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第334話 くりぃちゃぁ攻防戦

「……あの時は、君が来てくれて本当に助かったよ。もしも君がいなかったら、僕は今この世にいなかっただろうね」


「あの程度の人間達に後れを取るかのうさんではないでしょう。あなたはあの時既に、齢三百年以上を生きた古参の妖怪でしたからね。私が割って入らなくとも、どうにでも出来たかと」


 鬼部の指摘に、土敷はフッと軽く笑う。


「さぁ、どうかな?しかし、人前に姿を出せない僕に変わって君が下手人を警官に突き出してくれたお陰で、事態は一件落着したからね。僕にとっては君は救いの神…いや、救いの鬼だったよ」


「それを言うなら私の方もです。人間界で生まれた鬼として、人の傍にいるよう両親から命ぜられたというのに、私はどうしても人と接する事を恐れていました。そんな私に店で働くよう進言してくれたこと……今でも忘れておりません。かのうさんが居なければ、私は人間に悪鬼と誤解されて、どこぞで調伏ちょうぶくされていたでしょう。拾って頂いたあの時から、私の命はあなたを守る為に使おうとそう決めていたのです。…まさかこんな事になるとは、父も母も思っていなかったでしょうが」


 鬼部は寂しそうに、しかし、俯く事はせずに言った。鬼部の両親は、かつて地獄から逃れてきた獄卒の鬼であったらしい。地獄で罪人を殺し続けることに耐えられなくなり、人間界に出てきた。その時、たまたま暴れる同胞から人里を守ろうとして彼らは出会い、そのまま一緒にひっそりと暮らすようになった。そこで生まれたのが鬼部だった。 両親はその後、地獄に引き戻されてしまったが、地獄生まれではない鬼部だけが人間界に取り残されてしまったのだという。その話を思い出し、何故だか土敷はあの絵本の鬼達を思い出していた。


 「、か……そう言えば、君の人好きは親譲りだったね」


 そう呟く土敷の耳に、再び外で激しい物音が聞こえてきた。いよいよ本格的な戦いが始まったらしい。土敷は胸を抑えて、仲間と人間に出来るだけ死者が出ない事を祈っていた。



「結界が消えた。よーし!須佐隊、一気に攻めるよ~!城戸隊に後れちゃダメだかんね!」


 美沙が率いる二十名ほどの隊員達は、その声に応じて大きく吼えた。彼らは城戸の部隊と競うようにして、くりぃちゃぁのビルへ突撃していく。真護を班長とするささえ隊第五班は総勢五十名から成る小隊だ。最初にビルを囲むようにして展開していた三十名が美沙と真護の分隊である。そこへ後から来た城戸の分隊が二十名という内訳になる。自衛隊全体から見れば僅かな規模だが、かつての猫田達が所属していたささえ隊が全体で総隊員数32名の少数部隊だった事を考えれば、かなり大きな組織と言えるだろう。


 美沙と城戸の分隊が我先にと突撃していく最中、突如、彼らはそれぞれ見た事もない空間の中に誘い込まれていた。


「異界…!?あー、もう!これじゃ城戸隊あっちがどうなったか解んないじゃん!早いとこ処理して進まなきゃ…!」


 異界に引き込まれたと知っても、美沙だけでなく隊員達は一人として動じている様子はなかった。全員美沙と同じように士気が高く、妖怪など恐るるに足らずと言った雰囲気である。そして、そんな彼らの前に怪しい影が現れた。


「うわんッ!!!」


「っとぉっ!ははっ、お化け屋敷じゃないんだから…さっ!」


 美沙達の行く手を遮るように現れた妖怪――うわんは、その名の通り、うわんと大声で鳴いて人を驚かせ、その魂を奪ってしまうとされる妖怪だ。その大きな体躯と、鋭い爪と牙を持つ鬼のような姿は恐ろしいものだが、美沙達は慣れているのか笑いながら銃を構えて反撃し、うわんを蜂の巣にしてしまう。

