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第364話 伏す兵達

「くそ!離せ!お前達、これがおかしいと思わないのかっ!?」


 弧乃木が連れて来られたのは、防衛省内の一角にある小ぶりな建物である。鉄筋コンクリート造りの3階建てで、それ自体は新しいがあちこちに似つかわしくないお札が貼られている、要は結界だ。


 何を隠そうここは新生ささえ隊専用の詰所と言える場所だ。わざわざ新しく建物を用意する辺り、ささえ隊への期待の高さが窺えるが、今はどうも様子がおかしい。新設された部隊だけあって、ささえ隊は現在、非常に士気が高く活気もあるはずなのだが、今日に限ってはまるで無人のように建物内が静かで賑やかどころか無音である。

 何かの生き物の腹の中に押し込まれたような、不気味な気配すら感じられる有り様だった。


 そんな異常な状況の中、詰所の地下に設置された独房のような牢に、弧乃木は押し込まれてしまった。あの会議室では、総隊長を始めとした幹部達の異常な雰囲気に吞まれてしまったが、あそこを出てからは弧乃木なりに抵抗したつもりだ。しかし、あの両脇を抱えていた見覚えのない隊員には全く歯が立たなかった。それは一体何故なのか、そもそもあの幹部達の異様さは何だったのか、弧乃木には解らないことだらけである。


 ただ、漠然と感じるのは、これが非常にまずい状況であるということだ。設楽総隊長の口振りからして、上層部や幹部達は常世神の息がかかってしまっていると見て間違いないだろう。自分がなんとかしなくてはと焦る気持ちが募る一方、装備もなしにこんな所へ押し込まれては手も足も出せないのも事実だ。結局、弧乃木は壁にもたれ掛かって、考えを整理するくらいしか出来る事がないのだった。


「この状況は非常にまずい……何とかしなくては宇迦之御魂神ウカノミタマ様や、狛君達に申し訳が立たない。しかし、設楽総隊長は、まさか…」


「まあ落ち着きたまえ、弧乃木君。こういう時はしっかり力を蓄えておくのが肝要だよ、いざという時が来たら、すぐに動けるようにね」


 独り言のつもりで放った弧乃木の呟きに、どこかから返事が返ってきた。弧乃木は驚いて鉄格子に近づき、周囲の様子を窺う。すると、位置的に目では見えないが、どうやら二つ奥の牢に返事をした相手が押し込まれているようだった。それによくよく考えてみると、その声には聞き覚えがあった。弧乃木は記憶を辿って確かめるように少し大きな声で叫ぶ。


「その声は……もしや、幻場まほろば技術顧問ですか!?」


「ああ、覚えていてくれて嬉しいよ、弧乃木君。君は確か、今は第三班の班長だったね。私はあまり表に出ないようにしているから、一般の隊員には知られていないからなぁ。君のように班長クラスでなければ私の事は解らないだろう。まぁ、その方が都合がいいから、自分からそのように立ち回っていたんだけども」


「新装備の説明や、ささえ隊へ転属になった時に何度も挨拶をしましたからね、忘れるはずがありません。……しかし、どうしてあなたがここに?」


 思いもよらぬ場所で幻場と再会したことに弧乃木は驚きと疑問で頭が一杯になった。技術顧問という役職が示す通り、幻場はささえ隊での新装備の開発や、新たな術式の開発の責任者である。緋猩達、猿妖による先技研の襲撃後、もはや民間の組織には幻場に協力してくれる企業は無くなってしまった。当時は妖怪による襲撃とは発表できなかった為、表向きは霊石の取り扱いを失敗したことによる事故という形で決着したが、人の口に戸は立てられないように、裏では怪物が新しい技術開発の邪魔をするべくして襲撃してきたという噂が広まってしまっていたのだ。しかも、その後、槐が龍点穴から光の龍を呼び出し、この国には怪奇現象が蔓延る事状況が日常化してしまった為、尚更協力してくれる相手が見つからなかったのである。


「その前に聞かせて欲しい。君は今、設楽総隊長の名前を出したが、彼と何かあったのかい?ああ、私は一週間前からここに閉じ込められているので、出来ればその間にあった事も含めて全部話して欲しいのだが」


