目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第146話 複雑な親子

「親父…一体どういうツモリだ?あんたが迎えに来いと言うからわざわざ行ってやったというのに…いつ戻ってきた!?」


「あ~、ワルいね。ちょいと待ってられない用事が出来たもんだからさ。まぁでも、助かったろ?今のもさ」


 拍の怒りなどどこ吹く風と、父であるしんはそれを受け流している。それが余計に拍の神経を逆撫でして、怒りを買っているようだった。


「ふざけるな!何が悪いだ、大体、あんたはいつも…!」


「まあまあ、そうカッカしなさんな。後でゆっくり話を聞いてやるからさ、狛も久し振りだからな~。後でお土産やるよ」


「え?あ、ああ、ありがとう…」


 狛は狛で、久し振りに会う父親との距離感が掴めずにどこかぎこちない様子である。それを横で見ていたハル爺とナツ婆は、大きく溜め息を吐いて、このどこか歪な親子を仕方なさそうに見つめていた。


「おお、ハル爺とナツ婆も元気そうだね。いつも二人の面倒看てもらって助かるよ、ありがとう。しかし、積もる話よりまず先に、そこのお嬢さんだな~」


 真はスタスタと歩いて近づくとそのまま膝を立ててしゃがみ、倒れ込んだ女の首に手を当てた。脈を測っているようにも見えるが、その手にはぼんやりと霊力が込められており、薄いオレンジ色の光を放っている。そしてふむふむと呟いてから、顔を上げて拍の目を覗き込んだ。


「それで、拍、このお嬢さんに見覚えは?知り合いだろ?」


「……仕事先の令嬢だ、何度も顔を合わせた事がある。年に数回、妙なモノに狙われているからと守りに行っているんだ。元々あんたが五年前に放り投げていった仕事だろう…!」


「五年前…あ~、あれか?御遠場ごとうばさんとこの?そういや、娘さんがいたっけか。な~るほどなるほど、それで恋心につけ込まれたわけだ。モテる息子を持って父さんも鼻が高いけど、我が息子ながら罪作りだね~」


 すっかり他人事のように、真はうんうんと頷き納得している。どうにもその言葉遣いからは真剣さが感じられないが、この男はそれが素なのだろう。そんな話をしている間に、真の手から光が消えて、女の首から細い針のようなものがゆっくりと浮き上がってきていた。

 真はそれをヒョイと摘まんで抜き、ツールバッグから試験管のようなガラス瓶を取り出して、その中に放り込んだ。そのままコルクのような蓋をして、それを霊符で封をしている。鮮やかな手捌きで誰も口を挟む猶予はなかった。


「ほい、おしまいっと。さて、それじゃ行きますか」


「え、行くって、どこへ?」


「もちろん、御遠場さんとこ。お嬢さんを帰さなきゃいけないだろ?ついでに、俺の仕事のやり残しだっていうなら、しっかり終わらせてこないとな」


 狛が尋ねると、真はそう言って倒れている女を抱え上げつつ、またニッコリ笑った。その笑顔は少し茶目っ気を感じさせる、少年のような微笑みに見えた。



 拍が車を運転して、一路、御遠場氏の自宅へ向かう。乗っているのは狛と拍、真とナツ婆、それに猫田と件の令嬢だ。ハル爺は腰が痛いのか、留守番である。猫田は着いて行かなくてもいいかと思っていたのだが、猫の姿でいたせいか狛に抱き抱えられてしまい強制的に連れて来られた。久々に会う父親との距離感が掴めないせいか、不安なのだろう。

 狛にも子どもっぽい所がまだあるなと、猫田は仕方なくされるがままになっている。


「いやいや、しかし、狛も大きくなったな~。お母さんに似て美人になって、父さんは嬉しいよ。みたいだしなぁ」


 そんな移動中の車内でも、真の軽さは変わらなかった。猫田からすると狛は宗吾にそっくりなので、母親に似てると聞いてもピンと来ないのだが、もしかすると狛達の母親であるあめも宗吾に似ているということなのかもしれない。狛は父親に褒められ慣れていないのか、美人になったと言われても曖昧な笑顔を見せるばかりであった。


