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第184話 列戦の行方

「はああああああああっ!!」


 狛は霊力を全開にして、レディが操る大男へと突貫した。そのスピードは今までの比ではなく、神奈やレディの眼からはほんの一瞬狛が消えたかのように錯覚するほどの速さである。目にも留まらぬとは、今の狛の動きを指す言葉と表現して間違いない。


 大男はその速さに全く対応出来ず、当然防御など欠片も出来ない有り様だ。そのまま懐へ飛び込んだ狛は渾身の力を込めて、がら空きの腹へ拳を突き込んだ。


「えっ!堅いっ!?」


 しかし、その一撃は男の身体を微塵も揺るがす事は無かった。常軌を逸したその硬さは、およそ人のそれを大きく上回っている…筋肉の鎧というよりも、もはや、装甲である。驚愕して立ち止まった狛に向けて、今度は大男が手にした槌を横薙ぎに振り抜いた。


「ふっ!!」


 男の背丈が高い分、攻撃の位置もかなり高く、ちょうど狛の頭辺りを狙う位置だ。狛はそれを一歩踏み込みながら屈んで躱すと、そのまま男の足元に手をついて逆立ちのようになって、男の顎を蹴り上げた。


「くっ!!こっちも!?」


 狛の予想とは違い、その顎も異常な硬さを誇っていたようだ。微動だにしない男が反撃に出る前に、狛はそのまま男の胸を蹴り、同時に手で地面を押して跳ねるように後ろへ飛び退った。


「よいしょっ!」


 九十九つづらの帯を使って、空中でくるんと身体を上下に回転させて着地する。曲芸染みた動きではあるが、男はその動きには対応できていない。速さでは圧倒的に狛の方が上である。


「フフフフフッ…!そいつはそう簡単に倒せやしないわ。なにせ、は1000体以上の死体を潰して再構成した特別製だもの。狛、あなたを殺すには、量より質を高めないとね」


「せ、1000っ!?ウソでしょ…?」


 冗談のような単位に聞こえるが、レディには、以前手に入れた2万体のミイラという途方もないがあるので、決して出来ない数字ではない。もっとも、狛達はそれを知らないのだが。

 しかしながら、狛も今の攻防で感じた硬さからすると、それは誇張や間違いではないように思えた。今の狛が全力で殴れば、厚さ数十㎝の鉄板でさえ打ち破る破壊力がある。キックならば尚更だ、それが全く通用しないのだから、本当に1000人分の肉体を重ね合わせていたとしても不思議ではない。ただ、それほどの硬さでは動く事すら出来ないだろうが、それを可能にしているのは、レディの能力故なのだろう。


 結局、その事実がどうあれ、狛の攻撃が通用していない事が問題である。はっきり言って、あれを打ち破るのは素手では不可能だ。狛はすぐに作戦を変えて、九十九つづらから実体化させた傘を受け取り、霊力を通して霊波の刃を発生させた。殴打が効かないのであれば、あとは切り裂くしかないのだ。狛は力を解放しながら、大男と睨み合う形で対峙している。


「フッフフ…そう、そうよね。そうくるはずよ」


 狛の戦闘における詳細な情報は、黒萩こはぎから受け取ってきた。今日に至るまで、レディは狛を倒す為に何が必要かをずっと考えていたのだ。以前直接戦った時よりも、狛はずっとずっと強くなっている。もちろん、あの傘から高出力の刃を生みだすことも承知の上だ。素手の攻撃が効かなければ、それを使う事は容易に想像できた。


 それを打ち破る為に造り上げたのが、目の前にいる大男の死体…巨人を意味するRieseリーゼと名付けたモノである。

 Rieseリーゼは、ただ1000人分の死体を組み合わせて押し固めただけの怪物ではない。狛の霊力に波長を合わせて調整した結界符を、その体内に多数埋め込んであるのだ。それはレディの霊力で起動し、身体の内側から結界をその都度展開している。だからこそ、狛の打撃が完璧に通用しなかったのだ。


(結界を常時展開させているとタネがバレる…あくまで狛の攻撃が当ったときだけ起動させなければ)


 レディが動かず、Rieseリーゼと狛の戦いを注視しているのはそれが理由だ。タイミングをずらさず結界を発動させるために、レディは必要以上に動けないのであった。


 そして、その戦いに加勢したいと思っても動けないのは神奈も同じであった。首無し武者四体から次々に攻撃されていて、アスラが助けてくれていなければ、とっくにやられていただろう。


「くっ!?四対一では逃げるしか……」


 自らの無力さを噛み締めながら神奈は素早い身のこなしで攻撃を躱している。その手に持っている愛用の木刀で反撃に移りたい所だが、剣道で一対一の試合に慣れ過ぎている神奈は、四人を同時に相手取る戦い方に不慣れなのだ。


