「さて、そろそろ奴を起こして事情を聴くとするか…そこの狼よ、その腕を返してくれぬか?」
一頻り神野との小競り合いをした後、
投げられた腕は綺麗な放物線を描いて、吸い込まれるように
「こ、これは御前様…大変お見苦しい所をお見せしまして……」
「そのような世辞の口上など必要ない。だが、白眉よ、貴様一体何をやらかすつもりであったのか答えよ。以前から貴様と人狼達が不仲である事は知っていたが、よもや訳もなくこの里の者共を鏖殺するつもりだったのではあるまいな?事と次第によっては、如何に貴様と言えど、ただでは済まさぬぞ」
ギロリと、
「そ、それが、その……私にも何がなんだか…」
「…なんだと?」
その返答は、
「かような返答が許されるとおもっておるのか?貴様、儂を誰だと思っている?……もう一度聞くぞ、一体何をしでかすつもりだったのだ?」
「ひっ!?お、お許しを!!本当に、本当に解らぬので…あ、ぎっ!?」
白眉は咄嗟に顔を上げて許しを請うたが、それによって
「ちょ、ちょっと待って!たぶん、その
「……何?」
「狛っ!?バカ野郎、黙ってみてろ…!」
慌てて猫田が狛の口を抑えようとしたが、既に
「わ、私がその天狗達を倒した時、その
狛の言葉を聞き、
「操られていた、か。やや都合のいい話ではあるが、白眉よ、思い当たるフシはあるのか?」
「は…は、ぃ…お、思い出し、ました。何も解らなくなる前に、い、一匹の妖怪が私達の元を訪れたのです」
白眉はよろめきながら体を起こし、震える身体を両手で支えて、また地に頭をこすりつけている。先程、
「その妖怪、は…人の姿に化けておりました。妖怪だと解ったのは、全身から異様な妖気を漂わせていたからで…そいつは私に目通りを願うと、強引に私の元に赴き話を始めたのです……」
今から数日前、遠馬山に突然現れた恰幅のいい黒服の男は、並み居る鴉天狗達を物ともせず蹴散らすようにして、白眉が住む山頂の堂に足を踏み入れた。元々修験者達の聖地であったこの山には、彼らが創った寺社が残っており、白眉達はそこを根城にしていたのである。
「お前が、遠馬山の天狗達の首領か?」
「そうだが、なんだ貴様は?誰の許しを得てこの堂に入ってきたのだ?」
「ふふ、どうしてもお前に会いたくてな。通せと言っても通してくれんので、少々無理を通してしまった。まぁ、許せ」
「ふざけるなよ。どこの妖怪か知らんが、人の姿に化けておっても我らを謀る事など出来ぬ。八つ裂きにして森に撒いてくれようか」
白眉がそう言うと、男はニヤリと笑って両手を挙げた。戦う意思はないと言いたげだが、既に白眉や他の鴉天狗達は臨戦態勢である。そんな中でも、男は不敵な笑みを絶やさず、余裕綽々と言った様子であった。
「何がおかしい?」
「いやいや、その気概に相応しい良い話を持ってきたのだ。まぁ聞け、これより数日の後に、あるお方がこの国を割って立つ。これまで長く人間共の支配してきた国ではあるが、そのお方が指導者となれば、人間と妖怪が共存する素晴らしい国へと生まれ変わるだろう。お前達も、その仲間にならないか?」
男の言に、白眉はその顔を顰めて、不快感を隠さなかった。人間と妖怪の共存する国など、望むべく物でもない。表立って人間と相対しないのは、彼ら天狗は今の不可分の状態が特に不満ではないからだ。仮に人間達と争った所で、根絶やしにするのでもなければ確実に遺恨が残るだろう。そして彼らを殺し尽くした所で、何ら利点はない。無駄な行為以外の何者でもないのである。しかし、男は白眉達の苛立ちなど気にせずに、そのまま更に言葉を続けた。
「俺達妖怪は、本来人よりも優れた存在だ。今まではその数の差と、奴らを守る神仏共に邪魔をされてきたが、これからはそんなものなど気にする必要はない。我らと共に来るならばな……想像してみろ?生意気で下らぬ人間、いや人狼共を思う様甚振り、蹂躙する様を!どう言い繕っても俺達は妖…魔に属する者。どうだ?ワクワクしてこないか?」
「聞いてみれば下らぬことを…!もういい、そんなゲスの世迷言などもうたくさんだ。不快な戯言を垂れ流した罪、その身で
白眉の言葉に続いてその場にいた全ての天狗達が立ち上がると、男は高く掲げた手から何かを落とした。黒々と輝くその玉は、床に落ちた瞬間、瞬く間に煙のような靄を放ち、それは一気に堂の中に充満していく。
「そうか、残念だ。では、お前達には都合のいい手駒として働いてもらうとしよう…これもあのお方の為、ククク、精々
「な、なんだこれは!?き、貴様…っ!!」
白眉は視界を覆うその靄を一吸いしただけで、意識が遠のいていくのを感じていた。そして男はいち早く堂から抜け出し、その場を後にする。わずか数分の内に、堂から漏れ出した黒い靄は周辺を押し包み、やがて天狗達は我を忘れ、獲物を求めて次々に山頂から飛び去っていったのだった。