 それを皮切りにして、一気に戦闘が始まった。異界化した空間から闇が染み出すように、化蛇カダ袋狢ふくろむじなを始めとした様々な妖怪達が飛び出してきた。異界へと引き込まれた美沙達に逃げ場はないように見えるが、彼女達の練度は高く、次々に現れる妖怪達に対し、陣形を組んで的確に銃撃で応戦していった。通常の銃弾など通用しない妖怪達であっても、完成した対妖霊制式突撃銃エグゾミアⅡから放たれる銃弾は、いとも容易く妖怪達の身体を撃ち抜き引き裂いてしまう。それは法儀礼を施した銀を使い、霊や悪魔、果ては妖怪にも効果を発揮するよう作られた特殊弾頭である為だ。

 元より、くりぃちゃぁに流れてきた妖怪達は、人と争う事を嫌い、大人しい性格をした妖怪達の爪弾き者ばかりだ。個々の戦闘能力はそれほど高くもない事から、軍隊として経験を積み、装備を整えたささえ隊の前には一方的に倒されるばかりであった。


 そうして倒された妖怪達の屍が積み重なると、妖怪達の攻勢が止み、美沙達は改めて異界空間を進んでいった。異界化はかなり広く、くりぃちゃぁビルの手前の路地からビル本体までもを覆い尽くすようにして異界化しているようだ。これは土敷の力によるもので、周辺の建物や誘い込んだ人間以外に巻き込まれるものが出ないように配慮した形だ。そうとは知らない美沙達は、くりぃちゃぁを目指してひた走っていく。するとその時、キラリと足元が光って、数名の隊員達があっという間に逆さ吊りにされたり、糸で縛られたりして捕獲されていた。


「ヤバっ…全体止まれ!……何よこれ、蜘蛛の糸?」


 捕まった隊員達の様子を窺うと、皆意識はあるようだが、身動きは完全に封じられている。たった一瞬の出来事に驚きを隠せない中、美沙は彼らを捕まえているものを観察して呟いた。同時に、鋭い殺気がして、美沙はその場を飛び退いてみせた。その瞬間、先程までいた場所には幾重にも張り巡らされた網状の糸が飛び掛かっていた。


「外した?…やるじゃん、人間の兵隊も。全く、人間相手にアタシらが本気出せないからって、いいようにやってくれたね。…それでも殺すなってんだから、困るな。土さんには」


「女…?ってまさか、女郎蜘蛛!?やっぱりずいぶんな大物出てきたじゃない。これはぜひ仕留めて、真護班長に褒めてもらわなきゃね!」


 美沙の視線の先に現れたのは、女郎蜘蛛のトワであった。いつもの人間の姿とは異なり、手足の先と胴体、そして顎から鼻にかけての顔半分には黒く鋭い鎧のような外骨格を身につけ、背中からは六本、蜘蛛の足が生えていた。額には宝石のように煌めく六つの目が現れている。

 その人間離れした恐ろしい姿を目の当たりにし、美沙を除いた隊員達の間にはどよめきと恐れが隠せないようだった。だが、ただ一人美沙だけは、待ちかねていた獲物を見つけたハンターのように、喜びを溢れさせているようだ。


「一応聞くけど…ここで引いてくれると助かるんだけど、どう?」


「引く?アタシ達が?…やっぱ妖怪ってバカね。引く理由なんて何もないでしょ、アタシ達の目的はアンタ達の殲滅よ。恐れをなして逃げるのはそっちの方じゃないの?……ああ、それとも女郎蜘蛛としちゃ、女のアタシじゃ燃えないのかな?残念だね、城戸の方に行けばよかったのに。別にアイツはイケメンじゃないけど、妖怪から見たらイイオトコかもよ?」


「……生憎と、人間のオトコを食べる趣味はないのよ。遊び相手なら考えなくもないけどね。それに遊ぶだけなら、オトコじゃなくても構わないわ。もっとも、アンタじゃ遊び相手にもなりそうにないか」


 お互いに一歩も引く気はなく、交渉は逆に相手への敵がい心が増すばかりだ。そうして睨み合う二人のプレッシャーに押され、他の隊員達は息を呑んでその場で立ち尽くしている。ここに、激しい女の戦いが始まろうとしていた。

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