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第180話 新装備の実力

「くっ…!部長、あとで必ず戻ってきます。それまで誰が来ても決して外に出ないでください!合図を出しますから、お願いします!」


 去り際に、家の中にいるであろう周防に向け、神奈が大声で呼びかけた。その声はきっと周防にも聞こえたはずだ。これが今、神奈に出来る精一杯のことである。狛と神奈、そしてアスラはそれを最後に身を翻し、表に止めてあった装甲車の後部スペースに飛び乗ると、既にエンジンの温まっていた装甲車は勢いよく発進してその場を去っていった。

 少し遅れて、それを追うように複数の足音が住宅街を進んでいく…人々は息を潜めて、その恐ろしい響きが過ぎ去るのを待つ事しかできずにいる。


「ピッタリ着いてきてやがるな……あれが侍共の親玉か?」


 住宅街だけあって、道幅は狭く入り組んでいて、大型の装甲車ではあまりスピードが出せる道でもない。そのせいで、霊団を引き離す事は難しそうである。それだけではない、今こちらを追ってきているのは、ここまでに蹴散らしてきた霊団とは少し毛色が違うように感じられた。明らかに放っている霊気は強く、亡霊としても、或いは妖怪であるとしてもかなり格上の存在のように感じられる。

 霊団を率いるように先頭に立っているのは、首の無い騎馬武者姿の霊であった。七首市の由来となった七人の晒し首…その身体である可能性は高そうだ。


「アレを倒せば終わるのでしょうか?」


 猫田の隣で、同じように窓からその騎馬武者の霊を見て、弧乃木が呟いた。しかし、猫田は首を縦には振らなかった。


「どうだかな。そもそも七首市って言うくれーだから、七人首を刎ねられてんだろ?他にもまだ同じようなのがいるのかもしれねぇ」


「なるほど……」


 そうは言ったものの、あれが元凶である可能性もゼロではない。出来るならば倒しておくのがベストではある。問題は、ここが住宅街で、人が閉じこもっているかもしれない家を巻き込むわけにはいかないという事だ。もっと広く、被害を気にせず戦える場所が必要だった。


「狛…部長は大丈夫だろうか?家の中にあいつらが入ってきたりしたら……」


 止むを得なかったとはいえ、周防を置いてきてしまった事が、神奈には悔やまれて仕方がないらしい。確かに家の中に霊団が入ってくれば、もう逃げ場はないのだから、神奈の心配はもっともである。だが、狛は震える神奈の手を握って優しく答えた。


「大丈夫だよ。霊とか妖怪とかに対して、家は特別な意味があるの。家主の許可があって迎え入れない限り、例え普通の家であっても、悪いモノはそう簡単には入れないんだ、さっきのあいつみたいにね。だから、神奈ちゃんの言葉が届いていればきっと周防先輩は大丈夫。……早く迎えに行ってあげなきゃね」


 家屋というものは、それだけで外界と内なる領域を隔てる陣地のようなものである。パーソナルなスペース、と一言で言うのは容易いが、そこには霊的な意味合いが生じるのだ。人からすれば大した事はないが、中にはそれに縛られる存在もいる、吸血鬼などが特にそうだ。彼らは初見の家屋敷には、必ず招かれなければ入る事が出来ない。それは生態というべきものであり、覆す事の出来ないルールなのである。


 神奈はその言葉にホッとしたのか、いくらか気分が落ち着いたようだった。ちょうどそこへ、再び運転席からマイクを通して、畦井の声がした。


「隊長、直線で大きめの道路に出ます!」


「よし、そのまま速度を上げて走れ!」


 待ってましたとばかりに、弧乃木は畦井に指示を出し、自分は壁にかけてあった銃を手に取った。黒々とした銃身が、冷たく怪しい光を放っている。狛は銃器に詳しくないが、それは見るからに大型で、映画や漫画などで見かけるライフルよりも一回りほど大きく感じた。


