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第188話 すれ違う友情

 その後、侍達の亡霊が消えた事を確認して、狛達が戻ってきた。弧乃木の足は重傷ではあったが、他に目立った怪我はなく、畦井と十畝も横転の衝撃で気を失っていただけだったのは不幸中の幸いである。狛の怪力で横転した装甲車を起こすと、すぐに無線で救援を呼び、数時間後には、町全体の解放が確認された。


 また、神奈が助けようとしていた剣道部の部長、周防も無事であった。あの時、ちゃんと家の中にいたようで、神奈の声も聞こえていたのだという。その結果には神奈だけでなく、狛もホッと胸を撫で下ろしている。

 とはいえ、決して犠牲者の数は少なくなかった。たった一晩の内に、死者と負傷者が合わせて数百人規模となる大惨事である。これは、日本の歴史上…いや、世界的に見ても稀にみる大規模な霊的存在による事件だ。事態が事態なので、自衛隊と警察を通して政府に働きかけがあり、マスコミには箝口令が敷かれたようだが、それがどれだけ守られるかは疑問であった。


 そんな騒動から数日後のある日のこと。


「ねぇねぇ!コマチ、神奈!玖歌ちゃん誘ってこれ行かない?手作りジュエリー教室なんだけどさ、センセーが凄くイイヒトなんだよねー!」


 チラシを持って興奮気味に話しているのは、メイリーである。どうやら、近所で営業が始まったジュエリー教室に行きたいらしい。メイリーの母はタウン誌の編集長をしているだけあって、中津洲市の事には詳しく、人脈も多い。件の教室で講師をしている人物も顔見知りであるようだ。


「へぇ、どんな人なの?」


「YaMaChiさんっていうデザイナーさんなんだけどね。まだ若いのに、海外でもいくつも賞を取った事がある有名なヒトなんだって!うちのママとも仲が良いんだよー。ねね!行ってみない?」


 どことなく営業活動が入っている気もするが、メイリーは性格上、あまりそういう企みが出来るタイプではない。純粋に皆で行きたいと思っての発言のようだ。狛は興味深そうに頷いてみせたが、隣で話を聞いていた神奈は俯いて狛の方をちらっと見た後、顔を背けて逃げるように去って行った。


「ごめん、私はいいよ。皆で行ってきてくれ……じゃあ」


「あ、神奈!……うーん、ダメかぁ。コマチ、神奈となんかあった?」


「いや…私にも、よくわかんないかな…ハハ」


 誤魔化すように笑う狛の表情は、普段の花が咲いたような明るさとは程遠い、何とも寂しげなものである。メイリーは二人の間に何かがあったと推察するものの、それ以上、何を言えばいいのか解らなくなって、ただ黙るしか出来なかった。



「神奈ちゃん、まだ怒ってるみたいだなぁ……」


 放課後、桔梗の自宅へ向かう帰り道、迎えの猫田を一人で待っている時に狛は一人呟く。よほどショックだったのか、心の声が漏れ出てしまっているようだ。レディとの戦いの後、狛は神奈に途轍もない剣幕で怒られた。神奈曰く、一歩間違えれば殺されていたかもしれない相手に、何故友達になろうなどと言えるのかということだ。

 確かに、あの時狛が死なずに済んだのは、あれが満月の夜だったからという偶然によるものだ。あれが一日でもズレていれば、狛はあの場で確実に殺されていただろう。それは狛にもよく解っている。それほどに殺意を向けてくる相手と友達になろうという感覚が異常だと神奈が感じる気持ちも、理解できないわけではない。ただ、狛はレディが自分に対して、殺意だけの感情を向けているわけではないことも察していた。


 そもそも、狛はレディの詳しい生い立ちを知らない。死霊術師ネクロマンサーとしての力を持っていることは知っているが、彼女が暗殺者であることや、何故槐の元にいるのかなど何も詳しいことは話をしたこともないし、解らないのだ。

