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第169話 再会

「あっ!コマチ!久し振りーっ!」


「良かった。狛、元気そうで……っ!」


「二人共、ありがと!ごめんね、心配かけちゃって」


 教室に入るや否や、狛は神奈とメイリーに抱き着かれてしまった。一ヵ月近く音信不通だったのだから、狛が大好きな二人としては当然の反応である。二人を両手で抱き締め返していると、狛に気付いた他のクラスメイト達も、次々に挨拶をしてくれた。さすがに抱き着いてくるのは神奈達だけだが、気遣って声をかけてくれるクラスメイト達の心が、狛には嬉しかった。


「そっか、レディちゃんはしちゃったんだ……」


「そうなんだ。突然だったから、皆驚いてね。一部の男子は泣いてたよ」


「レディちゃんも人気だったからね~!初めのウチはスッゴイ塩対応だったからビミョーだったけど……ここんとこ仲良くなれたと思ってたのになー」


 挨拶の嵐を抜けて席に着くと、神奈達が近況を教えてくれた。やはりというか、予想通りというか、レディは学校を辞めてしまっていたようだ。どこまでが槐の指示だったのかは解らないが、あの襲撃の際、槐側にレディがいた以上、この学園に転校してきたことにも何か意味があったのだろう。あの時、狛を殺そうとしてきたことも、襲撃の一環だったのだろうかと思えて、狛は少し寂しさを覚えていた。


「そう言えば、玖歌くっかちゃんは?」


「玖歌は相変わらずだよ。でも、前よりだいぶクラスに溶け込めてるって聞いたが…」


 神奈がそう言うと、メイリーはニカっと笑って、ピースサインをしてみせた。


「クッカちゃんも最近は男子人気スゴイらしいよー!聖園みその先輩をフッた時から、『イケメンに媚びないオンナ』って密かに人気だったらしいけど、それに加えて最近よく笑うようになったからね~、笑顔にやられてコロっといっちゃう子が多いんだ。こっそりファンクラブもあるんだって!」


「す、凄いね。それは…」


 ホラ!と言ってメイリーが見せてくれたのは、ファンクラブの会員証だった。それも一桁番号だ。それはつまり、ファンクラブにそれだけ早くから加入している事になる。もしくは、メイリーのことだから、ファンクラブの立ち上げに関わっている可能性すらあるだろう。狛は色々な意味で圧倒されていた。


「まぁ、玖歌も狛の事は心配していたから、後で顔を見せに行ってやるといいよ。きっと喜ぶし、安心する」


「うん、そうだね」


 そんな話をしていた辺りで、チャイムが鳴ってHRの為に大寅が教室に入ってきた。傍目にはいつも通りの平和な日常が戻ってきた、そう感じられる一時ひとときであった。




「…そう、アンタが無事で良かったわ。全く、アンタがいない間、神奈とメイリーが大変だったのよ?」


 授業の合間にある10分ほどの中休みを利用して、狛は人気ひとけの少ない階段の踊り場で玖歌と話をしている。昼休みにしっかり話をしても良かったのだが、神奈はともかくメイリーには、相変わらず狛が退魔士として生活している事を知られていない。いわんや、玖歌がトイレの花子さんであることもだ。故に、狛はメイリー抜きで玖歌と話をしておきたい事があった。それは天狗達がおかしくなったという謎の力と、例の動画についてである。


 メイリーの情報収集能力からすると、動画の方は既に知っていてもおかしくないが、今の所、動画に影響されたような様子は見られなかったので、狛は内心でホッとしていた。地獄に魂を攫われたり、雲外鏡に捕まったりと、そっちの世界に関連して巻き込まれやすいメイリーであるが、それらを本人は何も知らない。どちらも、少し怖い夢を見たとか、やけに疲れたというその程度の認識である。


 そもそも、メイリーは霊感に優れているようなタイプではないので、知った所でほとんど意味はない。逆に、彼女の好奇心の強さからすると、無知と無策で霊的なものに関わろうとする可能性すら考えられる。彼女のような人間は、中途半端に知る事の方が良くないのだ。出来るだけメイリーには知らせずにしておこうというのは、彼女を気遣ってのことであった。とはいえ、メイリーが猫田に惚れてしまっている以上、どこかで妖怪というものの存在を知る必要があると言えばあるのだが。


「あはは…ごめんね。連絡取る余裕がなくって」


 山本さんもとにスマホを弄られるまで、山間部に隠れていた狛には、外部と連絡を取る手段がなかったのも事実であった。迂闊な行動を取れば、槐達に気取られる可能性もあったので止むを得なかったのだ。とはいえ、狛第一主義を掲げるメイリーと神奈の暴走は、玖歌がうまく受け止めて抑えていたようであった。


