「トワ、カイリ…!」
二人の名を口にして、土敷は拳を握り締めていた。あまりに強く握った為に、指先が鬱血し、食い込んだ爪が肉を切り手の平から血が流れ始めている。
トワとカイリはそれぞれ別々に土敷の元へやってきた妖怪だが、長い間、そこにショウコを含めた三体でくりぃちゃぁの用心棒として働いてくれた、頼れる仲間達だ。鬼部が土敷を守る事に注力している分、彼女達には戦う力を持たない妖怪達を守ろうと尽力してくれた恩があるのだ。そんな彼女達の最期を看取ってやれないのが土敷には悔しくて堪らないようだった。もっとも、既に手に掛けられてしまった他の妖怪達にも同じ気持ちはある。だからこそ、その手に力が入ってしまっているのだが。
「…
「解っているよ、僕が最後の要だからね。ただ、無力な自分が情けないだけさ。トワとカイリには、いつか僕があっちに行ったら謝るよ。……地に頭をこすりつけてでもね」
土敷はそう言って、力無く笑ってみせた。あまりにも弱々しい表情に、鬼部はそれ以上何も言えず静かに黙って、二人に黙祷を捧げることしか出来なかった。
そして、美沙と城戸の分隊が進攻して三十分ほどが経過した頃、手元に残した十人ほどの隊員の前で、真護は顔をしかめて何かを考えていた。
「先行した須佐隊と城戸隊から連絡がない。異界化の影響で通信が途絶している可能性もあるが、それにしても時間が掛かりすぎている。…まさか、あの二人に限って、不測の事態は考え難いが……仕方ない。我々も突入するぞ」
真護の言葉に、付き従う隊員達は待ってましたと言わんばかりに素早く立ち上がった。本来、真護達の役割は外から別の妖怪が救援に来た時の為の防波堤である。それに加えて、撃ち漏らしを避け、逃げてきた敵を確実に仕留める事も求められている。そんな彼らが前線に入るのは、そもそもイレギュラーなのだ。
「本部に応援を要請しますか?」
隊員の一人がそう訊ねると、真護は少し考える様子をみせた。自分が出向くとなれば、応援など必要ない所だ。彼はそれだけ自分の力に自信を持っている。ただ、あの美沙と城戸がもし遅れをとるような相手だとしたら、油断は禁物だ。ライバルである弧乃木への対抗心と、よくあるプライドをとるような矮小な人間にはなるまいと、真護は思い直して答えを出した。
「…連絡しておけ、どちらにしても怪我人がいれば運び出すのに人手がいるだろうからな」
「了解しました。…………外部協力者をこちらに回すとのことです」
「何?外部から?…本部め、何を考えている…?」
そんな訝しむ真護達から少し離れた道路脇のゴミ捨て場に、小さな少女の姿をした人形が置かれていた。…
(様子を見に外まで出てきてみれば…アイツが親玉ね!他の妖怪達はまぁどうでもいいけど、コイツらを放っておいたら鬼部サマに危険が及ぶわ……そんなこと、絶対に許さない!)
そんな彼女にとって、トワやカイリ、そしてその他の妖怪達が真護達の手にかかったことなど、気にするほどのことではない。彼女が怒るのはただ一つ、鬼部に敵対しようとする者を許さないという一点に尽きるのである。
昂る怒りの衝動を隠しつつ、
「死ぃぃぃ…ねぇぇぇぇッッッ!!」
「っ!?」
「ふん、奇襲のつもりか?浅はかな」
「……なっ!?なんで…っ」
事も無げにそう呟く真護だが、ほんの一瞬でも遅れれば、その首に噛みつかれて致命傷を負っていたはずだ。しかし、真護は落ち着いた様子で、掴んでから初めて
「
(そ、そんな…!?身体が、一体何をされて……こ、この私が、人間なんか、にっ…!)
真護は片手に
「あ、あああっ!?お、鬼…部サ、マ…ッ!」
真護に身体を掴まれ、身動きの取れないまま
「ふ…はは、はははっ!ああ、あの悪辣な
一人笑い続ける百地だったが、ふと何かに気付いたように西の空へと視線を向けた。
「おやおや…?ずいぶんと
その視線の先には何も見えない。しかし、百地には確かに何かが感じ取れているようだ。惨劇が続く悲壮な空気の中、爽やかな朝の光が対照的にくりぃちゃぁを照らしている。