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第190話 絆のしるしと、昏い足音

 放課後、狛達四人は揃って、メイリーの行きたがっていたジュエリー教室を訪れていた。槐達の事があるので、余り放課後に出歩くなと猫田には釘を刺されたのだが、この所塞ぎ込んでいた狛を不憫に思ったのか、最終的には許可してくれた。近所で暇を潰してくると言っていたし、どこかで久々に日向ぼっこでもしているのかもしれない。そして、まだ狛と神奈の間にはぎこちなさが見えるものの、ひとまず神奈は避ける事を止めたようなので、メイリーと玖歌は胸を撫で下ろしている。


「ここがそうなんだ。…アロマかな?良い匂いがするね」


 辿り着いた先は、住宅街の一角にある大きめの家だった。講師であり、デザイナーでもあるYaMaChiが自宅を改装して教室にしているらしい。所々に個人宅らしい雰囲気を残しつつも、見た事もない海外の調度品の数々から、家主のセンスの良さが見て取れる。


「いらっしゃい、メイリー。そちらが前に話してたお友達?」


「YaMaChiさんこんにちは!そうだよ、コマチと神奈とクッカちゃん。皆カワイイでしょ~?」


「ホントね。特にあなたはこまちさんって言うの?なんだか名前が似てて面白いわ」


「あ、初めまして、私は犬神狛と言います、よろしくお願いします。あの、コマチっていうのは、メイリーちゃんがつけたあだ名なので…」


「…そういえば、何故狛がコマチなんだ?」


「ん?だって、昔は美人のことをナントカ小町って言ったんでしょ?コマチにぴったりじゃん!」


「ええっ?それが理由だったの!?」


 初めて聞いたあだ名の理由に、狛は驚きの声を上げた。本当に今更なのだが、メイリーの感性は中々理解し難いものがある。あえて美人を形容する小町という意味だったと知り、狛は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。


「そうそう、皆上手ね。教え甲斐があるわ」


 狛達は一通り挨拶を済ませ、早速アクセサリー作りに取り掛かった。用意されたパーツの中から、思い思いの形にしていくのは中々楽しい。本当はジュエリー教室なのだが、お試しということで簡単なアクセサリーを作らせてもらった。これは趣味として悪くなさそうだ。それにしても、お近づきのしるしにと、YaMaChiが一人一人に作ってくれたアクセサリーは素晴らしい出来だった。狛が貰ったのはイヤリングで、白いカボションのトップは、まるで狛が人狼化した時の耳や尾のようにフワフワの毛で作られていて、和風のリボンが着いたタッセルは狛が纏う九十九つづらを切り取ったかのようだ。なにより一番驚いたのは、その上下のパーツを繋ぐ斑模様のビーズである。なんとなくのイメージだからと、YaMaChiは語っていたが、まるで猫田を連想させるパーツであった。


「凄い…こんないいもの、貰っちゃっていいんですか?」


 狛だけでなく、皆それぞれに作って貰ったアクセサリーを手に取って喜んでいる。最初に聞いた話では、YaMaChiは海外でも活躍するデザイナーだというから、これらもかなり値の張るものだろう。恐縮しながら伺う狛達にYaMaChiは笑顔で答えてくれた。


「いいのよ、皆のお陰で新作のインスピレーションが湧いてきたし、来てくれて本当に嬉しいわ。今日は簡単なものしか教えられなかったけど、もし続けてやってみたいって思ったら、いつでも通ってね」


「ありがとうございますっ」


 皆一様に頭を下げて礼を告げる。意外だったのは玖歌が強い興味を示した事だ。通おうかな、と呟いただけでなく、帰り際には早速契約書をしたためていた。妖怪である彼女がモノ創りを楽しむとは思ってもみなかったが、考えてみれば、猫田やくりぃちゃあの面々、それに玖歌も含めて妖怪達には途轍もない時間…余暇がある。生き甲斐というには大袈裟だが、趣味を見つければ没頭するのは当然かもしれない。以前出会った鴉天狗の種族には、武芸に価値を見出し、その生涯のほとんどを費やす者もいたと聞く。それを思えば、不思議な話ではないだろう。

 狛も本音では通ってみたいと思っていたのだが、槐達のことが頭にあって、今すぐに通いたいとは言えなかった。


 そして、YaMaChiの家を出た帰り道、狛は神奈に誘われて、近所の公園に立ち寄っていた。


「どうしたの?神奈ちゃん。レディちゃんの事なら、ごめんね。私、どうしてもレディちゃんが悪人だって思えなくて…神奈ちゃんや、皆に心配かけるつもりは無かったんだけど……」


「狛、ごめん!私の方こそ、狛の気持ちを考えていなかった!心配なのは変わっていないが、考えてみれば、狛にレディを突き放してしまえなんて、出来る訳がなかった…本当に、ごめん」


「謝らなくていいよ、私だって、神奈ちゃんが危ない事しそうになったら止めるもん。…ありがとう、心配してくれて」


「狛……大丈夫だ。私、玖歌に言われて気付いたんだ、狛が心配なら私が狛を危険から守ればいいって。私は強くなるよ、強くなって狛を守ってみせる…!だから、狛はやりたいようにやっていけばいい。私はいつでも応援するから」


