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160話:「ベルトルドさんのお家?」

 ほんの数十分ほど前に、宇宙というところにいたライオン傭兵団は、ケレヴィル本部内にあるエグザイル・システムに無事たどり着いた。

 エグザイル・システムはほんの一瞬で、人間も物も転送してくれる便利な装置だ。

 1万年前の世界で作られた超巨大艦フリングホルニ内のエグザイル・システムの一つは、ケレヴィル本部の地下にあるエグザイル・システムと繋げられている。

 どれだけの時間待っていてくれたのか、柔らかな笑みを浮かべるパウリ少佐に出迎えられた。

 疲れて言葉もほぼナイ皆をパウリ少佐は労い、本部内の応接室に案内してくれた。

 一緒に戻ってきたシ・アティウスは、パウリ少佐と一緒に部屋を出てどこかへ行ってしまった。

 暫くしてリュリュも顔を見せたが、慌ただしくすぐに部屋を出て行った。




 ソファセットや椅子、床の上に、皆思い思い座り込み、そして黙り込んだ。

 とてつもない疲労感もあるが、それを上回るほどの喪失感。それがずっしりと彼らの上にのしかかっている。いつものような軽快な冗談が飛び交うこともなく、各自うな垂れていた。

 ザカリーは両手をズボンのポケットに突っ込んで窓際まで歩いていくと、よく磨かれた窓ガラスに額を押し付けた。

 窓の外は日が陰り始めており、薄い水色とオレンジ色が重なり合い、ところどころ紫がかった夕暮れの色合いをしている。どこか寂しげで、切なさを齎す、そんな空だった。

 それをぼんやりと見つめ、そして疲れたようにため息を小さくもらした。


「あっ、ベルトルドさん起こしてあげないと、もうすぐ夕食の時間だよ」


 そこへ突然、ハッとした様子でキュッリッキが声を上げた。


「ねえメルヴィン、ベルトルドさんどこにいるの? 起こしてあげるの」

「リッキー…」


 ソファに並んで座っていたメルヴィンは、キュッリッキを痛ましく見つめる。そしてもうベルトルドが起きることはないと、はっきり言わなければと口を開いた。その時、


「凄く疲れていたから、自分から起きてくるまで寝かせておいてあげよう。お腹がすいたら、きっと目を覚ますから」


 キュッリッキの横に座ったタルコットが優しく言った。キュッリッキはちょっと首をかしげたが、こくりと頷く。


「そうなんだあ……じゃあ、起こさないほうがいいね」

「うん。それに、夕食が出来るまでまだ時間があるから、キューリもちょっと寝るといい。疲れてるだろ?」

「んー……ちょっとだけ眠いかも」

「ならメルヴィンに膝枕してもらって、夕食まで寝てて」

「そうする」


 キュッリッキは嬉しそうに微笑んで、メルヴィンの膝に頭を乗せ横たわると、ほんの数秒で寝入ってしまった。

 珍しくすぐ眠ってしまったキュッリッキを見つめ、メルヴィンはタルコットに困惑げな顔を向ける。


「タルコットさん……」

「まだ頑なに判らせなくていい。――キューリなりに、心にバリアを張ったんだと思う。色々辛すぎて、受け入れたくないんだ、今はね。急かさなくても、この先嫌でも現実と向き合わなくちゃならない」

「ええ…」

「だから、今は話を合わせてあげればいい」

「はい、そうですね…」


 タルコットは妖艶な顔に優しい笑みを浮かべると、メルヴィンの肩を軽く叩いた。


「キューリの支えになれるのは、メルヴィンだけなんだから。頑張って」

「……ありがとうございます」


 どこかホッとしたように、メルヴィンはタルコットに笑んだ。

 3人のやり取りを息を詰めて見ていた仲間たちは、安堵の表情を浮かべた。




 ライオン傭兵団は夜になるまで大放置されていたが、ようやくそこへ再びリュリュが姿を見せた。


「ゴメンナサイネ、ちょっと化粧崩れがひどくって。パウリに化粧ポーチ取ってきてもらってたりしたから、時間かかっちゃったのん」


 いつも通りの見事で完璧な化粧で、顔はガードされている。

 ベルトルドとアルカネットと、別れをしていたのだろう。リュリュの冗談めかした言い方を察し、皆肩をすくめるにとどめた。


「あら、小娘寝ちゃってるようね」

「だいぶ、疲れていますから…」


 メルヴィンがそう言うと、リュリュは頷いた。


「そうね。一番疲れているでしょうねん」

「リュリュさん、オレすげー腹減ってんっすけど」

「あら、あーた感傷に浸ってお腹いっぱいじゃないの」

「気落ちしてる時は、たくさん食べる主義なんですよ」

「前向きな思考ねン」


 本気で空腹を訴える表情のザカリーを見ながら、リュリュは呆れたように笑った。


「疲れてるあーたたちを、ここで休ませてあげたい気持ちは山々なんだけど。ケレヴィル本部には、大勢を寝かせる部屋がナイのよ。これでも一応、研究所だから」

「出て行くのはやぶさかじゃないんですが、その……アジトが木っ端微塵に吹っ飛ばされてますし…」


 沈んだ声音で言うカーティスに、リュリュは苦笑する。


「あーたたちのアジトだけじゃないわ。ハーメンリンナの外は酷い有様よ。ナントカ火事はおさまったんだけど、広大な焼け野原と化しているわ」


 ベルトルドの放った雷霆ケラウノスによって齎された大火災は、皇都イララクスの大半を焦土と化してしまっていた。死傷者も多く出て、平和なのはハーメンリンナの中だけ状態だという。


