「フウゥゥゥッ…!」
「最後の最後で、こんな大物が出て来るとはな!須佐や城戸では相手にならなかっただろう…!結局、俺が出てきて正解だったというわけか!」
鬼部が全身から放つ、鬼特有の妖気…鬼気は、途轍もないプレッシャーとなってその場の全員に圧をかけてくる。その威迫は、相対する真護でさえも、冷や汗を流す程だ。精鋭である分隊員達も、その迫力に息を呑み、動きを封じられるほどであった。
鬼部の視線は凶眼の魔力を持っていて、その眼に見つめられると催眠にかかったように魅入られて操られてしまう。ただし、対象者が気をしっかりと強くもち、霊力でガードしていれば防げる技だ。真護はギラリと光る鬼部の瞳を見た瞬間にそれを悟り、気合を入れてそれを跳ね除けた。
「奴の目を見るな!邪視か凶眼の持ち主だ!」
流石は精鋭のエリート達だけあって、それまで完全に鬼部の纏う鬼気に呑まれてしまっていたというのに、真護のその一言だけで息を吹き返し、僅かに視線を下げていく。鬼部はその練度の高さに舌を巻きながらも、手加減せずに真護へと突撃する。
「う、撃てっ!班長に近づけるなっ!」
先程、店内に入って最初に真護へ話しかけた男、名を
樹柳の合図を受けて、素早く隊員達は銃を構えて鬼部を狙い撃つ。
「ウオオオオオッ!!」
「な…ば、バカな!?」
銃弾は間違いなく鬼部に命中しているのだが、鋼鉄のような肌と筋肉を持つ鬼部に、銃は通用しなかった。銃弾は完璧に弾かれて、その身体には傷一つ付いていない。真護はその様子にニヤリと薄笑いを浮かべて近づいてくる鬼部へ向けて、右手を伸ばした。
「グッ!?ウウウウッ!」
その瞬間、鬼部の右肩から腹に沿って右の太ももまでもがザックリと切れた。血飛沫を上げて傷口が開いたものの、傷はそれほど深くはなく、鬼部の足は止まらない。真護は舌打ちをして、距離を取る様に後退する。
「ちっ!堅い奴だ。
「ナニ…?!」
その呟きを耳にして、鬼部の動きがピタリと止まる。真護は何かの罠かと警戒を絶やさず、更に追撃を入れようとしたが、その耳に飛び込んできたのは予想外の言葉であった。
「
「何だ?……そうか、貴様らの仲間だったな。殺したさ、俺の技で、バラバラにしてな。二度と蘇ることのないように魂までも滅多に刻んでやったわ。安心しろ、貴様もすぐにそうなる!」
「キ、刻ンデ…?ウ、ウウウ……ウオオオオオオオッッ!!」
「なっ!?」
それはまさに魂の慟哭と言ってもいいほどの嘆きであった。
それがどれほどの苦しみかは、妖怪であれば誰でも察することが出来る。人が生きる意味や目的を探して悩むのとは逆に、妖怪達の多くは最初から
「ヌウウウウッ!許、サン……ッ!殺スッ!キサマハ、絶対ニ、殺シテヤルッッ!!」
「ふんっ、鬼如きが仲間を想う心でもあるとほざくつもりか!?貴様ら妖怪共に、そんな感傷などがあるとは思えんな!」
鬼部がこれほど明確な怒りと殺意を持って、人を殺そうとするのは初めてのことだ。心を鬼にしているからか、発する言葉は片言になっているが、それでもはっきりと言いたい事が解るほどに殺意に満ち満ちている。だが、真護はその殺意だけを受け取って、その裏にある人にも負けない情愛を無視していた。元より妖怪は情念から生まれる事があるほど、時に人よりも強い情けや愛を持っているモノだと気付かずに。
「鬼部……」
その様子を、離れた場所から土敷が唇を噛んで見つめている。付き合いの長い土敷でも、鬼部があんな風に人を悪し様に呪い、怒りをぶつけるのは初めてみた。自分と同じように人を愛好する鬼部のそんな姿など、見たくなかったというのが偽らざる本音と言った所だろう。
鬼部は唸りを上げて、真護を睨みつけた。すると、真護はその視線を外しているにも関わらず、四肢が縄で縛り上げられたような感覚に囚われた。これが本気の、鬼部の凶眼の力である。真護はそれを気合だけで振り切るのが困難だと察し、辛うじて動く右手の手首を曲げて、自分に手のひらを向けた。すると、その手から極細のワイヤーのような光が放たれて、真護の身体を縛る凶眼の魔力…その概念諸共を切り裂いて呪縛を解いていた。
「ッ!?」
「ふ…!見えたか?これが俺の霊術、
「グゥッ!ガアァァァッ!」
「ははっ!そういきり立つな、すぐに貴様も同じ場所へ送ってやる。この技でな!」
銃弾すら弾く鬼部の鋼鉄の肉体も、霊糸光刃の前では分が悪いようだ。一発で両断されないのは、それだけ鬼部の肉体と妖気の防御が優秀だからだが、何度もぶつけられれば傷は広がっていく。しかも厄介なことに、増えていく傷口に向けて、周囲に散開している分隊員達が銃撃をしていくことだ。これにはさすがの鬼部もダメージを受けているようで血飛沫を上げて鬼部の身体にダメージが蓄積されている。
(もう限界だ。ここは僕が……っ!?)
