようにギャリーが寝転がったまま言うと、タルコットが神妙に頷く。


「ファンタジーすぎて、すでにボクたちの常識の枠から、かけ離れているからな」

「そーそー。アタシぃ~、お化けだって幽霊だってぇ、視たことないものぉ…」


 マリオンも頷きながら、ゲッソリとぼやいた。超能力サイの透視能力にも個人差があるので、そうした現象を目にできない、したくない者もいた。マリオンはなにげにその方面が、大の苦手である。


「みんな、気をしっかりもってください」


 パンパンッと手を叩きながら、カーティスがしっかりした口調で嗜める。


「いいですか、目の前のファンタジーはメルヘンではないんです。無害な妖精さんたちが遊んでいるわけじゃないんですよ。デカ狼とデカドラゴンの戦いが激化したら、この船は破壊され、我々は空気のない宇宙空間に放り出され、窒息死して塵になるしかないンです。そうならないためにも、フェンリルを応援して、無事五体満足でエルダー街へ帰れるように、声を張り上げましょう!」


 ぬおおおおおおっ! と歓声が上がり、フェンリルの名を喧しく叫びながら、ライオン傭兵団による必死な応援が始まった。


「ん??」

「……」


 キュッリッキとフェンリルは、ギョッとして後ろを振り向いた。

 メルヴィンは苦笑を浮かべ、ランドンとマーゴットは呆れた表情を浮かべてため息をついている。しかしほかのメンバーは、どこか死に物狂いな表情を浮かべ、狂ったように叫んでいた。

 その様子に、やがて疲れたように、フェンリルは小さなため息をこぼした。

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