黙って聞いていた
「謎の男、か…お前達はそいつにまんまとしてやられたと、そういうわけか」
「も、申し開きも…ございません…」
全てを思い出した白眉は、自分達の失態がどれほど彼を怒らせているか、理解したようだ。妖怪の世界では魔王として名高い、誇り高き
そもそも、力のあるものが持つ眷属というものは、ただの手下ではない。言ってみればそれは
「く…クククッ、ハハハ!ざまぁねぇな、あれだけ多くの手下引き連れといてそのザマかよ!?
神野はここぞとばかりに
「……ふん。眷属の一つも持てぬ貴様にこの苦労は解らぬことであろうよ。同じ魔王を名乗りながら、一人も付き従うものがおらぬような、寂しいお前とは訳が違うのだ」
「なんだとぉ…?」
彼があれだけ猫田に固執するのも、自分についてこられるだけの力を、猫田が持っているからである。もしかすると、内心は一人を嫌っているのかもしれない。
「やっぱりテメェとは一度キッチリカタをつける必要がありそうだな…」
「上等な口を利く……しかし、お前にしては良い考えだ。ここらでその腐れ縁を断つ頃合いか」
一触即発の空気が流れ、周囲に恐ろしいほどの緊張が満ちていく。先程の白眉が妖気を全開にした時以上のプレッシャーが、多くの者達を震え上がらせていた。
「ちょっと待って!いい加減にして下さい!こんなところで喧嘩しないで!」
「!?」
「狛、お前っ…!」
そこへ割って入ったのは狛である。可哀想な事に抱き締めていた子どもは恐怖の余り気を失ってしまっているが、狛はその子を守りながら二人を睨み、厳しく叱るように叫んでいた。
「あなた達が凄く強くて偉い妖怪なのは解りました、けど、ここにはこの子みたいな子どもだっているし、怪我してる
しんと、里全体が静まり返ったようだった。よもや人間の、狛のようなまだ歳若い少女が魔王二人を𠮟りつけるなど、誰も予想だにしていない事態だ。猫田でさえ、あの二人が本気でやり合うとなったら逃げるしかないのである。それをまったく恐れもしないなど、妖怪の常識で言えば有り得ないことであった。
鴉天狗達は狛を、まるで怪物でも見ているかのような目で見て、すっかり震えている。白眉もまた信じられないものを目の当たりにして固まっていた。
「ふ…クックック、ハッハッハッハ!まさか人間の小娘に叱咤されようとはな!だが、確かに今この場で争う事ではないか、面白い。……娘、名は何と言う?」
「ご、御前!?」
「お、おい…」
「い、犬神狛です…けど」
「ふむ、狛か。良かろう、覚えておく。……白眉」
「ははっ!」
「此度の失態は、あの娘、犬神狛に免じて許してやる。だが、次は無いぞ?解っておろうな」
「はっ!慈悲溢れる御情け、痛み入ります。ありがたく頂戴致します…!」
狛はあまりピンと来ていないようだが、これは大変な事である。人間である狛の名を
「はぁ……お前はホントに…モノ知らねぇってとんでもねーな」
「え?え?」
これには、さすがの猫田も呆れ果ててそれ以上何も言えないようだった。当の狛本人は、名前を聞かれたから答えたというだけの認識しかない。それでも、猫田の反応を見ているとマズい事をやらかしてしまったような気がしてくる。あわあわと焦っていると、それを見ていた神野が腹を抱えて笑いだした。
「ブハハハハ!なんだそりゃ、面白すぎるぜ。まさかあのジジイが人間に興味を持つたぁな!しかも、あの稲生平太郎ならいざしらず、ただの小娘とはよ!よし、面白いもんをみせてもらった礼だ、ここは俺も引いてやるよ。クック…やっぱ猫助、お前見てると飽きねぇわ」
「笑いごとじゃねぇんだが…もういい。特に害はねーだろうしな」
笑いこける神野と、どっと疲れが出て肩を落とす猫田に挟まれて、狛は混乱している。その様子を見ながら、
(先程、儂は白眉に向けた威嚇の視線を同じようにあの娘に向けていたはずだ。だが、あの娘は怯む事無く正面からそれを見返しおった…大したものよ。よほどの胆力と地力があるとみえる。この白眉でさえ、怖じ恐れるというのにな)
そう思いながらも、
それはまさしくダイヤの原石を見つけたかのような強い高揚感と、それを自らが見出したという達成感、或いはその鑑定眼を誇りたくなるような、そんな不思議な感覚に近い。今の
「しかしよ、そのハクビって奴がおかしくなっちまったってのは、一体何をされたんだ?それをやったヤツの目的も解らねぇ…どうなってんだ?」
「ふむ。確かにな、捨ておいてよいものとは思えぬ。調べる必要があるな」
「え!?なんで?ここ…って電波入るの?」
「今、儂が少し弄ってやった。それは調べ物が出来る道具なのだろう?試してみよ」
「ええ……だ、大丈夫かな?」
正直、いきなりそんな事を言われても、不安しかない。ここしばらくは山暮らしだったのでデータ通信量は残っているはずだが、そもそも妖怪が改造してしまっては何をやり取りするものになったのかも不明である。さすがに爆発したりはしないだろうが、違法な改造になっていたりはしないだろうか。
まだ買ってから数か月しか経っていないスマホがおかしなことになってしまったと嘆きつつ、狛はスマホを起動させた。
「って、調べるって何を調べれば…?妖怪について、なんてさすがに調べても出て来ないと思うけど」
「白眉の話から察するに、下手人は単独ではなく、複数で何らかの計画を持って行動しているはずだ。しかも、ここ数日で動きがあると言っていた。であれば、他にも妖怪共が暴れ出し、人を襲った事例などあるやもしれん、それを探せばよい。今の人間達は情報の共有が速いからな」
「そっか、なるほど……」
狛は少し納得して、それらしいニュースを探すことにした。妖怪に襲われたという直接的なものでなくとも、不思議な話題を探すだけでも手掛かりにはよさそうだ。適当に検索などしてみて、スマホが問題なくネットに繋がっている事を確認して、狛は改めてニュースを探す。すると、すぐにそれは見つかった。
「なにこれ?動画…?凄い勢いでバズってるみたい」
「猫助、バズってるってなんだ?」
「……俺に聞くなよ、わかんねーよ」
呟く神野と猫田を余所に、狛はその動画を開いてみた。そこに映っていたのは、この国の人々に対する恐るべき布告であった。