目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第159話 激突!狛対天狗軍団

 止める間もなく駆け出した狛の後ろ姿に、猫田は舌打ちをしながら声を荒げた。


「ちっ!狛、おい、止まれ!…くそっ、爺さん達、家の中に入ってろ!」


「お、おお、猫田殿!すまん!」


 猫田はこん達にそう言って、狛の後を追う。先を行く狛の走るスピードは速いが、さすがに猫田とでは歩幅が違う、あっという間に追い付いて猫田は狛の肩を押さえて、足を止めさせた。


「狛!落ち着けって言ってるだろ!相手が悪すぎる、冷静になれよ!」


「猫田さん、離して!子ども達が狙われてるんだよ?!放っておけないじゃない!」


「あのなぁ!いいか?天狗ってのは元々高位の妖怪なんだ。奴らは下っ端の一匹だってそこそこ強ぇ、おまけにあいつらは頭もよくて執念深くてしつけぇんだよ!あんなのと事を構えてみろ、槐の野郎と戦うどころじゃなくなっちまうぞ!」


 猫田の言葉は、決して脅しではない。そもそも、天狗という妖怪はその発生から少し特別な妖怪で、彼らは大きく分けて二つの種類に分類される。一つは森羅万象、いわば大自然の気から生じる神や精霊に近い存在と、もう一つは修験道の行者…俗に言う山伏が、世俗の我欲に負け死後魔道へと堕ち転生した存在の二つである。

 前者は神や精霊に近いと評されるだけあって、さほど悪事を働く事もない。良くも悪くも人に興味を持たず、愚直に己の道を究めんとする為、ほとんど害はない。ここで問題なのは後者の方だ。どちらの天狗も強い力を持っているのだが、後者の魔道に堕ちた天狗は、他の修験者を誘惑して同じ魔道に堕とそうとしたり、悪の道に走り欲望のままに人を殺めるなど極めて残酷で凶悪な性質を持っている。

 その上、彼らは天狗同士で非常に密なコミュニケーションを取る傾向にあり、情報ネットワークもかなり広い。元が人間である分、余計に狡猾な悪知恵を働くものもいて、油断ならない相手なのだ。その上、厄介な事に天狗は日本全国にいてそれなりに個体数が多く、時には群れを成すという珍しい妖怪でもある。

 今後、槐率いる組織を相手にするとなれば、そんな伏兵を相手にするのは途轍もなくマイナスだ。ハル爺の仇を討ち、槐を倒そうとしている状況で、厄介な敵を増やすのはどう考えても得策ではないと猫田は危惧しているのである。


「それでも!私は子どもを見捨てるなんて出来ないし、したくないよ!ハル爺の時みたいに、手を伸ばせば助けられるのに見過ごすなんてもう嫌なの!」


「狛……」


 狛のそれは、一族を治める者としては致命的なワガママだ。自らに護るべきものがある以上、その長は時に非情な決断もしなければならない。さきほどの有と同じように。しかし、その一方で猫田にも狛の気持ちが痛い程よく解った。あの時、ハル爺を死なせる結果になってしまった事は猫田にとっても苦々しい決断だったし、何よりも納得のいかないことであったからだ。


「きゃああああ!」


 その時、離れた場所で子どもの叫び声が聞こえた。その瞬間、猫田の手を振り払い再び狛が走り出す。同時に、猫田にはもう狛を止めようと言う気は失せている。


「……ああもう!仕方ねぇ、腹を括るしかねーか!」


 そのまま二人は、肩を並べて悲鳴のする方へ駆け出していった。


 里の空には、異様な光景が広がっていた。人間の身体に黒い翼と鴉の頭をした修験者風の装いをした天狗が、あちらこちらを飛び回っている。手には六角杖という白木で出来た杖を持ち、その杖で里の人間達を打ち据えたり、突き倒していた。

 子どもを守ろうとした親だろうか、傷だらけになって倒れており、意識を失っているようだ。その傍には小さな子供が震えていて、その子を狙って数体の天狗が不気味に笑っていた。


「ああ…お、おとうさん…」


 腰を抜かした年端もいかぬ少女が、倒れた父親に視線を向ける。必死に戦ったであろう父親は、その声に応えられないままだ。もはや少女は助からない、近在の家に逃げ込んだ里の者達が覚悟を決めた、その時だった。


「でやああああああっっ!!」


 少女に向かって杖を振り上げた天狗の背に、猛烈な勢いで駆けてきた狛が勢いよく飛び蹴りをしかけた。背中からまともに蹴りを受けた天狗は勢いよく吹き飛び、もんどりを打って地に落ちた。


