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第118話 もう一人の男

「こちらです。それと、もう一人、この件で旦那様に雇われた方が中にいらっしゃいます」


 実理に案内されて着いたのは、門の外から見えていたほど大きな蔵であった。ちょっとした一戸建てほどの大きさもあるその蔵に、狛はいつぞやの野上邸で戦った蔵の妖怪・蔵ぼっこを思い出す。だが、今回は蔵自体が妖怪に変化してしまっていると言う事はなさそうだ。


「もう一人って…黒萩こはぎさん、そんな話聞いてた?」


「いいえ。でも、化野あだしの氏はよほど早くこの事態を終わらせたいみたいね。使える人材を雇ったのならいいのだけれど…」


 狛の耳打ちを受けて黒萩こはぎがそう答える。彼女もまた犬神家の一員として、自分の力に絶対の自信を持っている。それが起因してなのか、外部の同業者には少し厳しい所があるのが玉に瑕だ。

 そんな二人の会話をよそに、猫田だけは、何かに気付いて目を輝かせていた。


「この気配、もしや…!」


「猫田さん?どうかした?」


 猫田が少し足早に蔵の中に入って行ったので、狛と黒萩こはぎもそれに続く。三人が行き着いた先には、神父風の恰好をした若い男が、刀を肩に掛け、蔵の中央で持ち込まれた椅子に座っていたのだった。


「おお…!やっぱりそうだ、久津那くつなだ!久津那草介くつなそうすけだろ、お前!」


「…ん?あれ、もしかして、猫田さんか?」


「そうそう、俺だ、猫田だよ!いやー、懐かしい。まさか150なぁ…っつーか、お前、あの頃と全然変わってねーな」


 猫田はバンバンと背中を叩いて、久津那と呼ぶ男に笑いかけている。一方の狛と黒萩こはぎは、訳が解らず困惑気味だ。


「まぁ、色々あったけどね。ああ、それと今は秋月だよ、秋月京介。猫田さんも変わりがないようで何より。ところで、そちらは?」


 秋月京介と名乗る若い男は、猫田と言葉を交わしながら、狛達を見た。京介は黒髪で優しそうな瞳をしており、少し日本人離れをしているが、整った顔立ちの青年だった。狛はその目を見た瞬間、どこか胸に迫る懐かしさを感じ、同時に彼がすんなり心に入ってくるような不思議な感覚を覚えていた。


「そうか、名を変えたんだな。あ、こいつらは今世話になってる…そうだ!実はこの二人、誰かの子孫なんだ。誰だか解るか?」


 猫田は、まるで懐かしい親戚とでも話すような人当たりの良さで京介に話しかけている。二人の姿は、兄に遊んでとせがむ弟のような微笑ましさすら感じられるようだ。そして、この男は一体何者なのかと身構える黒萩こはぎと狛の顔を覗き込んで、京介はあっ!と声を上げた。


「失礼…あっ!もしかして、犬神宗吾さんの?」


「やっぱ解るよなぁ!特にコイツ、狛って言うんだが、そっくりだろ、犬神の旦那に!」


 実に楽しそうに猫田は笑っているが、勝手にクイズの問題にされた狛は面白くない。ただ、こんなにハイテンションな猫田を見るのは、あの弧乃木という自衛隊員に会った時以来だ。狛はそんな猫田の様子に、水を差すのが気が引けるようで、複雑な表情をしている。その状況を破ったのは黒萩こはぎの方であった。


「あの、猫田さん。私達には解らないのですが…その方はお知り合いですか?」


「んあ?ああ、そうか、悪い悪い!こいつは久津那…いや、今は…なんだっけ?」


「秋月京介です、初めまして。猫田さんとは古い友人みたいなものですよ」


「そうそう、秋月な!聞いて驚け、コイツは俺と同じささえの隊士だった男さ!」


「えっ?!」


 黒萩こはぎと狛は全く同じタイミングで同じように驚きの声を上げた。ささえの隊士ということは、高祖父である宗吾や、先日地獄で戦った外柴と同じ時代の人間のはずだ。しかし、どう見ても目の前の男は20代にしか見えない。まさか、妖怪の類いなのか?狛がそう思った時、京介は苦笑しながら答えてみせた。