「いいわよ、別に。それにしても、妖怪がおかしくなる…ね。確かに、言われてみればなんとなくわかる気がするわ」


「え?玖歌ちゃんも何かあったの?」


「アタシは別に何もないわよ、夜は学校のトイレに籠っているし、トイレの花子さん同類なんて割とどこにでもいるしね。わざわざアタシを狙ってくるヤツなんていないでしょ。そうじゃなくて……なんて言うのかな?ちょっと前から、空気が変わったような気がするのよね」


「空気が…変わった?」


 いまいち抽象的な物言いなので、狛はピンと来ていないようだ。玖歌は紙パックのジュースを片手に、踊り場の上にある小窓へ視線を向けた。


「この街だけかと思ってたけど…アンタの話からすると、日本全国どこもそうなのかもね。今まではこう、静かに眠っていたものが、今は目を覚まして息を殺しているような…そんな感じがするのよ。動き出す合図やきっかけを待っているみたいな、そんな感じ」


 それは、妖怪ならではの肌感覚と言うべきものなのだろう。狛には理解が難しいようだが、玖歌は明らかに闇の気配が濃くなっているのを感じ取っていた。人が陽であるとするならば、妖怪は陰である。棲む世界は同じであっても、見えているもの、感じているものは違うものだ。

 そして、玖歌の感覚は当たっていた。この日から前後して徐々に、一般人の目に触れる形で奇妙な事件や事故が増え始めたのである。世界が少しずつ変わり始めていると、誰も気付かないほど緩やかなスピードで、しかし確実に変化は迫りつつあった。




 中津洲市内にある、槐の地下拠点。以前、槐が配下の者達を従えて声を上げたその場所に、槐はいた。以前と同じように玉座のような椅子に座り、女妖怪を侍らせている。違うのは、報告をしている黒萩こはぎの他に幹部と思しき者達がいないことだ。どうやら各々に命を受けて出払っているらしい。槐は満足気な様子で、笑みを浮かべて報告を聞いていた。


「……以上です。今の所、計画は順調に進んでおります」


「ふふん、人を妖怪に変えてしまう妖の種…それを解析し応用して作った、妖怪を狂わせる狂華種きょうかしゅ、か。思っていた以上の効果だな」


「はい、妖の種があの時点で手に入ったのは僥倖でした。あれがなければ、手勢の強化や増員に、もっと時間がかかっていたかと」


 狛と猫田、そして京介と黒萩こはぎが戦った亜那都姫アナトヒメの一件。そこで黒萩こはぎは、密かに妖の種の一つを採取し、持ち帰っていた。妖の種が人を妖怪化するだけでなく、妖怪に一定の力をもたらすものでもあったことは実理さねりという妖怪や両面宿儺を見ても明らかである。そこに目をつけていた黒萩こはぎは妖の種を応用して、妖怪自身が持っている凶暴性や狂気を増幅し、解放させる狂華種きょうかしゅを生みだした、遠馬天狗達を狂わせたものがまさにそれだ。


 以前、レディに渡していた黒死檀こくしたんは、効力こそ高いが非常に高価で、とても配下の者達全員に支給出来るものではなかった。また黒死檀こくしたんには少々厄介なもある。この国に騒乱を起こす為だけに使用するには適さないものだ。

 その点、狂華種きょうかしゅは違う。これは妖怪の力を引き出し、パワーアップさせることよりも、意識を狂わせることも目的としたものである。彼らの仲間に引き入れる事ができなかった妖怪達にはこれを用いて、好き勝手に暴れさせる。そうすることで、手勢にならなかった妖怪達をも利用しようという魂胆のようだった。


「それと、もう一つお耳に入れておきたいことが」


「なんだ?」


「狛が生きていたようです。学園でその姿を確認したと、さきほど報告がありました」


「狛が?ふっ、やはり生きていたか…他の連中はどうした?」


「それが、他の者達の行方はようとして掴めておりません。ただ、生きているとしてもあの人数です、一部でも隠しきれるとは思えないのですが……」


 黒萩こはぎは手元のタブレットから調査部の情報をいくつか拾い上げ、槐に見せている。槐は少し考えてから、口を開いた。


「…ふむ。まぁ、今更狛が出てきた所で、独りでは何も出来まい。我々の邪魔をするようなら排除すればいい、ただし、監視は怠るなよ」


 槐はそう言うと、また少しニヤつきながら、女妖怪の頭を撫で始めた。黒萩こはぎはそんな槐の姿を見ても、特に何も反応せず、淡々とした様子を崩さない。


「畏まりました」


 そんな二人の会話を、柱の影で聞いているものがいた。白皙の美しい顔に、ほんのりと紅を差し、口の端を持ち上げて笑みを浮かべている。

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