「くそ!離せ!お前達、これがおかしいと思わないのかっ!?」
弧乃木が連れて来られたのは、防衛省内の一角にある小ぶりな建物である。鉄筋コンクリート造りの3階建てで、それ自体は新しいがあちこちに似つかわしくないお札が貼られている、要は結界だ。
何を隠そうここは新生
何かの生き物の腹の中に押し込まれたような、不気味な気配すら感じられる有り様だった。
そんな異常な状況の中、詰所の地下に設置された独房のような牢に、弧乃木は押し込まれてしまった。あの会議室では、
ただ、漠然と感じるのは、これが非常にまずい状況であるということだ。設楽総隊長の口振りからして、上層部や幹部達は常世神の息がかかってしまっていると見て間違いないだろう。自分がなんとかしなくてはと焦る気持ちが募る一方、装備もなしにこんな所へ押し込まれては手も足も出せないのも事実だ。結局、弧乃木は壁にもたれ掛かって、考えを整理するくらいしか出来る事がないのだった。
「この状況は非常にまずい……何とかしなくては
「まあ落ち着きたまえ、弧乃木君。こういう時はしっかり力を蓄えておくのが肝要だよ、いざという時が来たら、すぐに動けるようにね」
独り言のつもりで放った弧乃木の呟きに、どこかから返事が返ってきた。弧乃木は驚いて鉄格子に近づき、周囲の様子を窺う。すると、位置的に目では見えないが、どうやら二つ奥の牢に返事をした相手が押し込まれているようだった。それによくよく考えてみると、その声には聞き覚えがあった。弧乃木は記憶を辿って確かめるように少し大きな声で叫ぶ。
「その声は……もしや、
「ああ、覚えていてくれて嬉しいよ、弧乃木君。君は確か、今は第三班の班長だったね。私はあまり表に出ないようにしているから、一般の隊員には知られていないからなぁ。君のように班長クラスでなければ私の事は解らないだろう。まぁ、その方が都合がいいから、自分からそのように立ち回っていたんだけども」
「新装備の説明や、
思いもよらぬ場所で幻場と再会したことに弧乃木は驚きと疑問で頭が一杯になった。技術顧問という役職が示す通り、幻場は
「その前に聞かせて欲しい。君は今、設楽総隊長の名前を出したが、彼と何かあったのかい?ああ、私は一週間前からここに閉じ込められているので、出来ればその間にあった事も含めて全部話して欲しいのだが」
「え、ええ、実は……」
そうして、弧乃木はこれまでの事を話し始めた。新しい
うんうんと頷きながら、幻場は弧乃木の話を全て聞き漏らさぬよう耳を傾けていた。そのまま弧乃木が全てを話し終えると、幻場は唸る様に声を上げた。
「うぅん、なるほどなぁ。まさか、新しい
「そ、それは一体どういう……」
「いや、君も知っての通り、私は先技研の一件の後、自衛隊の中でも立場が悪くなってしまっていただろう?犠牲者の事を考えれば当然ではあるんだが、あの光の龍の発現によって我々は一般の隊員でも扱える対妖怪への新装備開発が急務になってしまった。協力者も居ない中で何とかしようと、一人息巻いていた所へ手を差し伸べてくれたのが設楽君だったのさ。彼は年の功だと言っていたが、確かに人脈とコネが凄くてね、あっという間に次々と新しい装備や術式が完成していった。そして、私が要望していた
「なんという……」
言葉も出ないとはこの事である。幻場が、
「恐らく、設楽君…いや、設楽はその常世神の手の者と考えて間違いないだろうね。だとすると、君の言う神域での攻防は敵に軍配が上がったと見るべきだろう。狛君や猫田君が敗れたとは考えにくいが……ここは最悪の状況も考慮しなくてはならないか」
この状況下でも、幻場は非常に冷静で楽観的な観測をしないようだった。彼女の言う最悪の状況とは、言うまでもなく、常世神の復活が避けられないものとなることだ。そして、その予測は凡そ当たっている。狛達が敗北した訳ではないが、大口真神は実際に連れ去られ、常世神復活は目前に迫っているのだ。
「その常世神という存在がどのくらいの脅威なのかは現段階では不明だが、かなり危険な相手なのは間違いなさそうだ。……ああ、そうか。設楽がどうして
「何か策があるのですか?」
「策、というほどのものでもないよ。ただ、いざという時の為に一つ、頼みごとをしてあるだけさ。今となっては、ジョーカーとなる切り札になるか解らないがね……ともかく、
やれやれと付け足して、幻場は自分の牢の中で横になってしまった。弧乃木も休むべきとは解っているものの、この状況ではリラックス出来そうにない。それでも、一流の軍人らしく気を落ち着かせているのは流石である。こうして、弧乃木と幻場は状況が掴めないながらに反撃の機会を待って耐えることになったのだった。