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第193話 槐の目論見

「やぁ、良く来てくれたね。君が犬神君か。初めまして、私は幻場累まほろばかさねという者だ。急に呼び立ててすまなかったね、部下から報告は聞いているよ、若いのに大したものだ。今は、君が犬神家の当主なのかな?」


「あ、初めまして、犬神狛です。私は代理で…当主は今、床に臥せっていますので……」


 狛が遠慮がちに答えると、幻場まほろばはすぐに察したのか静かに目を伏せ、そうかと呟いた。そのやり取りを人の姿になって隣で聞いていた猫田は、顎に手をやり一人考え込んでいた。


(幻場まほろばか、聞いたことねぇ名前だな。これだけの幻術を使うなら、もしやと思ったんだが…俺を見ても反応しねぇし、いくらなんでもそう都合よくささえの仲間が集まるわけねーよな。考えすぎか)


 狛に出会って行動を共にするようになってから、猫田は次々にささえ隊の仲間達や、その子孫と出会っている。もしや、また?と思ってしまうのも、無理からぬことだろう。

 そんな猫田の考えなど気付きもせず、狛と幻場まほろばは話を続けた。


「それで、幻場まほろばさん、一体何が起きているんですか?」


「そうだな、時間もない事だし、本題に入ろうか。…今から約3時間程前、この高度特殊先進技術研究所に猿型の妖怪達が徒党を組んで襲撃してきた。私はそれに気付いて慌ててここへ来たんだが、既にかなりの職員が犠牲になってしまっている。今は私の幻術で全てを眠らせて食い止めているが、私一人では生存者の救出と敵の撃退の両方をこなすのは難しくてね。君達に協力をお願いしたというわけさ」


猿妖えんようってことは、狒々ヒヒ猩々しょうじょう共か。狒々ヒヒはともかく猩々しょうじょうはそう暴れる連中じゃないんだがな。やっぱ例のアレか?」


 猫田が言っているのは、妖怪を狂わせる石狂華種の事だ。敵が槐の一味と決まったわけではないが、普段暴れる事が少ない妖怪達が暴れていると聞けば結びつけたくなるのは当然だろう。しかし、幻場まほろばは猫田のそれを否定するように首を横に振っている。


「妖怪を狂わせるというもの…かな?弧乃木から報告を受けているが、私は少し違うと見ている。敵の狙いは恐らく、この私だ」


「え?」


 どうして幻場を狙う事が先技研を襲撃する事になるのか解らず、狛は素っ頓狂な声を出してしまった。猫田も怪訝な顔をしている。そんな二人を余所に幻場は淡々と説明を口にした。


「話は変わるが、少し前に一本の動画がバズったのを知っているかな?この国が妖怪達に襲われる事になるが、自分達の主だけが人々を救えると言った話の内容だったが…」


「あ、はい。知っています、私達も見ましたから」


「そうか、なら話は早いな。君達の言う妖怪を狂わせる力…それはその動画の主によるものだろう。私は彼らが妖怪を狂わせ、この国に危機を齎そうとしていると踏んでいる。目的は、狂言…言わばマッチポンプさ。彼らは自分達が暴走させた妖怪達による騒乱を自らで解決して、人々を惹き付けようとしているのだ。その為には、自衛隊に力をつけられては困るのだよ。大方、先日七首市で見せた新装備の威力に焦ったのだろうな」


「そんな……!?」


 狛達は、レディ達と遭遇したことで、槐達が妖怪を狂わせて暴れさせている事実を掴んだが、その目的までは理解出来ていなかった。しかし、幻場の言う通りあの動画のメッセージと結びつけてみれば、ある程度納得の行く話ではある。だが、狛の知る限り、槐の理想は人と妖怪が手を取り合う事だ。その為だけにここまでの事をするのかは理解し難い。


「ちょっと待てよ、だったら何で連中はお前を狙わないんだ?来る途中で聞いたが、ここは軍の連中の屯所じゃねーんだろう?」


 妖怪である猫田には、軍隊と自衛隊の区別がついていないので軍と言っているが、正しく言えば自衛隊は軍隊ではない。幻場はそれを察しているのか、あえて特に修正することなく話に乗っている。


