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第183話 猫田、敗北…?

「鷲崎…?コイツ、いや、まさか……」


「さて、名乗りも済んだ所だ。さっさと仕事を終わらせるか」


 その名を聞き、動揺する猫田などお構いなしに、八雲は肩を鳴らして猫田へ鋭い視線を向けた。軽い調子の男に見えるが、その殺気は本物だ。祓い屋と聞いていなければ殺し屋だと錯覚してもおかしくない。そんな死の気配を纏った男であった。


「ま、待て!何で祓い屋が亡霊や死体どもの味方をしやがるんだ!言っとくが、この暴走は俺らがやったんじゃねーぞ!?」


「?何を言って……ああ、そう言う事か。安心しろ、誤解も勘違いもしていない。元より、お前がコイツらを操っているとは思っていないさ。これをやったのは


「な、んだと……?ぐぅッ!?」


 猫田が驚愕したその瞬間、隙を突いて、再びキュンッという甲高い射撃音がして何かが猫田の肩に突き刺さっていた。八雲はニヤリと笑って、追撃をしかけてくる。猫田は咄嗟にその場を跳んで躱そうとするが、避けきれずに後右脚を掠め、近くにいた亡霊と死体は巻き込まれて破壊された。


「ちっ、完璧に隙を突いたつもりだったが、やるな」


「や、野郎…っ!!」


 八雲が見えない何かを飛ばしてきているのは解ったが、その正体が一向に掴めない。その後も何発か繰り出される攻撃に対し、猫田は上下左右、縦横無尽に飛び回って回避運動を取っているが、一度足りとも完全に躱す事が出来ずにいる。


「無駄だ無駄だ。どんなに速く動こうが、俺の穿刺霊弾せんしれいだんからは逃れられんよ」


「クソっ!…なら、これでっ」


 猫田は更に加速して、一定の距離を保ちつつ八雲の背後に立った。八雲は祓い屋を自称しているようだが、身の守りはそう固くなさそうだ。強力な結界を展開している様子もない。このまま魂炎玉こんえんぎょくによる炎を叩き込めば終わる、はずだった。


「無駄だと言っている。…そこか」


「なにっ!?」


 八雲はその場から一切身じろぎもせず、振り返る事さえせずに反応した。先程の八雲の言ではないが、今の猫田は完璧なほど八雲の隙を突いたはずだ。どこから何を飛ばしてきているのかが不明なだけに少し離れた位置ではあったが、全く猫田の方を見ることなく攻撃をするなど、並大抵の技量で出来る技ではなかった。


「ぎゃんっ!!」


 それでも奇跡的な反射で、猫田は眉間への一撃を逸らし、喉元で受けた。眉間ではないが、喉は十分急所だ。猫田は一瞬倒れそうになりながらも、ふらつきながらその場を離れた。


「ば、化け物め…後ろにも、目がついてやがるのか……!?ぐっ」


「ふん、お前の方こそ大したものだ。俺の穿刺霊弾せんしれいだんをこれだけ受けても尚生きているとは。…並の妖怪なら、一発か精々二発でお陀仏のはずなんだがな」


 ちらりと周囲を見て、八雲が呟く。彼の言う通り、猫田を攻撃した流れ弾は取り囲んでいた亡霊や死体達を破壊し尽くしていた。今はもうごく僅かな数が遠巻きに二人を見ているだけである。


「まぁいい。その頭に喰らえば、いくら頑丈な妖怪でも耐えきれまい。……女房が猫好きでな、あまり猫を傷つけたくないのさ。これ以上、無駄な抵抗は止めろ」


「へっ…!そいつぁ、いい女じゃねーか…大事に…しろよ?」


「……妖怪如きに言われるまでもないな。あばよ、ドラ猫」


 度重なる八雲の攻撃を受け、既に満身創痍となっている猫田だったが、八雲が言葉を言い放つと同時に、魂炎玉こんえんぎょくを最大にして、自身を隠すように展開した。紫焔のカーテンが猫田を覆い、その身体は完全に八雲の視界から隠された。しかし、八雲は全く動じずに小さく溜め息を吐いて、穿刺霊弾せんしれいだんを放った。


「くだらん、何か企んでいるかと思えば、単なる目くらましとは……どんなに隠れようとも、無駄だ」


 聞き慣れてしまった射撃音の後、炎のカーテンの向こうで猫田の額に穴が開いていた。そして、八雲は静かに振り向き、月を見上げている。


「終わったな。さて、レディの方はどうなったか」


 勝利を確信したその呟きは、風に乗って消えていった。





 ――そして、少し時間は戻り、再び狛達の戦いである。


 見るからに死体と解る肌の色をした大男は、巨大な槌をその頭上高く振り上げた。足元に倒れ伏している狛は、どうやら先程の不意打ちで意識を失っているようだ。彼の狙いは、まさに狛の頭である。


