そろそろ帰ろうかと促され、二人夜道を歩く。
賑やかな飲み屋街はどこもかしこもキラキラしていて楽しそうな笑い声が漏れていた。
「せっかく会えたのに楽しい話の一つも出来なくてごめんね。ゴウの話ももっとたくさん聞きたかったな」
「でも今の彩葉が話を聞かなきゃいけないのは、俺の話じゃなくて、あの彼の話だろ? そんな寂しい顔した彩葉に面白い話なんて出来ないよ。まあ、また会えるさ。今度は日本に来た時、連絡するから」
「うん」
待ってる、なんて言えなくてゴウから視線をそらしたその時、道路を挟んで向かいにある店の前に親しそうに寄り添い合う、松岡くんと結城さんを見てしまった。
足が地面に縫い付けられたように動かない、その一瞬、
松岡くんと確実に目が合った。
松岡くんは、友梨さんのいない寂しさを埋めるのに結城さんを選んだの?
べったりとくっつく結城さんに嫉妬してしまいそうになる。
「おい彩葉?」
ゴウに揺らされ、はっと我に返ると身体が動いた。そのまま何もなかったかのように前へ進む。
前へ、前へ、前へ……。
振り返っても見えないほど遠くへ。
私が二人の目の前にいた事を消すように、見えなくなるようにと、急ぎ足を動かす。
「なあ、彩葉、さっきのって……」
「いいの。いいの、ありがとうゴウ」
「いや、でも……」
「彼はあの彼女を選んだんだよ。私は、違ったの。だから、いいの……」
松岡くんがどういうつもりで結城さんを選んだのかは分からないけど、二人は美男美女でお似合いだし、歳も近いし、何もかもぴったり―――
嫌だ。
本当はすごく嫌だ。
松岡くんが結城さんを選んだのも嫌だし、松岡くんが友梨さんを好きなのも、本当は嫌だ。
溢れる涙を、化粧が崩れるのも気にせず指先で拭い取る。何度も何度も指先で拭うが涙は止まる事を知らなかった。
そんな私の背中へ、待って、と引き止める声、それは―――
松岡くんが、待って、と叫んでいる。
「彩葉、追い掛けて来てるよ、いいの?」
「…………」
分からない。
止まっていいのか、それとも逃げた方がいいのか、それさえ分からない。
分からないまま、後ろも振り返らずに歩調も緩めないでいると、全力で走って来た松岡くんに追い付かれ、尚も逃げようとする私の腕を取られる。
松岡くんが、はあはあ、と大きく息を吸う音だけがなぜかよく聞こえた。
松岡くんの方を見れない私に代わってゴウが口を開いた。
「お前なに?」
「あなたに関係ないでしょ」
「関係ある。彩葉、お前の顔も見たくないって。迷惑なんじゃないの? その手も離せよ?」
「離しません。お願いです」
二人の声が止む。怖いけど、ゴウの横顔だけこっそり確認すると、その力強い双眸を真っ直ぐに松岡くんに向けていた。
取られた腕を握る手がどんどん力強くなっていく。
「お願いします。少しだけ僕に時間をください」
「彩葉を悲しませるようなやつに時間なんてやれない。今日は引き取ってくれないか?」
「嫌です、帰りません」
「…………」
「…………」
「彩葉を泣かせたら俺が連れて行くぞ」
「悲しませないです」
しばらくの沈黙。
お互い一歩も譲らないような空気の圧だけをひしひしと感じる。
だが先に折れたのはゴウだった。はあ、と息を吐いてゴウの圧が緩む。
「……分かった。彩葉、俺が言えた義理じゃないけどさ、大丈夫じゃなくなったらすぐ電話して」
それだけ言ってゴウはあっさりと、じゃあな、と片手を上げ、夜に溶けて行く。
「待ってよ、ゴウ!」
立ち去る背中に手を伸ばすが届かない。今ここで一人にしないでほしいのに。
仕事が終わるまではあれだけ話したいと思っていた松岡くんと二人きりになる。望んでいたはずなのに、タイミングはもう今じゃない。
二人きりにされるのは、むしろ気まずい。
「月見里さん」
「…………」
「ちょっとだけ。時間を、僕にください。すぐに終わりますから」
松岡くんはそう言うと私の返事も聞かずにどこかへ連れて行く。
私はどこへ行くの、とも問わず黙ってそれに従った。
ホントは、なんで、どうして、と問い詰めてしまいたい。でもそれは松岡くんの背中にじゃなくて、ちゃんと目を見て言おうと思う。
少し歩いて飲み屋街を外れ、住宅地の中に入ると小さな公園があった。外灯が申し訳程度に一つ設置してあり、その下にベンチがある。
腰を下ろす松岡くんにならって、ベンチの端に私も座った。
これから何が起こるのか分からない緊張に鼓動がだんだん大きくなる。
松岡くんは何を言うために私をここまで連れて来たのだろう。聞きたいけど、聞くのが怖い気もする。だけど、私はそれを聞く前に謝らなければならないのだ。
昨日言えなかった言葉をちゃんと伝えよう。
「松岡くん、ごめんなさい」
「えっ、待ってください。僕まだ何も言ってないのに、そんな簡単に終わりにしないでくださいよ」
視線が交わる。
その松岡くんの瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。
「終わり?」
終わりにしないでと言われる意味がよく分からなくて首を傾げる。
「伝えたい事があるので、それを聞いてから終わりにしてください」
松岡くんの意図が通じないまま、私は首を傾げてその話を聞く事になる。
「僕は月見里さんが好きです」
「…………」
「月見里さん?」
「……え?」