 亡霊である首無し武者達は、持っている刀も物質ではない。あくまで彼らの霊力が刀の形をして、そう機能しているだけだ。最初に狛が敵の槍の穂先を掴んで見せたのも、自らの霊力でその刃としての機能を抑え込んだからである。なので、神奈の木刀であっても霊力さえきちんと通せば、武者達の刀を受けることは出来るし、ダメージを与える事も可能である。


 まだ未熟な神奈がそれをやるには、精神を集中させ正しく霊力を木刀に流し込まなければならない。狛は容易く行っていることでも、神奈には難しいことであった。


「あの時のように、顕明連けんみょうれんが使えれば…!」


 それは対紫鏡戦で、己の血と魂に眠る先祖の鬼が与えてくれた鬼神の刀…持ち主に多大な力を神通力をもたらす究極の刀である。だが、今の神奈にそれは自在に扱う事など出来ない。紫鏡との戦いで先祖と交信し、顕明連けんみょうれんを使えたのも、あれが魂だけの状態であったからだ。

 神奈はまだ、己の中の先祖と対話することすらままならないのである。


「ないものねだりをしても仕方がないか、やるしかない!」


 神奈が反撃の覚悟を決めると、アスラもそれを敏感に察知し、回避から反撃する方向へと動きが変わり始めた。


 しかし、覚悟を決めたと言っても、一朝一夕に結果が出るわけでもない。死中に活という言葉もあるが、無謀を履き違えてはただ死ぬだけだ。あくまで冷静に、それでいて己の力を最大限に引き出す…そんな意識を持つ必要がある。


「そうだ…今の私はあの時とは違う、違うはずだ!」


 神奈が言っているのは初めて鬼の血に目覚め、玖歌と戦った時のことだ。あの時は鬼の血に吞まれて我を忘れ、玖歌や狛にまで危害を加えようとしたらしい。神奈はあまり覚えていないのだが、狛を傷つけそうになったと聞いて、文字通り血の気が引いたものだ。鬼の血を引く人として、或いは剣士としても未だ未熟な自分ではあるが、挽回するならここしか、今しかない。神奈は誰よりも強い意思を持って、力の感覚を探った。


(私の中に鬼という怪物の血が流れていると知って、私は怖かった…恐ろしかったんだ。だが、紫鏡と戦った時や、今こうして仲間の為に戦うとなった時、それは忌むべきものじゃないと知った。それも私の力なら、私は自分を、先祖を否定しない。だから、頼む…私に力を貸してくれ!)


 神奈は意識せずに目を瞑っていた。それは彼女が剣道の練習や、試合で追い詰められた時に行う行動であった。試合では防具を着けているので解らないのだが、練習の時などはこうすることで感覚が鋭敏になり、気配や音で周囲の状況を察知する事が出来る…と思っている。


 そんな達人のような領域に達していると自分で驕るつもりはなかったが、今は違った。命懸けで敵と向き合うその緊張感からか、今日は本当に周囲の様子がのだ。その理由はまさに神奈の額を見れば明らかだった。いつの間にか神奈の右のこめかみに、鋭く尖って直角に曲がった角が生えていた、それが周囲の気配を報せているのである。

 首無し武者達は、当然そんなものには注意を払わない。そして、レディも神奈には見向きもしていない。誰も神奈の変化に気付く者はいなかったようだ。


 その片角は、水晶のようにキラキラと輝く物質で出来ていて、昇りかけた月明かりが反射して美しい光を放っている。神奈の身体には霊力が漲り、手にした木刀にも、しっかりとそれは伝わっていた。

 まずは正面から二体の武者が、大上段から刀を振り下ろす。神奈は右肩越しに刀を構えてその攻撃を受け止めると、そのまま刀そのものを斬るように薙ぎ払った。


「でぇいっ!!」


 開眼し、気合と共に振り切れば、その刀ごと武者の上半身は両断され、二体の首無し武者は塵のように消滅していった。間髪入れず、その背後からもう一体の首無し武者が襲い掛かるが、それにはアスラが勢いよく体当たりをして、その攻撃をいなした。


「アスラ、良い子だっ!」


 体勢を崩した武者に向かって、神奈が渾身の力を込めて突きを放てば、それは見事に霊体を貫いてまた一体消滅させることに成功した。


「残りは、あと一体…っ!」


 瞬く間に三体を滅ぼした神奈の視線は、じっと佇んで神奈の様子を窺う最後の一体に向けられている。…この戦いも、決着の時が近づいていた。

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