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第206話 死神の力

「あーっ、猫田さん!?カイリさん達に神奈ちゃんまで…どうしてここに?」


「いや、その…俺は連れて来られただけでよ……」


 バツの悪そうにぞろぞろと店に入ってきた猫田達を見て、狛が驚きの声を上げた。ショウコに抱えられ、ぐったりしている神奈にも驚いたが、何故皆がここにいるのかも謎である。猫田がしどろもどろになりながら説明をしようとするが、全く説得力がない。すると、横からトワが両手を顔の前で合わせて口を挟んだ。


「狛ちゃん、ごめんっ!猫田ちゃんから狛ちゃんがデートに行くって聞いて、相手がどんな奴か気になっちゃって…マジでごめん!」


「トワさん……猫田さん?それ、どういうこと?」


「狛落ち着け、だからこんなことになるとは…頼む、怖ぇからもうちょっと離れてくれ…」


 トワの言葉を聞き、猫田に迫って圧をかける狛の迫力は凄まじい。猫田は狛の顔がまともに見られず、だらだらと冷や汗を垂らしながら、少しずつ後退している。


「デート…?」


 そんなトワの言葉に反応したのは、京介もだ。そもそも京介は、狛が自分に恋心を抱いていることなど全く気付いていない。狛は別に京介に付き合ってくれと言ったわけでもないし、好きだと告白したわけでもないのだから、当然と言えば当然である。しかし、今のトワの発言は、そんな狛の恋心を暴露するに等しいものであった。


「あっ!?あ、いや、それは!違くて!えっと…!勘違いっていうかっ!?」


「あれ?まだ告ってなかったの…?ヤバ…っ!」


 咄嗟に狛の口を吐いて出た言葉はその気持ちとは正反対の言葉であった。ここで正直に打ち明けられれば良かったのかもしれないが、今このタイミングで告白出来るほど、狛の覚悟は決まっていない。必然的に、誤魔化すような言葉になってしまっていた。


「……ああ、勘違いか。はは、そうだよねぇ」


「アハハ、ソウナンデスヨー!」


(日和ったな)


(日和ったね)


「あらあら、ウフフ」


 真っ赤な顔で大量の汗を搔く狛に、三人娘がそれぞれ温かいような冷めたような複雑な視線を向けている。かたや、狛から放たれている凄まじいプレッシャーは全て猫田に向けられていて、猫田は真っ青になって震えていた。そんな時だった。

 外で車が急ブレーキをかける音がしたかと思うと、続いて激しい衝突音がした。すると、間髪入れずにドォーン!という大きな爆発まで聞こえ、その衝撃で喫茶店の窓が大きく揺れたのだ。


「な、なに!?」


「事故か?…まさか!?」


 京介がいち早く店を飛び出すと、その眼に飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。歩道で立ち止まっているあの少年の目の前では、車が滅茶苦茶に破壊されて燃え上がっている。その傍らには彼の母親が倒れていて、生きているのかどうかも解らない。

 炎に照らし出された少年は無表情のままで、じっと倒れた母親に視線を向けているが、声をかける様子も見受けられない。あまりにも異様な光景だった。


「…っ!狛ちゃん、すぐ救急車と消防車を!」


「あ、はい!」


 先に支払いは済ませてあったので、カップを片付けて後を追ってきた狛が慌ててスマホを取り出す。ダイアルパッドを呼び出して、119をタッチしたが一向に通話が始まらない。画面をよく見ると、アンテナは圏外を示していた。


「ウソ、なんで…っ!?」


 この辺りは駅にも程近く、圏外である事などあり得ない。そんな狛が驚きの声を上げた瞬間、自身のすぐ隣で異様な気配を感じた。反射的にそちらへ顔を向けると、いつの間に現れたのか少年に憑りついていたはずの死神が、そこに居た。


「えっ!?」


 至近距離で見ても、頭まですっぽりと覆われたローブの下の顔は見えなかった。しかし、瞳のありそうな位置に炯々けいけいと光るモノが見える。恐らく、これが死神の眼だ。そして、その眼を間近で見た途端、狛の背筋に冷たく怖気を放つものが走った。鋭い刃で背中をなぞられたような、強い殺気と危険を感じさせるものだった。