「キミっ、もう大丈夫だからね!」


 少女を庇うように仁王立ちした狛が背中越しに叫ぶと、少女は涙を溢れさせてコクコクと頷いてみせた。その後に続いて猫田が到着し、天狗達は予期せぬ乱入者に苛立つように集まり始めていた。


「猫田さん、その子とお父さんをお願い!他にも里のあちこちに逃げ遅れた人がいるはずだから、皆を有さんの所へ連れて行ってあげて!」


「はぁ?お前一人でこいつらの相手をするつもりかよ!?」


 猫田の驚く声を聞きつつ、狛は先程蹴飛ばして地面に落ちた天狗から、黒い靄のようなものが抜けていく瞬間を見逃さなかった。天狗達が何かに憑りつかれている?


「うん!……それと、天狗達を殺しちゃダメ。この天狗ヒト達、何かに憑りつかれてるみたい…!」


「なんだと…?クソ!四の五の言ってる時間もねぇ!解ったよ、面倒だがこうなりゃやれるだけやってやる!俺が戻るまで無理すんじゃねーぞ!オラッ!どけやトリ野郎共ッ!!」


 狛のやる事についていくと決めた以上、猫田はとことん従う事にしたようだ。いつもの巨大な猫に変化し、尻尾で倒れている父親と子どもを掴むと、進行上にいる天狗達を蹴散らしながら、一気に来た道を駆け戻っていく。天狗達が猫田を追う素振りを見せると、今度は狛がその前に立ち、行く手を塞いだ。


「あなた達の相手は私よ!これ以上、里の人達に指一本触れさせないから!イツ、九十九つづら、行くよ!」


 狛は名乗りを上げ、瞬く間に青白く輝く霊気を身に纏って人狼化する。溢れる霊力を受けて、制服の下に着込んでいた九十九が展開して全身を覆った。それを目にした天狗達は、狛も狙うべき相手であると判断したのだろう。走り去った猫田には目もくれず、次々に狛へ襲い掛かってきた。


「はああああああっ!!」


 飛び掛かる天狗達を、狛は気合と共に迎え撃つ。一体目の天狗は、狛を突き殺さん勢いで、手にした六角杖を構えて突進してきた。相当なスピードではあったが、狛の目には十分その動きと狙う場所が見えている。追尾できないギリギリのタイミングでほんのわずかに体を逸らして杖を躱すと、突っ込んできた顔の側面にたっぷりと霊力を込めた掌底を叩き込んだ。嘴こそ砕けなかったが、その一撃の威力は十分で、天狗はそのまま吹き飛び、完全に動きを止めた。同時に、その身体から黒い靄が抜けていくのが確認できる。やはり、この天狗達には何かがあるのだ。


「…さぁ、かかって来なさい!」


 すると、苛立つ天狗達の纏う気配が変わった。さきほどまでは獲物を弄ぶような、ある種の余裕を感じさせていた彼らだったが、その瞬間からはそれが一切消えていた。代わりに強烈な殺意を溢れさせ、狛を睨みつけている。

 そして天狗達は、空中で陣形を組んでいった。三体で一組を形成し、狛に襲い掛かる。最初の一体と同様に、今度は左右の斜め前方と正面から、狛を貫こうと突きを仕掛けてきた。


「ふっ!!」


 狛はそれを冷静に見極めていた。向かってくる天狗達に対して絶妙なタイミングで一歩を踏み出し、敵の狙いをずらす。そして左右から来る杖を両脇に抱えて押さえると、最後に正面の一本を渾身の力で蹴り上げる。突撃してきている天狗達は、その動きに対応しきれなかった。狛は正面の一体を蹴り上げると、そのまま跳躍して空中で回転してみせた。


「!?」


 杖を握っている天狗達の力が凄まじいが故に、その杖自体が狛の動きに耐えきれず、あっけなくへし折れた。驚愕する二体の天狗が動きを止めた隙を突き、狛は後ろ回し蹴りで二体を同時に蹴り飛ばした。


「九十九っ!」


 間髪入れず、狛は九十九の傘を実体化させ、その手に掴む。そして傘に霊力を込めて開くと空中にいる天狗達へ投げつけた。高速でのように回転する傘は、ブーメランの如く飛び、数体の天狗を弾き飛ばして狛の手元へと戻ってくる。狛と天狗達の戦いは更なる激化の一途を辿っていくようであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?