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第357話 猫達の嘶き

「そんな……酷い…!」


 狛達が外に出ると、そこには夥しい数の妖怪達が跋扈していた。美しい庭園や建物は見る影もないほどに荒らされ、焼けたり崩れたりと無惨な事この上ない。あまりの状況に、猫田は顔をしかめるばかりで、地下に直接呼び出された朧でさえも、言葉を失っていた。


「コイツぁ、ヤベェな……とんでもねぇ数だぞ。疫病神…いや、泡沫ウタの野郎、一体どんだけの妖怪を引き連れて来やがったんだ!?」


 猫田の言う通り、目の前にいる妖怪達は圧巻というべき数と種類の妖怪達で溢れかえっている。小鬼のような小妖怪から、霊亀のような大型種まで、ありとあらゆる妖怪がかき集められたようだ。それはさながら百鬼夜行とでも表現すべきだろうか。


 その状況で一瞬立ち止まる狛達に、暴れ回る妖怪達の視線が一斉に向けられた。本来この神域には、宇迦之御魂神ウカノミタマと荼枳尼天狐を除いて生命が存在しない。それ故の静けさだったのだが、そんな中に狛達が居るという事は、妖怪達には特異な存在に見えたことだろう。そして、彼らが捜している大口真神に繋がるヒントだと、確信したようだった。


 怒号のような雄叫びを上げて、妖怪達が雪崩を打って一気に押し寄せてくる。大小様々な妖怪達が突っ込んでくる様は、恐ろしいがどこか美しい。妖怪達が纏う血の匂いや体臭も入り混じった風が神域に吹き荒れている。だが、狛も朧も、そして猫田も、それには一切目もくれずに真正面から迎え撃つ事にしたようだった。


「ちっ!しゃらくせぇ!」


 狛の頭の上から飛んだ猫田は、空中で大型の猫と化し、七つの尾から魂炎玉こんえんぎょくの炎をレーザー状に繰り出してあっという間に近づいてきた妖怪達を賽の目に切り裂いてみせた。


「イツ、アスラ!九十九つづらも、行くよ!」


 狛も狗神走狗の術で人狼化すると、身に纏った九十九を展開して、霊力を込めた袖を伸ばし、棒状にして回転した。まるで独楽のような回転技だが、狛自身の霊力の高さからその破壊力は凄まじいものだ。竜巻のように無数の妖怪達を巻き込んでは一気に吹き飛ばすと、妖怪達はその勢いと竜巻の中でぶつかり合い、落ちてくる頃には原型を保った敵はいなかった。


「やるな…二人共!」


 朧も狼の姿になって、近寄る敵を鋭い爪と牙で切り裂き、噛み千切っていく。一見すると地味ではあるが、その素早さは猫田や狛よりも早いようだ。神野を相手に後れを取りはしたが、あの時は狭い降魔宮での戦いであった為に、持ち前のスピードを上手く活かせなかった事が敗因だ。こうした全力で疾走出来る場所であれば、ああも易々と敗れはしなかっただろう。


 それからの数分間、狛達は三方向に別れ、それぞれ押し寄せる妖怪の群れを相手取って戦っていたが、猫田は襲い来る妖怪達の様子にどこか違和感を覚えていた。


(コイツらなんかヘンじゃねぇか…?さっきからずっと遮二無二突っ込んで来やがるが、これだけ仲間がやられてるってのに、俺達に対する恐れもなけりゃ、他に策を弄してくる様子もねぇ。これだけ頭数が揃ってんだ、少しは考えて行動する奴もいるはずだが、とにかく飛び込んでくるだけってのは……泡沫ウタの野郎、まだ何か隠してやがるのかもしれねぇな)


 その考えに至った猫田は、戦いながら今まで以上に周囲の状況へ意識を向けてみることにした。激しい戦闘の中にあっても、目で敵の動きを捉えながら、耳や鼻で状況を確認するくらい猫田にはそう難しいことではない。これが実力伯仲の相手と戦っている最中なら別だが、今相手にしているのは、数に頼り切った有象無象の妖怪達の群れである。勢い任せに向かってくるだけの猪武者など捌くのに労力など要らないのだ。

