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第331話 新生、支隊

「おお、無事取り返してきてくれたか!ありがたい…本当にありがとうよ、二人共!」


 狛達が香木を持って隠神刑部の元へ戻ると、彼は心の底から喜んで出迎えてくれた。話を聞く限り、これは友人の形見と言うべきもののようだから、無理もない。しかし、そんな隠神刑部の喜びようとは裏腹に狛と猫田の表情は暗かった。特に猫田はその複雑な思いを抑えきれず、終始、俯いたままである。

 どうやら、二人が見たテレビのニュースは昨晩の話を改めて放送していたものだったらしい。つまり、新たにささえ隊が新設されたのは昨夜のことである。その後に流れていたニュースは更に衝撃的なものだった。


 新生ささえ隊の掲げた目標…それは人類の絶対保護である。彼らは人に仇なす妖怪や心霊の存在を一切許さぬといい、浄化作戦と銘打って、たった一日の間で日本中にある何か所もある妖怪の巣や、霊のたまり場を攻撃し撃破していったのだ。しかも、それらの作戦はインターネットを通じて配信されていて、それは多くの人々の目に触れていた。

 狛達はその作戦の内の一つをスマホで見たのだが、どうやったのかは解らないが、弧乃木達が使っていた対霊試作式銃エグゾミアを完成させ、霊や妖怪達の攻撃を防ぐ霊式対応装甲結界れいしきたいおうそうこうけっかいも実戦投入されていた。その性能は凄まじく、多数の妖怪や魑魅魍魎と呼ぶべき存在は紙切れのように容易く打ち倒され、逆に彼らの攻撃は全く通らない。それは一方的な虐殺である。また恐ろしいのは、それ以外にも様々な装備が使われているように見えたことだ。


 だが、猫田が一番気にしているのは、やはり古く愛着あるささえの名を、全く新しい部隊が冠している事だろう。一体どういう人物達が、新しいささえのメンバーなのか。幻場まほろばは知っているのか、或いは彼女も新生ささえのメンバーなのか、気になる事だらけだった。

 しかし、いくら狛が連絡を取ろうとしても、弧乃木や幻場と連絡は着かなかった。京介にも連絡してみたが、同様である。そして、あのニュースを目にしてから狛の胸の内にはずっと、例えようもない不安が渦巻いていた。狛の鋭い直感が激しく騒いでいるのだ、危険が迫っていることを。


「む?猫田よ、お主随分と酷い怪我をしておるな。…神に会わせるとしても、そんな状態では無理だ。何しろ神という連中は穢れをとにかく嫌うからな、少し待て。風呂と食事を用意させる。ゆるりと休んでから行くがよい、もちろん犬神の娘もな」


「あ、ありがとうございます。そう言えば、お腹空いてる…かも」


 正直に言えば今はあまり食事を楽しんだり、ゆっくりと風呂に浸かっている気分ではないのだが、これから会う相手が神ならば身を清めるのは必要だろう。猫田の怪我の具合も心配だし、ここは少し時間を置いた方が良さそうだ。狛は猫田をちらりと流し見した後、隠神刑部に礼を言って、少し腰を落ち着けることにした。


 だが、激動する状況は狛に休息を許してはくれない。そのやり取りから数時間後、もうすぐ日の出を迎えようという頃になって、狛のスマホに一件の通知が入った。洞窟の内部に用意された個室とも言えない小部屋に布団を敷いてもらい、狛はウトウトとしかけた頃だ。通知音に気付いて目を覚まし、スマホの画面を開く。


「…ん、誰だろ、こんな時間に……アドレス?」


 それはWINEに送られてきた、正体不明の相手からのメッセージだった。そのメッセージはアドレスだけで、どうやら誰もが使っている有名な動画サイトのURLのようである。普段なら気にも留めない悪戯だが、何故か無視できない嫌な予感がして、狛は恐る恐るそのアドレスにアクセスした。


