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第176話 潜入作戦

 その一報が飛び込んできたのはその日の夜の事だ。聞けば、狛達の住む中津洲市なかつしましの隣、七首市で暴動騒ぎが起きているという。その暴動というのが奇妙なもので、鎧武者やら足軽のような軽装歩兵まで含めた、戦国時代の侍じみた恰好をしている連中が暴れているというのだから意味が解らない。

 ただ、狛達の通う中津洲神子学園にはその七首市から通っている生徒もいて、学生達の間では暴動騒ぎの克明な情報が、驚くほどの勢いで流れてきている。


 最初は誰もが悪質な悪戯かフェイク動画だろうと本気にはしていなかったのだが、中津洲市の中でも七首市と隣接する地域では警察が慌ただしく動いている情報なども入ってきて、深夜に差し掛かる頃には段々と、それが事実であると認知され始めていた。


「何かナナクビの暴動ヤバイみたいだよ。ワタシの従兄弟があっちに住んでるんだけど、外出禁止って言われてるんだって」


「そんなに?何が起きてるんだろ」


「うちの部長が、七首市の人だから心配だな……様子を見に行きたい所だが」


 狛とメイリー、そして神奈は、いつもより遅い時間まで通話で話し込んでいる。狛が戻ってきてから、三人は日課だった通話でのお喋りを再開していた。以前のように狛が早く寝る必要がなくなったので、気軽に話せるのは嬉しい所だ。ちなみにメイリーは玖歌も誘おうとしたが、玖歌は夜早く寝たいから嫌だと断っていた。実際は、トイレで話し込むのが嫌なだけらしいが、メイリーは玖歌がトイレの花子さんだとは知らないので、そこは神奈も狛も空気を呼んで黙っている。


「いやいや、アブナイからダメでしょ!神奈はガチで行きそーだから困るよー」


 心配そうに話す神奈をメイリーが止めた。神奈の気持ちは理解できるが、暴動騒ぎに乗り込んでいくのはとても勧められない。狛とメイリーは二人でどうにか神奈を宥めすかして、通話を終えた。

 その翌朝、いつものように朝食の支度をしていると、つけっぱなしにして聞いていたニュース番組のアナウンサーが、日曜の朝とは思えない緊迫した面持ちで話を始めた。


――えー…これから流す映像は、昨夜、我々テレビ夕日のスタッフが独自に取材をして入手した内容です。大変ショッキングなシーンが映ります事をご了承下さい。これは暴動の一報が入った七首市の様子です。


 アナウンサーがそう言うと、画面が屋外の様子に変わる。数名のスタッフが七首市内に取材をしに行った映像のようだ。暗い夜道の中、マイクを持った女性のリポーターがカメラと進行方向を交互に見ながら歩いている。


 『私は今、暴動が起きたとされる神川県の七首市に来ています。深夜ですので人通りは無く、とても静かです。本当に暴動が起こっているのでしょうか?情報によると市内のあちらこちらで、侍のような恰好をした男性の集団が暴れているらしいのですが……あっ!?ご覧ください、本当に侍の集団が…え?見えない?いや、あそこにいるじゃないですか。ほら、カメラさん、あっちで……いない?そんな!?だって、あそこに…ひっ!?』


 リポーターがそう言った瞬間、画面が突然ブレて、カメラが地面を映したままになった。どうやら、カメラマンが倒れたらしい。その後は、女性の悲鳴や男性の怒号が聞こえて、十数秒後に映像は終わった。画面は再びスタジオを映し、青い顔をしたアナウンサーが立ち尽くしている。


――ご覧頂きました通り、この映像を最後に、現地に向かったスタッフとは連絡が取れておりません。また、スタッフの間でも映像に犯人と思しき集団の姿が見えているものと見えないものがいるようです……私共と致しましても、この映像を放送するのが正しいのか解っておりませんが、報道をするものの責務として、ノーカットで一切の編集なしでお送り致しました。この映像につきましては――


 狛はその映像を見て、呆然としていた。今映ったそれは、間違いなく本物の、霊の集団だ。テレビ局のスタッフ間で内容に食い違いが発生しているのは、霊感があるかないかで視えているものが違うのだ。少なくとも狛の眼にはしっかりと、カメラに映った侍の恰好をした霊が見えている。テレビでは映像の真偽について話をしているようだが、いくら話しても、見えない人間には見えないのだから意味がないだろう。


