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第166話 魔王会議

「この動画、アップされたのは…今朝だ。今朝からでこの再生数なの!?凄すぎ…」


 狛が見つけた動画は、時間にして一分ほどの動画であった。朝方にアップされたようだが、夕方前の今の時間で、既に数十万回再生されている。一体どんな動画なのだろう?狛が驚いていると、あまり理解出来ていない神野が質問を投げた。


「おい、小娘。一人で納得してねぇで、俺達にも解るように説明しろ」


「あ、はい。えっと、何て言ったら通じるかな。アップロード…ううん、インターネット……も説明が…んと、この動画が世間に公開されたのは、今日の朝6時くらいだったみたいなんです。それで、今この時間までに数十万の人がこれを見たみたいで…」


 厳密に言えば、一人で複数回再生している人間もいるはずなので、数十万人が見たというのは少し大袈裟だろうが、それを説明するのも大変なのであえて黙っていた。大体のニュアンスが通じればいいだろう。そんな狛の考え通り、山本さんもとも神野も、唸りをあげて感心している。


「数十万もか…すげぇな」


「大したものよ、人間共のそういう力は本当に優れておるな。して、どんな内容なのだ?」


「あ、今から再生する…します。画面が小さいので、音だけでも皆に聞こえるようにしますね」


 どうもこの二人に対しては、敬語を使うべきか、普通に喋っていいものか、狛の中で判断がつかないようだ。猫田や他の天狗達の様子を見ていると、明らかに山本さんもとと神野という妖怪は格が違うように見える。狛も疲れ切っていなければ、二人の持つ力が規格外な事に気付けたはずだが、生憎と激しい疲労でそれに気付いていないようだ。自分の中での対応が定まらない事に居心地の悪さを感じつつ、狛は動画を再生させた。


 動画の中には暗がりに一人だけ、何者かが映っていた。何者か、と表現したのはその人物が男か女かも解らない外見をしていたからである。黒ずくめで覆面をし、椅子に座っているせいで、背の高さもよく解らない。微かに独特の水音のようなものが聞こえてくるので、部屋の中に水槽でもあるのかもしれない。


 再生が始まってから数秒間無言が続いた後、その人物は語り始めた。その声を聞く限りでは、この人物は男性のようであった。


『ようこそ、この動画を見ている者達よ、興味を持ってくれて嬉しいよ。まず、私が何者か?という疑問に答えておきたい。簡単に言うと、私はとあるお方に仕えている者だ、その方が誰かということについては、また別で話をさせてもらおう。今ここで知っておいて欲しいのは、私はということだ。では、何から救うのか?と聞きたい事だろう。率直に言えば、この国はこれから危険な妖怪や悪魔を含めた魑魅魍魎共に襲われることになる。それはもう決定事項だ、止める事など出来はしない。多くの人間が危機に陥り、命を落とすことになる。……しかし、したまえ、のだ。君達が救いを求めるのならば、我々と共に来るがいい、そしてのだ。その祈りだけがこの国に楽園をもたらすだろう。さぁ、祈りながら、次の動画を待つといい、それではまた会おう』


「…はぁ?なんだそりゃ、人と妖怪が共に在る楽園だと?何を言ってんだ、こいつは」


 そう言って、まず最初に声を上げたのは神野であった。内容としては陳腐な上に荒唐無稽で、普通に聞けば誰もが同じ感想を持つだろう。だが、狛と猫田、それに山本さんもとは怪訝な表情を浮かべつつ、その不気味さに顔を歪めていた。