「動画…?じゃない、これ配信だ。一体なんの……?!こ、これ…って…!」


 それは、何者かの手によって現在進行形で配信されている風景であった。カメラはどこかのビルの上から撮影しているようで、初めはどこかの歓楽街を写した定点カメラかと思ったほどだ。だが、狛はその映し出されている場所に覚えがある。そこは間違いなく、くりぃちゃぁだ。そう察した瞬間、狛の全身を怖気が走った。ずっと感じていた嫌な予感が形となり、狛の喉元に何かが食いついたような、酷く不快な感覚だった。全身から冷たい汗が吹き出してきてこれから起こる何かを案じている。

 今の所はまだくりぃちゃぁの外観に、特に変わった所はない。しかし、朝を目前とした静かな街並みの中で、明らかに異質な空気が漂っているのを画面越しにも感じる事が出来た。


「ね、猫田さんっ!起きて!これ見て!」


「あ…?どうした?急に……」


 傷を癒す為に身体を清潔にし、眠っていた猫田を起こすと、狛はすぐにその画面を見せた。猫田は初め、何がなんだか解らないと言った表情だったが、その画面をみるとどんどんと表情が強張っていった。猫田もまた狛同様、画面越しに不穏な空気を感じ取ったようである。その間にも、画面の向こうでは手際よく規制線が引かれ、何台もの装甲車両が現れるとその中からは、物々しい装備を纏った兵士風の人間達が多数降りてきた。彼らは規律正しい一糸乱れぬ動きで隊列を組み、物々しい雰囲気が強くなっていく。


「おい、こいつは……まさか…」


 猫田の言葉が続く前に、それまでは音声のなかった配信にマイクのスイッチが入ったようだった。慌ただしい現場の物音がリアルに聞こえてきて、緊迫した状況がよく分かる。そして、マイク越しに恐るべき言葉が流れてきた。


 ――中の妖怪共に告ぐ。我々は、対妖対心霊組織、ささえ!人の世に潜み、人を害そうという妖怪達を滅する為の組織である!悪意がないのならば、速やかに大人しく投降しろ!さもなければ、敵性怪異と認定し、即刻排除する!繰り返す、悪意がないのなら……――


「なっ…バカな!?何を言ってやがるんだ、コイツら!?」


「ウソ…!?み、皆が!」


 これは明らかに、ささえ隊公式の配信ではない。この様子を狛に送ってきて、直接配信をしている人物は狛達を誘っているのだ。くりぃちゃぁの仲間を助けたければ出て来いと、そう言っているのである。狛と猫田は即座に反応して、あてがわれた小部屋から飛び出した。外では隠神刑部が既に起きていて、のんびりと煙管から煙をくゆらせていた。


「む?お主ら、ずいぶん朝が早いな。というか、まだいくらも寝ておらんだろう、よく休め。相手の神もすぐにはこたえんじゃろうから……」


「ごめんなさい!隠神さん、私達急用ができて…もう行きます!」


「……は?いやいや、なんじゃ急にどうしたんじゃ?!」


「必ずまた来ますから!」


「行くぞ!急げ狛!」


 大慌てで飛び出して行く二人の後ろ姿を隠神刑部はポカンとした顔で見つめている。幸か不幸か猫田は少し休んだ事で、毒マタタビの効果も消えて、本来の力を発揮できるようになったようだ。傷が完全に癒えたとは言えないようだが、それを気にしている時間はない。二人は洞窟の外に飛び出すと、猫田がいつもの大型の猫の姿に変化して、狛はその背中に飛び乗った。


「目一杯飛ばすぞ!しっかり掴まれ!」


「うん!」


 猫田は高く宙を飛び、そのまま霊力で空中に足場を作って猛烈なスピードで駆けだした。目的地はもちろん、中津洲市のくりぃちゃぁだ。しかし、愛媛からでは800km近い距離があるので、如何に猫田と言えど数時間はかかるだろう。あの配信がリアルタイムなら、今にも攻撃が始まってもおかしくない状態のようだった。他の攻撃を受けた妖怪達の巣が酷い有り様であった事を思い出し、身体の芯が震える。もはや一刻の猶予もない。


(お願い、皆、無事でいて……!)


 狛は一縷の望みを胸に、天に祈る。猫田に捕まるその手には精一杯の力が込められていた。

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