土敷はそう思い、一歩足を踏み出そうとした。しかし、鋭い鬼部の視線が土敷を捉え、その自由を奪う。土敷にその場を動くなと指示を出していたのは、他ならぬ鬼部だったからだ。土敷は、元々そう高い戦闘能力があるわけではない。彼に出来るのは、周辺を異界化することと、もう一つだけである。
「…?妙だな、いくら貴様が丈夫だと言っても、何故こうまで生きていられるのだ。それに……」
時間にして数分以上、その攻防は続いていた。鬼部の欠点はスピードに欠けることであり、それはスーツの力でスピードを高めている真護達にとっては特に有利である。そのせいで、鬼部は突撃して攻撃するも、真護達に攻撃を綺麗に躱され、手痛い反撃を受けるばかりであった。そんな状況であるにもかかわらず、どういう訳か真護達は鬼部を仕留められていない。正確に言えば、真護は確実に鬼部を仕留められる攻撃を放っているというのに、後一歩が届かない。そんな感じであった。
真護は先程から鬼部の首を狙っているというのに、寸での所で躱されたり、防がれたりしている。酷い時は味方の援護する銃弾が霊糸光刃をかすめて攻撃がズレたりと、何かがおかしいと感じざるを得ない状況だった。その違和感の理由が解らないまま、しかし、確実に真護の攻撃は鬼部の命を削っている。このまま攻撃を続けていけばいいと思った矢先、信じられない事が起こった。
「ゥガアァァァッ!!」
「し、しまった!?ぎゃあっ!」
鬼部の攻撃を余裕を持って躱していたはずの分隊員が立て続けに二人、鬼部の血で足を滑らせてバランスを崩し、攻撃を躱し損ねたのである。一度ならば解るが、立て続けに二回はどう考えてもおかしい。まるで、
「どういうことだ…?!今のはどう考えても……はっ!?」
その異常に気を取られたその瞬間に、今度は真護が足をとられた。他の隊員達と同様、いや、それ以上に真護はその事実が受け入れられないものだ。彼はそんなミスを犯すような人物ではないと隊員達も、何より自分自身がそう確信している。その隙に肉薄してきた鬼部の拳を、真護は全霊力を一点に集めて防御壁とし、受け止めた。
「ぐううううっ!」
手加減無しの鬼が放つその一撃の威力は、普通の人間ならば、骨を砕かれ、身体が圧し折れてもおかしくないほどである。真護が何とか耐えきれたのは、各班の班長クラスにのみ特別に制作された強化型のスーツであったからに他ならない。そればかりは、偶然も鬼部の味方とはならなかったのである。
「アレはっ……!?そうか!」
攻撃を防ぎはしたが、真護は数メートル以上吹き飛ばされて手痛いダメージを受けた。しかし、その時に彼は見たのだ。暗闇に潜むもう一人の妖怪…土敷の姿を。
「…総員!八時の方向を狙って、撃てっ!」
「ッ!?」
エリート隊員である部下達は、真護が大きなダメージを受けても動じず、素早くその命令に従って銃を構えた。本来ならば、班長である真護を救おうとしてもおかしくはないのだが、彼らにとって、真護の命令は絶対である。真護がそうしろというのなら、それを最優先にして行動する、それだけの覚悟と練度が身に付いていた。
そして、鬼部は咄嗟に真護への攻撃を躊躇った。鬼部が攻撃に出ている間、土敷はたった一人、無防備な状態だ。彼を守らなければ、その意識が一瞬、鬼部の動きと思考を奪ってしまった。
「…バカめ!隙を見せるとはな!」
銃声が異界と化した店内に響くと共に、真護は煌めく霊糸光刃を幾重にも重ねて、鬼部の右腕に巻き付けた。二人が至近距離にあった事も、不幸が重なったと言ってよい。そして、銃火の先で無防備な土敷は倒れ、鬼部は右肩から先を切断されてしまう。戦いは最悪の結末を迎えようとしていた。