 解っているのは、あの時の言葉通り、彼女が歪んだ形で狛と友達になりたいと思っていることだけである。


「ちゃんと解り合えれば、また普通に仲良くなれると思っただけなんだけど……」


 レディが来てから、正月までの数か月間、狛達は何度もレディと交流してきた。えんじゅが反旗を翻して行動に出るまでは、レディは比較的自由だったこともあり、それなりに人付き合いもしていたのだ。事実、クラスでも少しずつ打ち解け始めていたから、その美貌だけでなく本当の意味で、レディはクラスメイト達から信頼もされていたし仲間として認められていた。


 そんな経緯があるせいだろう、狛はレディの内面を見誤っている。狛を殺そうとするのは行き違いか、不器用な感情表現なだけで、本当は理解し合えるのだとそう感じている。しかし、レディの傍には産まれた時から殺しがあり、死体があった。本来、彼女の生きてきた世界は狛達とは相容れないものであるとは、欠片も思っていないのである。


 とはいえ、幼馴染とも言える神奈から距離を置かれることも、狛には辛いものがある。特に神奈は狛大好き人間を自称するほどの間柄だった、狛も神奈の事が大好きで、メイリーと共に親友であると思っていたのだ。そんな神奈に避けられるのは、狛としてもやりきれない思いしかない。

 だが、どうすればいいのだろう?レディはきっと狛の事を諦めていない。機会があれば、また狛を殺して手に入れようとするだろう。立ち向かって殺し合い、今度こそレディを殺せば、それでいいのだろうか?狛にはどうしてもそれが正しいとは思えず、その答えが見つからないようであった。


「わっ!?ね、猫田さん!?」


「下向いて何やってんだ?不用心だぞ、気をつけろよ。敵は槐達だって解った以上、何をしてくるかわかんねーんだからな」


 俯いて考え込む狛の後頭部に何かが置かれた。狛が驚いて顔を上げると、猫田はさっとそれをどかして狛の顔を覘き込んでいた。匂いからすると、どうやらハマが用意してくれた料理のお土産らしい。ここしばらく、くりぃちゃあに顔を出せていないが、あの店の優しい妖怪達はいつも狛を気遣ってくれる。狛は思わず涙ぐんで胸の奥に熱いものを感じながら、それを誤魔化すように明るい反応をしてみせた。


「わぁ!お土産?美味しそう!ハマさんのご飯久し振りだなぁ…皆元気してた?」


「ああ、アイツらは大丈夫そうだったよ。…妖怪を狂わせる石の事もちゃんと話をしてきた。一応、知らねー妖怪と人間には気を付けるとさ。客商売なんかしてると、中々難しいだろうけどな」


 ぼやきながらも、猫田はどこか安心したような表情に見えた。騒動の原因が槐であると知った時点で、狛や猫田が考えたのは、彼らがくりぃちゃあの面々に手出しをするのではないか?ということであった。

 くりぃちゃあは表向き妖怪コンセプトカフェであるが、その実態が人の傍にいたいと願う妖怪達の巣であることは、狛を通じて犬神家全体に情報が共有されていた。そんな彼らは狛の性格から言って、また猫田の存在からみても、二人のアキレス腱になり得る存在である。

 もしも妖怪を狂わせる石が今後も使われるなら、邪魔な存在である狛達を始末する為に、彼らを利用する可能性は十分考えられた。鴉天狗の白眉の話からすると、槐達は味方に引き入れられないと判断した妖怪達を狂わせて、適当な先兵として利用するつもりであるようだ。槐達の最終的な目的は未だ謎だが、狛達の事を除いたとしても、くりぃちゃあの面々を暴走させる事はあり得ない話ではないだろう。


 そう考えた猫田は、久し振りに店へ一人で顔を出し、事情を説明することにしたのだった。狛が一緒に行かなかったのは、尾行され、今も懇意にしていると槐達にバレないようにという、細やかな苦肉の策である。


 大好物と言ってもいいハマの料理を前にしても、狛の気分は完全に晴れていない。それは人間の心を気遣うのが苦手な猫田から見ても解るほどだ。何か悩み事があるなら言えと言う訳にもいかず、猫田は家路につく狛の顔を隣で眺めることしか出来ずにいた。

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