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第338話 鬼部、出陣

「外部協力者が来ると言ったな?では、連絡役と撃ち漏らしを防ぐ為に二人残す。そうだな……千田せんだ十峰とおみね、お前達が残れ。さっきのような奇襲をかけてくるバカがいるかもしれん、注意を怠るなよ。後の八人は着いて来い」


「はっ!」


 命令された千田と十峰は、息をピッタリと合わせて答えた。ここに残っている十人は、いずれも真護班の中でも指折りの実力者達である。美沙や城戸のように分隊を任されてはいないが、他の分隊員とは一線を画す、図抜けた能力の持ち主である。彼らは真護が自ら選別した真護班のエリート隊員と言う訳だ。

 皆一様にヘルメットとマスクを着用しているので表情はうかがい知れないが、その眼光は鋭く精悍さに溢れている。全員の目を見て、その意志を確認した真護は、残りの八人を連れて走り出す。全員が美沙と同じようにスーツの力を使いこなしており、真護を含めた九人はまるで疾風のような速さで異界空間へと突入していった。



 その頃、くりぃちゃぁの地下階にある大きな会議室のような部屋の前で、玖歌が緊張した面持ちで腕を組み、壁に寄りかかっていた。その隣には蛇骨婆のジャコも居て、二人はただ黙って何かを待っている様子だ。


 トントンと指で腕を叩く玖歌には、余裕が全く感じられない。それもそのはず、ジャコと玖歌は避難場所である会議室に逃げ込んだ妖怪達を守る最後の砦である。中にいるのはハマやカブソのように、戦闘能力を持たない妖怪達ばかりなので、敵を一人でも通してしまえば大きな被害が出る事は間違いない。己の肩にかけられた責任はあまりにも重大で、玖歌は落ち着かないというわけだ。


「花子、落ち着きな。儂もおるし、そうそうここまで敵は来んよ」


「…花子言うな、玖歌だって言ってんでしょ。解ってるけど、やっぱり考えない訳にはいかないわよ。……ジャコ婆も感じたでしょ?カイリさんとトワさんの妖気が消えたの。あの二人がやられるなんて…」


「まぁね。儂らは妖怪として長い時を経て生きてきたが、結局、人間には敵わないねぇ…」


 しみじみと達観した様子で語るジャコの言葉に、玖歌は大きな溜息を吐いて頭を抱えている。彼女の言う通り、玖歌も含めて妖怪達は皆、人間に比べれば遥かに長寿だ。特にカイリは元々、平家の貴人女性であるので、平安時代末期の生まれである。大雑把に計算しても900年近い時を生きてきたことになる。今ここには居ないショウコも、伝承の元を辿れば鎌倉時代に行き着くので、それに近い年齢だろう。流石にその二人から比べれば、トワやジャコ、それに玖歌は子どものような年齢だが、ジャコの言いたい事は理解出来るつもりだ。


(私は、こんな所で死ぬわけにはいかない。まだあの子の…ミカの仇も取れていないんだから。もちろん死にたくないのは、皆一緒だろうけど…)


 そう、自分を含めてここに居る誰もが、死にたいとなど思っていないはずだ。自分だけが命惜しさに、彼らを見捨てて逃げ出す事はしたくない。だが、玖歌にはどうしても遂げたい復讐が、目的がある。そんな思いの板挟みになって、玖歌は迷い悩んでいるのだった。

 そんな玖歌の横顔をちらりと覗いて、ジャコは静かに、優しく声をかける。


「…花子、逃げたきゃ逃げてもいいよ。誰もアンタを責めたりしない。アンタはやりたい事があるんだろ?」


「えっ!?な、なんでそれを……いや、それよりも逃げろって、どうやって…」


「アンタがここに来る前から、狛が話してたんだよ。探してる怪異がいるんだって…力になってあげたいから、知ってることがあれば些細な事でもいいから教えて欲しいってねぇ。全くあの子は、儂ら妖怪にばっかりかまけて」


「そう、狛が、そんなことを……」


 せめて、ここに狛が居てくれれば…と玖歌は思っていたが、それは思い直すことにした。今まで狛が自分の為に動いていてくれたというのに、この上で人間との諍いに巻き込むのは余りにも不憫である。それは奇しくも土敷やカイリ達と同じ結論だ。だが、戦闘能力に長けたカイリ達が敗れたとなれば、敵は相当な手練れだろう。ここに敵が来ると言う事は上で土敷達が敗北した後の事になる。それほどの相手とやり合うだけの力は玖歌にはなく、とてもではないが戦いになれば生き残れるとは思えないのも事実だ。