「え、ええ、実は……」


 そうして、弧乃木はこれまでの事を話し始めた。新しいささえ隊結成直後から、いくつもの妖怪達の拠点を攻略したこと、その中で中津洲市内にあるくりぃちゃぁと呼ぶ店を、真護率いる五班が攻略に向かったこと。そしてそこで、狛や猫田達と戦闘になってしまい、五班は敗北する結果となったこと。……その後、応援に行った弧乃木を含めたメンバーが宇迦之御魂神ウカノミタマの神域へ案内されて、常世神復活という恐るべき事態が迫っていると知らされたことなど、知っている限りの全てをだ。


 うんうんと頷きながら、幻場は弧乃木の話を全て聞き漏らさぬよう耳を傾けていた。そのまま弧乃木が全てを話し終えると、幻場は唸る様に声を上げた。


「うぅん、なるほどなぁ。まさか、新しいささえ隊が狛君達と戦う事態にまでなっていたとはね。私の思い描いていたささえ隊は、かつてのささえと同じように、妖怪達とも手を取り合って平和を維持する部隊のはずだったのだが、あまりにやり方が急すぎるな。どうやら、私達は彼に一杯食わされたようだね。……全く、用意周到だな。一体いつから、彼はこの状況を予測して計画を立てていたんだか」


「そ、それは一体どういう……」


「いや、君も知っての通り、私は先技研の一件の後、自衛隊の中でも立場が悪くなってしまっていただろう?犠牲者の事を考えれば当然ではあるんだが、あの光の龍の発現によって我々は一般の隊員でも扱える対妖怪への新装備開発が急務になってしまった。協力者も居ない中で何とかしようと、一人息巻いていた所へ手を差し伸べてくれたのが設楽君だったのさ。彼は年の功だと言っていたが、確かに人脈とコネが凄くてね、あっという間に次々と新しい装備や術式が完成していった。そして、私が要望していたささえ隊の結成まで尽力してくれたのだが…全ての段取りが着いたちょうど一週間前、突然私はここに監禁されてしまったんだ。油断したよ、まさか施設防衛の為に開発した霊力や妖力を抑える術式が、私の力までもを封じてしまうとは……君もここに来るまでの間、力が満足に出せなかっただろう?それもあの術式のせいさ」


「なんという……」


 言葉も出ないとはこの事である。幻場が、ささえ隊の結成を計画していた事は弧乃木も知っていた。だが、その陰に設楽の力添えがあったというのは初耳だ。それを聞くと、確かに幻場の言う通り、この状況は設楽が全てを計算して画策していた事のように思える。だとすれば、彼は一体何者なのか?志多羅神の存在を知らない弧乃木には、それが未だ謎であった。


「恐らく、設楽君…いや、設楽はその常世神の手の者と考えて間違いないだろうね。だとすると、君の言う神域での攻防は敵に軍配が上がったと見るべきだろう。狛君や猫田君が敗れたとは考えにくいが……ここは最悪の状況も考慮しなくてはならないか」


 この状況下でも、幻場は非常に冷静で楽観的な観測をしないようだった。彼女の言う最悪の状況とは、言うまでもなく、常世神の復活が避けられないものとなることだ。そして、その予測は凡そ当たっている。狛達が敗北した訳ではないが、大口真神は実際に連れ去られ、常世神復活は目前に迫っているのだ。


「その常世神という存在がどのくらいの脅威なのかは現段階では不明だが、かなり危険な相手なのは間違いなさそうだ。……ああ、そうか。設楽がどうしてささえ隊の結成に手を貸したのか、解った気がするよ。彼はきっと人間側の戦力をまとめて潰しておきたかったんだろうな。そう考えれば、ささえ隊を乗っ取って急な作戦を開始した理由も頷ける。こうなるとますます、私の打っておいた手が間に合ってくれればいいのだが」


「何か策があるのですか?」


「策、というほどのものでもないよ。ただ、いざという時の為に一つ、頼みごとをしてあるだけさ。今となっては、ジョーカーとなる切り札になるか解らないがね……ともかく、は大人しくしておこうか」


 やれやれと付け足して、幻場は自分の牢の中で横になってしまった。弧乃木も休むべきとは解っているものの、この状況ではリラックス出来そうにない。それでも、一流の軍人らしく気を落ち着かせているのは流石である。こうして、弧乃木と幻場は状況が掴めないながらに反撃の機会を待って耐えることになったのだった。

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