「アラアラ…狛、そんな所で寝ていたらダメ。?フフ…」


 白々しく嗤うレディの言葉は、狛には届いていない。侍の亡霊達の攻撃を避けながら、神奈が叫ぶ。


「狛!起きろ、目を覚ますんだ!頼む!」


 しかし、その叫びも空しくゴルフ場に響くだけで狛は目覚めない。そうしている内に、大男の振り上げた槌は頂点に達し、今まさに渾身の力を込めて振り下ろされんばかりになった。


「Goodbye.狛……これからはずっと一緒よ。やりなさい」


「や、止めっ!!」


「ウオオオォォーーーーンッ!!」


 神奈の叫びをかき消すように、アスラが吠えた。すると、狛の身体がビクンッと跳ねて飛び起き、あっという間にバックステップを駆使して、間一髪で槌を躱す。狛は意識を取り戻したように見えたが、その頭はダランとしたままだった。


「こ、狛…?」


 何が起こったのか解らない神奈達を余所に、狛はフラフラと右手を上げて自分の頬を思いきり叩いている。かなりの強さで叩いたからか、狛はそこでようやく目を覚ましたようだ。


「っつうぅ…って、え?なに、どうなってるの?」


「狛!!」


「…ナニソレ?あの犬が狛の身体を操ったって言うの?」


 呆れるレディだが、事実はそうではない。アスラが遠吠えで呼び起こしたのは狛本人ではなく、。イツは狛と繋がっているので、同じように意識を失っていたが、イツには実体があるわけではない。アスラの声によって狛より先にイツを目覚めさせ、同化しているイツが瞬間的に体を動かしたのである。

 とはいえ、長い時間精密な動きが出来るわけではないし、霊力の源は狛なわけだから、狛の意思が無くては強い力は発揮できないので今のは本当に切り札…或いは隠し玉的な手だ。そう何度もは使えないだろう。


「そっか…解った。ありがと、イツ、アスラ!」


 目覚めたばかりの頭だが、狛はすぐに状況を理解し、二匹に礼を告げる。そして、レディを睨み改めて相対した。


「レディちゃん……!」


「フフッ、まぁいいわ。そう来なくちゃ面白くないしね。久し振りね、狛。オショーガツ以来かしら」


 槐による犬神家襲撃、その現場にいたうちの一人がレディである。あの時は、何かの間違いであって欲しいと思っていたが彼女がここにいるということは、狛にとってもう一つ、最悪の予感が的中した事を意味していた。


「レディちゃんがここにいるってことは…あの動画の事も、妖怪を狂わせる石を使っているのも、全部槐叔父さんがやってることなんだよね?」


「動画?…ああ、あの出来の悪いvideoの事ね。そうよ、ああいうB級映画染みたことは好きじゃないんだけど、仕方ないわね。それと妖怪達を狂わせる力はエリス…ええと、コハギが用意したものだわ」


 あまりにもあっさりとレディが自供したので、狛は少し気が抜けそうになったが、脱力している暇はない。つまり最近起こっている騒動、その全ての発端は、犬神家なのだ。昏睡状態にある兄、拍に代わって、当主代行である自分が決着をつけねばならない。狛はそう確信した。


黒萩こはぎさんが…どうして…」


「理由はまぁ、いずれ解るでしょう。一つ言えることは、ボス…エンジュは相当Crazyな人間だってことね。さぁ、そんなことより殺し合いを始めましょう。私とあなたで、ね」


 ふぅっと息を吐いて、レディが俯いている。どうも彼女自身、槐についていけないと感じる部分があるようだ。それでも彼に従っているのは、それだけレディに利点があるからだろう。実際、狛に戦いを挑むレディの表情はとても明るい。レディの性格から言って、いくら狛が説得して聞いてもらえるとは思えない。狛は改めて戦う覚悟を決めて構えを取ってみせた。


「そっか…解ったよ、レディちゃん。でも、ここで私も引き下がるわけにはいかないから。私がこの手でレディちゃんを止めてみせるよ!」


「そう、それでいいのよ。思う存分戦って、殺し合って…そして最後はきっちり殺して、狛、あなたを私だけの可愛い人形にしてあげるわ!」


 こうして遂に、因縁のライバルとなる二人の戦いが始まるのであった。

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