「奴らがここを襲ったた理由は二つ、一つは私がこの先技研に情報を流して新装備の開発をさせたからさ。ここは割と風通しが良くて民間に近いものでね、機密だらけの防衛省と違って、技術をあえて外に広めやすいんだ。私としては、あの新装備の技術を出来るだけ早く世間に浸透させ、研究を促進させたいと思っているんだよ。弧乃木から聞いたと思うが、現時点では量産や研究に莫大過ぎる資金が必要なのでね」


「ああ……」


 狛はそれを聞いて、弧乃木が呟いていた言葉を思い出していた。確かに、あの対霊試作式銃エグゾミアには大量の霊石が使われていて、総額で言えばとんでもない金額になるもののはずだ。それを一般的な装備とするには、あまりにも非現実的な高額の資金が必要となる。しかし、民間で自由に研究が進めば、話は別である。民間の高い技術力と開発力があれば、安価で実用的なモデルが、自衛隊内部だけで開発するよりもずっと早く生産され始めるだろう。仮に一朝一夕にいかなくとも、基礎研究の部分は大幅に進むはずだ。むしろ、幻場の狙いは実際の装備開発よりも分野としての研究そのものの発展にあるのかもしれない。

 そして、幻場は尚も、話を続けた。


「もう一つの理由は、私の所在が解らなかったからさ。私は防衛省の人間だが、とある事情で表には素性を明かしていなくてね。連中は私を狙おうとして探したが、どこにいるか解らなかったのだろう。大方、防衛省からこの先技研に開発の依頼があった所までを掴んで、研究成果の破壊と、ついでに私の情報を得ようとしたと思われる。私を狙う人間の良くやる手口だ。……ここまで大きな襲撃をしてくるとは、予想外だったがね。先技研の職員達には、申し訳ない事をした」


 それは言い方を変えれば、先技研を幻場を狙う者達の囮にしたということになる。彼女はそれを悔やんでいるようだ。その口振りからして、何らかの対策は予め取っていたのだろう。だからこそ、誰よりも速く彼女はここに駆けつけたのだ。問題は、それを上回る事態が起きてしまったことだろうか。


「そういうわけだ。私の事情に巻き込んでしまって申し訳ないが、どうだろう?協力してもらえるかな?」


「…解りました、協力します。まだ残っている人がいるのに、見て見ぬふりはしたくないですから」


 狛からしてみれば、この件に槐が関わっている可能性がある以上、無関係だとも言い切れない。何の意味や目的もなく、妖怪達が徒党を組んで人間を襲撃するなど普通ではあり得ない事だからだ。幻場の推測はあくまで推測でしかないが、彼女の見立ては間違っていないように思えた。


「…ありがとう。では、早速だが私と一緒に施設の内部に入ってくれ。そろそろ幻術の効果も限界が近いようだ」


「局ちょ…あ、いえ、幻場さん!私達にも手伝わせてください!」


 ここまで黙って話を聞いていた畦井と十畝が声を上げる。しかし、幻場は二人を一瞥すると、無駄な話はしたくないとでも言うように冷たく言い放った。


「君達は少し離れた場所で待機したまえ。対霊試作式銃エグゾミアが無ければ、君達は妖怪に対抗する術を持っていないだろう。あれは試作品で数も少なく、ここにはその現物すらないのだ。邪魔をするつもりでないのなら、不用意にここに近づく者が現れないようにすればいい」


「そ、そんな……」


 はっきり戦力外と言われ、肩を落とす二人だが、幻場の答えは尤もである。戦う力を持たない彼女達が足を踏み込めば犠牲者が増えるばかりだ。生存者の救助に役立つとしても、二人だけでは手が足りない。かえって守らねばならない対象が増えてしまう。キツイ言い方ではあるが、彼女達を慮っての事であるようだ。

 畦井や十畝にしてみれば、民間人である狛達にばかり負担をかけるのは忍びないのだろう。先日の七首市での騒動や、かつてのテロ事件でもそうだったが、解決させたのは狛達の働きによるものである。自衛官としてのプライドと狛達を心配する気持ちが、何も出来ない自分達を許せないという、悔しさを滲ませた表情に溢れていた。


「畦井さん、十畝さん。心配しないで!私達が必ず一人でも多くの人を助けてきますから」


「狛ちゃん…すまない」


 普段は無口な十畝が狛の手を握って、謝罪の言葉を口にする。それだけ、その想いが強いということか。畦井も同様に、きゅっと口を真一文字に結び、無力感に耐えているようだ。狛は二人の想いを受け取るように、そっと目を伏せ十畝の手を握り返すのだった。

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