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第341話 青く輝く炎で

「土敷さんっ!大丈夫?!しっかりして!」


「こ、狛ちゃん……猫、田も…すまない…はぁ…はぁ……巻き込んで、しまって……」


「バカ言ってんじゃ、ねぇ!ぜっ…ぜっ…はぁ…!」


 猫田は土敷以上に息を荒くしているが、それも当然だろう。何せ愛媛からこの中津洲市がある関東まで、わずか三時間ほどで走り抜けてきたのである。それはちょっとした航空機並の速さで、今は疲れて動けないようだが無理もない。妖怪としては信じられないほどの速さと航続距離と言える。だが実のところ、それを可能にしたのは、土敷の力にも助けられてのことだった。


 土敷は店と仲間達の危機を救う為、最も可能性が高い事は何か?それはやはり猫田と狛が来てくれることだろう。出来れば人間である狛を巻き込みたくはないと土敷は思っていた。今の時勢で狛が妖怪の側に立てば、どんな迫害やいわれのない謗りを受けるか解ったものではない。せっかく人間の社会に溶け込んでいる猫田も同じだ。出来ればこの二人だけは無関係のまま、事態を乗り切りたかったのが本音である。

 しかし、トワやカイリが逝き、ショウコもここに来られないとなれば、もはや力を持たない仲間を守る術はほとんどない。地下で待機しているジャコや玖歌は、どう考えてもトワ達より戦闘能力は下だ。もはや鬼部と自分の力だけではどうしようもないと判断した土敷は、真護達が店内に侵入してくる直前からずっと、猫田達がここに来るという結果を引き寄せようとして力を使っていた。戦いを鬼部一人に任せていたのはその為だったのだ。

 その甲斐あって、猫田はここまでほとんど抵抗も邪魔もなく、スムーズに空を走る事ができた。背中を押すように吹く風だけでなく、向かい風さえも味方に出来たからこそ間に合ったのである。


 狛は土敷の怪我を診ると、すぐにありったけの霊力を彼に流し込んだ。傷を治すことは出来ないが、少なくとも命と存在を繋ぎ止めるだけの力にはなるはずだ。そして、離れた場所で倒れてこちらを見ている鬼部の存在にも気付く。


「鬼部さんも…酷い……トワさんもカイリさんも、ヒンちゃんまで…皆…!」


 狛達がここに飛び込んでくる前に異界化が解けたことで、トワはカイリ達の遺体は野ざらしにされたままだった。一瞬だけだったが、それを見ていた狛は心を痛めていたのだ。その上で、土敷や鬼部までもが瀕死の重傷を負っている。狛の中で、今までに無かった激しい感情が首をもたげ始めているようだ。


「な、なんだ?あの少女は…人間、なのか?」


「妖怪には見えない…どうみても女子高生だが、妖怪を助けようとしているぞ…!?」


 他の隊員達は動揺して、遠巻きに狛を見つめるだけである。そこへ、吹き飛ばされていた真護が立ち上がって、忌々しそうに舌打ちをする。


「ちっ…!クソ、まだ他にもいたのか!どうやら、妖怪に誑かされているようだが…妖怪に与するようなら容赦はせん!総員、構え!」


「は、班長!?あれは本当に人間です!少女ですよ!?う、撃つのですか?!」


「当たり前だ!妖怪も妖怪に手を貸す人間も、この国には必要ない!奴らは人類の敵だ!殺せっ!」


 錯乱しているとしか言えない真護の剣幕に、ここまで完璧に従ってきた隊員達も異常を感じて戸惑っている。当然だろう、彼らは人を殺したくて自衛隊に入り、支隊に配属されたのではない。人を守る為に、ここにいるのだ。だが、班長である真護の命令は絶対である。彼らは渋々銃を構えて、狛達に狙いをつけた。


「そ、そうは……させんっ!!」


 鬼部は残された力を振り絞り、隊員達に凶眼の力を浴びせる。真護の命令に納得の行っていなかった彼らは、精神的なガードが弱まっていたのだろう。一瞬だが完全に操られて、お互いの持つ銃を撃ちあって、それぞれ破壊してしまった。そして、真護は更に激しい怒りを鬼部へ向けた。


