「しかし、やっぱあの騎馬武者一体を倒したくらいじゃ、状況は変わりそうにねーな」
「……そうみたいだね」
あちこちから感じられる悪意に満ちた霊気は、依然として町全体を包み込んでいる。猫田が最初に想定していた通り、七首市の由来となった七人の武将達、その全てを倒さない限り、町を解放するのは難しそうだ。
狛達の当初の目的は、神奈の友人であり恩人である剣道部の部長、周防を助けることだったが、町がこれだけ悲惨な状況にあると知ってしまった以上、このまま見過ごすわけにもいかない。どうにかして事態の収拾を図る方向に目的は変わりつつあった。
「どうする?さっきのが親玉の一体だったとして、残りも探し出して叩き潰しちまうか?」
「それはいいけど、あてもなく探し回るのも時間がかかり過ぎるよ。そもそも、どうして今この亡霊達が暴れ出したのか、考えた方がいいと思う」
狛の言う通り、さきほど倒した騎馬武者はたまたま狛達を発見したから襲ってきたのだろう。狛達は周防の家に到着するまでに、何度も霊団と戦ってきたのだから、彼らが狛達に気付いて襲ってきたのなら、もっと早く交戦していてもおかしくなかったはずだ。
「どうして…って、何か理由があるってのか?」
「うん。例えば、彼らを祀ってるお墓に何かがあったとか……そういうこと」
証拠もなくそれらを結びつける気にはなれず、妖怪を狂わせる石のこと、とは言えなかった狛はひとまず無難なセンをあげた。とはいえ、決してあり得ない話ではない。怨霊を鎮める為に祀られた塚や墓にちょっかいを出して、眠っているものを目覚めさせてしまうなど、今も昔もよくある話だ。
「なるほどな、そう言う事ならあり得るか。でも、こいつらの墓なんてどこにあるんだ?」
「それは……どこだろう?」
さすがに思い付きで言ったことなので、狛にもそれ以上は解らない。せっかくの提案も暗礁に乗り上げそうになったその時、畦井が手を挙げた。
「あの、お墓とか少し違うけれど、塚なら解るわ。ええと……ああ、あったわ。これじゃない?」
そう言って畦井が七首市の地図を開いて示したのは、あのゴルフ場である。
「ここって、ゴルフ場?」
「ええ、実際にここで合戦があったって石碑が建っているらしいわ。聞いた話だと元々その石碑は、戦没者の慰霊の為に作られたんだとか…」
「もし狛の予想が当ってりゃ、塚を正しく祀り直せば終わる可能性もあるな。…行ってみる価値はあるか」
「どっち道、ここでじっとしていても始まりませんからな。よし、善は急げだ」
霊団を率いる騎馬武者を探して倒すにしても、弧乃木の言う通り、ここで待っているだけでは無駄である。狛達は再び装甲車に乗り込み、一路、石碑のあるゴルフ場に向かうのだった。
それから30分ほど車を走らせ、ようやく目的地のゴルフ場が見えてきた。七首市はそう大きい町ではないのにこれほどの時間がかかったのは、道路上に放置された車を避けたり、侍の霊団を蹴散らしたりと、スムーズな移動が出来なかったせいである。
特に霊団達は、ゴルフ場に近づくほど遭遇する頻度が上がって来ていた。あの騎馬武者の霊にこそ出会っていないが、それ以外の霊団と接触する回数は増えている。ここまで来ると、狛の予想が的外れなものではないと誰もが思うようになっていた。
「もうすぐ目的地ですが、このまま突っ込みますか?」
「この状況では仕方ない、入口のゲートが開いていなければ破壊してでも進入しろ」
やや強引だったが、畦井は弧乃木の指示通り、遮断機のようなゲートを突き破って無理矢理に突破した。さすがは装甲車だけあって、この程度はなんともない。それよりも問題なのは、ゲートを抜けた先のゴルフ場に、無数の侍達の霊が待ち構えていたことだ。それだけではなく、恐らく霊団に襲われて犠牲になった人々も死体のまま集められている。
そんな精気の感じられない、昏い穴のように濁った瞳が一斉にこちらを向いていた。
「な、なんだ…これは!?」
「当たりを引いたな。ここが本当に奴らの巣だったってことだろう。…おい、それよりやべーぞ、一気に来るぜ!」
怒号にも似た叫びを上げつつ、狛達目掛けて霊と死体の集団が動き出した。霊は結界で防げるが、問題は実体のある死体の方だ。装甲車は
「畦井!車を出せ、囲まれる前に突破するんだ!」
「了解!」
アクセルを目一杯踏んで急発進し、出来るだけ死体の数が少ない箇所へと装甲車が加速する。同時に、弧乃木が窓から身を乗り出して、
それを熟知している弧乃木は、死体の足を狙って文字通りの足止めをしようとしていたが、数百メートル進んだ所で甲高い射撃音がして、装甲車が突然バランスを失った。
「きゃあああっ!?」
「神奈ちゃん、アスラ!」
「おおおっ!?」
轟音を立てて横転する車内で、狛は咄嗟に神奈とアスラを抱き寄せて人狼化し、尾で包んでガードする。猫田も瞬間的に体を猫に戻して、くるんと回転をしてうまく難を逃れたようだ。
「…っの、
怒りに任せ、巨大な猫の姿に変化しつつ後部スペースのドアから飛び出していった猫田が次々に死体を蹴散らしていく。侍の霊達は結界で防げることを見越しているらしい。だが、後部スペースを守る結界は事故の衝撃からか徐々に薄くなり始めていることにはまだ誰も気付いていない。
「い、今のは…?畦井、十畝!無事か?!」
弧乃木は起き上がり、頭を振って部下達の名を呼ぶ。しかし、その声は運転席には届いていないようだった。その隣では、狛が人狼化を解いて神奈とアスラの無事を確認している。
「よかった、神奈ちゃんもアスラも大丈夫だね。弧乃木さん、車を出ましょう。私が道を開きます!」
「…いや、狛君、先に行ってくれ。私はここに残るよ」
「弧乃木さん?どうして…あ、その足っ!?」
弧乃木の左足が、不自然な形に曲がっていた。装甲車が横転した際に折れてしまったようだ。よくみると、弧乃木は大量の油汗を搔いていて、相当な痛みを我慢しているのがありありと見て取れた。
「幸い、猫田さんが死体を優先して排除してくれているようだ。車は動かせそうにないが、結界は生きているから私はここで彼の援護をしていよう。君達に任せることになるのは申し訳ないが、何とか塚まで辿り着いて、事態を収束させてくれ。頼んだよ」
「解りました…!必ず助けに戻ってきますから、それまで頑張ってください!行こう、神奈ちゃん!」
「ああ…!」
狛と神奈、そしてアスラは開け放たれたドアから外へ飛び出すと、結界に阻まれて近寄れずにいた侍の霊達を蹴散らして道を作る。ちょうど車の進行方向だった林の先に、大きな霊力が複数感じられたのでそこを目指せば間違いなさそうだ。
「猫田さん!弧乃木さんが足を怪我して動けないの!お願い、弧乃木さん達を守って!」
「ああっ!?解った、しょーがねぇ!任せろ!お前らも気を付けろよ!」
「うんっ!」
猫田は縦横無尽に飛び跳ねて敵を排除しながら
二人と一匹は一気に駆け出し、林の先にあるはずの塚へ向かう。徐々に日は暮れかけており、死者達の時間が訪れ始めていた。