 そうして、注意深く警戒する猫田の耳へ、微かに届く音があった。


 ――ちりん。


 それは確かに鈴の音だった。どこにでもあるはずの、よくある鈴の音ではあるが、神域というこの場所でそれが聞こえるのはおかしい。だが、決して聞き違いではない…何故ならそれは過去に確かに聞いた事のあるものだったからだ。


 ――ちりん。――ちりん。


「この鈴音……!間違いねぇ、これは…アイツの!」


 それは忘れもしない、あの妖怪が鳴らしていた鈴の音である。かつての自分と同じ化け猫のようで、その実は全く違う怨みの化身……自らが受けた仕打ちの恨みを晴らすのではなく、他人の恨みを搔き集めて、己が力に変え得る邪悪な力の持ち主。それは以前、鍋縞商事での事件で出会った、あの妖怪の鈴の音である。


 猫田がそれに気付いた瞬間、彼に群がっていた大量の妖怪を巻き込むようにして、頭上から強力な妖力の塊が降り注いできた。猫田は咄嗟に正面へ駆け出し、少し高い建物の屋根に跳ぶ。そのお陰か、猫田は妖力の塊で圧し潰されずに済んだようだ。無惨にも巻き込まれた妖怪達の死体は、決して小さくない血の池へと変わり、なんとも悍ましい姿を晒していた。


「さすがね、今のを避けるなんて。……まぁ、そう簡単に死なれては、私の怨みを晴らせないけど」


「……やっぱりテメーか、八花ヤハナ!テメェがこんな所に来やがるたぁな…テメェもあの常世神って奴の手下だったってわけかよ」


 そう言って、猫田が睨みつけた視線の先にいたのは、確かに八花だった。古くは『怨み返し』の異名を持ち、自ら鏡鳴魂きょうめいこんと呼ぶ、自分への攻撃を相手に反射する技の持ち主だ。しかし、以前見た時はグレーで美しいビロードのような毛並みをしていたのに、今目の前にいる八花は闇を思わせる漆黒の黒猫である。光を反射して光沢を放っているが、以前ほどの美しさは無いように見えた。


「ええ、今更隠す必要も、ないわね。私は常世神様復活の為に人の世を汚す役割を与えられていたわ。力無きただの野良猫だった私を、強大な化け猫へと生まれ変わらせてくれた、あの方の為に…ね」


「けっ!何が強大な化け猫だ。俺達みたいな化け猫はそもそも、己の身を妖怪へと塗り替えるほどの、焼き付くように湧き立つ怨みを晴らさんが為に化ける存在のはず…それをテメェは、他人の怨みを掠め取って暴れるだけの取って付けた怨みしか持ち合わせちゃいなかっただろう。怨みを晴らして猫又になった俺だが、化け猫として生きた矜持と怨恨の深さは今もこの先も忘れるこたぁねぇ……俺達はな、そんなに甘っちょろい妖怪じゃねぇんだよ!人に仇なす化け猫共の恨みと誇りに懸けて、テメェの存在を許すわけにはいかねーな!」


 猫田の激しい啖呵を聞き、しかし、八花は不敵に笑っている。相変わらず猫とは思えない大きな口で、黒い毛皮に不似合いなほど真っ白な歯が見える、不気味な笑みだ。そして、バリバリと張り裂ける様な音を立てて八花の身体が変化していく。


「ふ、フフフッ…!化け猫の誇り?確かにそんなもの、私の中には存在しないわ。私にあるのは、ちっぽけで、吹けば飛ぶようなだった自分を呪う思い出だけ。……ぬくぬくと人の腕に抱かれて、それを失う怨みで人を殺したくなるほど、人と思いを寄せ合った幸せな奴らに私の苦しみなど解りはしない!…でもね、そんな私でも強い怨みを持つことが出来たのよ?……猫田、オマエだけは許さない!この私の身体に傷をつけ、常世神様への忠誠にまで傷つけたオマエを、私は絶対にユルサナイッ!」


 いつの間にか八花の顔から笑みは消え、獰猛な黒豹を思わせる威圧感のある表情に変わっていた。その身体もどんどんと大きくなり、大型化した猫田と遜色のない、巨大な黒猫の姿になっている。体長5メートルはあろうかという巨大な二匹が向かい合って、激しい威嚇を見せながら、屋根上で対峙した。果たして、猫又と化け猫の戦いはどちらに軍配が上がるのだろうか。

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