「神奈ちゃん…!」


 神奈はそう言うと、手に持った包みから何かを取り出した。あまり派手な装飾は無い、シンプルなシルバーのバングルだ。どうやら、先程教えられた時に作ったものらしい。神奈は狛の手をとって、その手首にそれをはめた。


「これは、仲直りのしるしだよ。受け取ってくれ」


「あ…ありがとう。フフ、やっぱり私達親友だね。同じ事考えてたんだ」


 そう言うと、狛もポケットから包みを出し、それ開けてみせた。そこにあったのはミサンガである。いくつか教えて貰った中で、一番簡単なものだったが、他にもいくつかある。きっとメイリーや玖歌の分だろう。その内の一つ、赤をベースにしたミサンガを神奈の手首にはめた。


「神奈ちゃんは剣道部があるから、ミサンガの方がいいかと思って…どうかな?」


「ありがとう…!大切にするよ!」


「うん、私も大事にするね。これからもよろしく!」


 二人は固く握手をして、その後強くハグをし合った。狛は仲直り出来たことに安心したのか、少しだけ涙を流している。公園の端からその様子を眺めていた猫田もまた、狛に笑顔が戻った事に安堵するのであった。





 その頃、槐達のいる地下施設では、少し厳しい表情をした黒萩こはぎが、玉座に座る槐の傍らに立っていた。


「…それで?二人の容体は?」


「は、レディの方は問題ありません。心霊医術ヒーリングで十分治癒できるダメージでしたので、数日で復帰できるかと。怪我で言えば鷲崎の方が、かなりの重傷です。数週間の安静が必須ですね」


「ふむ、まさかあの二人を退けるとはな。狛と猫田か……」


 盃を揺らしながら、酒を眺めて槐が呟く。レディも八雲も、槐の組織では腕の立つ戦士達である。あの状況で、二人がこうまで完璧に撃退されるとは、槐も黒萩こはぎも夢にも思っていなかったようだ。槐は片肘をついて何かを考えている様子だが、どこか面白そうに、薄っすらと不敵な笑みを浮かべている様にもみえた。


「狛の動向は抑えてあります。処分いたしますか?」


「確かに、中々邪魔に育ったようだが、あと一歩まで追い詰めはしたのだろう?ならば、そう急いで狙う必要もあるまい。狛の弱点など解りきっているのだ、どうとでもなる。最悪、新月の時を狙えばいいだけの話だ。それよりも問題は……自衛隊の方だな」


 そう言うと、槐の視線が鋭くなる。ギラリと光を放つようなその瞳は、暗い紅色に染まっていた。


「報告によれば、自衛隊の新しい対心霊装備が二種類確認されました。結界を独自に展開する装甲車と、特殊弾頭を発射する銃器です。亡霊相手ではありますが、一定の戦果を挙げた模様です」


「想定よりも、自衛隊の連中が対心霊装備を開発するのが早すぎる。この国を呪術国家とする為には、今しばらくの間、妖怪や悪霊に対抗できる存在は我々だけでなくてはならない。…対処する必要があるな」


「そう思って開発者について調べましたが、中々尻尾が掴めません。よほどの手練れかと」


調査部俺達の情報網を以てしても、か…本当に何者だ?厄介な奴が防衛庁にいたものだな」


 槐は不満を隠そうともせず、盃の中身を呷った。先程までの余裕は影を潜め、苛立ちを露わにしている。


「しかし、面白い事が解りました。どうやら、あれらの装備は防衛庁から科学技術庁の高度特殊先進技術研究所へ情報が渡り、そこで開発されたようなのです」


「なに?」


 本来、防衛庁は自前で装備の開発などは行わない。大半は民間企業の作ったものをテストして、優れたものを採用するシステムになっている。国防に関することなので、防衛庁内部にも一応、研究開発する部門はあるが、そこからあえて他の省庁へデータを渡して設計や開発をさせることは機密上考えられないことであった。


「それはわざと先技研にリークしたということか?つまり、情報元の目的は……」


「あえて情報を拡散させることで、広く対心霊装備の研究を進めさせようという事でしょう。我々の動きに先手を打つつもりのようです」


 黒萩こはぎの言葉に、槐は怒りを見せた。黒萩こはぎの見立てが正しいならば、自衛隊はこのままいけば、狛とは比較にならないほど計画の邪魔になる存在だ。とても看過できるものではない。


緋猩ひしょう!」


「ははっ、お呼びでございますか?槐様」


 槐が名を呼ぶと、玉座から少し離れた場所に一人の大柄な男が現れた。彼らがここで決起した時、レディに食って掛かったあの男である。槐に呼ばれた事が嬉しいのか、猿に似たその顔一杯に、歪んだ笑顔を湛えている。


「手勢を引き連れ出陣しろ。派手にやっていい、何としても潰せ。目標は先技研と、その背後にいる者の情報だ」


「委細、承知!」


 にいっと笑った口元が開き、下歯かしから天に向く鋭い牙が顔を覘かせた。こうして、恐るべき魔の手がその矛先を新たに定めたのだった。

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