「それ、鉄砲か?そんなもの、霊には効かねぇぞ」


「ふふ、ご安心を。これもこの装甲車と同じく、専門の担当者が独自に開発した装備なのですよ」


 そう言って、弧乃木は不敵な笑みを浮かべてみせた。言われてみれば、銃身のあちこちに霊石がはめ込まれているようだ。使用者の霊力を活かせる作りになっているのは間違いない。怪訝な顔をする猫田から離れ、弧乃木は後部スペースのハッチを半分ほど開くと、身を乗り出させて追い縋る霊団へ発砲を始めた。

 ダダダダダ!という激しい発砲音が響き、狛達は思わず耳を塞いだ。速度を上げた装甲車の走行音よりも遥かに大きな音だ。そんな中、猫田は耳を伏せながら、目の前の光景に目を奪われていた。銃弾を浴びせられた霊達が、まさにその身体を蜂の巣にされ、次々に霧散していったからだ。これには猫田だけでなく、狛も驚きを隠せない。


「なんだ!?ただの鉄砲じゃねーな…?」


「ご明察の通りです!この銃は対霊試作式銃エグゾミアと言って、自衛隊の新装備として開発された個人火器なのです!銃本体各部に組み込まれた霊石で使用者の霊力を底上げし、それを銀と鉛を配合した特殊弾頭に伝導させて発射し、霊体を破壊することに特化したと担当者は語っておりました!」


「何言ってるか聞こえねーよ!!」


 銃弾のばら撒かれる発砲音で、弧乃木の説明はほとんど聞こえないが、その威力と効果のほどは一目瞭然であった。ちょうど直線の道路に入ったことで、霊団は銃弾を避ける事も出来ず、それを全てまともに食らっていた。軽装の歩兵や鎧武者の霊は立ちどころに霧散し、先頭にいた騎馬武者も穴だらけになったままやがて速度を落として、完全に動きを止めた。そして、ひび割れたガラスのように粉々になって消滅してしまったようだ。


「畦井!一旦停止だ、敵の状況を確認する!」


「了解!」


 装甲車は急ブレーキをかけ、少しバックをして打ち倒した騎馬武者が消滅した付近へ戻る。狛と猫田が降りて確認すると、やはり完全に霊体は消滅していたようだった。少し現実的な言い方をすれば、霊に物理攻撃が効かないというのは誤りである。正しく言うならば、霊力の込められていない攻撃が効かないのだ。

 古くから人と妖怪が争った時に、人は剣や刀、槍などを使う一方で、弓矢を使う事もあった。それは弓が直接、その手から射手の霊力を矢に伝える事ができるからだ。それと同じ事が出来るなら、銃も有効打に成り得る武器なのである。


「なんて威力だ……やっぱ人間はとんでもねーな…」


 あの騎馬武者は、かなりの霊力を持った強敵に思えた。しかし、それがご覧の有り様だ。もしこの武器が量産されて、広く普及すれば力の弱い妖怪は簡単に狩られる側へと回るだろう。今は退魔士や霊能者などの絶対数が少ないから放置されている面もあるが、これが一般的な装備になってしまえば人間の誰もが対抗する手段を持つ事になる。猫田は妖怪として、そんな未来に空恐ろしいものを感じていた。


「こんな事が出来るなら、私達退魔士なんてお払い箱かもね」


「一自衛官としてはお褒め頂いて恐縮ですが、これはまだまだ実戦配備には問題がありますがね。目下の問題として、これは重すぎる。携行火器として使うには厳しい重量です。それになにより値段が……」


 弧乃木がぼそりと最後に呟いたそれこそが、最大の難点なのだろう。狛が見る限り、その銃には大小合わせて十数個の霊石が使われている。その純度にもよるが、霊石はかなり高価な代物だ。霊的鍛錬を積んでいない人間の霊力を、妖怪や強力な悪霊に通用するまでに引き上げるとなると、霊石にもかなりの質が要求される。それが十数個となれば、下手をすれば家が建ってもおかしくない金額になるだろう。銃一丁にそんな金額は、いくらなんでも使い過ぎだ。


 ただ、今証明してみせたように、その威力と効果は十分過ぎるものがあるのも事実であった。狛は遠い未来に、自分達を取り巻く環境がさらに激変することを予感して、身震いするのであった。

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