――邪魔をするな。


 突然、狛の脳裏にその一言が浮かんできた。それは死神からのメッセージなのだろう、声ではなく意思を直接送って来る…つまり、テレパシーである。どうやら、死神には実体がないので、声も持ち合わせていないらしい。一体何の邪魔をするなと伝えたいのか、狛は脳内で問い質そうとしたが、それは叶わなかった。


「コイツ、狛ちゃんから離れろっ!!」


 トワが持ち前の素早さを発揮して、高速の連撃を放つ。しかし、その連撃は全て空しく空を切って終わった。死神はいつの間にか、再び少年の傍らに立っている。狐につままれたような感覚に陥りながら、全員が少年に視線を向ければ、炎の向こうに佇む少年の顔が酷く険しいものに変わっていた。そして、尋常でないほどの殺気が全員に向けられ、放たれた。


「くっ!?」


「野郎…やる気か!」


「あっ、猫田さん待って!」


 狛の制止を無視して、その殺気に猫田が反応し、一足飛びに死神へと飛び掛かる。少年の隣に立つ死神は彼を庇うようにして一歩前に出ると、猫田の爪を手にした大鎌で防ぎ、その手を触れずに軽くいなしてみせた。空中で体勢を崩された猫田は、地に叩きつけられてその背を強打している。


「貴様っ!」


 それを目の当たりにした、カイリとトワ、そしてショウコが同時に跳んだ。これ以上ないほどに息の合った、三人娘の同時攻撃だ。人目を気にしてか皆姿を露わにしていないが、その圧は凄まじい。しかし、死神はその一糸乱れぬ攻撃さえも意に介さず、流れるように澱みのない動きで大鎌を回転させ、三人の攻撃を防ぎきっていた。


「なっ!?」


「あら…!」


「そんな!」


 まさか防がれると思っていなかったカイリ達が驚愕したその隙に、死神は眼を光らせる。ギラリとした瞳の輝きは、煌めく無数の刃となって、三人の身体を次々に切り刻んでいく。


「っぐ、うわぁぁぁぁっ!」


 一瞬にして傷だらけになった三人が地面に投げ出されると、死神は止めを刺すつもりなのか、さらに一歩前に出て大鎌を振り上げていた。


「させるか!」


 だが、今まさに振り下ろされんとした鎌を京介の刀が止めた。間一髪、ギリギリの攻防である。後一瞬遅ければ、三人の首は完全に刎ねられていただろう。そして、死神の標的が京介に変わったかと思われた、ちょうどその時だ。突如として、冷たく押し包むような気配が迫ってくるのを全員が感じとっていた。


 すると、険しい顔でこちらを睨みつけていた少年が、空を見上げて警戒を始めた。その様子からしても、明らかに少年は正気でないようだ。まるで死神が彼に憑依して、操っているかのように見える。少年がそのまま何かに気付くと、死神は彼を抱えるようにして抱き上げ、風のような速さで飛び去ってしまった。同時に、この場に近づいていた気配もまた、少年を追うようにして遠ざかっていく。


「な、なんだったんだ…?一体……」


 京介は一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直して猫田達の様子を窺った。幸い、皆それほど大きなダメージは受けていないようだ。ホッと胸を撫で下ろしていると、徐々に人が集まってきて、周囲は喧騒に包まれていった。


 そんな中、狛は一人、先程頭に浮かんだ死神からのメッセージをずっと反芻しているようだ。あの死神は、邪魔をするなと言っていた。恐らく、何かしらの目的があるのだ。それが何なのか、妙に引っかかって頭から離れようとしない。もどかしさだけが胸に積もっていくようだった。


「何か、伝えたい事があったの…?」


 狛の呟きは風にかき消され、誰にも届かない。死神と少年が飛び去った方向を見据えて、狛は強い胸騒ぎを覚えていた。

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