「すいません、ちょっと昔色々ありましてね、とでも言いますか…あまり歳を取らないんですよ。その他はれっきとした人間ですから」


 京介は申し訳なさそうにウィンクをしつつ、口の前で人差し指を立てて内緒話のように言った。そう言われても、歳を取らないのというのはただの人間とは言い難いだろう。そんな得体の知れない相手だというのに、狛も黒萩こはぎさえも仕方ないと受け入れてしまうのは、京介という男の奇妙な所である。

 狛と黒萩こはぎは顔を見合わせ、その不思議な男を受け入れることにしたのだった。




 そのまましばらく自己紹介を兼ねてお互いの話をした後、いよいよ本題に入る。黒萩こはぎはまだ京介を警戒しているが、狛はすっかり打ち解けているようだ。


「で、くつ…いや京介、なんでお前がここに?」


「ちょっとした知人の伝手でね、話が回ってきたんだが、どうもここの地下に何かがあるらしいんだ。そっちの話を聞く限り、その遺跡とは無関係じゃなさそうだけど」


 そう言って、京介は蔵の床へ視線を落とした。蔵の中は暗くて気付かなかったが、よく見ると床には穴が空けられていて、基礎が剝き出しになっている。おかしいのは、見えている基礎の真ん中に、観音開きの扉のようなものがあるということだ。床下収納というものは一般的にあるが、基礎に穴を開けているとなると、それはもう地下室である。だが、どう見てもその造りは、地下室として利用することを想定しているとは思えないものだ。

 むしろ、かのような、そんな気さえしてくる。


「地下って…こんな大きな蔵なのに、地下室が?」


「いや、俺もまだ実際に中に入っていないからなんとも言えないかな。ただ、地下室というよりは……まぁとにかく、開けて調べてみようと思っていたら、追加の人員が来るから待てと言われて待っていたんだよ。実理さねりさん、もういいですか?」


 少し離れた所から様子を窺っていた実理に、京介が声をかけると、実理はLEDランタンを持って近づいてきた。中に入る用意はしてあったということだろう。そして、ランタンを床に置いて、地下への重い扉をゆっくりと開く。


 軋む重低音と共に開いた扉の先は、石造りの階段状になっているが、少し先はもう真っ暗で何も見えない。冬の時期だけに冷えた空気が上がってきて、寒々しい気配が蔵の中に満ちてきた。猫田がランタンを持って階段を少し降りてみると、微かなカビの臭いと土の臭いに混じって、不思議な臭いがする。


「とりあえず、降りてみても問題はなさそうだな。しかし、こりゃ何の臭いだ?」


 ランタンを持った猫田の後に狛と黒萩こはぎが、最後尾に京介が続く。乾いた石の上を歩く音が周囲に響いて、その地下室はかなりの広さがあると気付かされた。長く外界と隔絶されていた闇の世界へ降りていくと、黄泉の国へと繋がっているような鬱屈した感情が湧いてくるようだ。


 しばらく階段を降りていくと、ようやく平らな地面に着いた。相当降りてきたせいか、外の明かりはもうここまで届いていない。足元には冷気が漂っているが、思ったよりは寒くなかった。地中だからだろうか。


「これは、やはり…」


「京介、何か知ってるなら全部話せよ。ここは一体なんなんだ?」


 猫田が促すと、京介はちらりと階段の上に視線を向けた。そして、実理に聞こえていないことを確認すると、静かに話を始める。


「そうだな、依頼主の化野あだしの氏に悪いかと思って言えなかったんだが、これは玄室に繋がる羨道えんどうだ。長い年月が経って、朽ちて乾いた骸の臭いがする。そもそも化野というのは元々、葬地…つまり、墓地を指す言葉だからな。ここは、恐らく古墳なんだ」


「古墳って…誰かのお墓ってことですか?」


「そうだね、君達がさっき言っていた遺跡と無関係じゃないと思う。恐らくその遺跡の主が埋葬された古墳なんだろう。化野氏の祖先は、その墓守として土地を任された一族なんじゃないかな」


 古墳とはまた、歴史の授業で聞いただけしか知らない単語が出てきて、狛はさらに驚いた。確かに、この独特の空気は墓所に近い厳粛な感覚に似ている。狛が知っている古墳は、所謂、土地を盛って鍵穴のような形に整えたものばかりだが、地下に作るものがあるとは知らなかった。

 歴史の授業で習う内容というのは、どうにも今まで実感が湧かなくて興味がなかったのだが、現実に体感してみると妙な感覚を覚える。狛は胸騒ぎを覚えつつ、ワクワクするというのとは、また少し違う感情が湧いてくるようであった。


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