「それに、フリングホルニ発進の影響が世界各地に出ていて、皇国も救援だのなんだので、今ゴタゴタしてるわ、とっても。――ベルの置き土産のせいで、ホント、イヤんなっちゃう」


 ギリッと歯ぎしりして、口の端を歪めたリュリュを、皆恐々と見つめる。

 オカマを怒らせてはならない。


「ま、そんなことあーたたちには関係ないケドね。とりあえずアタシについてらっしゃい、連れて行きたいところがあるから」




 地下に降りていくと、上等な馬車が数台ズラッと並んで停まっていた。


「ベルとアルを止めてくれたあーたたちを、もう荷馬車に押し込めたりしなくてよ。乗ンなさい」


 リュリュ、パウリ少佐、メルヴィン、キュッリッキが先頭の馬車に乗り、みんなそれぞれの馬車に乗り込んだ。

 全員が馬車に乗り込んだことを確認し、先頭の馬車から走り始めた。

 メルヴィンと向かい合って座ったリュリュは、メルヴィンに抱かれて眠っているキュッリッキを見つめた。

 亡き姉と同じ顔をしているキュッリッキが、召喚〈才能〉スキルを持つアルケラの巫女であり、ベルトルドとアルカネットの復讐の道具になりかけたことは、リュリュにとって筆舌に尽くしがたい想いだった。

 姉の生まれ変わりだったら、どうしていただろうと。しかし人は死して、転生することがないという。以前キュッリッキから聞いたことだ。

 死後魂はニヴルヘイムという死の国に迎えられる。そして氷の中に閉ざされ、永遠の安息を得るのだという。

 氷の中で癒された魂は、やがて静かに消え去り、転生することはない。それで完全に死んだことになるのだ。

 魂が完全に消滅する時間は決まっていない。それなら、もしかしたらニヴルヘイムにて、リューディアと2人は再会出来るかもしれない。


姉さんリューディアのことだから、きっと2人を待っていてくれているはずよ)


 根拠のない妄想を、何故かリュリュは確信していた。


(アタシたちは暑い暑い南の島の生まれなのに、魂の安息が氷の世界というのは、果たして癒されるのかしら?)


 そんな風にちょっと思って、リュリュは苦笑を浮かべる。

 リュリュの苦笑いに気づいてメルヴィンが顔を上げたとき、腕の中でキュッリッキが身じろぎして、目を覚ました。


「……ん…」

「いいタイミングで目を覚ましたわね、小娘」

「? あれ?」


 キュッリッキは暫し周囲を見回し、暗い車中に目を丸くする。


「今灯りをつけますね」


 くすっと笑って、パウリ少佐が車内の小さなランプに火を灯してくれた。


「馬車に乗ってるんだね、何処へ行くの?」

「もう着いたわよ」


 リュリュがニヤッと笑うと、馬車は静かに停止した。そして御者を務めていた軍人が、急いで扉を開いてくれる。


「降りなさい」


 率先して降りていくリュリュに促され、メルヴィンはキュッリッキを抱いたまま降りると、そっと降ろしてやった。


「あっ」


 メルヴィンが小さく声を上げると、馬車から続々降りたライオン傭兵団も、どよっとする。


「どうしたの? メルヴィン」


 振り向いてメルヴィンと同じ方向を見て、キュッリッキも目を見張った。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ご無事で良かったですわ」


 目の前にセヴェリとリトヴァが並んで立って、頭を下げている。そしてその奥には、見慣れた大きなやしきが立っていた。


「ベルトルドさんのお家?」

「そうよン」


 リュリュは片手を腰に当てると、やしきを見上げる。


「ここはハーメンリンナじゃなく、イララクスの郊外にある海辺の高級別荘地なの。小娘が以前住んでいたハーツイーズに、ちょっと近いところにあるわ」

「キティラね」


 キュッリッキが思い出したように言うと、リュリュは頷いた。時折吹く風には、潮の匂いが混ざっていた。


「そう。イララクスの中心部からはちょっと離れてるけど、豪華な邸宅しか並んでない地域なの。電力の供給もあるし、静かでいいところよ」

「皆様、立ち話もなんですし、中へお入りください。お食事の用意もできております」


 セヴェリに話しかけられて、リュリュは頷いた。


「そうね、そうさせていただきましょう」

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