 ふと気づけば、猫田を抱いた桔梗がリビングの入口に立って、食い入るようにテレビの画面を見つめていた。相変わらず家での猫田は猫の姿だが、明らかに険しい表情をしている。そうしてやや時間が経った後、皆黙って朝食を食べ始めた。


「…さっきの映像なんだが」


「え?」


 食事が終わってしばらくした頃、重々しい様子で桔梗が口を開く。桔梗は信じられないものを見たという表情をしているようだった。


「私には、本当に侍の集団が映っていたように見えた……狛はどうだった?」


「うん。…私にも、そう見えたよ」


「そうか……私はあまり霊的なものが直接見える性質ではないと思っていたが、実際に見えてみると恐ろしいものだな。正直、まだ身体の芯が震えているよ」


 桔梗はそういうと、ふーっと息を吐いて、天を仰いだ。テレビの映像越しとはいえ、あそこに映っていた霊達は狛から見てもかなりのプレッシャーを放っていたように思う。それは霊圧と言ってもいい。それだけ彼らが霊的なパワーを持っている証拠ではあるのだが、何故あれほどの霊達が突然現れて暴れ出したのか、狛にはそれが解らない。

 少し間を空けて落ち着いたのか、桔梗はぬるくなりかけたコーヒーを口にして、また息を吐いた。


「それで、あれは一体なんなんだい?確かあの町には、古い合戦の跡…所謂、古戦場があった事は知っているが、あんなものが出るなんて聞いたことがない」


 あれがなんなのかと問われても、現場を見ていない狛には、あの映像以上の事は解らなかった。これが拍ならば、遠隔霊視で探ることも出来るのだが、狛はその技術を持ち合わせていないのである。狛が言い淀んでいると、それまで黙っていた猫田が口を開いた。


「ありゃあ亡霊だな。だが、普通はあんな古い魂があれほどたくさんいるわけがねぇ…何か裏があるはずだ」


「亡霊、か。言葉としては知っているが、そんなものがいるとは…いや、ヤマ様がいるのだから当たり前か。しかし、何故今突然人を襲い始めたんだ?」


「理由までは解らねーな。解る事は、あいつらはああやって人を襲って仲間を増やし、段々と力をつけていくだろうってことだけだ」


「力を……」


 亡霊が力をつけたその先に何が起こるのか、桔梗は想像をして更に身震いをしている。ちょうどその時、狛のスマホがけたたましい音を鳴らした。


「着信…?神奈ちゃんだ。もしもし」


「狛か!大変だ、テレビ…テレビ夕日を見てくれ!」


「あ、もしかして、ニュースの話?それなら見たよ」


「見ていたか。あの侍達……人間じゃ、なかったよな?」


「…うん、そうだね」


 神奈は紫鏡の騒動で顕明連を手にしてから、自身に流れる鬼の血に順応しつつあった。それによって霊感が強化され、霊や妖怪を視るだけでなく、感知する事も出来るようになっている。彼女が何を言いたいのか、狛はなんとなく察しているようだ。


「狛、昨夜は止められたが、やっぱり私は行かなきゃいけないと思う。実はさっき、女子剣道部の部長から連絡があったんだ。市から外出禁止と言われているが、家族が体調を崩していて、そう長い時間立て籠もってはいられないと…!部長は、私の恩人なんだ。私が進むべき道に迷っていた時、あの人はいつも私に手を差し伸べてくれた。剣道を始めて、強くなれたのもあの人のお陰だ…だから、私はあの人を助けに行きたい」


「神奈ちゃん……」


 神奈の気持ちはよく解る。大切な人が危機に陥っていて、自分に助けられる力があるなら、助けに行きたいと思うのは当然だ。少なくとも、鬼の力を扱える神奈であれば、一般の警察官や自衛隊などよりも、霊に対抗する力はあるだろう。しかし、それはあまりにも危険な行為である。


「狛、頼みがある。勝手なお願いだとは解っているんだが…手を貸してくれないか?本当なら私が助けに行くべきだが、一人ではもしもの事があるかもしれない。でも、二人なら…狛が居てくれれば必ず助けられると思うんだ。頼む、力を貸して欲しい!」


「もちろん!神奈ちゃん一人でなんか行かせないよ。私も行くから、大丈夫だよ。任せて!」


 狛は一も二も無く神奈の願いに乗った。考えないようにしているが、やはりハル爺を助けられなかった事が、狛の中で悔やんでも悔やみきれないになっているのだ。大事な親友である神奈にも、そんな思いをさせたくない。そう考えている。


 こうして、二人は無数の亡霊達が待ち受ける、魔の巣となった七首市へ向かう事となったのである。

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