「ああ?お前ら、どうかしたのかよ」


「……神野、お前は気付かなんだのか?」


「何が?」


「今の言葉だ。内容は聞くに堪えぬ妄言の類いでしかないが、問題は…」


「言霊、とまではいかないけど、所々の言葉に妖力が込められてた……抵抗力の無い人が聞いたら、洗脳されちゃうかも」


 山本さんもとの言葉を引き継ぐように、狛が呟く。そう、狛達が感じ取ったのは、言葉の端々に込められた奇妙な妖力だった。動画なのに視覚情報へそれを込めるのではなく、音声のみに仕込んでいるのは、画面を見ずに動画を聞いている人間にまで効果を浸透させる為だろう。まさに今の状況のように、複数の人間が聞いているだけの状況に対応しているのだ。

 また、人間は視覚よりも聴覚の方が比較的強く働いているという研究結果がある。それは男女間でも差があるらしく、男性よりも女性の方が、聴覚で情報を得る度合いが強いのだという。これが女を狙い撃ちにした動画というわけではないのだろうが、情報の拡散を狙う意味では、女性の方がはるかに効果的だ。

 おそらくこれを用意した存在は、より多くの人間にこの動画が広まり届くことを望んでいるのだろう。そして、これが広まれば広まるほど、洗脳される数も増えていくというわけだ。

 そして、猫田のように聴覚が発達していると、それはより効果的であるらしい。酷い胸焼けを起こしたような顔で、猫田はげっそりしてしまっていた。


「うげ、気持ち悪い…!頭ん中をかき回されたみてーだ。これを何十万って人間が聞いたってのか?洒落にならねーぞ」


「なにより、これをやっているのは人間ではないな。人間も一枚噛んではいるだろうが、込められている妖力からして、これは妖怪の仕業であろう。話の内容からして、白眉達を血迷わせたのはこやつの仲間ということか…」


 山本さんもとが気にしていたのはそこだった。これがただの人間の悪戯であれば、彼らには無関係なことだ。しかし、天狗達を狂わせたことと関係があるのなら、話が変わってくる。実際、白眉が持ち掛けられた話と、動画の内容には符合する点があるようだ。白眉達を惑わせて凶行に走らせたように、他にも彼らが狂わせた妖怪達がいるのなら、これからこの国は未曽有の大騒動に見舞われることになるだろう。下手をすれば、人と妖怪の間で戦争が起こりかねない事態である。


 さらに、狛にはもう一つ、気になっていることがあった。白眉の話に出てきた男や動画の男の言っている事には、思い当たるフシがあるのだ。人と妖怪が手を取り合う世界、それはあの槐が掲げていた理想そのものだ。手を取り合うと言っても、槐は妖怪を力で従え支配下に置く事を考えていたようだが、この状況と彼らの言い分が噛み合っているのは、果たして偶然なのだろうか?

 戸惑いながら狛が考えあぐねいでいる隣で、神野は鼻を鳴らしていた。


「ふん!仮にそんなバカな事をやらかそうとしても、神の連中が黙っちゃいねぇだろう。俺達ですら大っぴらに暴れられねぇんだ、そんな大それたことが、雑魚共に出来るものかよ」


 神野の言葉は、決して間違ってはいない。この国に限ったことではないが、力のある悪魔や妖怪達がどうして人間を支配しようと表立って動かないのかと言えば、それは彼らと敵対し、人を守護する神々の存在があるからだ。

 特に日本の場合、数多居る妖怪達と同様かそれ以上に、全国各地に神社が存在しており、土地を守る土地神などを始めとした多くの神々が人間や国土を霊的に守護している。もちろん、神が直接出張って個人を守るケースは少ないが、国全体を巻き込む事態ともなれば、彼らは必ず動き出すだろう。それが神の存在意義であり、役割だからだ。


 神の中には、あえてどちらにもつかず、人が滅びようとも流れに任せようという者達も存在するが、神々の力の源は元より人の信仰心である。多くの神は人がいなければ、その力はおろか、存在すら維持できないものだ。人が祀り称えるからこそ神である者達は、是が非でも人を守ろうとするだろう。もしこの動画の者達が妖怪達を狂わせて、人を襲わせようとすれば神々が黙ってはいない。神野はそう言っているのである。


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