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第332話 人と妖

 ――狛と猫田が、隠神刑部の元を飛び出した、同時刻。


 中津洲市の繁華街、その中心から少し外れた場所に位置するくりぃちゃぁのビルの前には一つの集団がいた。数にして、およそ三十人ほど。その一人一人が見た事もないアーマーの付いた全身スーツを身に纏っており、特殊な装備を着込んだ兵士のように見える出で立ちだ。


真護まご班長、動きがありませんね。妖怪共、眠っているんでしょうか?」


 集団の後方には、他の者達とは違う色のスーツを着た人物が二人いた。一人はたった今、真護と呼ばれた男であり、このささえ隊第五班を任された男である。真護は顎に手を当てて、ビルを眺めつつ答えた。


「…明け方前のこの時間なら、まだ眠りに就いてはいないだろう。大方、奴らはこちらの様子を窺っているつもりなのさ。妖怪如きが小賢しい…須佐、手抜かりはないな?」


「もー!美沙って呼んで下さいよ~!そっちの方がやる気出るんですから!…ま、アタシの仕事はバッチリですよ。この周辺は新型の結界装置で覆ってます。例え死んでも魂はあの世に行けず、成仏すら出来ませんて!城戸クンの方は知りませんけど」


 そう言って胸をはるのは、須佐美沙すざみさという、若い女の隊員だった。真護とは上官と部下という間柄だが、彼女は真護に惚れているらしく、彼に認められる事を第一目標として仕事に励んでいる。美沙自身は若いが霊的な才能に優れていて、新しいささえ隊の結成にあたってはかなり優秀な成績を収め、この第五班の副班長を任されている。


「……俺は公私混同も特別扱いもするつもりはない。それよりも昼間、弧乃木率いる第三班が大きな戦果を挙げたようだ。…大型の鬼を討伐したらしい。我々も負けてはいられんぞ」


「ああ、弧乃木さんですか。あの人も中々やりますねぇ。念動力って異能力持ちでしたっけ?上層部とコネがあるとかって噂も……ま、を引けたってトコですね。でも、があったとはいえアタシらもまぁまぁ大きなアタリ、引けたんじゃないですか?…ここ、大物いますよ。スッゴイ気配してますもん」


「そうか、お前がそう言うなら信じよう。……ふふっ、そうでなくては困るがな」


 真護はどこか冷たい感情を抑えた笑みを浮かべている、俗に言うアルカイックスマイルというものだ。そんな真護の顔を美沙はうっとりとした表情で見つめて溜息を吐いていた。


(はぁ~~!マジカッコイイ……班長ってホントイケメンだよねぇ~。歳は弧乃木さんとタメだって聞いたけど、アタシは断然真護班長こっちだわ。しかし、いい時代ときに自衛隊入ったなぁ。ろくでもない妖怪殺すだけで、真護班長からのポイント稼げるんだから、こんなオイシイ仕事ないよ。よしっ!今日も頑張って妖怪殺そう♪)


 そんな美沙の想いを知ってか知らずか、真護は静かに時計を見ている。時刻は午前三時四十分を少し過ぎた所で、日の出はこの一時間後くらいの予定だが、その前の四時をまわる頃には空が白み始めるだろう。妖怪達は朝日を嫌うものが多いので、徐々に休み始める時間帯だ。

 ほとんどの妖怪達にとって、このタイミングは一日でもっとも活動が鈍る時間帯である。それすらも見越して、真護は襲撃を仕掛けようとしているようだ。


「班長、後方も全員配置に着きました。…いつでも作戦開始可能です」


 じっとりと蒸し暑い空気の中をかき分けるようにして、また一人の男が真護の元を訪れた。真護や美沙と同じ色のスーツを着ているが、二人と違ってヘルメットとマスクを外していない。彼が几帳面な性格なのか、真護と美沙が異常なのかは不明である。