「……貴様っ!まだ邪魔をする力が残っていたのか!?もういい、さっさと死ねっ!」


「あっ、だ、ダメっ!止めてぇっ!!」


 土敷に霊力を送り込んでいて動けない狛が制止するも、その声に従う真護ではない。真護はあっという間に鬼部の元に近づくと、霊糸光刃を首に巻きつけて、彼の首を刎ねた。


「おっさん…!」


「お、鬼…部……すま、ない…」


「あ、ああ…ああああああっ!!」


 その光景を目の当たりにして、ドクンと一つ、狛の心臓が大きく鳴った。それをきっかけにして、この数日の間に狛の中で渦巻いてきた様々な感情が溢れ出し、それは激しい暴風雨のようになって、狛の体内で暴れ出している。そして、爆発するかのように、狛の霊力が一気に放出された。

 その感情に引っ張られたのか、イツとアスラまでもが怒りに震えて狛と同化し、狛の身体に小さく巻き付いていた九十九つづらが霊力を吸って形を変え、その全身を覆っていった。


「…な、なんだ!?あ、熱っ!?炎だ…あの少女から、青い炎が!?」


「マズい…!狛、落ち着け!怒りに飲まれるなっ!」


「ううう、ああああああっっ!許さないっ!皆…皆を、返してっっ!」


 猫田の声も狛には届かず、明らかに普段とは違う狛の霊力が、嵐のように店内の全てを押し流していく。それはいつもの狛が纏う、月のような蒼い静けさを持った輝きではない。青く青く猛り、憤怒を持って全てを焼き尽くそうとする、鬼火に似た青い霊気の炎であった。


 瞬く間に店内のテーブルや椅子が燃えて、一瞬のうちに燃え尽きていく…途轍もない業火だ。猫田の魂炎玉もそれに近い性質を持っているが、段違いの火力である。狛の腕に抱かれている土敷は無事だが、猫田は咄嗟に霊力で壁を作り、炎を遮った。


「ぎゃあっ!も、燃える…!?す、スーツが役に立たないっ!逃げろぉ!」


「ああああっ!?誰か、誰か助け…があああっ!」


「…ば、バカな!?何だ、なんなのだ、これは……く、クソっ!化け物めぇ!」


 炎から逃げ惑う隊員達を止めることもせず、真護は狛に向かって行く。霊糸光刃を放って狛を攻撃しようとしたが、霊力を伴った霊炎の前では、細い霊気の糸など一瞬にして焼き尽くされてしまう。それどころか、狛に近づけば近づくほど、その青い炎は勢いを増して真護の身体を焼き尽くそうとその牙を剥いた。

 狛が真護に向けて手を伸ばすと、炎は竜巻のようになって真護の身体を飲み込もうとする。猫田は舌打ちをして飛び出し、真護や逃げる隊員達を攫って、店の外へと放り投げた。


「狛!もう止せ!お前は、お前だけは……人を殺すな!」


 猫田は狛に向き合って止めようとするが、流した涙すらも炎になって消えていく今の狛には、全く届かないようだ。完全に怒りで我を失っている。今までにも激怒した事はあったが、今のこれはその比ではない。家族からも絶縁され、命を狙われる状況に追い込まれた挙句、大事な友達だと思っていたくりぃちゃぁの仲間を無惨に殺されたことで、狛の心のバランスは大きく崩れていた。このままでは容赦なく、新たな支隊の隊員達を殺し尽くそうとするだろう。


「クソ、まさかこんなことになるたぁ…!なにっ!?」


 猫田は覚悟を決めて狛と戦ってでも止めようとしたが、狛はそれに付き合うつもりはないのか、一瞬にして猫田を置いてくりぃちゃぁの店外へ飛び出していった。狛が立っていた場所には、九十九の切れ端に包まれた土敷が倒れていて、まだ息はあるようだ。


「ちっ!狛の奴、ブチギレてても冷静な所は残ってるな…!なら、まだ大人しくさせるチャンスはあるか。おい、土敷、まだ死ぬんじゃねーぞ!?」


 猫田はそのまま土敷を置いて、すぐに狛を追って店の外へ走った。狛と戦うのに怪我をした土敷を連れてはいけないからだ。


 そして外では、狛が今まさに、真護をその手にかけようと近づいていく所であった。強烈なプレッシャーで、誰もが助けに動こうともしない。真護はすっかり戦意を無くし、這いずりながら狛から逃れようともがいていた。


「ひぃっ!?や、止めろ!来るな…!だ、誰か…!」


 身体のあちこちを焼かれながら、真護はヘルメットとマスクを脱ぎ捨てて少しでも狛から離れようと悶えている。そんな彼の前に、一人の若い男が立ちはだかった。


「狛……」


「お兄、ちゃん……?」


 こうして、兄と妹は対峙した。朝の光は二人の影を伸ばし、何者も立ち入る事を許さない緊張感が、その場を包み込んでいるようだった。

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