「そう言う訳だから、ここで逃げたって構わないよ。アンタはまだ若いんだしねぇ」


「……冗談でしょ。そんな事言われて逃げられる訳ないじゃない。どうせ逃げ場なんてないだろうし…何よりも、ここで逃げたら、狛に顔向けできないわ。アタシはもう、友達を無くすのは嫌なのよ」


 勝ち目がないと解っていても、狛の期待を裏切ることだけはしたくない…それがたった今、玖歌の出した結論だ。狛は、妖怪である自分を友達と言って受け入れてくれた二人目の人間である。神奈やメイリーもそうだが、先に狛が受け入れてくれたから、二人共仲良くなれたのだ。玖歌にとって狛は別格で、今ではミカと同じ位大切な友達だと、玖歌は考えて迷いを振り切った。


「上等じゃない。この程度の危機を乗り越えられなくて、仇討ちなんて出来やしないわ。…絶対に生き残ってやる!」


「あれまあ火を点けちまったかねぇ…でも、やる気になった方が生き延びられるチャンスも掴めるってもんさ。……まぁ、安心しな、危なくなったら命を捨てるのは儂が先にやるよ」


「止めてよ、そんなの縁起でもない!……って、きゃっ!?」


 ちょうどその時、上の階で激しい物音がして建物自体が揺れ、天井からパラパラと小さな破片が落ちてきた。どうやら、戦いが始まったようだ。玖歌とジャコは互いに天井を見上げて、今まさに戦っているであろう土敷と鬼部を思い勝利を祈っている。





「ここがくりぃちゃぁか。しかし、まさか須佐と城戸の両方がやられていたとはな…まだ他にも手練れがいるかもしれん、注意しろ」


 入口のドアをこじ開け、真護と八人の部下達が店内に侵入する。ここに来る途中、美沙は両手に大怪我を負った状態で発見され、城戸も意識不明の状態で見つかった。特に城戸はカイリの薙刀で背中から貫かれており、真護の見立てでは助かるかどうかは五分だろう。また、彼が率いていた分隊の隊員達も全員相当なダメージを受けていて、結局ほぼ無事だったのは美沙が率いていた分隊の隊員達だけである。彼らに生存者の救助を命じ、真護は八人の精鋭だけを連れて、店内へ入ってきたのだ。


 前衛を務める二人が先行し、銃を構えつつ周囲を警戒する。誰も見当たらない事を確認すると、更に今度は四人が奥へ進み警戒を続けた。その後から真護を含めた三人が進んで、最初の二人はバックアップに回っていた。


「何も居ませんね…?逃げたのでしょうか」


「異界化が続いているんだ、必ずどこかに潜んでいるさ。…しかし、この妖気、やはり残っているのも只者ではなさそうだな。……む、散れっ!」


 真護と部下のやり取りが終わるか否かと言った所で、真護は何かを察し、部下達に指示を出した。彼らは流石に精鋭だけあって、その指示にほとんど遅れることなく散開して、広く展開する。それとほぼ同時に、部下達が集まっていた場所に大きな何かが飛び込んできて、轟音を上げた。


「ムウゥ…ウオオオオオッ!」


「こいつは…鬼か!?ふ、どうやらコイツが親玉のようだな!」


 猛り狂う雄叫びを上げて真護達の前に立ったのは鬼部である。いつもの優し気な雰囲気は全く無く、強烈極まりない鬼気を放っていた。それは神奈が戦った金剛業鬼すらも赤子に等しいと思えるほどの、凄まじい力である。真護が鬼部を首魁と間違えるのも、無理はないだろう。

 普段のスーツを脱いだ鬼部の赤い肌は、くすんだ朱色へと変わっていて、上半身の筋肉は鋼鉄のように硬そうだ。心優しい鬼部は、人を相手にこんなにも殺気を放って全力で戦うことなどほとんどない。それは土敷達ほどではないが、やはり彼も人間を好いているからだ。本当ならば人と争うことなどしたくないのだが、今は土敷や仲間達を守る為に、文字通り心までもを鬼にしている。


 こうして、くりぃちゃぁを舞台にした戦いは、最終局面を迎えようとしていた。

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