「城戸クン、暑くないの?それ。作戦開始まで脱いでればいいのに」


「須佐、お前と一緒にするな。俺はお前ほど規範意識の無い人間じゃない、暑さ如きで装備を脱いでいたら、部下に示しがつかないだろう」


「あらら~?そんなこと言っていいのかな~?メット脱いでるのアタシだけじゃないんですけど~?真護班長も規範意識ないって言いたいの~?」


「バカを言うな。班長のそれは余裕の表れだ、俺達とは実力が違う。同列に立っていると思うなよ」


「なにそれ、ダブスタひっど!ま、班長がアタシ達より上なのは同意だけどさ」


 二人の掛け合いを聞きながら、真護は静かにヘルメットとマスクを取り出してそれを被った。その途端に、鋭い目つきがより一層厳しさを増し、纏っていた気配が変わる。その様子に、城戸はマスクの下で満足そうな笑みを浮かべ、反対に美沙は冷や汗を垂らしながら慌てて自分のヘルメットとマスクを装着した。


「じゃれ合いはそこまでだ。0400まるよんまるまる時を持って、待機状態を解除。宣告を無視したと見做し、作戦を開始する。…今回が初仕事だ、気を抜くなよ」


「はっ!」


 美沙と城戸は揃って敬礼をして、すかさず自分達の指揮する部下達の元へ走っていく。真護はこれから始まる戦いの予感に心を躍らせて、あと僅かに迫った作戦開始の時を待つのだった。




 対してくりぃちゃぁ店内では、土敷を始めとした妖怪達が、ビルを取り囲む人間達の部隊を観察して作戦を練っていた。人間の数は三十人ちょっととそこまで大部隊ではないものの、その物々しい装備と自信に満ちた不気味な気配は、くりぃちゃぁに潜む妖怪達を怯えさせている。

 ここに居るのは、大半が人と敵対する事を嫌い、人の世で隠れ住む場所を求めて集まった者達である。本来ならばすぐにでも降伏したい所であったが、降伏しようにも外から結界を張られている為に、ビルの外に出る事が出来ないのだ。これは明らかに、土敷達を一人足りとも逃す気はないという意志表示だろう。元より殲滅が目的なのだと知って、土敷達は仕方なく応戦する事に決めた。


 張り詰めた空気の中、妖怪達を指揮する為に土敷は店内中央の席に着き、スマホを見つめている。狛に連絡を取ろうとしていたのだが、電波が遮断されている為、連絡がつかないようだ。

 溜息を吐いた土敷の元に、淹れたてのコーヒーを持ったハマがやってきた。


「土さん、これ。…狛ちゃんとは連絡とれんの?」


「ああ、ハマさんか、ありがとう。残念ながら、無理そうだね…全く急転直下とはこの事だな。せめて猫田がいてくれれば……いや、ダメか。よく考えれば、二人をこの状況に巻き込むわけにもいかないね」


 コーヒーを啜って、力無く土敷が笑う。狛に話をつけた所で、自衛隊という組織を止められるとは到底思えない。むしろ、妖怪に与する人物として、狛の立場が悪くなってしまう可能性もある。それは猫田も同様だ、むしろ妖怪である猫田は狛よりも更に酷い状況に追い詰められる可能性も考えられた。それに気付いた土敷は、逆に連絡がつかないことが良かったのかもしれないと思い始めていた。


「ハマさん、君も地下の皆と一緒にいた方がいい。僕らは何としても今いる敵を撃退して、君達が逃げる時間くらいは作るつもりだから。その時まで、君達は隠れて身を守っているんだ」


 その勇敢な言葉は、普通ならばハマの心を勇気づけ、希望を与えてくれるものであったはずだ。だが、そこから感じられる感情は悲壮としか言えないもので、ハマはそれに不安しか感じ取る事ができなかった。


「土さん……それじゃ土さんはどうなるの?その言い方じゃあ、まるで」


「僕と鬼部は、君達を集めて、ここまで連れてきた責任があるからね。君達を放って逃げるわけにはいかないんだよ。それに……」


 土敷の言葉が言い終わる前に、突如、大きな振動が、ビル全体を揺らした。上階から窓ガラスが割れる音も聞こえている、ついに攻撃が始まったのだ。絶望に満ちた朝はまだ、これからである。


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