(…ペットって俺の事か?っつーか、俺の事はもう気付いてそうだが)


 そして猫田は猫田で、真から時折向けられる鋭い視線を感じ取っていた。敵意というほどではないので気にしていないが、彼からすれば見知らぬ妖怪が家族の中に入り込んでいる状態だ、警戒するのも無理はない。猫田はペット扱いされて面白くないと思ったが、心情は理解できるのであえて黙っておくことにする。それよりも、いつまで狛が自分を抱き締めているのかの方が問題だ。


「おお!犬神さん、大変なんです!うちの娘が…ああっ、梨絵!?どうして犬神さんが…?」


「やぁどーも、お久し振りです。御遠場さん、いつもうちの息子がお世話になっているようで…この度は息子の不手際で、娘さんに大変な思いをさせてしまいましたので、謝罪させて頂きに伺った次第です。大変申し訳ございません」


「あ、ああ…貴方は確か、先代の…」


「はい、先代の息子の犬神真です。息子が当主になったので、今までは任せていたのですが…今回ばかりは看過できない状況のようですので」


 御遠場家に着くや否や、車から令嬢の梨絵を抱えて降ろし、真は深々と頭を下げた。突然頭を下げられて、御遠場家の人々も面食らってしまっている。外は寒いので中へ…と案内され、一向は屋敷の中へ入って行った。


 拍が梨絵を令嬢と評しただけあって、御遠場家は中々の家柄であったようだ。なんでも、梨絵の父親は市内でいくつかの会社を経営していて、一代で財を築き上げたやり手の実業家らしい。ところがおよそ五年程前から、突如謎の怪物が襲って来るようになったという。それも奇妙な事に、怪物は数か月に一度、周期的に襲撃してくるのだそうだ。それの対処に当たっていたのが拍であった。


 梨絵を家人に引き渡し、狛達は梨絵の父・わたるとその妻・かしこと共に応接間へ向かう。室内に置かれた調度品やソファなどの家具はどれも一級品で、その裕福さが窺える。渉と怜が並んで座り、その向かい側に真を中心として犬神家の面々が座ることになった。なお、猫田は車から降りる際に人に変化しており、今は狛の隣に座っている。


「それで…息子さんの不手際というのは?素人目にはいつも惚れ惚れするような見事な腕前で、私達を護って下さっているのですが…」


 渉はそうやって、拍を庇うように口を開いた。どうやら、かなり拍の事を買っているらしい。


「いやいや、愚息などまだまだでして…確かに技術はあるのですが、どうにもそれを活かす目がよくありません。いつも言って聞かせているんですけどねぇ、物事は色々な方面からよく見なさいと」


 いつもという程、家にいない父親の発言を聞き、拍は横から射殺しそうな視線を投げている。舌打ちしなかっただけ大したものだと、その怒り様を見ていた猫田は思った。


「はぁ…すみません、私共は霊的な方面には疎いもので、どの辺りに不備があったのかというのは…」


「ああ、もちろん、仕事に手抜かりはありませんよ。手前味噌で恐縮ですが、手塩にかけて育てた息子ですんでね。依頼された仕事については完璧だったかと……ただ、その裏を見抜くことに誤りがありました」


 そう言って、真はツールバッグから霊符の貼られた試験管を取り出し、テーブルの上に置いた。中には梨絵の首から採取した針のようなものがまだ入ったままだ。夫妻はそれをしげしげと見つめ、首を傾げていた。


「あの…これは?」


「おや?見覚えありませんか?娘さんの体内から取り出したものですよ。……御遠場さん、いくらなんでも娘さんを道具に使うのは感心しませんねぇ」


 瞬間、全員が目を見開き、驚愕の空気に包まれた。御遠場夫妻だけでなく、ずっと仕事を任されていた拍も、まさかと言った表情を見せている。真はその様子に気をよくしたのか、ニヤリと笑って真相を語り始めるのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?